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第三章 蘇りし聖域の番人
第十八話 帰投
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アルンは夕焼けに染まっていた。賑わっていた市場の雑踏も今や疎らである。
魔獣の巣くう霊峰に囲まれたアルンは、常に滅亡の危機に曝されているという設定がフィヨルディアにはある。だがこれはあくまでも設定の話であり、実際に魔獣が街を襲うことはないはずであった。しかしなんと四天獣が蘇ったことにより、その災厄が現実となる可能性が浮上してしまったのだ。
僕の隣には、可愛らしい二人の少女が戯れ合いながら歩いている。愛らしい外見からは想像に難いが、その片割れはアルンを恐怖に陥れる魔王そのものなのだ。
僕は一応、警戒をしておくことにした。もしフウカの気が触れて暴れ出したら、僕の他に彼女を抑えられる者はいないだろう。
それに現在の四天獣には意思があり、既に同位の魔王と友諠を育んでいるとフウカは言う。単体でも果てしなく脅威であるにも拘わらず、四天獣同士で結託されてしまうと確実に手が付けられなくなってしまう。
ゲームの趣意に沿うのであれば今の内に四天獣を撃破しておくべきだが、その一方でアイにとってフウカは仲の良い友達となってしまった。彼女が魔獣であるとはいえ、その友情を僕が邪魔するわけにはいかない。
唯一の救いは、四天獣が人間の姿となり会話が成り立つことだ。純朴で優しいアイなら、四天獣を正しい道へと導くことができるかもしれない。
フウカは軽い足取りで街を歩いている。既に街の様子には慣れているようだ。
「そういえばフウカ、ライハとホムラへ連絡する手段はあるのか?」
「はぁ? あるわけないだろ」
「え……? じゃあ、どうやって四天獣の皆と落ち合っているんだ?」
驚く様子を見せる僕に対して、フウカは自慢げに笑っている。
「あたしは目が利くから、霊峰の山頂からでも世界中の様子を見渡せるんだよ」
「目視で仲間を見付けるのか……無茶苦茶だな……」
携帯電話もない世界観であるため、連絡手段がないことは当然のことである。
それにしても視力に際限がないとは、魔獣の王であるが故の力だろうか。
視線を感じて隣を歩く少女達に目を移すと、腹を擦ってこちらを見上げていた。
「とりあえず晩飯だな。エイタ、案内しろ」
「それは構わないが……お金は持っているのか? お金がないと食えないぜ?」
「あるよ。嘗めんな」
意地悪をしてやろうと思ったが、フウカは財布を開いて札束を見せ付けてきた。
木の葉で作られた財布は精巧で、手作りながらその形状を上手く維持している。それにかなりの量の大金が入っているようで、小さな財布がパンパンに太っている。
どうして魔獣がお金持っているのか、僕には理解不能である。
「フウちゃん、お金持ちだね!」
「アイ、フウカより俺のほうがお金持ちだぞ。ほら!」
僕は指を左右に振り、得意げな顔で財布の中身を二人に見せびらかした。
僕の財布は萬屋アレクに売っている手拭いである。札を手拭いで包み込む手法は原始的だが、着物に似合っている気がして僕は気に入って使っている。
「じゃあ、今日はエイタに奢ってもらおう。いいよな?」
フウカはニヤリと笑い、自身の財布を懐に仕舞い込んでいる。
「うっ……」
僕は財布を開いたまま固まった。柄にもなく墓穴を掘ってしまったようだ。
仕方なくアルン飯店へ行き、僕の奢りで食事を共にした。
◇
夕食を終え、僕達は旅寓アイアイへと足を運んだ。アイとフウカは霊峰探索で疲弊していたようで、食堂に長居することなく宿屋に足を向けていた。
僕は食事を早く切り上げられたことに安堵していた。実を言うと、元の世界に戻る時刻が刻一刻と迫っていたのだ。
