今夜、恋人の命令で変態に抱かれる

みつきみつか

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第一章

一 恋人の命令

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   一

「お前の開通、今夜八時な」

 胸を刺された。かと思った。
 大学のゼミで出会った恋人の部屋で、恋人はさほど面白くもなさそうに言いながら、呼び出されてのこのこ顔を出した俺が履き古したスニーカーを脱がないうちに、玄関でスマホの画面を見せてきた。
 まるでインターネットの工事みたいだと、開通という言葉の意味を考えるともなく考えながら、俺は画面に映る文字を口にする。

「四十代、バリタチ、明るくて優しい変態です」

 ゲイ向けのマッチングアプリは、高級スーツに身を包むお金持ちそうな男性の上半身を写している。いかにもらしかった。

「経験豊富そうでちょうどいいだろ?」
「……」
「お前のせいだし。返事は?」
「……そうだね」

 俺と恋人は、セックスがうまくいかない。
 いざ挿入されるとなると、我慢してもあまりの痛みに泣いてしまい、やめてと叫んで逃げようとしてしまった。
 押さえつけられ、口の中に靴下をねじ込まれて、体を拘束されながら犯され、切れて血まみれになった。下半身が鮮血に染まる俺の姿に恋人が萎えて終わったのは、二週間ほど前の出来事だ。
 外傷は治ったものの、二度とセックスはしたくない。だが別れたくもなかった。
 やれもしないのに恋人? と問われ、俺は何も言えなかった。だが彼は、別れるとまでは言わなかった。そこに一縷の望みを抱いていた。
 そして今夜の呼び出しに至る。別れを覚悟していた俺に突きつけられたのは、残酷な選択だった。

「やられて慣れてこいよ。ムリならいらない」
「……わかった」

 いらない、という言葉が突き刺さる。あれだけ想像して辛くなった別れようという言葉のほうが、現実よりもはるかにマシだった。
 自分からの告白で付き合うようになった。当初、温度差はなかったと思う。
 順調に交際して三ヶ月、セックスへの期待が高まっていき、あの失敗を機に、一気に冷められた。いまは目も合わない。繋ぎ止めようとする自分が滑稽に思える。

「じゃ、そういうことだから」

 部屋を追い出されて、結局、靴も脱がなかった。二人で食べようと菓子を買ってきたけれど、差し出す暇もなかった。
 雪が降ってきた。道理で寒いわけだ。かじかむ指に吐息を当ててすり合わせ、寒いなぁとひとりごちながら勝手に納得して、俺は恋人のアパートに背を向けて歩き出した。

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