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第2章 お付き合い編

12 初めてのデートは案の定 前

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 ――晴天に恵まれ、絶好のデート日和――
 本日、魔法雑貨屋『天使のはしご』はお休みで、リアム様とお出掛けをしています。

「見つかるとからかわれるからな……」
「有名人は大変ですね」

 リアム様は街に馴染むように、シンプルな白シャツに黒パンツスタイルで、黒の中折れハットを目深に被り、ご自身なりに変装をして来たらしいです。
 でも、帽子から艶やかに出ている琥珀色の髪と、形のいい鼻筋と口元、逞しい体つきから溢れる美男感は抑えきれるはずもなく、周囲の視線をバッチリ集めています。

 リアム様のスタイルのよさと足の長さに、隣を歩く私のチンチクリン度合いが増していますね。
 でも、歩調を合わせて気遣ってくれるのが嬉しくて、思わず頬がゆるんでしまいます。

「楽しみだな」
「はい」

 二人で悩みに悩んだ末、最初のデートコースに選んだのはガラス工芸教室でした。
 出来上がった作品は記念にもなりますし、体力も温存できるので、私にとっては最高の場所です。

 今日は、初心者向けの丸ガラスを作りに来ました。日本でいう『とんぼ玉』のような物でしょうか?
 でも、さすがは異世界です。中に魔石を埋め込んで実用的なお守りにしたり、魔法を使う方なら得意な属性の魔石を入れ、威力を増幅させたりするそうです。

 ガラスの熱が冷めた時、リアム様は透き通るような青緑の玉、私は日本らしい小豆色の玉ができる予定です。

「お互い作った物をプレゼントし合うか?」

 と、いわれたのですが、上手く仕上がるか心配でしたから、取りあえず今日はお互い好きなように作ることにしました。
 作品をプレゼントし合える機会は、これから幾らでも訪れます。そんな気がするのです。

 丸ガラス作りは、冷ます時間も含め一時間で終わりました。
 リアム様はブレスレットに、私はかんざしにしてすぐ身につけました。

 その場でクルクルと髪を束ね、かんざしを刺してまとめ髪にすると、リアム様に大変好評でした。

「セルマは髪を上げても似合うな。下ろしていてもいいし、どちらもかわいくて好きだ」
「……ありがとうございます」

 とても嬉しいですし、くすぐったいですね。私ももっと、リアム様に素敵ですと、素直にお伝えできるようになりたいです。

「手」

 そう言って私の右手を取ったリアム様は、ガッチリとお互いの指と指を絡め、恋人繋ぎをしてきました。
 手汗が出てこないか心配になります。

「恥ずかしいです……」
「すぐ、慣れる。俺だって恥ずかしいが、勇気を出してやっているんだ」

 驚いてリアム様を見上げると、そっぽを向いてしまいました。少しお顔が赤いです。甘酸っぱ過ぎです。
 これからの予定は、バラ園の方へ向かってランチを取り、バラ園の見学後には本屋さんへ寄って、お互い好きな本を買って『天使のはしご』でお勧めし合あうことになっています。
 夜にはお互いのことを想い、相手の好きな本を読みながら眠りにつく――素敵な一日となりそうですね――



「誰かー! 痴漢ですー!」
「捕まえてくださーい!」

 甘酸っぱい時間は、やっぱり事件に巻き込まれて終りを告げました。

 十代半ばくらいでしょうか。女の子三人組と、男性が揉めているみたいです。
 リアム隊長は出動を決めたようですね。私も気合いを入れました。

「どうかされましたか?」
「友人が痴漢に遭ったんです!」
「私はなにもしていない。証拠はあるのか?」

 男性は否定していますが、女の子が一人、しゃがみこんで泣いています。ただ……、痴漢は冤罪もありますから、慎重に判断しないといけませんよね……。

「私が見たもの! あのオジサンがリリーのお尻を触ってた!」
「触ってなどない!」

 慎重に判断したいところですが、身内以外の証言もないとなると、お互いの水掛論になってしまい拗れて大変でしょう。

 私は手を合わせて願いました。

『どうか真実を教えてください。被害を被る人が出ませんように――』

 すると、なぜだか私の手のひらに、風の精霊シルフの加護を与えた魔法糸が収まっていました。
 その名も『シルフの探し物用魔法糸』という商品です。

 この糸は、探し物をする時に使います。一度触れたことがある物なら、シルフの加護で糸を風に乗せ、その物の所まで糸が導いてくれます。
 特にご高齢の方に人気があって、どこかに置いて見失ってしまった家の鍵も、眼鏡も一発で見つかります!
 ただ、この糸を使った後、定位置に戻さないと『シルフの探し物用魔法糸』を探すために『シルフの探し物用魔法糸』を使う羽目になりますが……。

 しかし、なるほどですね。神様、了解しました!

