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12 ボルダン伯爵家の父娘

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 ドロテア・ボルダンの生家ボルダン伯爵家。
 商売を成功させ帝国の発展に寄与したとして、曾祖父の代に三代貴族としてボルダン男爵位を得た家柄だ。

「ああ、イライラする」

 そのボルダン家の一人娘は最近荒れていた。いや、元から性格は捻じ曲がっていたので、より酷さを増したと表現した方が良いかもしれない。



 レーヴァンダール帝国では男爵位を与えられた後、帝国に貢献し続ける事が出来れば子の世代は子爵、孫の世代は伯爵と爵位が上がる機会を与えられる。
 つまり、才能溢れる者はその技能や知識を持つ自分自身を、富める者はその財産を国に献上し、特権階級であり続ける事が出来るのだ。

 だが、伯爵位まで上がった後は、世襲貴族と姻戚関係を築けなければ爵位を国に返上する事になる。
 帝国を能力ある人材や単純に財力で発展させながらも、むやみやたらに貴族階級の者を増やさないよう定められた制度だ。

 ボルダン家は代々商売で得た利益を国に献上し、爵位を維持して来た。初代ボルダン男爵の曾孫に当たるドロテアが世襲貴族と婚姻さえすれば、ボルダン家は伯爵家として子々孫々特権階級の仲間入りをする。


「もうこんな生活は嫌!」

 ドロテアは、生家の世襲貴族入りの悲願を叶えるため生まれてきた。何不自由なく蝶よ花よと育てられ、間もなく十七歳を迎える。
 その歳の帝国貴族女性で婚約者候補すらいない者は、ケチが付いた者か変わり者とみなされる。

「なんでこんなに可愛い私が婚約者もいないで、独り家で過ごさなくてはいけないのよぉ!」

 無意味にティーカップをスプーンでグルグルとかき混ぜながら、膨らませた頬に左手で杖をついて独り言ちる。
 一月前に開催された卒業パーティーの後、婚約の申し込みを誰からもされないどころか、同級生だけでなく他の年頃の貴族男性からも嫌悪されるようになっていた。

「これもそれも、全部モニカのせいよね」

 彼女の理屈では、早くモニカがセオドアとの関係は恋仲でないと否定してくれていれば、こんな事にはならなかったらしい。自分が勘違いする事もなかったし、無駄な労力や時間を使わずに済んだと思っていた。
 セオドアどころか、誰からも言い寄られなくなった原因を屁理屈で全てモニカのせいにし、勝手に恨みを募らせている。

 そもそも、セオドアにアピールしたいがために、モニカを利用しようと近づいたのはドロテアだ。それで仲の良い幼なじみの関係を心得違いし、挙げ句の果てに陰湿にモニカを苛めて貶めようとしたのは彼女なのだが。

 成長出来ない人間は、自分に非があるとは思えないものだ。

 自分とセオドアが深い仲だと触れ回っていれば、自ずと男性たちはドロテアを婚約者候補から外しただけだし、皇族と二つの公爵家の怒りを買った女を娶りたいとは誰も思わないのだが……。

「涼しい顔をしていつの間にか官僚になっているなんて、本当忌々しい女!」

 モニカを思い出して感情のコントロールが出来なくなったらしく、手当たり次第その辺りに転がっていたぬいぐるみを殴り、蹴り、引き千切っては当たり散らす。

「ハア――ハア――ハア――」


 ――コンコンコン――

 暴れ疲れ、ベッドに寝転がったドロテアの部屋に来訪者があった。

「誰っ!?」
「ドロテア、パパだよ? 何だかすごく大きな音がしていたようだけど――」

 年頃の娘の部屋に遠慮がちに入って来たボルダン伯爵は、その惨状に肉に埋もれかけた目を見開く。

「ドロテア、どうしたんだい? みんなお気に入りのぬいぐるみだったんじゃあないのかい?」
「パパぁ。私、悔しいの。なんで私がこんな辱しめを受けなきゃならないの? こんな可愛い女の子が独りで部屋に閉じ籠っているなんておかしいわぁ!」
「ああ、ああ。なんて可哀想なドロテア……。大丈夫だよ、必ずパパがいい人を見つけてあげるからね」

