海を泳ぐ豚

UZI SMG

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第9章

瀬どり

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 夜遅くだった。
 アダンはいつも通り酒に潰れてカウンターに突っ伏していた。
 リコとマスターが外国語で何か話しているが、いつも通り何を言っているかさっぱり分からない。
 カリーナは異国の本を読みながら、その会話を聞いているようだった。
「大変だ!!ロンメルがやりやがった!!」


 バーの扉が空く音と共にエドワードの声が、アダン達が飲んでいるバーに響く。
(ロンメル?)
「カリーナ!上へあがれ!」
 さっきまで楽しそうに話していたマスターが急に椅子から立ち上がり、カリーナに怒鳴った。
 本を読んでいたカリーナは、何が起こったか分からなかったがとりあえず言う通り2階へあがっていった。
「ロンメルは何をしたんだ?」
 いつにも無く、マスターが眉間にしわを寄せて聞く。
「赤の奴らだ!ロンメルの野郎、取引時の数量を間違いやがった。数量の単位を理解してなかったようだ」
「こっちのミスだ、誰が今日樽を積み込んだ?」
「レックスだ」
「ロンメルは今どこにいる?」
「こっちの船に乗っている」
「ビジネスは信頼とスピードだ、どうする気だ?」
「男出が足らない、ロンメルの代わりにアダンを借りたい」
「まだ取引中か?」
「そうだ」

 二人がイエスかノーを答えるような会話をしているように聞こえる。
「アダンにはまだ早い」
 マスターがエドワードに声を荒げる。
「トルオーネの息子だろ?俺も一緒だし大丈夫だ」
「他に代わりはいないのか?」
「取引先はすぐにでも物を要求している。今人質としてレックスが取られている」
 マスターは顎に手を当て、少し考えた素振りをしてエドワードを見た。
 今日のエドワードは、酒に全く酔っておらず、真剣そのものだった。
「お前ら手は出してないだろうな?」
「もちろんだ」
 マスターがそう言い、アダンを見た。
「分かった、アダンを貸そう」
 エドワードは軽く頷く。
「アダン、今からお前は船に乗れ、そして指示通りに動け」
 二人の剣幕と急な展開についていけず、しどろもどろとするがアダンはとりあえず生返事をした。
「……はい」
 どういう事か分からなかったが、船に乗る事だけは分かった。
 バーから出て港に向かう。

 普段歩く夜の景色は落ち着いていて好きだが、今日は深淵に入るような違和感を覚えた。
 今夜は月が雲に隠れ、夜の冷たさを引き立たせている。
 桟橋に見える微かな白い照明が海面を照らしている。
 いつも樽を積み込む船の前に、エドワードは立っていた。
 コート姿のエドワードの顔は、いつもと違い険しかった。
 アダンはどうする事も出来ずに、エドワードの前に立った。

「シカゴタイプライターとマーク2を積め」
 近くで樽を積み込む作業をしていた男達に、そういいエドワードは船に乗り込んだ。
 しばらくすると、男達はシカゴタイプライターと言われる自動小銃を肩に担ぎ、重そうな箱を持ってきた。体格のいい兵士のような規律正しい動き。港にいつもいる男達とは思えなかった。
 たぶんこの箱の中には、マーク2と呼ばれる手投弾が入っている。
 人を殺さなければならないのだろうか?
 アダンは、とりあえずこの場でどうすることもできず、その様子を見ていた。
「何してる?早く船に乗れ」

 エドワードの声にはっとし、アダンは船に乗り込んだ。
 作業員はアダンが乗り込んだのを確認し、クリートからロープをほどいた。
「戦争でも始めるのか?」
「いや、瀬どりだ」

 アダンの問いかけに対して、興味がないような抑揚でエドワードが返す。
船に乗り込むと、ウィスキーの香りに塩の匂い、そしてどこかからか血の混ざった匂いがした。
 港から出航すると、海はいつもより荒れている気がした。
 船が波を超えた時の衝撃がすごく、スピードもかなり出ているようだ。
 一時間ぐらいした頃、遠くから小さな光が見えた。
 目を凝らすと光を消したり、付けたりして合図を出しているようだ。こちらの船からも何度か光を送る。これがモールス信号というものか何かだろう。
 洋上に見えるその光を目指して、近づいていくと見た事が無い文字が船体にかかれた赤と黒のラインが入った船が近付いてきた。
 
 そのデッキの上に何人かの男が見える。ざっと数えて7人ぐらいだろうか。
さらに近寄って、姿が見えてくると外国人であろう姿が見えた。灰色のコートを着て、顔をマフラーのようなもので覆いその風貌は見慣れない異国の匂いがした。そして手にはウィンチェスター(ショットガン)が握られており、その銃口がこちらに向けているのが分かる。
そしてその男達の横にレックスらしき男がこちらに見えるように膝をついているのが見えた。

 アダンはある程度危険な事になるだろうと、なんとなく予想はしていたが、改めてこのような場所に来てしまうと、自分ではどうする事もできないと感じ、腹だたしさを覚えた。
 
 こちらの船の何人かが、シカゴタイプライターを構えているのが分かる。
暗い波音と、銃を構えている時の機械のような息使い、船の上を静かな殺意が渦巻いている気がした。
赤い船からロープがこちらの船へ投げ込まれる。

 こっちの船員が、それを船のヘリにあるクリートに結びつけ、赤色の船が横つけされる。
エドワードは船が完全に横つけされたのを見て、手を挙げながら赤色の船に近寄っていった。
いくつもの視線と銃口がこちらに向けられているのが暗闇でも分かる。
エドワードが船のへりへいったのを確認して、赤の船からもリーダーらしき人物が笑いながら寄ってくる。
どこかで見た事がある顔……
あの時の男――ムッシュだ。

