5 / 33
一章 矢車菊の青い瞳は
5
しおりを挟む
「悪いね、送ってもらっちゃって」
エリスは気にしないで、と首を振った。
迎えにきたニルフにつれられ、遅い昼食をとり、久しぶりの帝都をゆっくりと見て回った。遠征から帰ってきたばかりで疲労はたまっていたが、実に有意義な休日だった。
「あなたも、相変わらず子供の時のままね。いえ、むしろ大人びた子供だったんだわ、私たち。ようやく、見た目が追いついてきたのね」
エリス・アーカムは、きらびやかなドレスではなく、しっかりとした生地の、作業着めいた衣服のほうが似合う女性だ。本人にも自覚があるようで、小さな頃から男のような格好を好んでしていた。
化粧をして着飾れば、どんな男をも黙らせてしまう美貌はたしかなのに、男勝りの気質のせいだろうか。
豊かなブルネットの髪にはカールが掛かり、肩の位置でくるくると奔放にはねている様は女性的で、街頭の白すぎる光を浴びて硬質的に輝く様は妖艶な美しさも感じさせた。
なのに、どこか勇ましい。
コートの下に銀色の鎧を着込み、このまま戦場へと飛び出してゆきそうだ。
軍服を着込んでいるレオンハルトよりもずっと、エリスの凜々しさは軍人らしかった。そう、口に出して言えば、さすがに怒るかもしれないが。
エリスの弟であるニルフは、婚約者たちに遠慮したか、オスカー家の門より少し離れた場所で停車している馬車に残っているちらちらと、視線を感じるようなきになるのは、気のせいだろうか。
「挨拶を、というわけではないけれど、うちで休んでいかなくても大丈夫かい? 馬車にずっと乗っているのは疲れるだろう?」
「心配ご無用よ、これくらいなんともないわ。馬で野原を駆けているほうがずっとおしりが痛いわよ」
「君の心配はしていないよ、ニルフが辛そうな顔をしていたからね」
「まあ、ひどいわね。婚約者でなく、弟の心配?」
つんと、唇をとがらしたエリスは、すぐに大きな口を開けて笑った。
「いいのよ、今回の顔合わせはもともとニルフが言い出したことなのだし。馬車に半日揺られただけで音を上げるなんて、ひ弱すぎるわ」
「半日も、だと思うけどね。まあ、ニルフの矜持もあるだろうから僕はおとなしく帰るとしよう」
小指の爪ほども、浮かれた話題のない二人の会話を馬車で待つニルフが聞いていたら、さぞがっかりするだろう。
昼食をともにしていたときも、話題はもっぱら政治のことばかりで、もっと色恋に浮いた話をするべきだと怒られてしまった。
ニルフの言い分には一理あるが、仕方がないと割り切ってもらうしかない。
「本当に、いいのかい?」
「レオンとの婚約のこと?」
頷くと、エリスは肩をすくめて後ろ頭を掻いた。
おしとやかさなどみじんもない仕草だが、自然体のエリスはどんなときよりも魅力的だと思う。
思うからこそ、男女の感情をもてないことが残念に思えた。
エリスは幼なじみで、誰よりも頼りになる友人だ。それ以上でも、それ以下でもない。
「愛のない結婚でも、君は大丈夫なのかい?」
「はっきりいうのね、レオン。ニルフが聞いていたら、泡を吹いて倒れていたわ」
案の定、エリスは憤慨することなく自然に笑って受け流した。
「せめて、殴りかかるくらいはしてほしいものだけどね」
「無理よ、あの子ああ見えてレオンを尊敬しているんだから」
ふたり、顔をつきあわせて笑い合う。子供の頃と、全く同じ関係は心地よささえある。
「愛がないからこそ、貴方ならうまくいくんじゃないかなって思ったの。そうでしょ、レオン」
レオンがお見通しだったように、エリスもまた、お見通しだったようだ。
「仲の良い友人同士は、傍目から見れば最良の夫婦なのかもしれないね」
同意して頷くと、エリスはブルネットの髪を掻き上げた。レオンから視線を外し、星が瞬く夜空を見上げた。
「ニルフが乗り気でも、私たちはまだ、婚約しただけだわ。結婚にまでいくにはまだ、時間が掛かるでしょう。私たちの間には、覚悟なんていらないけれど、もし、本当に愛したい人が現れたらその時は……わたしに、ちゃんと紹介してね」
はっきりとした物言いが魅力であるエリスが、ここにきて初めて言葉を濁した。
最良とは思えても、迷いがないわけではなさそうだ。
「ごめんなさい、久しぶりに顔を合わせて早々にする話題じゃなかったわね。半年ぶりの、戦地からの帰還なんだから、無事をご両親に報告して親孝行でもしてやりなさい」
じゃあね。とエリスは右手を振って、背を向けた。
馬がいななきをあげ、馬車が動き出すまで見送って、レオンは重い荷物を再び背負って門をくぐった。
