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第1章 恋人未満編
10 巻き込まれ雑貨屋 セルマ
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通り風が魔法雑貨屋『天使のはしご』に吹き込み、店内に流れていた淡く切ない空気を街の雑踏へと運んでいきました。
「セルマ?」
隊長さんに呼ばれお茶をトレイに乗せた私が戻ると、いつもどおりに戻った隊長さんが唐突にたずねてきました。
「先日、朝店に来たんだか……。友人と盛り上がっているようだから帰った……」
「お声をかけていただいてもよかったのですよ?」
隊長さんはわざと話題を変えたのですね。ここは一つ乗りましょう。
「セルマは経験豊富なのか?」
「はい?」
ですから、ほんのり赤くなって恥ずかしがるくらいなら聞かないでほしいです。こちらまで恥ずかしくなるのですよ?
そこまで無理して話題を変えずともよかったのですが……。
せっかく、気持ちが落ち着くまでお待ちしましたのに……。
でも、またまた、なんのことを言われているのかサッパリ分かりません。
そんなに恥ずかしがる『経験豊富』とは、男女関係についてでしょうか?
「その……。丁度、俺がここに来た時、友人に『これでも私は経験豊富です』と言っていたから……」
あ! カレンさんと飲み明かしていた時のことですね。
女二人が酔っぱらった痴態を、隊長さんは目撃してしまったのですか……。
でも、お店で朝までドンチャンしていた私も悪かったですね。
「そりゃあそうですよ。二つの人生合わせて、四十年の経験値がありますので」
「そうか、そういうことか……。なら、単刀直入に聞こう。セルマ、俺と付き合わないか?」
「はえ?」
前世で死んでしまった時以来の、私自身に起きた大事件です。
しかも、こんなに心拍数が上がる事件に初めて遭いました。
飛び降り自殺に巻き込まれた時は、わけも分からずそのまま死んでしまいましたから……。
「亡くなった俺の部下――ダンの婚約者だった女性が言っていたとおり俺は伯爵家の生まれだが、兄が継いでいるから家に縛られず自由に騎士をしている」
「はい」
「三十五のオッサンにこんなことを言われて嫌かもしれないが、俺を男として見てはくれないか?」
「ええと……」
お客さんに対して、特別な感情は抱かないようにしています。
隊長さんは、事件の現場でよく会う人情味ある騎士様という認識でした。
唐突に男性として見てとか言われましても……。
「セルマはいくつになる? 年齢的に俺は無理か?」
「いいえ。私は二十歳ですが、三十五歳が無理とかそんなことはありません」
なぜなら、私は合計年齢が四十です。年上の方にまったく抵抗はありません。
今の私のストライクゾーンは広いのです。どんな暴投でもキャッチできそうな気がします。
「俺の容姿は好みではないか?」
「いいえ。むしろ好みのタイプです」
隊長さんの容姿が好みでないという人は、その方独自の黄金比があるのでしょう。
いるなら会って、お話を聞いてみたいものです。隊長さんは、非の打ち所のない美貌の持ち主ですよ?
「内面は嫌いか?」
「いいえ。素晴らしいお方だと思います」
まだ、そこまでよく隊長さんのことを知りませんが、街の人を助け、仕事に真摯に取り組み、部下からも慕われる姿を見てきました。
頼りになる最高の隊長さんですよね。
「では、伯爵家の生まれが嫌か?」
「いいえ。身分を笠に着ることもありませんし」
隊長さんは佇まいも品がよく平民ではないと思っていましたが、街の人にも丁寧に接してまったく偉ぶりません。
世の貴族がみんな隊長さんのような方だったら、平民は『お貴族様』なんて揶揄しませんね。
「ならいいだろう? やはり、俺と付き合ってみないか?」
「はえ?」
「はえ? じゃない。いい加減にしろ」
いい加減にしろって!? そ、そんなことを言うのなら、こちらもたっぷり聞かせてもらいますよ?
