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番外編3
三 14歳の夏の話③
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花火の音がする。
あんまりうるさいと警察が来るぞ。そう思いながら、ふと目を開ける。夜の空が広がっている。なんだか、ずいぶん時間が経ったみたいだ。目が冴えている。
気持ち悪いのも落ち着いてきた。
ベンチから身を起こす。後頭部をがしがし掻く。
「おー、淳弥、起きたか」
「もう線香花火だぞ。クライマックスだぞ」
「俺はいいよ……」
花火の光が目にまぶしい。
公園の時計を見ると、十時過ぎだ。レンは片づけて帰ったかな。たぶん、帰ったんだろうな。あの非現実的な男と一緒に暮らしてるんだったっけ。だいぶ前に、引っ越すって言ってたから、引っ越したんだろうな。
近所みたいだけど、居場所、教えてもらってない。それもそうだわ。当たり前だ。
俺はひとりごちた。
「なんで、間違ってんのに、進むことができるんだよ」
そうだ、昔のことを思い出したんだった。
レンと初めて関係を持ったときのことだ。
流血して布団に血がついて大変だった。なにせ俺は怪我してるものだから、血がついているのが親にバレたら、傷口がひらいたと思われてしまう。
レンとは、親の目を盗んで、何回か、そういうことをした。なんか間違ってると思いながら。
だって、間違ってるだろ。男同士なんて。
だから女子ともしまくったけど、レンとのそれは、やめられなかった。女子は最初こそ痛そうだけど、回数を重ねるうちに気持ちよさそうになる。
でもレンはいつまで経っても痛いみたいだった。そりゃそうだよな、濡れもしないし。
だけど、痛みに泣きながらも、必死で俺を受け入れるレンを見ると、たまらなくなる。
こいつとやりたい。やめたほうがいい。わかってる。なんの生産性もないし。
ちょっとした遊びみたいなものだ。だから時々でいい。でも忘れられないもんだから、定期的にやりたくなる。おかしいってわかってる。だけど、戻ってしまう。
大の大人が六人集まって、線香花火が佳境を迎える。ぽたぽたと光の粒が落ちて、おしまい。
「おーい、淳弥。そろそろ俺ら帰るけどー」
「ああ。悪かったな、今日」
「俺らはいいけど反省しろよ。すぐじゃなくていいから、そのうちレンと仲直りしたら」
「駄目だろ。二度と会うなって王子様に釘刺されてたじゃん」
「そうだったわ。王子、怖そうだな……」
「もういいんじゃね? 淳弥、レンのことは忘れろよ。謝りたくなったら、俺らが伝えといてやるからさ」
好き勝手言いやがって。お前らいいヤツらすぎるだろ。
もういいよ。レンなんか知らないし、あの男に言われなくとも、会うつもりなんかない。レンと会ったって、やりたくなるだけだ。その衝動に振り回されるし。いいことなんか何もないじゃん。
俺には俺の人生があって、今の彼女から結婚をせっつかれてるもんだから、そのうち親に紹介したり、ふつうの、ごくふつうの人生を歩まないといけないわけ。
そうしたら、レンとの過去なんか、邪魔でしかない。
考えるだけ無駄だ。
……もし、レンと、あのとき、そういう関係にならなければ。
もしくは、レンとの関係を、後ろめたく思わずに、もっと大切にしていたら。
気持ちに向き合っていたならば――――どうなったっていうんだ。
友達がいなくなった公園で、俺は一人、ベンチに掛けて項垂れる。
「なんで、間違ったまま、進むことができるんだよ……」
似たような環境で生まれて、育って、これからもなんとなくずっとここで、こんな距離感で生きていくのだとばかり思っていた。
三十になっても、五十になっても、七十になっても、死ぬまで、近所に住んで、所帯もって、ふつうに。テレビみたり、ゲームしたり、飯食ったり、アイス食ったりしながら。
