エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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番外編13 リクエストなどなど

野球帽の話

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 新居に引っ越した後のお話しです。




 今日は和臣さんのご実家にやってきている。
 俺はリビングで犬の太郎と次郎とまったり。和臣さんはそんな俺にべったり。
 お母さんと瑞穂さんとのんさんは、隣接のダイニングキッチンでお茶。

「あ、三郎坊ちゃま、衣替えの季節でございますが、こちらにお持ちの衣類、新居にお送りいたしましょうか」
「んー。どうしよ。服多いんだよね……。中身厳選させて」
「虫干しをしましたので、和室に広げてありますよ」

 リビングの隣に和室があるらしい。
 瑞穂さんが引き戸を開ける。網戸にして風を通している部屋に、衣類が広げられていた。
 和臣さんはしゃがんで眺めている。俺はついていって隣にしゃがんでみる。お母さんもやってきた。

「これを機にむかしのもの捨てちゃおうかな。ねえ、お母さん。邪魔でしょ?」
「あーでも、保育園のスモック。懐かしい。色々思い出しちゃうわよねぇ」
「そんなこと言ってたら物が増える一方だよ」
「こちら、当時のアルバムにございます」

 瑞穂さんが、ス……と分厚い上製本を出してくる。
 和臣さんは慌てている。

「瑞穂さん! やめてお母さん、見ないで多紀くん!」

 俺は聞いてない。
 お母さんと瑞穂さんと三人でページを開く。
 保育園のお遊戯会だ。壇上に並んだ、花飾りをつけた黄色いスモックの園児。

「っ、かっわ……! え!? なに!? 天使?!」
「花の妖精なのよ~。手作りの花冠。女の子にまじってね」
「やめてってば!」
「こちらは小学校」
「…………?」

 ん? 仙台の公立小学校時代に見覚えなんてあるはずないのに、なんだろう、このそわそわする感覚。
 和臣さんはアルバムを閉じようとしてくる。

「もう、見ないで。アルバムは置いてくから、衣類だけ見て帰ろ。ね、多紀くん」

 俺は瑞穂さんに訊ねた。

「あのう、小学校のアルバムって、もっと上の学年のありますか?」
「もちろん」
「多紀くん!」

 慌てる和臣さんをよそに、お母さんは目を細めて懐かしがっている。

「三郎、中学年ぐらいから生意気な目をするようになって」
「こちらが卒業アルバムでございます」

 瑞穂さんに渡してもらった卒業アルバム。開いて、俺は確信。
 写真にうつりたくなさそうに身を縮めたりブレていたり顔を隠している、不機嫌そうな、きらきらした美少年。どの写真も、式典みたいにワイシャツと子ども用スラックスでフォーマル。春秋はセーターを着てる。夏はベスト。
 雰囲気が違いすぎて、賑やかそうな教室でひとりだけ浮いてる。
 記憶は曖昧で不確かだけど、俺は気づいた。
 冗談だろ。嘘みたい。そんなことある???
 こんなの言っても誰も信じてくれないだろうけど、俺、このころの和臣さんに会ったことある。間違いない……と思う。
 ……美少女じゃなくて、美少年だったのかよ……!

「…………」
「中学生から大学生で、一気に背が伸びたのよねぇ。12歳ゼロヶ月のときに百三十センチ少々で、こりゃ低身長かなって思ってたら、いつの間にか兄弟で一番高くなっちゃって。いま何センチ?」
「百八十五」
「ワンシーズンでサイズアウトするはずだわ」
「高校のときはまだ成長途中でね」
「あの頃も高かったのに」
「たいそうおモテになりましてねぇ。毎朝毎夕、おうちの前に女の子がたくさんいらして」
「わたし家入ろうとしたら三郎ファンに髪の毛引っ張られたことある……」

 リビングに移動して犬たちにちょっかいをかけられているのんさんが、恨み言。

「のんちゃん……ごめん……」

 俺は卒業アルバムをぱらぱらとめくっていく。そのうち、見覚えがある光景が出てきた。
 東京のシンボル、東京タワー。このころはまだスカイツリーはない。
 東京駅に、レインボーブリッジ。浅草雷門。

「修学旅行、東京ですか?」
「東京タワーと国会議事堂とお台場と浅草ね」
「多紀くんは修学旅行どこだった?」
「日光です」
「一緒に行きたかったなぁ」

 和臣さんは無茶言ってる。

「帰りに寄ってはいかがです?」
「行こ行こ! 多紀くんと修学旅行!!!」
「三郎は修学旅行途中リタイアだったのよねぇ。小学校も高校も」
「どうも体調崩しちゃうんだよね。集合写真は写ってるけど。それより衣類見よう。場所取るだけだから、むかしの服は捨てようよ」

 和臣さんはどうしてもアルバムは見て欲しくないみたいで、俺の手から取り上げて、俺は衣類の山のほうへ連れていかれた。
 んで、俺は見つけたってわけ。

(……!)