「隊長さんは――」
「隊長さんではない。リアムだ」
「!!」
……出鼻をくじかれてしまいました……。
折れた心に鞭を打ち、キッと隊長さんに向き直って私は聞きたいことを聞いていきます。
「リアム様は、年下でもよろしいのですか?」
「ああ。年齢は関係ないな」
まあ、男性は年下オッケーの方は多いですしね。これくらいは想定の範囲内ですよ。
「私はこのような容姿ですが、好みなのですか?」
「ああ。最高に好みのタイプだ」
最高にって……。背の低い童顔が好きだと……。そして年下スキーですか……。リアム様はロリスキー伯爵御令息だったのですね……。
「性格は四十年こうでしたし、今後もきっと変わりませんよ?」
「ああ。いつも一定で動じず、いい性格だな」
死んだ時の記憶があると、そうそう驚くことがないだけです。
でも、酒盛り真っ最中の姿を見られていたのなら、今後取り繕う必要もなさそうですね。
「平民ですが、よろしいのですか?」
「ああ。この歳になると『人間で性別が女性なら誰でもいいから、とにかく早く結婚しろ』としか言われない」
私側の問題としても、家の歴史や、最低限の貴族のマナーを教えていただけましたら、なんとか大丈夫でしょう。
お兄様がいて、そこまで生家に縛られていないとおっしゃっていましたし……。
……。あれ? 問題ないですね。
お互い好ましく感じていて、お付き合いをすることに障害もないです。
ですが、私が人間で性別が女だから言っているのかもしれ――
「ああ。あとな――」
「あと……?」
「純粋にセルマのことが好きだと思っている」
碧色の、鋭く綺麗な瞳にとらわれていました。
琥珀色の総髪、形のいいお顔には柳眉とスラリと通った鼻、誠実な言葉しかつむがないのに色気ある唇。
なにより、その強く輝く瞳に熱を宿してしまったら……。
その美しいお顔から、年齢を重ねた魅力がこれでもかと惜しみなく醸し出されています。
長身痩躯に見えますが、さすが騎士団の王都部隊を取り仕切る方。鍛えられた体躯にスラリと長い足がスタイルのよさを際立たせて――
ううっ。無理です。ここまで意識してしまうと、もうお客さんの一人とは思えません……。
私は自分の心に素直に従い、白旗をあげました。
「私も、リアム様を好ましく感じています。改めて、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとう、セルマ。大事にする」
凄艶な微笑みを向けられ私の四十年の経験値はまったく歯が立たず、完全にリアム様に心を奪われてしまいました。
リアム様が『これから何かに首を突っ込む時は、必ず俺も一緒に行くから』と言っていましたが、呆けていた私は聞き流していました――
王都の魔法雑貨屋『天使のはしご』に、ヒット商品が生まれました。その名を『ダルマ』と言います。
十年叶わなかった願いを叶え、長年ご縁に恵まれなかった恋人もたちまち得られるらしいと噂になり、私の内職が追いつかず常に予約待ちの状態です。
その噂の出所が有名な騎士団の王都部隊隊長リアム様で、ご本人の実話だと広まっているみたいなのです。
そのうち、祈願成就・恋愛運上昇の他に、商売繁盛と金運上昇の御利益も加わりそうなのは、まだ私の胸にとどめておきましょう。
せっかく異世界に転生できたのに、過労死をしたくはありませんから。
リアム様の願いを叶え両目が入った達磨は、『天使のはしご』のカウンターにもう一つ両目の入った達磨と、仲良く隣り合って鎮座しています。
それぞれ何の願いを叶えたのかは、お客様のご想像にお任せしましょう。
その方が、皆さんの楽しみは増えますからね。
「いらっしゃいませ」
今日も魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありっぽいお客さんがやって来ました――
「セルマ?」
隊長さんに呼ばれお茶をトレイに乗せた私が戻ると、いつもどおりに戻った隊長さんが唐突にたずねてきました。
「先日、朝店に来たんだか……。友人と盛り上がっているようだから帰った……」
「お声をかけていただいてもよかったのですよ?」
隊長さんはわざと話題を変えたのですね。ここは一つ乗りましょう。
「セルマは経験豊富なのか?」
「はい?」
ですから、ほんのり赤くなって恥ずかしがるくらいなら聞かないでほしいです。こちらまで恥ずかしくなるのですよ?
そこまで無理して話題を変えずともよかったのですが……。
せっかく、気持ちが落ち着くまでお待ちしましたのに……。
でも、またまた、なんのことを言われているのかサッパリ分かりません。
そんなに恥ずかしがる『経験豊富』とは、男女関係についてでしょうか?
「その……。丁度、俺がここに来た時、友人に『これでも私は経験豊富です』と言っていたから……」
あ! カレンさんと飲み明かしていた時のことですね。
女二人が酔っぱらった痴態を、隊長さんは目撃してしまったのですか……。
でも、お店で朝までドンチャンしていた私も悪かったですね。
「そりゃあそうですよ。二つの人生合わせて、四十年の経験値がありますので」
「そうか、そういうことか……。なら、単刀直入に聞こう。セルマ、俺と付き合わないか?」
「はえ?」
前世で死んでしまった時以来の、私自身に起きた大事件です。
しかも、こんなに心拍数が上がる事件に初めて遭いました。
飛び降り自殺に巻き込まれた時は、わけも分からずそのまま死んでしまいましたから……。
「亡くなった俺の部下――ダンの婚約者だった女性が言っていたとおり俺は伯爵家の生まれだが、兄が継いでいるから家に縛られず自由に騎士をしている」
「はい」
「三十五のオッサンにこんなことを言われて嫌かもしれないが、俺を男として見てはくれないか?」
「ええと……」
お客さんに対して、特別な感情は抱かないようにしています。
隊長さんは、事件の現場でよく会う人情味ある騎士様という認識でした。
唐突に男性として見てとか言われましても……。
「セルマはいくつになる? 年齢的に俺は無理か?」
「いいえ。私は二十歳ですが、三十五歳が無理とかそんなことはありません」
なぜなら、私は合計年齢が四十です。年上の方にまったく抵抗はありません。
今の私のストライクゾーンは広いのです。どんな暴投でもキャッチできそうな気がします。
「俺の容姿は好みではないか?」
「いいえ。むしろ好みのタイプです」
隊長さんの容姿が好みでないという人は、その方独自の黄金比があるのでしょう。
いるなら会って、お話を聞いてみたいものです。隊長さんは、非の打ち所のない美貌の持ち主ですよ?
