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第4話
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大学の飲み会。
それは、陰キャにとっての地獄であり、リア充にとっての狩り場である。
私はそのどちらでもない「一般人」枠で参加していた。
そして、なぜか。
「地獄」の住人であるはずの律が、そこにいた。
「……人数合わせ」
誰かに聞かれた律は、ボソッとそう答えて、部屋の隅っこに陣取った。
手にはウーロン茶。
視線はテーブルの木目。
完全に「壁」と同化している。
でも、私には彼しか見えていなかった。
昨夜の配信の衝撃が、まだ残っている。
『君がその男子を見てる時、俺も君を見てるかもね』。
……見てるの?
今も、見てるの?
私は、わざと律から離れた席に座った。
でも、意識は背中の後ろ、律のいる方向に集中している。
聴覚が、過敏になっている。
彼がグラスを置く「コトッ」という音。
服が擦れる「カサッ」という音。
すべてが、ASMRのように脳に響く。
「リナちゃん、飲み過ぎじゃない?」
先輩に言われて、ハッとする。
緊張を紛らわせるために、ハイペースで飲んでいたらしい。
頭がふわふわする。
視界が少し回る。
「……トイレ、行ってきます」
私はフラフラと立ち上がった。
足がもつれる。
あ、転ぶ。
ガシッ。
誰かが、私の腕を掴んだ。
細いけど、強い力。
そして、ふわりと漂う、ラベンダーの香り。
「……っと」
見上げると、そこには律がいた。
至近距離。
マスク越しの瞳が、私を見下ろしている。
「……大丈夫?」
え?
今、喋った?
「あ」以外の言葉を、喋った?
その声は、小さかったけれど。
低くて、少しハスキーで。
Nocturne様の声と、同じ成分でできていた。
「あ、ありがと……」
私は顔が熱くなるのを感じた。
アルコールのせいじゃない。
彼の「手」のせいだ。
私の二の腕を掴む、その指の感触。
いつもマイクを撫でている、あの指。
律は、すぐに手を離した。
そして、自分のグラスを手に取り、マスクを少しずらした。
ウーロン茶を飲む。
ゴクッ。
喉仏が、上下する。
その動き。
その音。
――『水飲むね……ごくっ』
脳内で、配信の音声が再生される。
視覚と聴覚が、完全にリンクする。
目の前の律が、Nocturne様に重なる。
いや、Nocturne様が、律という肉体を持って現れたみたいだ。
エロい。
ただウーロン茶を飲んでいるだけなのに。
どうしようもなく、エロい。
私は、呆然と彼の喉元を見つめてしまった。
律が、視線に気づく。
マスクを戻し、私を見る。
そして、誰にも聞こえないような小声で、呟いた。
「……飲みすぎ、だぞ」
ドクンッ!!
心臓が、破裂した。
今の言い方。
今のトーン。
完全に、Nocturne様だった。
『無理しちゃだめだぞ』って囁く時の、あの甘い響き。
律は、それだけ言うと、また壁のシミを見る作業に戻った。
私を助けたことも、声をかけたことも、全部なかったことみたいに。
私は、トイレの個室に逃げ込んだ。
鏡を見る。
顔が真っ赤だ。
涙目になっている。
「……嘘つき」
鏡の中の自分に呟く。
陰キャ?
コミュ障?
嘘つき。
あんなの、ただの「隠れS」じゃない。
確信した。
彼は、Nocturne様だ。
そして、彼は確信犯だ。
私がリナだと知っていて、わざとあんな声を出したんだ。
「飲みすぎだぞ」?
そんなこと言われたら、もっと酔っちゃうじゃん。
あなたの声に、泥酔しちゃうじゃん。
私は、熱い頬を冷たい水で冷やした。
でも、耳に残る彼の低音は、冷やしても冷やしても、熱を帯びたままだった。
それは、陰キャにとっての地獄であり、リア充にとっての狩り場である。
私はそのどちらでもない「一般人」枠で参加していた。
そして、なぜか。
「地獄」の住人であるはずの律が、そこにいた。
「……人数合わせ」
誰かに聞かれた律は、ボソッとそう答えて、部屋の隅っこに陣取った。
手にはウーロン茶。
視線はテーブルの木目。
完全に「壁」と同化している。
でも、私には彼しか見えていなかった。
昨夜の配信の衝撃が、まだ残っている。
『君がその男子を見てる時、俺も君を見てるかもね』。
……見てるの?
今も、見てるの?
私は、わざと律から離れた席に座った。
でも、意識は背中の後ろ、律のいる方向に集中している。
聴覚が、過敏になっている。
彼がグラスを置く「コトッ」という音。
服が擦れる「カサッ」という音。
すべてが、ASMRのように脳に響く。
「リナちゃん、飲み過ぎじゃない?」
先輩に言われて、ハッとする。
緊張を紛らわせるために、ハイペースで飲んでいたらしい。
頭がふわふわする。
視界が少し回る。
「……トイレ、行ってきます」
私はフラフラと立ち上がった。
足がもつれる。
あ、転ぶ。
ガシッ。
誰かが、私の腕を掴んだ。
細いけど、強い力。
そして、ふわりと漂う、ラベンダーの香り。
「……っと」
見上げると、そこには律がいた。
至近距離。
マスク越しの瞳が、私を見下ろしている。
「……大丈夫?」
え?
今、喋った?
「あ」以外の言葉を、喋った?
その声は、小さかったけれど。
低くて、少しハスキーで。
Nocturne様の声と、同じ成分でできていた。
「あ、ありがと……」
私は顔が熱くなるのを感じた。
アルコールのせいじゃない。
彼の「手」のせいだ。
私の二の腕を掴む、その指の感触。
いつもマイクを撫でている、あの指。
律は、すぐに手を離した。
そして、自分のグラスを手に取り、マスクを少しずらした。
ウーロン茶を飲む。
ゴクッ。
喉仏が、上下する。
その動き。
その音。
――『水飲むね……ごくっ』
脳内で、配信の音声が再生される。
視覚と聴覚が、完全にリンクする。
目の前の律が、Nocturne様に重なる。
いや、Nocturne様が、律という肉体を持って現れたみたいだ。
エロい。
ただウーロン茶を飲んでいるだけなのに。
どうしようもなく、エロい。
私は、呆然と彼の喉元を見つめてしまった。
律が、視線に気づく。
マスクを戻し、私を見る。
そして、誰にも聞こえないような小声で、呟いた。
「……飲みすぎ、だぞ」
ドクンッ!!
心臓が、破裂した。
今の言い方。
今のトーン。
完全に、Nocturne様だった。
『無理しちゃだめだぞ』って囁く時の、あの甘い響き。
律は、それだけ言うと、また壁のシミを見る作業に戻った。
私を助けたことも、声をかけたことも、全部なかったことみたいに。
私は、トイレの個室に逃げ込んだ。
鏡を見る。
顔が真っ赤だ。
涙目になっている。
「……嘘つき」
鏡の中の自分に呟く。
陰キャ?
コミュ障?
嘘つき。
あんなの、ただの「隠れS」じゃない。
確信した。
彼は、Nocturne様だ。
そして、彼は確信犯だ。
私がリナだと知っていて、わざとあんな声を出したんだ。
「飲みすぎだぞ」?
そんなこと言われたら、もっと酔っちゃうじゃん。
あなたの声に、泥酔しちゃうじゃん。
私は、熱い頬を冷たい水で冷やした。
でも、耳に残る彼の低音は、冷やしても冷やしても、熱を帯びたままだった。
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