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第2章 黒領主の旦那様
29 過去を知る人
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コテージに着いてしばらくすると、一人の訪問者があった。四十路近くの、眼鏡をかけた生真面目そうな女性だ。
「私はニナと申します。もう二十年、レイラ様付きの侍女をしております」
「あの後、おかあ――レイラ様は大丈夫でしたか?」
「クローディア様がお生まれになった時も、私がレイラ様のお側におりました。どうか、レイラ様をお母様と呼んで差し上げてください。きっと喜ばれますよ。そして、レイラ様はお父君を見事にあしらい問題ありません。あの方は見た目だけは華奢ですが、中身は殿方のような御方ですから」
「ありがとうございます。少し安心できました」
私はニナさんを招き入れ、お父様とお母様の昔話を聞いた。母だと直接話し辛いこともあっただろう。聞く側としても、両親の恋の話など気恥ずかしい感じもする。
ニナさんの口から聞くお父様とお母様の過去は、第三者からの視点で俯瞰されていて、すんなり心に染み入り感情移入ができた。
「ハイド領を立つ時のレイラ様ほど、憔悴しきった人を私は見たことがありません。その時、ずっとこの方のお側にいようと誓いました」
「……。ニナさん……。聞かせてくれてありがとうございます」
悲しい恋の話を聞いた私がユージーンの胸を借りて泣き濡れた後、ニナさんはクイと眼鏡を上げ姿勢を正した。
「私が本日こちらに来たのは、レイラ様の願いをお伝えするためでもあります。今からお聞かせする事はこの公国の機密事項です。パワーバランスを崩しますので、覚悟してお聞きください」
「母がそれを望むのなら、私は是非聞きたいです」
「当然、未来の妻の背負う事は私も共に背負います」
私とユージーンも背すじを伸ばし、ニナさんの話しに耳を傾けた。イスティリア王国の私たちに聞かせるということは、よほどお母様は追い詰められているのだろう。そう想像できる内容だった。
飛竜は試練を乗り越えた者の命のみを聞く。今を生きる者で試練を終えた人物はお祖父様とお母様、そしてコンラッドさんの三人。
現在はお母様の命で王国との定期便に飛竜を利用しているが、他の二人が命を変更すれば、飛竜は数が多い方に従ってしまうらしい。
お祖父様とコンラッドさんが命じれば、イスティリア王国とウィンドラ公国の国交は閉ざされる。ウィンドラの山谷風は飛竜の加護があってこそ越えられる。
そんな地の利があってこそ独立を果たした公国なのだ。
「レイラ様は、クローディア様とユージーン様お二人に試練を受けていただきたいとお考えなのです」
「試練の内容とはどのようなものでしょうか?」
「残念ながら、試練はその人間に試練となるようなものが課せられるそうです。何が課せられるかは、試練の谷に赴かないと分かりません」
試練を受けるとなると恐怖心が芽生えてくる。だけど――
「私は受けたい。このままでは二度とお母様に会えなくなってしまう。やっとこうして会えたのに……」
「俺はクローディアに危険なことはしてほしくはない。でも、クローディアにこれから先、悔いを残した生を生きてほしくもない。俺が守ればいいだけか……」
でも、ニナさんが首を振る。
「ユージーン様。残念ですが、試練は個々に与えられるのです。クローディア様と試練を伴にすることはできないと存じます」
「でも、お母様が提案をしたのなら、私にも無事試練を乗り越えられる力があると、信じてくれたからでしょう?」
「左様でございます。レイラ様はお二人なら必ず、試練を乗り越えられると信じておられます」
私はしっかりとユージーンの目を見て伝えた。
「ユージーン、試練を受けてほしい。私とお母様を助けて」
綺麗な金の瞳がゆったりと細められ、私の頬に長い指が添えられた。
