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第3章 深まる愛編

28 リアムの一日

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 王国騎士団王都部隊隊長リアム=ボールドウィン、三十五歳――
 
 彼の一日は稽古から始まる。


 ――朝五時 起床――

 いついかなる状況にも対応できるよう、しなやかでバネがあり、かつ、持久力もある肉体を造るよう心掛けている。

 中年になっても若い騎士に不甲斐ない姿を晒すわけにはいかないと、どこまでも自分の心と身体を追い詰める。

 私邸で魔法を放ち、騒ぎを起こすわけには行かないため、ここではひたすら基礎訓練に励む。

 柔軟、筋トレ、剣の素振りを黙々と繰り返すこと、ミッチリ一時間半。

 どこまでもストイックに自分と向き合う。


「リアム様、間もなく朝食のお時間です」
「分かった」


 ――七時 朝食――

 執事のジェイコブに声をかけられ、シャワーで軽く汗を流した後、朝食を摂る。

 本人は過酷な任務にも対応できるよう、短時間でかきこむことはできるが、家での食事は料理人に感謝の気持ちを込め、ゆっくりと味わって食す。

 今までは、こうして一人食卓につくことに、なにも感じてこなかったが、最近はわびしく思うようになっていた。

(朝もセルマと一緒に過ごしたい……)

 それの意味するところに思い当たり、途端に恥ずかしくなる。
 ジェイコブが、そんな主の姿を微笑ましく見ていた。

 セルマが取り寄せている緑色の茶を気に入り、分けてもらった茶を一杯飲んで、朝食を終える。


 ――七時半 出勤――

 騎士の隊長服に着替えを済ませ、馬車を使わず歩いて騎士団に出勤。
 その日の王都の様子を、自身の足で歩いて観察してゆく。

「カイ殿、今日もセルマをよろしく頼む」
「ニャ」

 途中で会った野良猫の親分カイ(♀)など、王都に住む人々と挨拶を交わす。

「ご婦人、眼鏡を落とされましたよ」
「おやおや、騎士様。すみませんねぇ。ありがとうございます」

 頭に引掛けていた老眼鏡が落ちたことにも気づいていないお婆さんに、男前全開な立ち振舞いでサッと拾って渡す。

 その場に居合わせた周囲の女性たちから、黄色い悲鳴が上がっていた。

『天使のはしご』を覗きたいが、根っこが張りそうなので我慢をする。


 ――八時半 勤務開始――

 騎士団での任務に入る。
 各班の今日の予定の説明を受けた後、隊長執務室で執務をこなす。

 隊長になってからは、書類仕事に費やす時間が格段に増えた。
 現場や訓練の方が性分に合っているが、だからこそ机に向かう仕事は先に終わらせてしまう。

 嫌なことや苦手なものは、先に終わらせるタイプだ。

 朝一で、すべての書類の決済を終わらせ、次の予定先に向かう。


「リアム隊長~。最近つれないですよ~。たまには俺たちの相手もしてくださいよ~」
「お疲れ様です! リアム隊長!」

 ベテラン騎士からは親しまれ、軽い口調で話しかけられる。
 しかし、新人はまだまだ尊敬や憧れの念が強過ぎて、それほど距離を縮められていないようだ。


 ――十一時 打ち合わせ――

 今度、魔法師団と合同で行われる訓練遠征の打ち合わせをしに、魔法師団王都部隊隊長ディランの元を訪れる。

「こちらから伺うべきところを、わざわざお越しいただきすみません」
「かまわん。始めるか」

 どちらも合理的なタイプである。
 日程、参加人数、遠征先、双方の予算の負担割合などをサクサク決めてゆく。

「最近魔物の目撃情報が多い、こちらに遠征するのはどうでしょうか?」
「かまわん。それで調整して行こう」

 『天使のはしご』でセルマと一緒にディランの話を聞き、カレンも含めた四人で祭りに行ってからというもの、ディランと会話する機会も増えていた。

 王都部隊の両隊長が行動を共にするようになり、王都の住人たちからは『ますますこの国は安泰だ』と、喜びの声が上がっている。


 ――正午 ディランと共に昼食――

 昼前、順調に打ち合わせを終わらせる。

「お昼、食堂に行かれるのでしょう? たまにはご一緒しませんか?」
「かまわん。行くか」

 両団兼用の食堂に行き、ごくごく普通の日替り定食を食べる。
 両者ともスタイルのいい身体に、恐ろしい量の肉が吸い込まれてゆく。

「遠征で、セルマさんと離れるのは心配ですか?」
「そうだな……。大きな事故に巻き込まれたばかりだ……。しかし、ずっと側にいることはできん……」

 毎年秋に行われる訓練遠征で、セルマと離れることが心配で仕方ない。

「その時には、カレンさんにできる限り一緒にいてもらってはどうでしょう? 私からもお話しますよ?」
「ああ、頼んだ。カイ殿にも俺から話しておく」


 ――十三時 騎士団長に報告――

 午後一で団長の執務室に向かう。
 残念ながら、今日は街の様子を見にいけない。

(少しでも、セルマの近くにいられたら安心なのだが……)


 騎士団長に、先ほどディランと打ち合わせで決めたことを報告。
 報告事項は限りなく早く伝える。
 優先順位はキッチリつけるが、けして後回しにすることはない。


「――分かった。それで進めるように。――ところで、かわいい彼女と結婚はまだか? 早く落ち着いてもらって、お前に団を任せたいのだが?」
「まだ付き合って、半年も経っておりません」

