エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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番外編18 続・野球帽と初恋(和臣視点)

三 変わらない

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「なんて顔してんだよ、和臣」

 新宿にあるバーのカウンターで、太郎兄さんと並んで掛ける。
 太郎兄さんはむかしから俺の顔色に気づきやすい。俺も太郎兄さんの前だとあまり取り繕わない。

「……彼との関係で、少し」
「なんだ、珍しい。自信満々の和臣が」
「…………今回ばかりは勝てそうにない」

 俺は多紀くんが初恋の人と再会し、様子がおかしいことを話した。次郎兄さんに言ったら「くだらない」と一蹴されたことも。
 太郎兄さんは真面目に聞いてくれる。

「今の恋人は和臣なんだろ?」
「結婚しているから、配偶者だもん」
「なおさら、今の生活のほうが大事だろ」
「…………」
「ついこの間だぞ。親族が集まって食事会したの」
「……あのあとだから」
「今度、会社関係の結婚パーティーもあるんだろ?」
「……予定どおり進めてる」

 多紀くんはそわそわしていて、よく見るとなんだか嬉しそうにしていて、毎日ご機嫌。いいことがあるんだな、という印象だ。
 だがそれは、俺とのことじゃないと思う。
 俺との結婚に関して、多紀くんはクールだ。だからあのそわそわは、結婚パーティーを楽しみにしているという類のものではない。
 だが、多紀くんの位置情報履歴において、初恋のX氏と密会している痕跡はない。
 職場と自宅マンションとの往復で、不審な場所への寄り道は一切ない。
 それどころか、以前は会社帰りにカフェに寄ったりコンビニに寄ったりもあったが、いまはない。ひたすら真っ直ぐ行き帰りしている。スーパーは休日に二人で行くことが多い。
 多紀くんの行動パターンは変わらず、むしろその余白は縮小傾向にある。
 だから初恋のX氏と日常的に接触しているとすれば、おそらく、職場なのだと思う。職場の中か、ビル内か、取引先。
 多紀くんは仕事や会社での出来事を自発的に話してくれるけれど、すべてではない。俺にとってのブラックボックスだ。

「とりあえず周辺を捜査して、証拠を保全して、聞き取りして。浮気ならどこかに証拠があるから」
「浮気だなんて……! たぶんだけど、生活圏で再会したんだと思う。浮気はしてない……まだ」

 N社長には定期的にこっそり多紀くんの様子を聞いている。だが、特に変わりはないといわれている。
 生意気にも、N社長は俺に対し、「奥様の束縛が激しいと、男は遊びに走るかもしれへんでェ」などと言うようになったので、過去の武勇伝をN社長の奥様に密告するなどして江戸の仇を長崎で討つ予定である。
 太郎兄さんは言った。

「何もないなら落ち込む必要はない」
「でも……」
「いったい何が不満なんだ。様子がおかしいなら直接訊けばいいだろ。裏を取りたいなら調べたらいい。目を瞑るなら、忘れるしかない。すべてを知れば傷つくとわかっているなら、そして傷つくのが嫌なら、知らないほうを選ぶべきだ。知りたいなら覚悟するしかない」

 合理的すぎるよ。人間は感情の生き物だよ。

「……問い詰めたいわけでもないんだ」

 知りたい。でも知りたくない。
 俺は、多紀くんが浮気するとは思っていない。まず間違いなく、肉体的な浮気には至っていない。
 だが心はどうだろう。
 悲しいんだ。明るい笑顔の裏で、俺とではなくて、初恋のX氏との楽しい時間を思い浮かべているのかと考えたら、心が焦げ付きそうなだけ。
 俺にくっついているのも、笑顔を見せるのも、後ろめたさなのかなと思うと辛いんだ。
 どうしてそんなにも嬉しそうなの。屈託のない笑顔、俺に見せないでよ。
 心の中に誰がいるんだよ。手に入れたと思ったのに、どうして。
 こんなに簡単に負けちゃうんだ。きっと捨てられてしまう。俺のこと、捨てないで。君が離れていったら、俺はどうやって生きていけばいいの。
 俺はカウンターに突っ伏して号泣していた。太郎兄さんは小さい頃みたいに、黙って頭を撫でてくれていた。
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