「ロシスターの騎士はその言葉に弱いんだ。俺がクローディアたちのために試練を受けることに、何一つ迷いはない」
「ユージーン……」
「クローディア……」
ユージーンの手に自分の手を重ねる……。
「ゴホゴホッ」
「「!!」」
ニナさんを取り残して自分たちの世界に入ってしまった……。
「ユージーン様はオリバー様とソフィア様に大変似ていらっしゃいますね。あの方たちもよく二人だけの世界に入っていかれたものです」
「そ、そうか?」
「クローディア様もお優しいところはクライヴ様に似ていらっしゃるのに、以外と情熱家なところはレイラ様に似たのでしょうか」
「は、はあ……」
いたたまれない……。二十年母の侍女を勤めるだけあって、ニナさんのお小言は愛情に満ち溢れていて、それがチクリと良心に刺さってくる。
流石ベテラン侍女だわ。
「まだ婚約中なのですから、節度は守って下さいませ。悲恋はクライヴ様とレイラ様でもう沢山です。見ている方だって苦しいのですよ? 順序はた・い・せ・つ・に!」
「「はい!」」
「――それでは準備が出来ましたら、私が試練の谷にご案内いたします。ですから今日は盛り上がらず、ゆっくりお休みください」
思いっ切り釘を刺し、眼鏡をキラリとさせたニナさんは颯爽と母の元へと帰って行った。
確かに二人きりではあるけれど、そんなに釘を刺していかなくても私とユージーンは大丈夫。そう思っていると、ユージーンがなぜだか距離を詰めてきた。
「言われなくてもちゃんと節制している。俺がどんなに耐えているのかを知ってほしいくらいだ。あんな風に言われると、逆に火がつかないか?」
「えっ?」
ユージーンの雰囲気がおかしい……。ニナさんの言葉は逆にユージーンを焚き付けてしまったのでは?
ずっと手を繋ぐくらいしかしてこなかった。キスはおでこまで。
ユージーンが私を大切に扱ってくれていることは充分分かっている……。
でも、私だって、もっとユージーンと触れていたいと思う……。
私の隣に座ったユージーンが私の頬に手を添える。ユージーンの金の瞳に捕らわれ、身動きできない。
「大事に想っている。試練に赴くナイトに月の女神の祝福をくれ」
ユージーンの鼻先が私の鼻先に触れる。恥ずかしくて瞳を閉じると、一つだけキスが落とされた――
「私はニナと申します。もう二十年、レイラ様付きの侍女をしております」
「あの後、おかあ――レイラ様は大丈夫でしたか?」
「クローディア様がお生まれになった時も、私がレイラ様のお側におりました。どうか、レイラ様をお母様と呼んで差し上げてください。きっと喜ばれますよ。そして、レイラ様はお父君を見事にあしらい問題ありません。あの方は見た目だけは華奢ですが、中身は殿方のような御方ですから」
「ありがとうございます。少し安心できました」
私はニナさんを招き入れ、お父様とお母様の昔話を聞いた。母だと直接話し辛いこともあっただろう。聞く側としても、両親の恋の話など気恥ずかしい感じもする。
ニナさんの口から聞くお父様とお母様の過去は、第三者からの視点で俯瞰されていて、すんなり心に染み入り感情移入ができた。
「ハイド領を立つ時のレイラ様ほど、憔悴しきった人を私は見たことがありません。その時、ずっとこの方のお側にいようと誓いました」
「……。ニナさん……。聞かせてくれてありがとうございます」
悲しい恋の話を聞いた私がユージーンの胸を借りて泣き濡れた後、ニナさんはクイと眼鏡を上げ姿勢を正した。
「私が本日こちらに来たのは、レイラ様の願いをお伝えするためでもあります。今からお聞かせする事はこの公国の機密事項です。パワーバランスを崩しますので、覚悟してお聞きください」
「母がそれを望むのなら、私は是非聞きたいです」
「当然、未来の妻の背負う事は私も共に背負います」
私とユージーンも背すじを伸ばし、ニナさんの話しに耳を傾けた。イスティリア王国の私たちに聞かせるということは、よほどお母様は追い詰められているのだろう。そう想像できる内容だった。