「これ、野球帽……」

 手に取って矯めつ眇めつ。
 中のふちに『あいだたき』と書いてあったはずだ。だがなかった。汗かいて洗濯してを繰り返すうちにすっかり消えたんだと思う。だが俺のものに違いない。
 和臣さんは俺の手から帽子をとって、不思議そうに眺めている。
 お母さんと瑞穂さんと、俺も知ってる思い出話。

「ん? あ、そうだね。これって俺のだっけ?」
「三郎っぽくないわね」
「こちらはいただいたものかと」
「もらいものかぁ。誰だろ?」
「ほら、修学旅行の東京で誰かにもらったんじゃなかった?」

 俺……。

「あ、なんとなく思い出した。通りすがりの野球少年が被せてくれたんだよ」
「あの夏はとくべつ暑かったですわねぇ」
「公園でくたばってたんだよね」
「おばさまのおうち、近くでよかったわよね」
「近くまで行けたんだけど、道に迷って、途中で力尽きちゃったんだよ」
「ご無事でなによりでした」
「道案内もしてくれてね。親切な子だったよね」

 和臣さんは俺の様子に気づいた。

「多紀くん? どうしたの?」
「…………いえ、なんにも」

 こんなの言えるかよ。
 絶対におかしいって。人口何人いると思ってるんだよ。そんな偶然、あるわけないだろ。

「真っ赤だよ? 熱? 俺の可愛い写真のせい?」
「自分で言うな」

 とのんさんが遠くで言っている。
 俺もそう思う。

「多紀ちゃん。アルバム、一冊持ってく? どれでもいいよ。データあるし」
「お義母さん……お言葉に甘えて、卒アルを……」

 小学校の卒業アルバムに手を伸ばすと、和臣さんは叫んだ。

「妬けるからやめてよ。多紀くんが見惚れてるのやだ。この頃がいちばん可愛いんだもん。持って帰るのやだよ」
「自分で言うな」

 今度はお母さん。俺もそう思う。いや、可愛いんだけどさ。

「あの、すみません。この帽子……」
「あ゛っ!!! この帽子だって、なんとなく捨ててなかっただけだよ? そんな、好きとか意味とかはなくて……ちっちゃいちっちゃい小学生に助けてもらっただけだからね!?」

 ちっちゃい言うな。俺だし。小学生が小さいのは当たり前だし。
 当時の俺は、小学校四年生の平均身長で、小学校六年生の和臣さんよりも高かったはずである。今だって別に低くはない。和臣さんが高すぎるだけだもん。

「近所の小学校だと思うので、学校を通じてお返しするお話もありましたねぇ」
「もらったんだよね。被れるかな? 多紀くん、みてみて。イメージじゃないよねー」

 和臣さんは頭の上に俺の野球帽を被せている。その姿に、曖昧だった美少女の姿が重なる。
 弱っちくて、顔色が悪くて、助けてって目で訴えてくる、あの子。
 そうだ、和臣さんも、時々、同じ目をしてた。警戒心が強くて、誰にも踏み込まれたくなくて、だけど助けを求めてる、そんな目。
 そして俺が守ってあげると、ほっとして優しい表情になる。
 俺は視線をそらした。

「かわいいです……花の妖精みたい」
「え? え? そう? そうかな???」

 和臣さんは不思議そうにしつつ恥ずかしがって喜んでいる。
 俺は顔が赤くなっているのではないかと覆って隠している。
 まさか、会ったことがあるなんて。
 なんだか急に、和臣さんのことを、抱きしめたくなるような気持ちに駆られている。単純な俺。

「帽子、捨てるんですか?」

 俺が訊ねると和臣さんは少し考えて言った。

「うーん。持っていてもいい? あっ! 他意はないんだ。好きとかもないよ! そんなんじゃないよ!?」
「ええ、はい」
「多紀くんも知ってるように、俺、昔はもっとぎすぎすしてて、人嫌いだったんだ。他人の親切に、つい下心を感じちゃってさ」
「はい」
「同年代の友達もいなくてね。いわば友達の思い出だね。思い返すと……純粋な親切が、嬉しかったんだ。懐かしい。ごめんね」
「いえ……大切にしてらっしゃるなら、なにより」
「でも俺の親友は多紀くんだし、一番の友達だし、恋人だし、旦那さんだし。ね」
「はいはい」

 このひとの俺率の高さに驚きだよ。切り出したらどんな反応するんだろ。感極まって咽び泣くに一票。
 やめておこう。しばらくは。ふたりになったら考えよう。
 お母さんも瑞穂さんものんさんも黙ってにやにやしながら俺たちを観察してるし。





〈野球帽の話 終わり〉
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