僕がフィヨルディアに滞在できる時間制限について二人に伝える手もあるが、それはあまり気が進まない。意思を持ったNPCに対して現実世界の言及をすることは、少女達の存在を否定することに繋がる可能性があるからだ。
アイとフウカは己がNPCである自覚がなく、僕のことも同様にフィヨルディアの住人だと認識していることだろう。
意思を持つ以前のアイには散々異世界について語ってきたが、実際どこまで知られてよいものかをまだ決め兼ねている。知られてどうという話ではないが、二人が人格を有している以上、わざわざ曝け出す必要はないと僕は考える。
アイとフウカは僕の考え事を知る由もなく、仲良く手を繋いで宿屋の敷居を跨いでいる。二人が今を楽しんでいるならそれでいい。無理に波風を立てる必要などどこにもないのだから。
「あたし、昨日もここに泊まったぞ」
「フウちゃん! わたしも昨日ここに泊まったよ!」
「へぇ、奇遇だな。エイタも一緒か?」
「ああ、まぁな。まさかフウカが隣の部屋にいたとは……」
昨日の記憶を辿ると、銀髪の少女と廊下で擦れ違った気がしなくもない。
宿屋で戦闘にならなくてよかったと、僕は自然と安堵の吐息が漏れていた。
「それじゃ、アイとあたしで一部屋を取るからな。バイバーイ」
「エイタ、おやすみ。また明日ね」
「アイ、おやすみ。夜更かしをしないように」
フウカはアイの手を引き、嬉しそうに二号室へ入っていった。
扉が閉まるなり、二人が楽しそうに騒ぐ声が壁越しに聞こえてくる。僕と一緒にいる時よりもアイは燥いでいるようで、なんだか複雑な気分だ。
背中に哀愁を漂わせながら、僕は独りで三号室へと向かった。
そういえば、一号室に通されなかったことは初めてである。フウカが昨日に宿屋を利用していたように、今日は他のNPCが一号室に泊まっているのだろう。
悩みの種が一つ増えてしまった。アルンには宿屋がここにしかないので、今後は部屋が埋まる可能性を考えなければならないのだ。
「その時は野宿か……いや、俺の場合はただログアウトをすればいいだけだ……」
今日の探索を頭のメモに書き終え、僕は布団に潜り込んだ。
魔獣の巣くう霊峰に囲まれたアルンは、常に滅亡の危機に曝されているという設定がフィヨルディアにはある。だがこれはあくまでも設定の話であり、実際に魔獣が街を襲うことはないはずであった。しかしなんと四天獣が蘇ったことにより、その災厄が現実となる可能性が浮上してしまったのだ。
僕の隣には、可愛らしい二人の少女が戯れ合いながら歩いている。愛らしい外見からは想像に難いが、その片割れはアルンを恐怖に陥れる魔王そのものなのだ。
僕は一応、警戒をしておくことにした。もしフウカの気が触れて暴れ出したら、僕の他に彼女を抑えられる者はいないだろう。
それに現在の四天獣には意思があり、既に同位の魔王と友諠を育んでいるとフウカは言う。単体でも果てしなく脅威であるにも拘わらず、四天獣同士で結託されてしまうと確実に手が付けられなくなってしまう。
ゲームの趣意に沿うのであれば今の内に四天獣を撃破しておくべきだが、その一方でアイにとってフウカは仲の良い友達となってしまった。彼女が魔獣であるとはいえ、その友情を僕が邪魔するわけにはいかない。
唯一の救いは、四天獣が人間の姿となり会話が成り立つことだ。純朴で優しいアイなら、四天獣を正しい道へと導くことができるかもしれない。
フウカは軽い足取りで街を歩いている。既に街の様子には慣れているようだ。
「そういえばフウカ、ライハとホムラへ連絡する手段はあるのか?」
「はぁ? あるわけないだろ」
「え……? じゃあ、どうやって四天獣の皆と落ち合っているんだ?」
驚く様子を見せる僕に対して、フウカは自慢げに笑っている。
「あたしは目が利くから、霊峰の山頂からでも世界中の様子を見渡せるんだよ」
「目視で仲間を見付けるのか……無茶苦茶だな……」
携帯電話もない世界観であるため、連絡手段がないことは当然のことである。
それにしても視力に際限がないとは、魔獣の王であるが故の力だろうか。
視線を感じて隣を歩く少女達に目を移すと、腹を擦ってこちらを見上げていた。
「とりあえず晩飯だな。エイタ、案内しろ」
「それは構わないが……お金は持っているのか? お金がないと食えないぜ?」
「あるよ。嘗めんな」
意地悪をしてやろうと思ったが、フウカは財布を開いて札束を見せ付けてきた。
木の葉で作られた財布は精巧で、手作りながらその形状を上手く維持している。それにかなりの量の大金が入っているようで、小さな財布がパンパンに太っている。
どうして魔獣がお金持っているのか、僕には理解不能である。
「フウちゃん、お金持ちだね!」
「アイ、フウカより俺のほうがお金持ちだぞ。ほら!」
僕は指を左右に振り、得意げな顔で財布の中身を二人に見せびらかした。
僕の財布は萬屋アレクに売っている手拭いである。札を手拭いで包み込む手法は原始的だが、着物に似合っている気がして僕は気に入って使っている。
「じゃあ、今日はエイタに奢ってもらおう。いいよな?」
フウカはニヤリと笑い、自身の財布を懐に仕舞い込んでいる。
「うっ……」
僕は財布を開いたまま固まった。柄にもなく墓穴を掘ってしまったようだ。
仕方なくアルン飯店へ行き、僕の奢りで食事を共にした。
◇
夕食を終え、僕達は旅寓アイアイへと足を運んだ。アイとフウカは霊峰探索で疲弊していたようで、食堂に長居することなく宿屋に足を向けていた。
僕は食事を早く切り上げられたことに安堵していた。実を言うと、元の世界に戻る時刻が刻一刻と迫っていたのだ。
僕がフィヨルディアに滞在できる時間制限について二人に伝える手もあるが、それはあまり気が進まない。意思を持ったNPCに対して現実世界の言及をすることは、少女達の存在を否定することに繋がる可能性があるからだ。
アイとフウカは己がNPCである自覚がなく、僕のことも同様にフィヨルディアの住人だと認識していることだろう。
意思を持つ以前のアイには散々異世界について語ってきたが、実際どこまで知られてよいものかをまだ決め兼ねている。知られてどうという話ではないが、二人が人格を有している以上、わざわざ曝け出す必要はないと僕は考える。
アイとフウカは僕の考え事を知る由もなく、仲良く手を繋いで宿屋の敷居を跨いでいる。二人が今を楽しんでいるならそれでいい。無理に波風を立てる必要などどこにもないのだから。
「あたし、昨日もここに泊まったぞ」
「フウちゃん! わたしも昨日ここに泊まったよ!」
「へぇ、奇遇だな。エイタも一緒か?」
「ああ、まぁな。まさかフウカが隣の部屋にいたとは……」
昨日の記憶を辿ると、銀髪の少女と廊下で擦れ違った気がしなくもない。
宿屋で戦闘にならなくてよかったと、僕は自然と安堵の吐息が漏れていた。
「それじゃ、アイとあたしで一部屋を取るからな。バイバーイ」
「エイタ、おやすみ。また明日ね」
「アイ、おやすみ。夜更かしをしないように」
フウカはアイの手を引き、嬉しそうに二号室へ入っていった。
扉が閉まるなり、二人が楽しそうに騒ぐ声が壁越しに聞こえてくる。僕と一緒にいる時よりもアイは燥いでいるようで、なんだか複雑な気分だ。
背中に哀愁を漂わせながら、僕は独りで三号室へと向かった。
そういえば、一号室に通されなかったことは初めてである。フウカが昨日に宿屋を利用していたように、今日は他のNPCが一号室に泊まっているのだろう。
悩みの種が一つ増えてしまった。アルンには宿屋がここにしかないので、今後は部屋が埋まる可能性を考えなければならないのだ。
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