飛竜は試練を乗り越えた者の命のみを聞く。今を生きる者で試練を終えた人物はお祖父様とお母様、そしてコンラッドさんの三人。
現在はお母様の命で王国との定期便に飛竜を利用しているが、他の二人が命を変更すれば、飛竜は数が多い方に従ってしまうらしい。
お祖父様とコンラッドさんが命じれば、イスティリア王国とウィンドラ公国の国交は閉ざされる。ウィンドラの山谷風は飛竜の加護があってこそ越えられる。
そんな地の利があってこそ独立を果たした公国なのだ。
「レイラ様は、クローディア様とユージーン様お二人に試練を受けていただきたいとお考えなのです」
「試練の内容とはどのようなものでしょうか?」
「残念ながら、試練はその人間に試練となるようなものが課せられるそうです。何が課せられるかは、試練の谷に赴かないと分かりません」
試練を受けるとなると恐怖心が芽生えてくる。だけど――
「私は受けたい。このままでは二度とお母様に会えなくなってしまう。やっとこうして会えたのに……」
「俺はクローディアに危険なことはしてほしくはない。でも、クローディアにこれから先、悔いを残した生を生きてほしくもない。俺が守ればいいだけか……」
でも、ニナさんが首を振る。
「ユージーン様。残念ですが、試練は個々に与えられるのです。クローディア様と試練を伴にすることはできないと存じます」
「でも、お母様が提案をしたのなら、私にも無事試練を乗り越えられる力があると、信じてくれたからでしょう?」
「左様でございます。レイラ様はお二人なら必ず、試練を乗り越えられると信じておられます」
私はしっかりとユージーンの目を見て伝えた。
「ユージーン、試練を受けてほしい。私とお母様を助けて」
綺麗な金の瞳がゆったりと細められ、私の頬に長い指が添えられた。
「ロシスターの騎士はその言葉に弱いんだ。俺がクローディアたちのために試練を受けることに、何一つ迷いはない」
「ユージーン……」
「クローディア……」
ユージーンの手に自分の手を重ねる……。
「ゴホゴホッ」
「「!!」」
ニナさんを取り残して自分たちの世界に入ってしまった……。
「ユージーン様はオリバー様とソフィア様に大変似ていらっしゃいますね。あの方たちもよく二人だけの世界に入っていかれたものです」
「そ、そうか?」
「クローディア様もお優しいところはクライヴ様に似ていらっしゃるのに、以外と情熱家なところはレイラ様に似たのでしょうか」
「は、はあ……」
いたたまれない……。二十年母の侍女を勤めるだけあって、ニナさんのお小言は愛情に満ち溢れていて、それがチクリと良心に刺さってくる。
流石ベテラン侍女だわ。
「まだ婚約中なのですから、節度は守って下さいませ。悲恋はクライヴ様とレイラ様でもう沢山です。見ている方だって苦しいのですよ? 順序はた・い・せ・つ・に!」
「「はい!」」
「――それでは準備が出来ましたら、私が試練の谷にご案内いたします。ですから今日は盛り上がらず、ゆっくりお休みください」
思いっ切り釘を刺し、眼鏡をキラリとさせたニナさんは颯爽と母の元へと帰って行った。
確かに二人きりではあるけれど、そんなに釘を刺していかなくても私とユージーンは大丈夫。そう思っていると、ユージーンがなぜだか距離を詰めてきた。
「言われなくてもちゃんと節制している。俺がどんなに耐えているのかを知ってほしいくらいだ。あんな風に言われると、逆に火がつかないか?」
「えっ?」
ユージーンの雰囲気がおかしい……。ニナさんの言葉は逆にユージーンを焚き付けてしまったのでは?
ずっと手を繋ぐくらいしかしてこなかった。キスはおでこまで。
ユージーンが私を大切に扱ってくれていることは充分分かっている……。
でも、私だって、もっとユージーンと触れていたいと思う……。
私の隣に座ったユージーンが私の頬に手を添える。ユージーンの金の瞳に捕らわれ、身動きできない。
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