【短編集】バレンタイン・ノワール ~ハッピーエンドは売り切れました~

月下花音

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最終章:愛の残骸

#15:10年前のチョコレシピ Ep.03

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 バレンタインの夜。
 夕食後、私はあのチョコをマサキに出した。
 綺麗なお皿に乗せて、コーヒーと一緒に。

「うお、すげー。手作り?」
「まあね。10年前に発明した秘伝のレシピよ」
「マジか。いただきます」

 マサキが口に入れる。
 私は息を飲んで見守る。
 どうだ。
 あの先輩が唸った味だぞ。
 スパイシーで、刺激的で、忘れられない味だぞ。

 マサキが咀嚼する。
「……ん」
「どう?」
「うん、うまい。塩効いてていいな。酒に合いそう」

 ……それだけ?
 普通のコメント。
「うまい」のトーンも、いつもの肉じゃがを食べた時と同じ。

「なんか、普通じゃない?」
 不満げに聞く私。
「え、普通にうまいよ? ペッパーもアクセントになってて」
 マサキは、もう一個平気な顔で食べた。
「これならいくらでも食えるわ」

 違う。
 そんな「パクパク食える」味じゃないはずだ。
 もっとこう、胸を締め付けるような、ドラマチックな味のはずなのに。

 私も一粒食べてみた。
 口の中で溶かす。
 ……あれ?
 美味しい。確かに美味しい。
 でも、それだけだ。
 当時の私が感じた「魔法」のような高揚感がない。
 ただの、塩味の効いたチョコレート。

 分かった。
 あの時の味は、チョコの味じゃなかったんだ。
「片想い」という最強のスパイスがかかっていたから、あんなに特別だったんだ。
「届かない」「苦しい」「でも好き」という感情が、味覚をブーストさせていたんだ。

 今の私には、それがない。
 目の前にいるマサキは、私のものだ。
 手に入ってしまっている。
 安心感という名のぬるま湯の中で、味覚も鈍麻しているのだ。

 急にチョコが色褪せて見えた。
 10年前の遺物は、現代に持ち込んだ瞬間にただのガラクタになった。
 魔法が解けたシンデレラみたいに。

「どうした? 食べないの?」
 マサキが心配そうに私を見る。
 その顔は優しくて、穏やかで、そして致命的に退屈だった。

(つづく)
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