 ドロテアはますます不貞腐れたように頬を膨らまし、父親に詰め寄る。

「あの女さえいなきゃ、今頃私は婚約者と楽しい毎日を送っているはずだったの! ねえ、パパ。私、あの女よりも地位の高い男の人のところに嫁ぎたいわ」
「そうだね。ドロテアは公爵夫人なんかで収まる器じゃなかったんだよ」

 この父娘、ドロテアが幼い頃に母を亡くしてからというもの、ずっとこのような調子で生きてきた。
 父からすれば娘は野心を叶えるための道具で、物を与え下手に出ていれば容易く操れる。
 娘からすれば父は何でも言う事を聞き、自分の欲をどこまでも満たしてしてくれる存在だ。

「でも、そうなるとこの国では二人の皇子しかいないわね。いっそ外国に嫁ごうかしら?」
「だ、だめだよ。そんな遠くに行ってしまったら、パパは悲しいじゃないか。パパが、必ずなんとかしてみせるから、この国の人のお嫁さんになっておくれよ」

 それなら仕方がないわねとでも言わんばかりに、ドロテアは上向きの鼻をさらに上にし、フンと鳴らした。そして、しばし考えを巡らせる。

「でも、第二皇子は顔が傷物の仮面男で気持ち悪いでしょ? そうなると、第一皇子しかいないわ」
「そうだね、あんな化物にドロテアをやる気はパパもないよ。第一皇子に嫁ぐなら、きっと未来の皇后にドロテアがなるんだね。ようし、パパも頑張るよ」
「皇后!? すごいわ! モニカなんか目じゃないわね! 嬉しい、パパ大好き!」




 ドロテアの部屋を去り、書斎に戻ったボルダン伯爵は父の代から仕える家令を呼びつけた。

「第一皇子ジェラルド様の誕生パーティーの招待状は?」
「ご公務がお忙しい様で、今年もパーティーの開催を見送るそうです」
「引き籠りの第一皇子と仮面の第二皇子。まだ長子で顔に傷のない第一の方がましか……。最高級の祝いの品でも送りつけておけ」

 そもそもボルダン伯爵に祖父や父親のような商才はない。年々遺産を削り、底が見え始めた財産を使ってかろうじてドロテアを学園に通わせた。

「畏れながら、さらに資金が厳しくなっております」
「使えぬ奴だ。それを何とかするのがお前の仕事だろう」

 ドロテアのためとは言っているが、この男の中には権力欲しかない。娘を猫可愛がりしているが、彼女は自分が上に行くための駒の一つで、言う事を聞くうちは只の愛着ある所有物だ。

 投資話でも持ちかけて金を集められれば、元手もかからず容易いが、浅はかな娘のせいでこの家の株はダダ下がりした。

(仕方ない。何か策を考えねばならんな。とにかく、ドロテアを高貴な男に嫁がせるしかない。見た目だけは私そっくりで愛らしいから、第一皇子の目にさえ止まれば必ずや見初められるだろう)

 残念ながら、伯爵も亡き両親から大層甘やかされ育った。自分の容姿を客観的に判断出来ず、怠惰な生活を送り続け醜悪さを増した今でも、自分を極上の色男だと思っている。
 馬鹿で性格は悪いが、自分似の美しい・・・ドロテアが、身分の高い男に嫁ぎさえすれば、歴とした世襲貴族となりボルダン家は安泰だとも思っている。

(搾取される側からする側に、もうすぐなれるのだ)

「留守中、ドロテアが勝手に動き回らないよう見張っておけ」
「かしこまりました」

 表情を隠すかのように、家令は深々と頭を下げた――
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