エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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2 ある年始のドタバタ

三 早く帰りたい Side和臣

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 痛い。
 痛み止めの注射も痛かったし打たれた箇所が腫れてる。左足の骨折はいわずもがな激痛。熱が出ていそう。
 骨折にくわえ、転倒時についた手の平と肘と側頭部と左肩は打撲。あちこち擦り傷。
 病院の裏口を出る。天気は横殴りの雪。駐車場には母が街乗りに使っている輸入車のSUVが停まっている。運転手は母親だ。妹と一緒に病院まで迎えにきてくれた。
 救急車に同乗してくれた次兄が助手席。俺と妹は後部座席に乗り込む。
 発進しながら母が言った。

「三郎、きれいに折れててよかったじゃないの」
「折れてるにきれいとかきたないがあるんだね……」
「あなたってここぞというときには運が良いのよね~」

 下敷きになる時点で不運だし、不幸中の幸いにしても痛いものは痛い。
 はあ。溜息。
 午後過ぎに本家に挨拶に行った。案の定つかまって、色々言われた。やっと受ける気になったのか、だの、判断が遅いだの。迫る口述試験や、司法試験の勉強を口実に、早く帰りたいと暗に言ったものの、中々帰してもらえなかった。
 父が代わってくれて、俺は自宅に戻り、東京に帰る前に少しだけと思って、海外赴任前からガレージに置かせてもらっている自分のバイクの様子を見に行って跨っていたところ、自宅敷地内で放し飼いにしているラブラドールレトリバーの太郎と次郎が、ガレージへの柵を突破してワンプロを始めてしまい、三匹目の犬だと思っている俺に飛び掛かってきて、バランスを崩した俺はバイクで立ちゴケ。
 犬たちは逃げていって無事だったが、俺は車体の下敷き。足を挟まれて、側頭部を打って昏倒。幸いにして、犬たちが呼んできた長兄と次兄に助けてもらい、救急搬送。
 犬たちに怪我がなくてよかったけれど。

「あ、忘れてた。三郎、スマホ」
「あっ、ありがとう」

 妹に渡されて、やっと確認する。いつの間にか午後九時前。
 多紀くんから連絡あるかな。ないかな。
 あの子、あんまり連絡してくれない。寂しい。

『今日、何時ごろになりそうですか?』

 午後四時か。一通だけ。
 知ってた。でも寂しい。会いたい。痛いよ。
 痛いの痛いの飛んでいけと言って、膝の上でよしよししてほしい。撫でられたい。額にキスしてほしい。多紀くんに甘やかしてもらえたら、きっと痛みはなくなるね。嬉しくてワンプロを始めちゃうかも。
 俺は誰ともなしに訊ねる。

「新幹線って動いてるのかな。東京行きの最終って、たしか九時四十八分だよね」

 外は雪だ。遅延情報を調べてみる。とくに何も載っていない。東京のほうは遅延があるようだ。だけどここは雪国。
 妹が言った。

「この程度なら動くでしょ」
「お母さん、家で荷物とってくるから、仙台駅まで送ってくれる?」
「今日はやめておいたら? 危ないよ」

 母はそう言うものの、帰りたいよ。
 多紀くんに会いたい。送ってもらえなければ、タクシーを呼ぶしかないか。
 そのとき、妹が思い出したように言った。

「そうだ、三郎。『タキくん』から電話があったよ」
「えっ、のんちゃん、出たの?」

 不在着信じゃなかったから、気づかなかった。
 通話履歴を見る。履歴が残っている。午後七時。二時間前だ。なにを喋ったんだろう。ずるい。俺が喋りたかったのに。

「『タキくん』って、ああ、一緒に住んでるんだっけ」

 と母。
 次兄が「えっ」と驚きの声。

「あれ、次郎、知らなかったの。三郎の『タキくん』」
「やめて、お母さん」
「三郎がやたらこだわっている後輩の男の子」
「やめて、のんちゃん」
「一緒に暮らしてる……?」

 次兄が引いてる。次兄には言っていない。知られてしまった。弱ったな。
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