エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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4 ある夏のふたり

十二* あと、タレの染みたごはん

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「多紀くん、仕事楽しい?」
「楽しいです」
「そっかぁ」

 さいきん忙しくてやることが多い。抱えがちなのは悪い癖だな。役職がついたんだからいっそう頑張らないとって気合い入れていたけれど、俺も西さんに、そうじゃないって言われたんだ。
 平社員と中間管理職は求められる役割が違うから、そのへん勉強したらって。
 それで、さいきんは、ビジネス書を読むようにしてる。だが、まだ何も掴めていない。
 でも、そうだ、あるんだ。俺にも積み重ねたものがある。そう教えてもらったら、気分が楽になった。
 皿洗いをしていると、和臣さんはアイスコーヒーを用意してくれた。
 リビングのローテーブルに置いて、和臣さんはソファに座り、ベランダを無言で眺めている。俺は皿洗いを終えて、手を拭く。

「……多紀くん。花火、いつだった?」
「先週です」
「きれいだった?」
「あ、観てなくて……」
「そうなの?」

 和臣さんは振り返った。
 俺は苦笑する。

「和臣さんいないし、肉料理もないですし」

 和臣さんはおいで、と言って、俺はソファに座りにいく。
 となり。

「次の花火は、一緒にみようよ。みたくないんじゃないよね?」
「一緒に観たいです」

 今年、もしひとりで観たら、悲しくなりそうだった。自分で選んだとはいえ、どうしてひとりなんだろうと、後悔しそうだった。友達とみる選択肢はなかった。一緒に観たいのは、ひとりだけなんだ。
 そういってからは、お互いに黙ってアイスコーヒーを飲んだり。
 和臣さんの手が俺の手を握る。指を絡める。
 俺は言った。

「ひとりぼっちにして、ごめん」
「さみしかった……我慢してた。ちゃんと我慢して大人しくしてた。えらい子だった」
「ありがとう」
「多紀くんの気持ちを大事にしたいもん。多紀くんは、何がしたい? したいことあったら言ってね。したくないことも」

 今後の話だ。

「……あんまり、考えたことなくて、目の前のことやってたんですよね」

 流され体質だからさ。
 やりたくないことも努力すべきって思っていた。そうでもないんだよな。
 やらなくてよかったこともあってさ。正しくない努力をしてた。それはただ不平不満を溜めて壊れそうになるだけの、我慢と消耗の日々。
 家族のことも、前職のことも。
 和臣さんは俺の肩に頭を乗せてくる。

「少しずつでいいから、言語化していこうね」
「あっ、また旅行したいなって思ってます」
「いいね。どこか行きたいところある? 動機なんてなんでもいいんだよ」
「巨大なものが見たいです」
「巨大なもの? 建築物?」
「大きなものを見て、自分のちっぽけさを感じたいです」
「お城とか?」
「なんでも……」
「スカイツリー、ガンダム、牛久大仏。屋久島、榛名神社の奇岩、黒部ダム、仁徳天皇稜、角島大橋、五稜郭、函館山……。あ、仙台にも大仏あるよ」
「仙台、また行きたいですね」
「案内するよ。松島でも行こうか」

 試験のあとに一泊二日で旅行したときは、一応翌日の帰る間際に町歩きしたんだけど、疲れていてそれどころじゃなかったな。

「他には?」
「葉子さんとか、倉本とかとも話してたんですけど、通信で大学行きたいなって。西さんの勧めもあるんですけど、俺も、気になってて」
「そうなんだ。いいね。仕事と両立?」
「はい。大変だと思いますし、四年で卒業できないかもしれないんですが」

 逆算したら過密スケジュール。年数は余裕を持たないと、やる気が続くかわからない。テストもあるし、課題も。大人になって学び直すって簡単じゃないな。勉強癖ついてないし。

「のんびりやればいいよ。会社やめてもいいし」
「会社はやめずに、なんとか」
「そっか」
「これ以上卑屈にならないように。和臣さんの隣にいても、誰にも何も言われないように」

 和臣さんは顔色を変えた。

「誰かに何か言われるの? 誰?」
「いえ、とくに誰というわけではないんです」

 面と向かって何か言われることはないかな。むかしは、元上司に言われたり、紗英ちゃんにディスられたりしたけど、でも、悲しい気持ちにはならなかったんだ。だけどそれは、よくなかったんだと思う。
 諦めてた。俺の人生、こんなもんだって。
 和臣さんは笑った。

「まあ、わかってないひとはへんなこと言うかもしれないけど、わかってるひとはさ、むしろ俺に対して、相田くんに迷惑かけるなって言うよ。みんな多紀くんのこと好きだね、心配してるんだろうね」

 え?
 なにそれ? 初耳だ。

「だって、葉子も同期たちも、西社長も、俺の母親や兄も、みんな多紀くんの味方だよね……。西社長はさっき言ったとおりだし、唯一俺の味方だったはずの瑞穂さんまで、『多紀ちゃまに嫌われないように心を入れ替えてくださいまし』なんて言ってたよ」
「そうなんですか」
「多紀くんは性格がいいもの。俺なんか中身がバレたら触るな危険だよ」
「ふふ」
「俺が多紀くんのこと大好きなように、みんな多紀くんのこと好きだよ。だから、俺は、多紀くんが奪われないか心配してる」
「あいにく、恋愛対象としては好かれません」
「みんな見る目なくてラッキー。俺の多紀くんだもん。あ、そっか。俺が警戒してるから手を出してくる人がいないのかも。危険人物だもんね。ふふ。他には、何がしたい?」
「今のところ、俺は以上です。和臣さんのしたいことは?」
「俺?」
「はい」

 俺は、もし和臣さんが、結婚したいと言ったら、約束しようと思っていた。いつかできる日が来るなら、そうしようと。
 俺には結婚願望がない。どうだってよかったし、今でもとくにない。でも、和臣さんが願うなら叶えてあげたいと思う。
 だけど、和臣さんはそうは言わなかった。

「なりたいものならある……」
「なりたいもの?」

 これ以上、何になりたいんだろ。
 和臣さんは恥ずかしそうに言った。

「焼肉になりたい」
「へ?」
「あと、タレの染みたごはんになりたい」
「……」

 それらは俺の大好物だ。好きな食べ物。タレの染みたごはんは、単品で好物といっていいのかわからないけど、好きなものには違いない。
 冗談だと思ったんだけど、隣の和臣さん、本気っぽいな。
 顔が真面目だし、涙目だし、耳まで真っ赤。恥ずかしそうに両手で顔を覆って、ソファの上で膝を抱えて、小さく縮こまっている。
 俺は訊ねた。

「俺のこと、好き?」
「好き……」
「俺の好きなものになりたいくらい?」
「うん、好き……。多紀くんに『大好き!』って笑顔で即答してもらえる焼肉が、うらやましい……」

 笑いそうになったけど、じわじわと、和臣さんの気持ちが伝わってきてしまった。
 だって本気で言ってるんだ。
 俺、和臣さんのこと、和臣さんとして好きなんだけどな。焼肉と、タレの染みたごはんとは、比べられないよ。
 両腕を伸ばして、縮こまってる和臣さんを覆うみたいに抱きついて、和臣さんの切ったばかりの髪に鼻を埋めながらゆっくり撫でる。

「和臣さん。好きだよ」
「ん……。多紀くん、大好き」

 俺の腕の中で、和臣さんは喜んで呻いている。額にキスをしてみる。
 和臣さんは、俺にこうされるのがいちばん好きだから。




〈次の話に続く〉
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