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聖女ヤマダ
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ちぐはぐだ。と思った建造物は近くに来るとその特徴がより顕著になった。
長い年月風雨に晒されてきたのだろう。回廊の石は凹凸が出来ているものが多かった。歩きやすいように溝が埋められて磨かれている箇所もあれば、欠けたまま放置されている箇所もある。違う色の石が使われている箇所もある。余程慌てて手を入れたのだろうと想像がついた。
中央海に浮かぶ孤島。そうパーヴェルは言った。
一年前までこの島は無人だったのかもしれない。
島にいた住人は死に絶えたのか、それとも航海が不可能になる前に他の大陸に渡ったのか。
後者であってほしいと思う。島を歩けば遺骨に当たる、だなんて経験はしたくない。
パーヴェルは一年前と全く変わらない。後ろに撫で付けられた金色の髪。一見優しげな茶色い瞳。皺ひとつないコートを着こなし、時折、気遣うような視線を寄越して見せる。完璧な紳士だ。ただし腹が黒い。
対して後ろをついて歩くナルヒは……。どうも前回会ったときとは様子が違う。
グレーのフードを目深に被ったローブ姿。これは変わらない。やや猫背気味なのも同じだ。しかし、以前は肩より短く切り揃えられていた髪が腰辺りまで伸びている。美しい髪色だが、伸ばしっぱなしの感が否めない。
ナルヒと出会ったのは二十歳の誕生日だった。彼は二歳下。十八歳という若さで、夜と昼がそれぞれ半年間続く不可思議な大陸ナーリスヴァーラに唯一存在する国に、幻王として君臨していた。
彼の国の王は世襲制ではない。
最も強大な力を持つものが王となり、人々の生活を支える。
夜の季節には、育たたぬはずの作物を実らせ、昼の季節には人々に安寧を与える。
理屈はさっぱりわからない。
私にわかるのは、初めて彼と出会った洞窟の奥にある巨大な水晶のような石に、ナルヒが力を注いでそれらを実現させていたということだけ。
当時のナルヒは究極のイエスマンだった。こっちが心配になるほど素直で、裏表がなく、たった一人で王国の人々を支えていた。
決して豊かな国ではなかったけれど、食うに困るほどでもない。
国情は安定していて、六度の召喚の中で一番穏やかな月日を過ごせたと思う。
ナルヒは私を聖女だと信じ込んで疑うこともなかったし、「私のナルヒ様を!」だなんて息巻く恋敵が登場してくることもなかった。
ぶっちゃけ暇だった。暇すぎた。
一日の大半を水晶の側で過ごすナルヒは、私が外を出歩くのを嫌がった。養い護ってもらっている以上、我儘を通すわけにもいかない。
水晶が鎮座する洞窟の真上に建てられた、神殿のような宮殿のような場所で、ひたすら食っちゃ寝する日々。
不摂生な生活をしていても、変化を嫌う体は、太りもせず、肌があれることもなく……
あれで娯楽さえ充実していれば言うことはなかったのに。
過去を懐かしむうちに、目的の場所に着いたらしい。
「どうぞ、聖女様」
と言われて通されたのは客室らしき部屋だった。
回廊と同じ石造りの床には、中央に絨毯が敷かれている。
その上にはテーブルと一人がけの布張りの椅子が4脚。
入り口正面にある瑠璃の入った大きな窓ははめ殺し。その両隣にある小さな窓は開け放たれ、室内に流れ込む風が緞帳のように厚みのあるカーテンを微かに揺らしていた。
右手奥には他の部屋に通じるらしい扉が見える。
左手には空っぽの書棚。
ふと天井を見上げて、吊るされた小ぶりの装飾魔光球シャンデリアに気づいて首をかしげる。これまでナルヒの国でしか見たことがないものだった。
「さすが聖女様。ご慧眼、恐れ入ります。装飾魔光球シャンデリアに目を止められるとは」
随従の一人に何やら指示を出していたパーヴェルが、そんな私に目敏く気づいて声をかける。
「あれは、こちらのナルヒ王の魔力……で稼働するものなのだそうです。言語の翻訳を自動で行なってくれるとか」
パーヴェルの説明によると、この装飾魔光球シャンデリアはこの建造物の中にいくつか設置されていて、広い建物内の全域をカバーしているらしい。
それだけではない。島の中央に位置するこの場所を中心に島のあちらこちらにも同様の効果を持つ魔光球が置かれているとか。
――どうりで……
おかしいと思ったのだ。
パーヴェルのいた大陸バツィンと、ナルヒの大陸ナーリスヴァーラでは別々の言語が使われていたはずだったから。
はず、というのは私が会話に困ることがなかったためイマイチ確信が持てなかったからである。全く会話に不自由しなかったものだから、ずっとみんな日本語を喋っているものだと思っていたほどだ。阿呆である。
文字を見て読めないと気づいた時は衝撃だった。
その文字が毎回違うものだから、違う言語だろうと当たりがついたし……六度の召喚は別々の世界だという考えを助長しもした。
もう、現実から目を背けるのはやめよう。
私が飛ばされた六つの場所は同一の世界だったのだ。
だって……森の中にいた兵士が着ていた鎧は、六度目に飛ばされたバツィン大陸で目にしたものに形状が非常に似ていたし、廊下で待つ随従の人々が身につけているのはバツィンとナーリスヴァーラでよく目にしたものだ。
その他にも回廊ですれ違った紙の束を抱えた人は四度目の召喚先であるダールの服を、中庭の木を剪定していた人は二度目のカルヴェの服を、窓の奥の室内に見えた弦楽器を抱えいた人は三度目のサデーロの服を、そして回廊に散見される兵士は初めて飛ばされた大陸アクスウィスの服を着ていた。