エリスは気にしないで、と首を振った。
迎えにきたニルフにつれられ、遅い昼食をとり、久しぶりの帝都をゆっくりと見て回った。遠征から帰ってきたばかりで疲労はたまっていたが、実に有意義な休日だった。
「あなたも、相変わらず子供の時のままね。いえ、むしろ大人びた子供だったんだわ、私たち。ようやく、見た目が追いついてきたのね」
エリス・アーカムは、きらびやかなドレスではなく、しっかりとした生地の、作業着めいた衣服のほうが似合う女性だ。本人にも自覚があるようで、小さな頃から男のような格好を好んでしていた。
化粧をして着飾れば、どんな男をも黙らせてしまう美貌はたしかなのに、男勝りの気質のせいだろうか。
豊かなブルネットの髪にはカールが掛かり、肩の位置でくるくると奔放にはねている様は女性的で、街頭の白すぎる光を浴びて硬質的に輝く様は妖艶な美しさも感じさせた。
なのに、どこか勇ましい。
コートの下に銀色の鎧を着込み、このまま戦場へと飛び出してゆきそうだ。
軍服を着込んでいるレオンハルトよりもずっと、エリスの凜々しさは軍人らしかった。そう、口に出して言えば、さすがに怒るかもしれないが。
エリスの弟であるニルフは、婚約者たちに遠慮したか、オスカー家の門より少し離れた場所で停車している馬車に残っているちらちらと、視線を感じるようなきになるのは、気のせいだろうか。
「挨拶を、というわけではないけれど、うちで休んでいかなくても大丈夫かい? 馬車にずっと乗っているのは疲れるだろう?」
「心配ご無用よ、これくらいなんともないわ。馬で野原を駆けているほうがずっとおしりが痛いわよ」
「君の心配はしていないよ、ニルフが辛そうな顔をしていたからね」
「まあ、ひどいわね。婚約者でなく、弟の心配?」
つんと、唇をとがらしたエリスは、すぐに大きな口を開けて笑った。
「いいのよ、今回の顔合わせはもともとニルフが言い出したことなのだし。馬車に半日揺られただけで音を上げるなんて、ひ弱すぎるわ」
「半日も、だと思うけどね。まあ、ニルフの矜持もあるだろうから僕はおとなしく帰るとしよう」
小指の爪ほども、浮かれた話題のない二人の会話を馬車で待つニルフが聞いていたら、さぞがっかりするだろう。
昼食をともにしていたときも、話題はもっぱら政治のことばかりで、もっと色恋に浮いた話をするべきだと怒られてしまった。
ニルフの言い分には一理あるが、仕方がないと割り切ってもらうしかない。
「本当に、いいのかい?」
「レオンとの婚約のこと?」
頷くと、エリスは肩をすくめて後ろ頭を掻いた。
おしとやかさなどみじんもない仕草だが、自然体のエリスはどんなときよりも魅力的だと思う。
思うからこそ、男女の感情をもてないことが残念に思えた。
エリスは幼なじみで、誰よりも頼りになる友人だ。それ以上でも、それ以下でもない。
「愛のない結婚でも、君は大丈夫なのかい?」
「はっきりいうのね、レオン。ニルフが聞いていたら、泡を吹いて倒れていたわ」
案の定、エリスは憤慨することなく自然に笑って受け流した。
「せめて、殴りかかるくらいはしてほしいものだけどね」
「無理よ、あの子ああ見えてレオンを尊敬しているんだから」
ふたり、顔をつきあわせて笑い合う。子供の頃と、全く同じ関係は心地よささえある。
「愛がないからこそ、貴方ならうまくいくんじゃないかなって思ったの。そうでしょ、レオン」
レオンがお見通しだったように、エリスもまた、お見通しだったようだ。
「仲の良い友人同士は、傍目から見れば最良の夫婦なのかもしれないね」
同意して頷くと、エリスはブルネットの髪を掻き上げた。レオンから視線を外し、星が瞬く夜空を見上げた。
「ニルフが乗り気でも、私たちはまだ、婚約しただけだわ。結婚にまでいくにはまだ、時間が掛かるでしょう。私たちの間には、覚悟なんていらないけれど、もし、本当に愛したい人が現れたらその時は……わたしに、ちゃんと紹介してね」
はっきりとした物言いが魅力であるエリスが、ここにきて初めて言葉を濁した。
最良とは思えても、迷いがないわけではなさそうだ。
「ごめんなさい、久しぶりに顔を合わせて早々にする話題じゃなかったわね。半年ぶりの、戦地からの帰還なんだから、無事をご両親に報告して親孝行でもしてやりなさい」
じゃあね。とエリスは右手を振って、背を向けた。
馬がいななきをあげ、馬車が動き出すまで見送って、レオンは重い荷物を再び背負って門をくぐった。
0
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる