淀むモノクローム

古河さかえ

文字の大きさ
2 / 7
序章

しおりを挟む
 繁華街を駆ける二人の足音。追う者と追われる者、二人の男。昨日降った雨のせいで路面には水溜りが幾つも残り、踏み抜けば汚れた飛沫が跳ねた。
 立ち竦む薄暗いビルの合間をレニーは縦横無尽に駆け巡る。明確に分かっている事は自身の命が脅かされているという事。足を止めればたちまち死に直結する、長時間走り続けた足が悲鳴をあげ始めてもレニーは走るほかなかった。
 レニーを追うは組織の殺し屋、有森。レニー殺害の指令を請け負い相棒と共に繁華街の中追いかけていた。途中で獲物を追い詰める為に別行動を取り、今は有森だけがレニーを視界に捉えている。
 見捨てられた廃ビルの薄暗い路地の中、有森の追撃を躱しつつ遁走するレニーであったが、曲がり角の先に見えた袋小路、有森はすかさずジャケットの中から拳銃を取り出しレニーの足元を狙って引金を引く。
 低い破裂音が響きレニーの足元のアスファルトに着弾する。脅しではなく拳銃が本物である証だった。発砲に驚いたレニーはバランスを崩し、横に捨て置かれたゴミの山へと倒れ込む。
 体中に纏わり付く汚臭を気にしてなどいられず肘を付いて立ち上がろうとするも、そんなレニーの額に銃口が押し付けられる。火傷しそうなほどに熱い鉄の感触に生唾を呑み込み喉が上下する。
 栗色で淡い色の髪は埃とゴミでべっとりと汚れ、淡いヘーゼル色の瞳は逆光で表情の伺えない有森の姿をしかと捉えていた。オールバックで纏めた有森の頭から僅かな落ちた前髪が風に揺れる。
「あなたは……何故僕を狙うの?」
 絞り出した声は掠れていた。長時間に渡り走り続けていたレニーの体力は既に限界で、時間を稼ぐ事が今考えられる最良の選択だった。
 勿論そんな事は有森も承知している。しかし時間を稼いだところでレニーがこの状況を打開出来るはずも無かった。人通りの多い大通りからは見えない路地裏の袋小路、三方のビルは既に廃墟と化し様子を伺う者も居ない。有森が今ここで引金を引くだけで簡単に奪えてしまう命だった。
 何故、と問われても有森には答える事が出来ない。レニーを殺害する事が有森の仕事である事以外に理由など無いからだった。有森の涼しげな目元は眉一つ動かす事もない。普段の仕事と何も変わらず軽すぎる引金を引く、ただそれだけの仕事のはずだった。
「生まれてきた事を呪え」
 抑揚の無い冷めた声だった。対象を殺害する仕事はこれが初めてではない。
 不思議とレニーの瞳には怯えの色が見えない。ここまでの命と諦めた訳でもない、覚悟を決めたような凛々しい眼差し。レニーと有森、二人の間に静寂が渦巻く。
 有森の軽すぎる指先の責任が今日は何故か、重い。
 ――気付いた時、有森はレニーの腕を掴んで走り出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...