六股聖女の七度目の召喚 〜正体を隠して日本に戻るまでの一年間を逃げ切りたい聖女ヤマダと六人の王の攻防記〜

小声奏

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聖女ヤマダ

02

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ヒールで森の中を歩くのは骨が折れた。
 けれど幸いヒールが折れる前に人に出会えた。
 ――ほら、やっぱり大丈夫。

 「そこのお前、止まれ!」

 相手は鎧を着て、槍をかまえているけど……。
 兵士らしき男は首から下げた笛を手に取ると勢いよく息を吹き込んだ。
 ピィィィと甲高い音が木々の間をこだまする。
 するとあちらこちらから枝が折れる音や、枯れ草を踏みしめる音がして、あっという間に兵士に囲まれた。

「お前、何者だ」

 笛を吹いた兵士は槍の切っ先を私に向けたまま、誰何する。
 私は胸の前で左右の掌を合わせると目を閉じて頭を下げた。

「聖女です」

 所作は坊さんですが。

「……何? 聖女?」

 兵士は困惑している。私は頭をあげると掌を合わせたまま微笑んだ。

「はい、聖女です」
「ふざけるな!」

 馬鹿にされたとでも思ったらしい、兵士が怒りに顔を歪ませ怒鳴り声をあげた。

「ふざけてなどおりません。証拠をお見せしましょう」

 言うなり兵士が向ける槍の刃を掴み、さっくりと自分の腕に刺す。
 ――痛い。
 ちょっと勢いよくやりすぎた。
 ブラウスを貫通した刃先は、難なく皮膚を裂いた。赤い筋が幾重にも流れ、腕に垂れ下がるブラウスの残骸を血に染めていく。

「お、おい、なにを……な、なに!?」

 突然の奇行に狼狽する兵士。
 その眼前で、ぱっくりと痛々しい姿を晒していた傷口が見る間に塞がっていく。兵士はその場に尻餅をついた。

「ば、化け物」

 失礼な。

「聖女です」

 自分で聖女だと名乗ったけれど、実際のところ、聖女らしい力なんてない。人々を癒す力も、雨を降らすような力もない。
 私にあるのはこの自己再生能力だけ。
 私の体は異世界にいる間変化を嫌うらしい。髪も伸びない歳も取らない。刺されてもすぐに完治するし、毒にも耐性があるらしく常人が五分で力尽きる毒霧の谷を走破できた。ただし、痛みは感じるし、毒霧の中を進むのは七転八倒の苦しみだった。

「聖女?」
「はい、聖女です」

 ここでオドオドしたりしてはいけない。私は堂々と「神の御技です」と告げ、再び掌を合わせて頭を下げた。
 ――戸惑ってる戸惑ってる。
 兵士たちは誰一人として動かない。信じられない光景を目の当たりにし、どうしたらいいのかわからないといった様子だ。
 掌を合わせたまま、彼らの出方を待つ。
 ややして、どこからか声が聞こえた。

「聖女だと?」
「そういえば、この森の奥に聖なる泉があるらしい」

 ――靴をダメにしてくれたあそこか。

「もしかして本当に聖女?」

 ――いいぞ、その調子。

「聖女なんているもんか」

 ――おい、余計なことを言うな。

「いや、以前賢王様がおっしゃっていたのを耳にしたことがある。聖女は実在すると」

 ――賢王?

 一人の兵士の言葉に私は耳をそばだてた。
 前回の召喚で、出会った人物も賢王と呼ばれていた。賢き王。その二つ名の通り、とても頭の回る人だった。
 どこの世界にも賢王と呼ばれる人物はいるものらしい。

「では賢王様に検めていただいては?」
「お手を煩わせるがそれしかあるまい。しかし急がねば、もうすぐ会談がはじまるぞ」

 こうして私は兵士たちに伴われて森の中をさらに移動することになった。
 彼らの私に対する態度は様々だ。
 化け物呼ばわりした兵士は腰が引けているし、疑いの声をあげた兵士はあからさまに警戒している。しかし中には奇跡を見たからか、恭しい態度をとる者もいた。

「あの、聖女様……」

 気遣わしげに声をかけてきたのは、すぐ隣を歩く年若い兵士だった。おそらくまだ十代だろう。声にも肌にも張りがある。
 兜から覗く目は深い海の青、髪は茶。
 ――懐かしい色合い
 過去の召喚で出会った少年と同じ色だ。
 意地っ張りで、驚くほど強いのに不器用で、優しかった。最後に会ったときから六年の時が流れている。
 彼の瞳も吸い込まれてしまいそうな青色だった。
 じっと瞳を見つめると、若い兵士は恥ずかしげに視線を外す。

「お寒くはないですか?」

 足は泉の水で、ブラウスは己の血で濡れそぼっている。

「寒いです」

 素直にそう言うと、鎧の肩にかかっているマントを外し手渡された。

「よろしければ、どうぞ。こんな物しかなくて恐縮ですが……」
「お気遣いに感謝いたします。神もお喜びになることでしょう」

 私は遠慮なくマントにくるまった。兵士の肩から膝裏までを覆っていたそれは、私が肩にかけると引きずりそうなほど長い。

「あの、聖女様はなぜ顕現されたのですか? やはり六王の会談が開かれることと関係が?」

 六王? なんじゃそりゃ。

「そうであるとも、ないとも言えます」

 またまた胸の前で合掌する。

「私が八百万の神々から賜りました使命は、迷える子羊を導くことです。たとえ今が苦難の時でも努力を惜しまねば、必ず明日は開かれるのです。ドウマンセイマン」

 適当な言葉を並べ立ててみた。

「迷える子羊……。確かに聖女様のおっしゃる通りです!」

 なぜか若い兵士は感激したようだった。
 大丈夫か君。壺とか買わされそうで心配だ。

「荒れ狂う海流や濃霧が世界の各地で収まり、六つの大陸の往来が可能になって一年。我らは未だ深い霧の中を彷徨っていると言えましょう」

 どうやらこの世界は今、転換期を迎えているらしい。
 いいことだ。混乱の中にある人々は付け入りやすい。
 ふと、頭上の木々が途絶え、光が差し込んだ。
 前方に目をやれば、白い石で出来た建造物が目に入る。苔むした土台に磨きあげられた柱。石造りの屋根と、木製の屋根に別れた回廊。どうもちぐはぐだ。長年放置されていたものに急いで手を加えたといった風情だった。

「あ、賢王様がいらっしゃるぞ」

 兵士の一人が声をあげる。視線の先を辿れば、兵に先導されて、回廊を歩く男性の姿が見えた。見覚えのある服はフロックコートによく似ている。
 その隣にはグレーのローブを纏った人物。すっぽりとフードを被った姿には既視感があった。ありすぎた。
 時が止まったかと思った。
 荒れ狂う心のままに、あげそうになった叫び声を飲み込む。
 ――なんでなんでなんでなんでなんで!?
 いやいや待て。もしかしたら他人の空似かもしれない。

「もし、賢王の名はパーヴェル・バタノフ様とおっしゃいませんか?」

 若い兵士は「その通りです」と頷いた。

「それで、隣を歩くローブの方は幻王ナルヒ様?」

 今度は目を見張って頷く。

「聖女様は賢王様と幻王様をご存知なのですか?」
「直接御目にかかったことはございません。たった今天啓がありました」

 嘘だ。 
 パーヴェル・バタノフは六回目の召喚で出会った人物。ナルヒは五回目に出会った人物である。
 そして、異世界にいた間パーヴェルとは婚約者。ナルヒとは恋人という立場だった。つまり両者とも――元カレであった。
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