「オッラオッラ」
 寒空の中、場違いな陽気な男の声が響く。
 エドワードも挨拶をして、ムッシュと外国語で何か話し出した。
 二人は、たまにジェスチャーを挟んだりして、声を荒げていたが、しばらく話した後に笑いあい握手をした。
 どうやら、何事も無く終わりそうな雰囲気だ。アダンは安堵の息を漏らす。
 だが相変わらず赤い船からの銃口はこちらを向いている。

 そしてエドワードは、アダンに来るように手招きした。
アダンは、不安な気持ちを抑え、エドワードに近寄る。
「アダン、樽を積め」
 そう言うエドワードはいつもと変わらない口調だった。
「はい」
 少し安心したアダンは、はっきり返事を返す。
「黙って積み込めよ」

 エドワードは笑いながらアダンに言った。
アダンは頷き、船のへりにあらかじめ用意された樽をエドワードと二人で横付けされている船へ運んだ。いつもやる作業がこんなに緊張したことはない。妙な汗が出ていた。
 樽を運び終わると、赤の船のデッキにいたレックスが解放されたのが分かった。

 赤の船の男達がレックスをこちらの船に引きずってくる。
 レックスは長時間暴行されていたのか、ぐったりしている。
「アダン手伝ってやれ」
 アダンは黙ってレックスの肩を持った。
(いい気味だ)ついついそう思ってしまった。
「悪いな、アダン」
 力無くレックスはつぶやき、アダンの肩を借りながら歩き出す。
 港で喧嘩をしたレックスとは思えないほど、弱久しかった。
「ロンメルを連れてこい」

 レックスがこちらの船へ戻ったのを確認してから、エドワードは、ロンメルを連れてくるように指示を出した。
ロンメルは、二人の男に両腕を抱えられ船首に連れ出された。
極度の疲れの中に、恐怖に怯えている事が分かる。そしてエドワードの前に膝まずかされる。
「ロンメルお前のミスだ」
 エドワードがこちらの船員全てに分かるように、ロンメルの顔に蹴りを入れる。
 デッキシューズの鋼鉄が入った靴先が、ロンメルの顔面に入り、血と共にうなだれた声が夜の海に響く。

「エドワード、許してくれ」
 ロンメルが恐怖に震えながら言う。
「これはルールだ」

 そういいエドワードは、懐からリボルバーを取り出し、リボルバーがすぐに握れるようにレックスにグリップを向けた。
「レックスお前がやれ」
 何回か大きく瞬きをし、レックスがエドワードを見る。
「エドワード、ロンメルを許してくれ」
 レックスが首を横に振り、エドワードを見る。
 エドワードはレックスの胸倉を、掴んだ。

「俺の言う事が聞けないってのか?」
 エドワードは激昂し、レックスの顔をリボルバーでのリアサイトで引っ掻いた。鋼鉄の突起物が皮膚をえぐり、レックスが、痛みで顔を抑える。

「ロンメルのせいで我々の信頼に傷がついた。」
「じゃあ、ロンメルの代わりにレックス、お前が死ね」
 そういいエドワードはロンメルにグリップを向けた。
 レックスは手を挙げ小さな声で何かぶつぶつ言っている。
 赤の連中は、それを楽しそうに眺めている。
 連中からしたら、ミスした奴らが、仲間うちでもめているぐらいにしか思ってないだろう。
「もう、やめてくれエドワード」
 ロンメルがエドワードに向かってそう言った。
 悲しそうな目をしている。
「俺が、取引する量を間違えた。俺が悪い。レックスを撃たないでくれ」

 ロンメルは全てを悟ったように、目を閉じ叫んだ。
「……最後に言いたい事はあるか?」
 エドワードが静かにロンメルに問う。
「レックス、俺はお前を最高の友人と思っている。孤児院の時から、いつも俺の味方でいてくれてありがとう」
 レックスがその言葉を聞き、目を大きく見開く。
 エドワードはレックスに銃口を向けたまま、少し黙った。

「もういいな」
 エドワードがそう言って、リボルバーのグリップを反転させて握りしめた。一瞬手首を手前にスナップさせ、親指で撃鉄を起こして、ロンメルの胸部に銃口を向けたと同時に引き金を引いた。
全ての動作が一瞬に起こったようだった。

――閃光。

 銃声、ロンメルはゆっくり船から海へ落ちた。
レックスはロンメルが海へ落ちたのを見て、力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。まだ生きているかもしれないが、アダンはどうする事もできずに固まった。

 エドワードは、何もなかったようにリボルバーを海に捨て、赤色の舟に向いて両手を広
げ、やれやれと言ったようなジェスチャーをした。
赤の連中は、それを見て何か叫んだ後、こちらの船のクリートから紐をほどき始めた。
赤の船が、離れていく。

 それから港までの記憶はあまりない。何かが終わったという安堵と、この世界に足を踏み入れてしまってはいけないという感覚だけが付きまとった。
レックスは港についてからも船主でひたすらうなだれていた。

 エドワードが、デッキに座っていたアダンに近づく。
「さっき起こった事は忘れろ」
 そういい、エドワードはアダンの肩を叩いて船から降りて行った。

 微かに硝煙の匂いがした。
(目の前で人が死んだってのに、いったい何を忘れろって言うんだ?)


 アダンはエドワードに疑問を覚えながら、船から降りた。




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