はじめての契約つがい

みつきみつか

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4 寝室の壁と婚約指輪

六 両親への紹介

 ご両親に紹介……!
 やっぱり、あるんだ。
 ないかなと思っていた。対外的に誰かに紹介されることなんて。
 だって、一年限りのパートナーなのに紹介なんてしたら、あとから何か言われそうで。
 でもよく考えたら、一年で離婚したらどうせ何か言われるに決まっているし、紹介しないほうが不自然かもしれない。
 電話をしていたお祖父様とやらは俺のことを書面上のつがいだってわかっているみたいだけど、文弥さん、ご両親には事情を説明しないのかな。
 それにしても、こっちにご両親がいて、紹介されるなんて。前もって言ってくれたら、一張羅のリクルートスーツを持ってきたのに、カジュアルな私服しか持ってないよ。

「あたたかい格好をしてくれていたらなんでもいいよ」
「でも……」
「今日は晴れてる。冷え込みそう」

 午前九時。
 ふたりで日の出をみたあと、そろそろ戻ろうかといって、別荘に戻った。
 それから、文弥さんの部屋のベッドで、冷たくなった体をまた温めあった。セックスという方法なんだけど……。
 今度は俺は泣かなかった。誤解していたことがただの誤解だってわかって安心したけれど、振り出しに戻ってしまって、俺は混乱。
 一年の契約をやめにする話しを持ちかけるか悩んでいる俺に逆戻り。
 その上、ご両親に会うための着ていく服がない問題。
 文弥さんはこちらに置いてあったらしいブラックスーツを着ている。ずるいよ、ひとりだけちゃんとした格好だなんて。
 だけどやっぱり俺には服がなくて、二日目用の服であるシャツとジーンズ。ダウンジャケットにマフラーとニット帽。
 文弥さんは「気にしなくていいよ」だなんていうものの、俺は気になるし、ご両親になんと思われるか。ただでさえ、男なのに。

「少し歩くよ」

 文弥さんと手をつないで歩き出した。

「裏に湖があるんだよ」
「はい」
「地図見た?」
「はい」
「むかし遊んで、よく湖に落ちたよ。ふちを一周、度胸試し」
「えー!?」

 意外だった。
 文弥さんは内緒話みたいに声をひそめる。

「そうしたらね、なんと女神様が現れて、こう質問されるんだ。あなたが落としたのは金の文弥ですか、それとも銀の文弥ですか」
「……あははっ」
「いえいえ、金でも銀でもありません、僕が落としたのはごくふつうの文弥です、って答えると、正直者だと褒められて、文弥が三人になってしまうんだ。すごくうるさいよ。みんな踊っているし」

 文弥さんのわけのわからない冗談に笑っていると、じきに湖畔にたどり着いて、教会に出た。
 あぁ、そっか。文弥さんは、俺の緊張をほぐそうと、冗談をいって、俺を笑わせてくれたんだ。
 寒いからか、朝だからか、教会の扉は閉まっている。
 文弥さんはかってしったるとばかりに、教会の裏手に回り込んで、鉄柵の扉を開けた。

「こっちだよ」

 開けた途端に、わかった。
 教会の裏手、森に接している空間は、朝の光と静謐さに満ちて、誰もいない。
 あるのは、四角い灰白の墓標だけ。
 そこには、教会墓地が広がっている。
 文弥さんのあとをついていくと、ふたつのお墓の前にたどり着いた。花立に、昨日飾ったという二輪のカサブランカが、朝露に濡れていた。

「あのね、尚くん。僕の両親」

 並んでいるお墓の前で、文弥さんは言った。
 亡くなっていたんだ。
 知らなかった。

「五歳の時だから、親のことは、そんなに覚えてないんだ。僕もう三十歳になるしね。祖父母とか、大叔母とか、伯母とか、親族に育てられてねぇ。お祖父様は、息子の忘れ形見で跡継ぎだし、それはそれは厳しかった。そこはしっかり覚えてるから、そのうち仕返ししてやろうと思ってるんだ」

 文弥さんは屈託なく笑った。

「こちら、尚くんだよ。僕の大切なひとだよ」

 俺は深く頭を下げた。

「初めまして、宮下尚です。不束者ですが、よろしくお願いします」

 と、そのときだ。

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