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第二部 1 ある三月の春の夜
二 結婚式の三次会
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東京、赤坂。午後九時。
個室居酒屋には、高校のときに仲のよかった男子らと、なんとなく合流した女子グループの、総勢二十人。三次会。新郎も新婦も高校の同級生だったんで、ほぼ全員が元クラスメートの同窓会。
長いテーブルの端に座って俺はビール。大量の茹でた枝豆が入ったボールを共有している、隣に座っている男友達の山口が訊ねてくる。久しぶりに会って懐かしい。
「森下、なんで大阪行ったの?」
「あ、俺、転職したんだよ。紹介で」
「紹介?」
「そう。カズ先輩の……」
「カズ先輩って、まさか小野寺先輩? まだ仲良いんだ?」
実は、ほぼ二十四時間営業で連絡とってるんだよね。俺もびっくりなことに。
仲良いどころか。発展しすぎ。めちゃめちゃ不純な同性交友。付き合っているだなんて状況、誰にも言えないです。はい。
「うん。まあね」
と、俺と山口の話を聞きつけた人がいたらしい。すぐに女子二人がやってきて、テーブルの向かい側の隙間に座る。同じクラスだった、ヒエラルキー上位系女子。たしか、前川って子と、片野。前川は美人系で、片野はふんわりした感じ。
結婚式帰りのパーティードレスが似合う。着飾った女子って最高だな。化粧は少し崩れているけれど、隙がある感じがいい。酒入って色っぽいし。いいにおいがする。
それでも和臣さんのほうが美人で色気があるなんて思ってしまうんだから、俺も相当きてるな。
なんで比べちゃうんだろ。生き物として性質がまったく異なるのに。女子に比べたら、小さくも柔らかくもないのに。俺よりでかいのに。いいにおいはするけど。
「森下くん、小野寺先輩と付き合いあるんだ」
付き合ってるんだよ。恐ろしいことに。
「うん」
「いまでも連絡取り合うってこと?」
しつこいようだけど二十四時間、一方的に連絡が来る。あまり追及されると、歯切れが悪くなるというか。けっこう酒が入っているし、口を滑らせるなどのよくないことが起こりそう。
「うん。まあ」
「会ったりするの? 次、いつごろ会う?」
小野寺先輩と話せる唯一の後輩として、こういったことが日常茶飯事だった高校時代を思い出す。あまり笑わなくて、女子にはひときわ愛想がなかったにもかかわらず、あの人、人気だったな……。
「えー、どっちか、カズ先輩狙いなの?」
というと前川は片野を示す。そうだよなあ。前川だったら一人でここに来そう。
「この子、小野寺先輩のこと今でも好きなんだよ」
「そうなんだ……」
どいつもこいつも、なんでそんな十年も前の高校時代の片想いをこじらせてるの? もう俺たち二十六歳だよ。次行こうよ、次。
はあ。居た堪れないな。俺、隠し事って苦手。だけどいくらなんでも隠さざるを得ない。こんなことなら山口にも言わないほうがよかった。
「卒業式のとき告白したけど断られて……でも、忘れられなくて……」
そうそう。わかる。卒業式のとき。和臣さんは卒業生代表をしていて、式が終わって、告白する女子が群がってて、途中から先生たちが交通整理して、列を作るように誘導していて、公開処刑みたいな告白大会に笑えるやら可哀相やら。
思い出してくる。ブレザーの第一ボタンから第三ボタンまですぐに奪われていて、最終的にワイシャツのボタンも、ワイシャツの袖のボタンも全部なくなってた。
列の先にいた和臣さんの疲労感たっぷりの、居心地の悪そうな渋い表情。ちょっと声掛けようとして、まあ男子だしいいだろって、列に並ばずに声を掛けに行ったんだ。
今思い出した。あのとき、和臣さんに、よかったら受け取ってってネクタイを渡されたこと。もう使わないからって。俺のより綺麗だった。
軽い気持ちでもらい受けて、並んでる女子に一斉に睨まれて竦みあがった記憶。
前川がにやにやしつつ言った。
「萌ちゃん、図書館で勉強してた小野寺先輩に、こっそり差し入れをしてたことがあるんだよね。お菓子」
「うん……自分がって言い出せなかったけど……先生に頼んだり、机に置いたり……」
「あ、片野さんって製菓部だったよね、たしか」
「森下くん、よく覚えてるね」
「放課後に甘いにおいしてたからさあ。美味しそうで」
あの人、あのにおいの出来上がったの食べてたんだな。羨ましいな。俺も含めて多くの男子生徒がただ腹を空かせてよだれを飲み込んでいたよ。
そこでふと思う。
葉子さんが以前言っていたこと。たしか、和臣さん、地元の高校受験で全滅したんだよな。あんな傍目には完璧っぽい人でも挫折経験あるんだ。俺も本命は落ちたよ。あそこ滑り止め私立。そんなこと言えないけど。
で、成績が伸びなくて死にそうになってたときに助けてくれた、救いの天使の存在。それがどういう状況で何を意味するのか、和臣さんは何も言わないんだけど。
俺は正直いって、和臣さんを救った記憶なんか一切ないわけ。
和臣さんの身に、何かあったはずなんだよな。彼が救われるような出来事が。救いが必要な人に積極的にはたらきかけていくような何かがさ。
差し入れ。食ってたんだよな。
和臣さん、もしかしてこの子と俺を間違ってたりしない?
救いの天使ってこの子じゃない?
とはいえ、彼は、恋心を抱いている相手を救いの天使とまで表現しておきながら、ほぼ強姦するようなやばいやつだけど。
やっぱり、あの人が好きであるべき人って、俺じゃなくない?
