小説家さんの弟子の弟子

文字の大きさ
1 / 2

小説家の弟子

しおりを挟む
 アーケードをくぐってすぐ右の喫茶店。
 ……ここか。
 中に入るとすぐに先生が目に入った。
 才色兼備で凛とした佇まい。
「遅い、もう終わったわよ」
「え、もうですか!?」
「私の書く話に文句は一つもつかないわ。さ、もう帰るわよ」
「そんなぁ」
「それでは、笹野先生」と言って、担当編集者は帰ってしまった。
 惜しいことをした。学校の掃除サボっておけば良かった。
「今日も懲りずにプロット作ってきたのか?」
「はい。渾身の一作を!」
「そのセリフ聞き飽きたわ」
 ですよねぇ。
「私の家に来るなら、その前に買い物に付き合いなさい」
「はいはい、わかってますよ」
 そのセリフも聞き飽きてます。
 先生との付き合いは今日で丁度一年。今までに出したプロットは全て没。短編集を見てもらっているが好評ではない。

 スーパーに行くと、カゴ持ちは必ず僕。
 先生は容赦なく食材を入れてくる。米、調味料、キャベツ、白菜、大根、などなど、俺の腕だけでなく、カゴまで壊れそうだ。
「先生、マジでギブ! ギブギブギブ」
「体力つけなさい。小説家は書き続けるスタミナが一番重要なのよ」
「いや無理ですって」
「しょうがないわね」
 そう言って先生は、一緒にカゴを持ってくれた。大幅に軽くなった。このままカゴから手を離しても、先生一人で余裕で持てそうだ。
「先生」
「何だ?」
「力、強いですね」
 先生は満面の笑みで、
「ぶち殺すわよ」
 と殺気を漏らした。
 目が怖かった。
「龍門時君?」
 声のする方に目を向けると、同じクラスの蛍石蛍がいた。
 まずい、こんなところ蛍にどう言い訳したら……
 「あれ、龍門時君、お姉さんいたんだぁ。凄い美人さんだぁ」
 そう来たか。そりゃそうですよねぇ。カップルと見間違えないですよねぇ。
 先生がヒールを履いているため、俺よりも身長が高くなっている。そう見えてもおかしくはない。
 言い訳しようとした自分が恥ずかしい。
「そうなんだ。実はこの人」
「私は龍の姉じゃないわよ」
「えっ……」
 何余計なこと言っちゃってるんですか!
 折角誤魔化せると思ったのに!
「じゃぁ、お母さん? ですか?」
「面白いことを言うわね、あなた。」
 まずい、先生の目が笑ってない。
 デリケートな先生に天然な蛍を混ぜたら、街一つは吹っ飛びそうな感じなんですけど!?
 既にカゴから大根を取り出している先生。
「蛍石さん、この人は僕の親戚なんだ」
「じゃぁ、おばさん?」
 大根にヒビが入った。
 助けて神様……もう泣きたい。
「でも凄い若くて、大人って感じです。憧れます」
 俺は驚きを隠せなかった。
 蛍が空気を読んだだと!?
「あら、ありがとう。でも、私は龍の叔母さんじゃないわ」
「じゃぁ……」
 俺は咄嗟に
「い、いとこだよ!」
 と嘘をついた。
 先生がまた何か言い出す前に俺は先生の背中を押して「じゃ」と軽く挨拶してとっとと退散した。
「ちょっとどうしたのよ?」
「後で言いますから、今は合わせてください」

「で?」
 先生の家に着いてすぐに尋問された。いや、拷問を受けた。
 ここは素直に答えよう。
「いや、なんか……恥ずかしいというか何というか……」
「へぇ、龍は私の弟子なのが恥ずかしいんだそっかそっか。あのベストセラー作家、笹野神奈先生の弟子は恥ずかしいんだぁ」
 キレてる!?  
「いや、だって先生の弟子なのに全然才能ないというか、先生の顔に泥を塗っちゃうというか」
「いいじゃない。というか、龍を弟子にした時点でもう泥塗られてるわ」
「い、言われなくてもわかってますよ」
 わかっていることを言われると心が痛い。
「いや、わかってないわ」
 俺は疑心を抱いて、顔を上げた。
「いや、俺は本当に才能とかないですよ。だってプロットいくら出しても先生の審査通らないし、小説書いても」
「そうね、今のあなたじゃプロには通用しないわ。でもね、あなたには書き続ける力がある」
 俺は目を見開いた。
「私に弟子入りしようとしてきた子はあなたが初めてじゃないわ。弟子なんて何人もいたわ。でも、一人も私についてこれなかったわ。厳しすぎるとかで、書くのが嫌になった凡人、他の作家に弟子入りしていった妥協者。色々いたわ。……でも、龍は違う。あなたは一年間、弱音は吐いても、諦めなかった。それはもう才能よ。あなたは自分で自分の才能をつくったのよ、この一年で。確かにまだ龍は穴だらけかもしれない。でも、一年間耐えた龍なら、私は正式に弟子として認め、スパルタで一人前のプロとして育てるわ。顔に泥? 上等よ。私は泥で汚れても美しいから」
 先生に褒められたのは初めてだった。
 先生の弟子。弟子なんだ。
 先生みたいになりたい。いや、なるんだ。
 俺はそう決意した。
「でも、泥塗ったらさすがの先生でも汚な……」
 フォークが俺の横に風を切って飛んできた。
「あ……いや、何でもないです」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...