「恐れ入ります。もし、痴漢をしていないというならば、これを使って証明できますよ」
「シルフの魔法糸ね!」
「いいわね!」

 女の子二人は大賛成です。被害者の女の子も少しだけ、安堵したような顔をしています。

「はっ! そんなの不良品じゃないのか? やりたくないね!」
「制作会社を敵にしないでください……。やましいことがないのなら、『リリーちゃんのお尻』って言えばいいじゃないですか。触っていなければ、糸はピクリともしませんよ」
「嫌だ! やらん!」

 そんなにムキになって……。もう、自分が触りましたと言っているようなものではありませんか……。

「なら、このまま騎士団に連れて行くぞ。そこで言いたいことを言えばいい」

 目深に被っていた帽子をクイっと少し上げ、男性に顔を見せます。

「き、き、きしたいちょーさま!?」
「「隊長さん!」」

 騎士隊長のリアム様だと分かると男性は観念し、女の子たちは大喜びで『生隊長さんカッコいい』と、はしゃいでいます。
 思わずリアム様の鼻の下が伸びていないか確認してしまいました。
 おお! なんて素晴らしい彼氏でしょう! 女の子の黄色い声に、一切デレデレしていません。彼女として安心です。

「近くに団の詰所がある。そこまでご足労願おうか」


 男性と女の子三人を詰所に連れて行き、リアム様が状況を説明した後、私は当番の騎士様に『シルフの探し物用魔法糸』をお渡ししてきました。

「さすが隊長! デートの最中でも騎士ですね! 後はお任せください」



「あいつ……。俺が女連れだからって、勤務時間中のクセにニヤニヤしやがって」
「お疲れ様でした」
「ところで、セルマ――」

 あれ? 嫌な予感がします。リアム様がなにか私に聞きたいことがあるようです。

「よくシルフの魔法糸を持っていたな?」
「え、ええ。私はウッカリしていますので、念のため……」
「ほう?」

 私の返答を怪しんでいますね。神様にお願いをしたら、手のひらにありましたとは言えません。

「俺に隠していることがあるだろう? なにを隠しているんだ?」
「隠していると言うかなんと言うか……。その、前世がらみのことで……」
「そうか……。話したくなったら話してくれ」

 懐深い方です。私としてはリアム様にお話したいのですが、神様のことを話してもいいのかどうか分からないのです。
 私は、黙って頷くことしかできませんでした……。


「もう昼時になってしまったな。この辺でも、いつかセルマを連れて行きたいと思っていた店があるんだ。予定は変わってしまうがそこでもいいか?」
「はい。バラ園の方まで行くと遅くなってしまいますしね」

 リアム様に連れられて入ったのは、私なら見つけられないような小路にある、小さなお店でした。

「いらっしゃい。二名様? 今は個室も空いてるよ」
「ありがとう。使わせてもらう」

 行きつけのお店でしょうか? お店の方もリアム様を見て、すぐ個室に通してくれました。

「お勧めはタンシチューだな。ランチだから、パン・スープ・サラダ付きでボリュームがあるぞ。飲み物はどうする?」
「それではタンシチューで。飲み物は大丈夫です」

 少し予定が変わってしまったので、本屋さんへ行くのは後日にして、午後は今が見ごろのバラ園の見学を優先することにしました。移動の前に休憩兼腹ごしらえです。

「お待ちどうさまー」
「わあ! 美味しそうですね」

 リアム様お勧めのタンシチューです。早く食べたいのですが、健康的にサラダからいただきましょう。お野菜の種類も多くて、メインのシチューは柔らかく煮込まれホロホロです。優しい味付けのテールスープに柔らかいパン。最高ですね!

 でも、リアム様がおっしゃっていたとおり、ボリュームがあります。残したくはないのですが、食べ過ぎでこれから歩くのにお腹を痛くしてしまっても……。

「やっぱり多かったか?」
「はい。美味しくて気持ちは食べたいのですが、お腹がはち切れそうです」
「ほら、寄越しなさい」

 そう言って、リアム様は私が食べきれなかった分をパクパクと食べてくれました。あのスラリとした身体のどこに入って行くのでしょう? お店を出て、私はリアム様に謝意を伝えました。

「ごちそうさまでした。そして、食べきれず、すみません」
「謝ることはない。あの店は、騎士たちの食べる量に合わせてくれているんだ。量が多いことを知った上で、セルマの食べ残し目的で連れて行ったようなものだ。少しずつ触れ合うことに慣れて行かないと、な?」

 なんてことでしょう! それって間接キス目的だったということですよね?

「わ、私だって、四十年の経験値があるのですよ?」
「俺だって三十五年だな。だが、互いにブランクがあったんだろう? やはり慣れが必要だ」

 そうかもしれません。なんせ、リアム様に翻弄され、心臓がバクバクしていますから。
 今世の死亡理由が、キュン死や悶え死にだったら大変ですものね。
 でも、こんな調子で、午後は大丈夫でしょうか……?
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