<番外編3 終わり。三年目の秋の話に続く>
あんまりうるさいと警察が来るぞ。そう思いながら、ふと目を開ける。夜の空が広がっている。なんだか、ずいぶん時間が経ったみたいだ。目が冴えている。
気持ち悪いのも落ち着いてきた。
ベンチから身を起こす。後頭部をがしがし掻く。
「おー、淳弥、起きたか」
「もう線香花火だぞ。クライマックスだぞ」
「俺はいいよ……」
花火の光が目にまぶしい。
公園の時計を見ると、十時過ぎだ。レンは片づけて帰ったかな。たぶん、帰ったんだろうな。あの非現実的な男と一緒に暮らしてるんだったっけ。だいぶ前に、引っ越すって言ってたから、引っ越したんだろうな。
近所みたいだけど、居場所、教えてもらってない。それもそうだわ。当たり前だ。
俺はひとりごちた。
「なんで、間違ってんのに、進むことができるんだよ」
そうだ、昔のことを思い出したんだった。
レンと初めて関係を持ったときのことだ。
流血して布団に血がついて大変だった。なにせ俺は怪我してるものだから、血がついているのが親にバレたら、傷口がひらいたと思われてしまう。
レンとは、親の目を盗んで、何回か、そういうことをした。なんか間違ってると思いながら。
だって、間違ってるだろ。男同士なんて。
だから女子ともしまくったけど、レンとのそれは、やめられなかった。女子は最初こそ痛そうだけど、回数を重ねるうちに気持ちよさそうになる。
でもレンはいつまで経っても痛いみたいだった。そりゃそうだよな、濡れもしないし。
だけど、痛みに泣きながらも、必死で俺を受け入れるレンを見ると、たまらなくなる。
こいつとやりたい。やめたほうがいい。わかってる。なんの生産性もないし。
ちょっとした遊びみたいなものだ。だから時々でいい。でも忘れられないもんだから、定期的にやりたくなる。おかしいってわかってる。だけど、戻ってしまう。
大の大人が六人集まって、線香花火が佳境を迎える。ぽたぽたと光の粒が落ちて、おしまい。
「おーい、淳弥。そろそろ俺ら帰るけどー」
「ああ。悪かったな、今日」
「俺らはいいけど反省しろよ。すぐじゃなくていいから、そのうちレンと仲直りしたら」
「駄目だろ。二度と会うなって王子様に釘刺されてたじゃん」
「そうだったわ。王子、怖そうだな……」
「もういいんじゃね? 淳弥、レンのことは忘れろよ。謝りたくなったら、俺らが伝えといてやるからさ」
好き勝手言いやがって。お前らいいヤツらすぎるだろ。
もういいよ。レンなんか知らないし、あの男に言われなくとも、会うつもりなんかない。レンと会ったって、やりたくなるだけだ。その衝動に振り回されるし。いいことなんか何もないじゃん。
俺には俺の人生があって、今の彼女から結婚をせっつかれてるもんだから、そのうち親に紹介したり、ふつうの、ごくふつうの人生を歩まないといけないわけ。
そうしたら、レンとの過去なんか、邪魔でしかない。
考えるだけ無駄だ。
……もし、レンと、あのとき、そういう関係にならなければ。
もしくは、レンとの関係を、後ろめたく思わずに、もっと大切にしていたら。
気持ちに向き合っていたならば――――どうなったっていうんだ。
友達がいなくなった公園で、俺は一人、ベンチに掛けて項垂れる。
「なんで、間違ったまま、進むことができるんだよ……」
似たような環境で生まれて、育って、これからもなんとなくずっとここで、こんな距離感で生きていくのだとばかり思っていた。
三十になっても、五十になっても、七十になっても、死ぬまで、近所に住んで、所帯もって、ふつうに。テレビみたり、ゲームしたり、飯食ったり、アイス食ったりしながら。
<番外編3 終わり。三年目の秋の話に続く>
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