エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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番外編19 未来と過去の話(和臣視点)

数年後に本物の犬を飼う話 前編

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「三郎、犬が好きだったなぁ」

 次郎兄さんは突然そう言った。
 午後五時。
 外は秋の長雨。最近雨が多いな。一雨ごとに一度ずつ下がっていくように、秋は深まり、寒さが厳しくなっている。
 朝から遠方の裁判所に行って、やっと事務所に戻ってきた俺は、事務職員からフェイスタオルを受け取り、髪や肩を拭いて、ジャケットを脱いだ。
 執務机の眼鏡拭きを手に取りながら、向かいの執務机の椅子にどっかりかけている次郎兄さんをチラ見。
 俺は言った。

「あ、岡さんこれ戻しておいて」

 事務職員は俺のリュックを受け取り、今日持っていった事件記録を取り出しながら言った。

「次郎先生、いま離婚調停されているんですよ。妻側の代理人で」
「へえ、そうなんだ」

 同じ事務所にいるもののそれぞれ独立して仕事をしているので、執務机が向かい合わせだとしても、抱えている仕事はお互いに殆ど知らない。
 俺は以前の勤務先関係で得た顧問契約が多く、事件化しているものは少ない。

「で、今日の調停期日、夫と妻の間で、飼い犬をどちらが引き取るかで揉めたんですって」
「片方は新しい犬を飼えばいいんじゃない?」
「押し付け合いなんだ。両人、金がなくて飼えない」
「それは気の毒だね」

 俺は眼鏡を拭いてかけ直し、少し伸びをしたり屈伸をしたあと、やるべき仕事の記録を記録棚から出して、執務机に積んでいく。

「それで、次郎先生のお宅で、ご長男が犬を飼いたいというので、引き取ろうとして名乗りを上げたはいいものの、奥様先生の動物アレルギーを忘れていたそうです」
「それで今更引き取り手探しですか」
「三郎先生に白羽の矢が立ったそうです」
「三郎は犬が好きでね、岡さん」
「普通だよ。岡さん」

 挟まれた事務職員は迷惑そうに口をへの字にしている。

「相田くんは犬が大好きだったなぁ、ねぇ、岡さん」

 なぜ知っているのか。あ、実家に行くたびにタロジロと体力切れになるまで遊んでいるせいだな。あれで大好きじゃなかったらおかしいぐらい遊び倒している。タロジロも多紀くんが大好きである。

「でもうちマンションだからね、岡さん」
「岡さん、三郎のマンションはなんとペット可なんだよ」
「……」
「いずれ飼いたいという話があってね」
「なんで知ってるんだろうね? 岡さん」
「相田くん情報だよ、岡さん」

 なぜそれほど得意げなのかと。

「次郎先生も三郎先生も、直接やってください」
「犬種は柴だ」
「無理だよ。うち、新婚だし……」
「結婚パーティはもう何年も前だが……? ねぇ岡さん」
「知りません」
「あれからいろいろあって、新婚期間が延びてさ……。あと十五年は新婚でいようねってことになったんだ……お互いに相手のことが大好きでラブラブで……初心を忘れないようにしようねって……ほら、ご存じのとおり、俺と多紀くんって運命的なカップルで……」

 次郎兄さんはそれ以上喋るなとばかり、冷たい目をしながら舌打ちした。事務職員も素無視である。俺の惚気話を聞いてくれるひとはこの事務所にいない。
 シャツをまくり、椅子に掛ける。執務机の上には多紀くんと撮った写真立てと、多紀くんのアクリルスタンドをずらりと並べておいてある。ふふふ。祭壇。
 ふと見ると、次郎兄さんの足元に持ち運び用のケージが置いてあり、焼き立てのような小麦色の若い柴犬が凛々しく座っているではないか。

「わぁ、本物だよ……」
「おとなしいんですよ。お散歩と取ってこいが大好きだそうです」
「うちは無理……」
「とにかく預かってくれ。よそを当たるが、うちには連れ帰れないんだ」
「うう……」

 つぶらな瞳。ごきげんな横顔が多紀くんにちょっと似てる。そう思うと可愛い。

「じゃあ、預かりはするけど、お願いね……」
「ああ。飼い主は必ず見つける」
「頼むよ」

 でもなんか嫌な予感がするなぁ……。
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