なんでそれで俺と勘違いしたのかは知らない。何か欠けてるけれど……。
どうすればいいんだろう、これ。
個室居酒屋には、高校のときに仲のよかった男子らと、なんとなく合流した女子グループの、総勢二十人。三次会。新郎も新婦も高校の同級生だったんで、ほぼ全員が元クラスメートの同窓会。
長いテーブルの端に座って俺はビール。大量の茹でた枝豆が入ったボールを共有している、隣に座っている男友達の山口が訊ねてくる。久しぶりに会って懐かしい。
「森下、なんで大阪行ったの?」
「あ、俺、転職したんだよ。紹介で」
「紹介?」
「そう。カズ先輩の……」
「カズ先輩って、まさか小野寺先輩? まだ仲良いんだ?」
実は、ほぼ二十四時間営業で連絡とってるんだよね。俺もびっくりなことに。
仲良いどころか。発展しすぎ。めちゃめちゃ不純な同性交友。付き合っているだなんて状況、誰にも言えないです。はい。
「うん。まあね」
と、俺と山口の話を聞きつけた人がいたらしい。すぐに女子二人がやってきて、テーブルの向かい側の隙間に座る。同じクラスだった、ヒエラルキー上位系女子。たしか、前川って子と、片野。前川は美人系で、片野はふんわりした感じ。
結婚式帰りのパーティードレスが似合う。着飾った女子って最高だな。化粧は少し崩れているけれど、隙がある感じがいい。酒入って色っぽいし。いいにおいがする。
それでも和臣さんのほうが美人で色気があるなんて思ってしまうんだから、俺も相当きてるな。
なんで比べちゃうんだろ。生き物として性質がまったく異なるのに。女子に比べたら、小さくも柔らかくもないのに。俺よりでかいのに。いいにおいはするけど。
「森下くん、小野寺先輩と付き合いあるんだ」
付き合ってるんだよ。恐ろしいことに。
「うん」
「いまでも連絡取り合うってこと?」
しつこいようだけど二十四時間、一方的に連絡が来る。あまり追及されると、歯切れが悪くなるというか。けっこう酒が入っているし、口を滑らせるなどのよくないことが起こりそう。
「うん。まあ」
「会ったりするの? 次、いつごろ会う?」
小野寺先輩と話せる唯一の後輩として、こういったことが日常茶飯事だった高校時代を思い出す。あまり笑わなくて、女子にはひときわ愛想がなかったにもかかわらず、あの人、人気だったな……。
「えー、どっちか、カズ先輩狙いなの?」
というと前川は片野を示す。そうだよなあ。前川だったら一人でここに来そう。
「この子、小野寺先輩のこと今でも好きなんだよ」
「そうなんだ……」
どいつもこいつも、なんでそんな十年も前の高校時代の片想いをこじらせてるの? もう俺たち二十六歳だよ。次行こうよ、次。
はあ。居た堪れないな。俺、隠し事って苦手。だけどいくらなんでも隠さざるを得ない。こんなことなら山口にも言わないほうがよかった。
「卒業式のとき告白したけど断られて……でも、忘れられなくて……」
そうそう。わかる。卒業式のとき。和臣さんは卒業生代表をしていて、式が終わって、告白する女子が群がってて、途中から先生たちが交通整理して、列を作るように誘導していて、公開処刑みたいな告白大会に笑えるやら可哀相やら。
思い出してくる。ブレザーの第一ボタンから第三ボタンまですぐに奪われていて、最終的にワイシャツのボタンも、ワイシャツの袖のボタンも全部なくなってた。
列の先にいた和臣さんの疲労感たっぷりの、居心地の悪そうな渋い表情。ちょっと声掛けようとして、まあ男子だしいいだろって、列に並ばずに声を掛けに行ったんだ。
今思い出した。あのとき、和臣さんに、よかったら受け取ってってネクタイを渡されたこと。もう使わないからって。俺のより綺麗だった。
軽い気持ちでもらい受けて、並んでる女子に一斉に睨まれて竦みあがった記憶。
前川がにやにやしつつ言った。
「萌ちゃん、図書館で勉強してた小野寺先輩に、こっそり差し入れをしてたことがあるんだよね。お菓子」
「うん……自分がって言い出せなかったけど……先生に頼んだり、机に置いたり……」
「あ、片野さんって製菓部だったよね、たしか」
「森下くん、よく覚えてるね」
「放課後に甘いにおいしてたからさあ。美味しそうで」
あの人、あのにおいの出来上がったの食べてたんだな。羨ましいな。俺も含めて多くの男子生徒がただ腹を空かせてよだれを飲み込んでいたよ。
そこでふと思う。
葉子さんが以前言っていたこと。たしか、和臣さん、地元の高校受験で全滅したんだよな。あんな傍目には完璧っぽい人でも挫折経験あるんだ。俺も本命は落ちたよ。あそこ滑り止め私立。そんなこと言えないけど。
で、成績が伸びなくて死にそうになってたときに助けてくれた、救いの天使の存在。それがどういう状況で何を意味するのか、和臣さんは何も言わないんだけど。
俺は正直いって、和臣さんを救った記憶なんか一切ないわけ。
和臣さんの身に、何かあったはずなんだよな。彼が救われるような出来事が。救いが必要な人に積極的にはたらきかけていくような何かがさ。
差し入れ。食ってたんだよな。
和臣さん、もしかしてこの子と俺を間違ってたりしない?
救いの天使ってこの子じゃない?
とはいえ、彼は、恋心を抱いている相手を救いの天使とまで表現しておきながら、ほぼ強姦するようなやばいやつだけど。
やっぱり、あの人が好きであるべき人って、俺じゃなくない?
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