 年かさの者たちからは、最近ずっと言われ続けている。

 嫌かと思えば、満更でもない。
 リアム自身が、早くセルマと一緒になりたいと思っているからだ。


 ――十四時 新人指導――

 亡くしてしまったダンを引きずることはなくなったが、あの日以降、新人指導は立場が上になっても欠かすことはない。

 自身の訓練も兼ね、新人を狙って氷塊をバンバン放つ。
 セルマを守るべく、最近練習している身体強化を試すため、守備範囲内に入った新人を、素手でなぎ倒していく。

「たいちょ~、私、もう無理であります」
「ヘバリたいのなら脇でヘバレ。お前が他の者より遅れをとりたければな」

 一人丸腰で新人を地面に次々と転がす姿は、鬼神そのもの。

 定期的に行われる指導は、新人がリアムを恐れる理由の一つとなっているが、本人はまったく気にしていない。

 次第に信頼関係を築き、彼らは自然とリアムに懐いてゆく。


 ――十六時 執務室に戻る――

 急ぎの書類は入っていないか、今日済ませておいた方がいいものは届いていないかをチェックしながら、再びデスクワーク。

 班長が一日の報告に訪れ、夜勤の騎士たちに不足が出ていないかを確認。

 隊長が不在となる夜でも、王都の安全が保たれることに余念がない。
 セルマと過ごす時間を大切にするためにもではある。


 ――十七時半 任務終了――

 ダラダラ職場には残らず、定時に帰る。

 以前は部下に捕まり、そのまま飲みに行ったりもしたが、今は真っ直ぐ『天使のはしご』を目指す。

「ハリのある生活かぁ~。羨ましいなぁ~」
「あんなかわいい彼女、俺も欲しい」

 なかなか飲みにいけなくなったことは残念だが、長年女っ気がなく独り身を貫いていた隊長を、心配していた部下も多かった。

 言い寄る女は星の数ほどいたため、てっきり秘密主義で、コッソリ上手くやっているのかと思っていた者もいた。

 が、まさか、彼女ができると毎日嬉しそうに会いに行き、手を繋いで街を歩くようになるとは、誰も予想していなかった。


 ――十八時ちょっと過ぎ 『天使のはしご』到着――

「お疲れ様でした、リアム様」
「ただいま、セルマ」

 セルマの作ってくれた夕食をとりながら、他愛ない話で幸せな一時を過ごす。

 しかし――

(『サシミ』だ……。生臭い……)

 セルマのいた日本ではよく食べられていたらしく、色々な薬味や調味料を試し、最近やっと合う物を見つけたと喜んでいた。

 あの小さな手で魚をさばき、リアムが食べやすいようにと、様々な薬味をすりおろし待っていたのだ。

(きっと、セルマの筋力なら、腕が痛くなっているはずだ。食べないわけにはいかんな……)

 息を止めながら『サシミ』を咀嚼し、一気に飲み込む。

(やはり、グニグニしていて臭いな……。しかし、セルマには絶対に気づかれたくない……)

 察しのいいセルマと、我慢強いリアムの闘いが始まった。

「今日は、先ほどまでカレンさんが来ていたのですよ」
「こちらも、ディランと打ち合わせがあった」

 セルマの心配なところは、『巻き込まれ体質』だけではない。
 筋力や体力がなさ過ぎる点だ。

 これが騎士たちなら、有無を言わさずしごけるのだが、相手がセルマとなると、どう鍛えたらいいのかサッパリ分からない。

「また、四人で出掛けたいですね」
「そうだな。ディランにも、それとなく話しておく」
「ところでリアム様――」

(バレたか? 『サシミ』が苦手なことを、とうとう覚られたか?)

 平静を装っているが、内心冷や汗ものである。

「お口の脇についています……」

(セーフか。いや、貴族的にはアウトだな……。しかし、ただでは転ばん)

「どこか分からない。セルマが拭いてくれないか?」
「……はい」

 時には甘えたい三十五歳。セルマにしか見せない姿だ。

 三時間強『天使のはしご』で過ごし、家路につく。


 ――二十二時 私邸到着――

「お帰りなさいませ、リアム様」
「ああ、いつもどおり、食事はセルマのところで済ませて来た。このまま部屋に行く。あとはお前も休んでいい」

 今日一日、屋敷に変わりはないことを確認し、私室へ向かう。

「少しお待ちください。セルマ様は、いつこちらに引っ越されるのですか? 私たちが早めにリサーチして、万全の体制でお迎えをしなくては――」

「ジェイコブ……。毎日よく続くな……。まだ付き合って四ヶ月なんだ。もう少し二人で過ごさせてくれ……」

 せめて一年間は、純粋に恋人として『天使のはしご』で二人きりで過ごしたい。
 自分の歳も自覚しているが、若いセルマにはゆっくり恋愛を楽しんでほしい。
 大人の男として、ドッシリと構え、余裕を見せたいのだ。

 しかし、セルマの巻き込まれ具合も心配だ。
 この屋敷で暮らしてくれたら安心だとも思う。

 なにより、リアムがいつでもセルマと一緒にいたい。
 ずっと視界に入れていたい。
 大人の男として、ドッシリと構えたいが、実際余裕はあまりない……。

(好き過ぎて苦しいな。すでにセルマが足りない)

 悶々としながら風呂を済ませ、少しだけ酒を飲みゆっくりする。

 ――二十三時 就寝――

 寝つきはいい。リアムの一日が終わった。


「セルマ……。早く一緒に暮らそう……むにゃ」




 王国騎士団王都部隊隊長リアム=ボールドウィンの、幸福な苦悶はもうしばらく続く――
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