「内面は嫌いか?」
「いいえ。素晴らしいお方だと思います」
まだ、そこまでよく隊長さんのことを知りませんが、街の人を助け、仕事に真摯に取り組み、部下からも慕われる姿を見てきました。
頼りになる最高の隊長さんですよね。
「では、伯爵家の生まれが嫌か?」
「いいえ。身分を笠に着ることもありませんし」
隊長さんは佇まいも品がよく平民ではないと思っていましたが、街の人にも丁寧に接してまったく偉ぶりません。
世の貴族がみんな隊長さんのような方だったら、平民は『お貴族様』なんて揶揄しませんね。
「ならいいだろう? やはり、俺と付き合ってみないか?」
「はえ?」
「はえ? じゃない。いい加減にしろ」
いい加減にしろって!? そ、そんなことを言うのなら、こちらもたっぷり聞かせてもらいますよ?
「隊長さんは――」
「隊長さんではない。リアムだ」
「!!」
……出鼻をくじかれてしまいました……。
折れた心に鞭を打ち、キッと隊長さんに向き直って私は聞きたいことを聞いていきます。
「リアム様は、年下でもよろしいのですか?」
「ああ。年齢は関係ないな」
まあ、男性は年下オッケーの方は多いですしね。これくらいは想定の範囲内ですよ。
「私はこのような容姿ですが、好みなのですか?」
「ああ。最高に好みのタイプだ」
最高にって……。背の低い童顔が好きだと……。そして年下スキーですか……。リアム様はロリスキー伯爵御令息だったのですね……。
「性格は四十年こうでしたし、今後もきっと変わりませんよ?」
「ああ。いつも一定で動じず、いい性格だな」
死んだ時の記憶があると、そうそう驚くことがないだけです。
でも、酒盛り真っ最中の姿を見られていたのなら、今後取り繕う必要もなさそうですね。
「平民ですが、よろしいのですか?」
「ああ。この歳になると『人間で性別が女性なら誰でもいいから、とにかく早く結婚しろ』としか言われない」
私側の問題としても、家の歴史や、最低限の貴族のマナーを教えていただけましたら、なんとか大丈夫でしょう。
お兄様がいて、そこまで生家に縛られていないとおっしゃっていましたし……。
……。あれ? 問題ないですね。
お互い好ましく感じていて、お付き合いをすることに障害もないです。
ですが、私が人間で性別が女だから言っているのかもしれ――
「ああ。あとな――」
「あと……?」
「純粋にセルマのことが好きだと思っている」
碧色の、鋭く綺麗な瞳にとらわれていました。
琥珀色の総髪、形のいいお顔には柳眉とスラリと通った鼻、誠実な言葉しかつむがないのに色気ある唇。
なにより、その強く輝く瞳に熱を宿してしまったら……。
その美しいお顔から、年齢を重ねた魅力がこれでもかと惜しみなく醸し出されています。
長身痩躯に見えますが、さすが騎士団の王都部隊を取り仕切る方。鍛えられた体躯にスラリと長い足がスタイルのよさを際立たせて――
ううっ。無理です。ここまで意識してしまうと、もうお客さんの一人とは思えません……。
私は自分の心に素直に従い、白旗をあげました。
「私も、リアム様を好ましく感じています。改めて、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとう、セルマ。大事にする」
凄艶な微笑みを向けられ私の四十年の経験値はまったく歯が立たず、完全にリアム様に心を奪われてしまいました。
リアム様が『これから何かに首を突っ込む時は、必ず俺も一緒に行くから』と言っていましたが、呆けていた私は聞き流していました――
王都の魔法雑貨屋『天使のはしご』に、ヒット商品が生まれました。その名を『ダルマ』と言います。
十年叶わなかった願いを叶え、長年ご縁に恵まれなかった恋人もたちまち得られるらしいと噂になり、私の内職が追いつかず常に予約待ちの状態です。
その噂の出所が有名な騎士団の王都部隊隊長リアム様で、ご本人の実話だと広まっているみたいなのです。
そのうち、祈願成就・恋愛運上昇の他に、商売繁盛と金運上昇の御利益も加わりそうなのは、まだ私の胸にとどめておきましょう。
せっかく異世界に転生できたのに、過労死をしたくはありませんから。
リアム様の願いを叶え両目が入った達磨は、『天使のはしご』のカウンターにもう一つ両目の入った達磨と、仲良く隣り合って鎮座しています。
それぞれ何の願いを叶えたのかは、お客様のご想像にお任せしましょう。
その方が、皆さんの楽しみは増えますからね。
「いらっしゃいませ」
今日も魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありっぽいお客さんがやって来ました――
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