長い年月風雨に晒されてきたのだろう。回廊の石は凹凸が出来ているものが多かった。歩きやすいように溝が埋められて磨かれている箇所もあれば、欠けたまま放置されている箇所もある。違う色の石が使われている箇所もある。余程慌てて手を入れたのだろうと想像がついた。
中央海に浮かぶ孤島。そうパーヴェルは言った。
一年前までこの島は無人だったのかもしれない。
島にいた住人は死に絶えたのか、それとも航海が不可能になる前に他の大陸に渡ったのか。
後者であってほしいと思う。島を歩けば遺骨に当たる、だなんて経験はしたくない。
パーヴェルは一年前と全く変わらない。後ろに撫で付けられた金色の髪。一見優しげな茶色い瞳。皺ひとつないコートを着こなし、時折、気遣うような視線を寄越して見せる。完璧な紳士だ。ただし腹が黒い。
対して後ろをついて歩くナルヒは……。どうも前回会ったときとは様子が違う。
グレーのフードを目深に被ったローブ姿。これは変わらない。やや猫背気味なのも同じだ。しかし、以前は肩より短く切り揃えられていた髪が腰辺りまで伸びている。美しい髪色だが、伸ばしっぱなしの感が否めない。
ナルヒと出会ったのは二十歳の誕生日だった。彼は二歳下。十八歳という若さで、夜と昼がそれぞれ半年間続く不可思議な大陸ナーリスヴァーラに唯一存在する国に、幻王として君臨していた。
彼の国の王は世襲制ではない。
最も強大な力を持つものが王となり、人々の生活を支える。
夜の季節には、育たたぬはずの作物を実らせ、昼の季節には人々に安寧を与える。
理屈はさっぱりわからない。
私にわかるのは、初めて彼と出会った洞窟の奥にある巨大な水晶のような石に、ナルヒが力を注いでそれらを実現させていたということだけ。
当時のナルヒは究極のイエスマンだった。こっちが心配になるほど素直で、裏表がなく、たった一人で王国の人々を支えていた。
決して豊かな国ではなかったけれど、食うに困るほどでもない。
国情は安定していて、六度の召喚の中で一番穏やかな月日を過ごせたと思う。
ナルヒは私を聖女だと信じ込んで疑うこともなかったし、「私のナルヒ様を!」だなんて息巻く恋敵が登場してくることもなかった。
ぶっちゃけ暇だった。暇すぎた。
一日の大半を水晶の側で過ごすナルヒは、私が外を出歩くのを嫌がった。養い護ってもらっている以上、我儘を通すわけにもいかない。
水晶が鎮座する洞窟の真上に建てられた、神殿のような宮殿のような場所で、ひたすら食っちゃ寝する日々。
不摂生な生活をしていても、変化を嫌う体は、太りもせず、肌があれることもなく……
あれで娯楽さえ充実していれば言うことはなかったのに。
過去を懐かしむうちに、目的の場所に着いたらしい。
「どうぞ、聖女様」
と言われて通されたのは客室らしき部屋だった。
回廊と同じ石造りの床には、中央に絨毯が敷かれている。
その上にはテーブルと一人がけの布張りの椅子が4脚。
入り口正面にある瑠璃の入った大きな窓ははめ殺し。その両隣にある小さな窓は開け放たれ、室内に流れ込む風が緞帳のように厚みのあるカーテンを微かに揺らしていた。
右手奥には他の部屋に通じるらしい扉が見える。
左手には空っぽの書棚。
ふと天井を見上げて、吊るされた小ぶりの装飾魔光球シャンデリアに気づいて首をかしげる。これまでナルヒの国でしか見たことがないものだった。
「さすが聖女様。ご慧眼、恐れ入ります。装飾魔光球シャンデリアに目を止められるとは」
随従の一人に何やら指示を出していたパーヴェルが、そんな私に目敏く気づいて声をかける。
「あれは、こちらのナルヒ王の魔力……で稼働するものなのだそうです。言語の翻訳を自動で行なってくれるとか」
パーヴェルの説明によると、この装飾魔光球シャンデリアはこの建造物の中にいくつか設置されていて、広い建物内の全域をカバーしているらしい。
それだけではない。島の中央に位置するこの場所を中心に島のあちらこちらにも同様の効果を持つ魔光球が置かれているとか。
――どうりで……
おかしいと思ったのだ。
パーヴェルのいた大陸バツィンと、ナルヒの大陸ナーリスヴァーラでは別々の言語が使われていたはずだったから。
はず、というのは私が会話に困ることがなかったためイマイチ確信が持てなかったからである。全く会話に不自由しなかったものだから、ずっとみんな日本語を喋っているものだと思っていたほどだ。阿呆である。
文字を見て読めないと気づいた時は衝撃だった。
その文字が毎回違うものだから、違う言語だろうと当たりがついたし……六度の召喚は別々の世界だという考えを助長しもした。
もう、現実から目を背けるのはやめよう。
私が飛ばされた六つの場所は同一の世界だったのだ。
だって……森の中にいた兵士が着ていた鎧は、六度目に飛ばされたバツィン大陸で目にしたものに形状が非常に似ていたし、廊下で待つ随従の人々が身につけているのはバツィンとナーリスヴァーラでよく目にしたものだ。
その他にも回廊ですれ違った紙の束を抱えた人は四度目の召喚先であるダールの服を、中庭の木を剪定していた人は二度目のカルヴェの服を、窓の奥の室内に見えた弦楽器を抱えいた人は三度目のサデーロの服を、そして回廊に散見される兵士は初めて飛ばされた大陸アクスウィスの服を着ていた。
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