エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

文字の大きさ
26 / 396
3 ある八月の熱帯夜

八 誰とも付き合わない

しおりを挟む
 アイスコーヒーを受け取って店を出ようとすると、会計を終えたばかりの葉子さんに、呼び止められた。

「ねえ、和臣の後輩なんだ?」

 俺は足を止めて、頷く。

「あ、はい。昔の……」
「仲良さそうだねー」
「えー、そう見えますか? こんな美人の彼女さんがいたこと、先輩、教えてくれなかったんですけど」

 カズ先輩、何やってんの? マジで。
 呼び捨てとか、カズ先輩のガラじゃないんだから、この葉子さんってカズ先輩にとって特別な人でしょ。
 俺、葉子さんに合わせる顔なくない?
 美人の彼女といわれた葉子さんは朗らかに笑った。葉子さんもアイスコーヒーを受け取って、促されて、近くの空いている二人掛けの席で向かい合う。

「ただの同期だよ、同期。わたし恋人いるし」
「あ、同期なんですか」

 なんだ、同期か。
 ちなみに俺の同期は五人いたけど、入社三ヶ月で俺以外全滅した。
 前後二年、俺以外残ってない。俺だけ。

「和臣、ずっとフリーらしいよ。誰とも付き合う気がないみたい」

 よかった。
 ……まあ、よかったのかな。そうだな、カズ先輩の本性とか行動を知ったら傷つく人がいないってことはいいことだな。
 カズ先輩って、ストーカーだし、通勤リュックに恐ろしくいかがわしいアダルトグッズを入れてる変態さんだし……。

「えー、こんなにきれいな人ばっかなのにですか? 信じられないです」
「お。君、素直でいい子だねー!」

 葉子さんは明るい。ぐいぐいくる系のコミュ強。友達の友達は友達って感じ。面倒見もよさそう。
 俺は後輩力が高めなので、なんならすでに先輩と後輩。

「え、ほんとですよ? 眩しすぎてさっきからすごい緊張してます」
「和臣の後輩のわりに言うね。なんて名前? いくつ?」

 女性と会話って癒されるな……。声高いし。
 俺、やっぱり女の子が好きだ。別にこの手のキャリアウーマンと付き合いたいとは思わないけどさ。釣り合わないし。好みじゃないし。

「相田です。二個下で」
「こっちの子?」
「いえ、俺も東京で、こっちの営業所に応援に来てるんです。異動できたらこっちに異動するんですけど。本社がブラックなんですよ」
「おー、大変だね」

 本社がいかにブラックなのかは俺の鉄板ネタなので、どのネタを使おうかと思案していると、カズ先輩がすぐに戻ってきた。

「あ、カズ先輩」

 店内に入ってくると、周りの女性に視線で追われてる。
 遠目に見てると、背の高さが際立って、注目を浴びる理由がわかる。
 けっして華やかにしようとはしていなくて、むしろ服装は地味なのに、やっぱり目立つ。立ち姿が他人と違う。背中や肩の広さや、体のバランスに、色気がにじみ出てる。
 背筋が伸びていて、隙がなくて、仕事できそう。たぶん、仕事できるんだろうな。社内の評価高そう。
 甘いマスクだけど、無表情だと少しミステリアスな感じ。
 昔はあんまり笑わなかったことを思い出した。再会してから、よく笑うようになったんだよな。
 周りの女性たちは相当ハイレベル。その人たちがカズ先輩を熱く見てる。なのにカズ先輩は俺だけ見てる。意味わかんない。
 男しかだめなのかな。あんまりその手の話、しないな。いや、一回聞いたけど、途中から、タキくんが好き、しか言わない生き物になって、誤魔化されたんだわ。

「ごめん、お待たせ。何の話してたの?」

 カズ先輩はテーブルの隣に立って、眉をひそめている。
 別に、へんなことなんか何も言わないよ。カズ先輩の名誉にかかわるし、俺だってカズ先輩のおもちゃにされてるなんて、誰にも言えないし。

「内緒。ねー、相田くん」
「……はい」

 葉子さん、やめて。
 カズ先輩、俺を睨まないで。

「和臣、こっちにおつかいに来るの珍しいじゃん。普段、なかなか来ないのに」
「ついでだったから」
「ついで? 何か用事だったんだ」
「そんなところ」

 仕事のついでにストーカーなのか、ストーカーのついでに仕事なのか。

「和臣は今日帰るの? これから浩人と飲むんだけど、一緒にどう? 相田くんもよかったら」

 あ、いいな。大勢。俺は人数が多いほうが好きだからすぐに乗り気になるけれど、カズ先輩はすぐに拒否。

「ごめん、今度にしていい? 二人で話したいことがあって」
「残念。じゃあまた今度ね」

 葉子さんはあっさりと引き下がってしまった。
 もっともっと粘ってほしかったのに。
しおりを挟む
感想 341

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

寝てる間に××されてる!?

しづ未
BL
どこでも寝てしまう男子高校生が寝てる間に色々な被害に遭う話です。

処理中です...