制御不能なS級魔法使いは、パーティーのお荷物 ― ストレス解消に神々の領域で無双してきます ―

霧島

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4-3 観測不能 ― 神界消失と地上の混乱(改)

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第4章 神々の領域へ(神界決戦)

4-3 観測不能 ― 神界消失と地上の混乱

 ――その瞬間、王都ギルドの観測室は“空白”になった。

 巨大水晶の投影面から光が失われ、魔力線は一本残らず途絶。
 術式の輪郭を描いていた紋様も、砂浜の波紋のようにさらわれて消える。
 残ったのは、黒い板と、息を詰める人々の気配だけ。

「……反応、ゼロです。座標、消滅」
「待て、遮断じゃなく“消滅”ってどういう意味だ!」
「観測軸そのものが……ありません。まるで“最初から無かった”みたいに」

 ざわめきが、冷水を浴びせられたように室内を駆けた。
 ギルマスは机に両手をつき、低く唸る。

「ダイアは?」
「生体反応なし。魔力残滓なし。……何もかも、記録から抜け落ちています」
「……死んだのか?」
 誰かが喉の奥で呟く。
「まさかな……あれが? あの子が?」
「“神界”ごと、消した可能性が……」
「そんなバカな話――いや、アイツなら……」

 沈黙。
 受付嬢リナは祈るように指を組み、歯を噛みしめた。

「どうか、どうかご無事で……」

 だが祈りは、無音の黒に吸い込まれるだけだった。

――――

 一方そのころ、観測不能圏の外側――神々の領域だった場所。

 白でも黒でもない、名付けようのない“無”の海原に、ゆっくりと色が戻りはじめていた。
 泡が弾けるように点が生まれ、線になり、面になり、遠いどこかで鼓動のような脈が刻まれる。
 そこに、銀髪の少女がひとり、足を投げ出して座っていた。

「はぁ~~~……スッキリしましたぁ」

 彼女――ダイアは伸びをすると、足元の“灰色の丘”をつつく。
 崩れてこぼれた粉は、かつて荘厳だった王冠の縁。
 中空を漂う焦げ茶の欠片は、儀仗杖の宝玉。
 そして、どこにも“主”はいない。

「……やっぱり、いませんよね。魔神王さん」

 自分で確認して、自分で頷く。
 火属性の段階で、何もかも蒸発。完全消滅。存在記録すら溶け落ちた。
 ここに残るのは、物語の“余白”みたいな影だけだ。

「うっかりは良くないですね。次はもうちょっと加減、加減っと……」

 言いながら、ダイアは指先で空間を撫でる。
 撫でられたところに“きらり”と光が灯り、小さな欠片たちが磁石に吸い寄せられるように集まって、
 ほつれたレースを繕うみたいに“世界”のほころびが塞がっていく。

「再構築、手縫いモード。まずは基礎地形から……っと」

 足元に、地平線の素がスッと走る。
 それは地でも空でもない、中間の“土台”。
 上に置くものを選ぶ前の、真新しいキャンバス。

「火山地帯はさすがにやりすぎだったので、今回の神界は――」

 彼女は頬に人差し指を当て、うーんと考えるふりをしてから、ぱん、と手を打つ。

「透明な海でいきましょう!」

 無の面に波紋が走り、透明な水が水平に満ち始める。
 海の底は星空。星の川が逆流し、魚の骨格図みたいな光の群れが泳ぐ。
 海面の上に、風が生まれた。
 風は、音を連れてくる。

「よしよし、呼吸できます。これは大事」

 ダイアは立ち上がり、海と空の境い目に手をかざす。
 指先から紡がれた糸のような魔力が、境界を“縫い止める”。
 世界の輪郭線が一本、また一本と増えていき、
 新しい神界の図面が目に見える速度で起き上がる。

――――

 同刻、王都ギルドの観測室。

「ギ、ギルマス! 水晶が再点灯!」
「復帰したか!?」
「……いえ、未登録の“新規座標”が発生。構造波形、既存神界と一致せず……これは……」

 技官が息を呑む。
 画面上の暗黒に、心音みたいな明滅が現れた。
 ドクン、ドクン――ゆっくり、しかし確実に強くなる脈。

「新しい神界が、生成されつつあります!」

「だれがやってる……?」
「執筆者――いえ、創造者不明! ですが、中心に見覚えのある魔力波形!」
「言ってみろ」
「……ダイアさん、です」

 観測室の空気が一気に緩む。
 泣き笑いの声がいくつも重なり、リナは胸に抱えていた報告束を落とした。

「よかった……生きてる……!」
「生きてるどころか、“世界を作ってる”の方が近いぞ……」

 ギルマスは額を押さえ、天井を見た。

「……帰ってきたら説教だ。三日三晩」

 しかし、その口元は悔しそうに、少しだけ笑っていた。

――――

 新生神界は、静かに輪郭を濃くしていく。

 透明な海が揺れ、波頭に透明な花が咲く。
 空には“光の水脈”が走り、雲の代わりに薄い頁(ページ)のような層が重なり、
 めくると別の色の空が見える仕掛けになっていた。

「飽きない空って大事ですからね~」

 ダイアは満足げに頷き、漂う灰の丘をもう一度見た。
 そこに“誰か”の影はない。気配もない。
 ただ、ひどく静かで、少しだけ寂しい。

「……ほんのちょっとだけ、遊んでみたかったですね。正面から」

 言葉は海に落ち、さざなみになって広がった。
 答える者はいない。
 だから彼女は、次の手順に移る。

「安定化。重力、温度、時の流れ……はい、固定。
 あとは、地上との干渉を完全切断――これで、私がうっかりしても大丈夫!」

 指を鳴らすと、世界の縁に“鍵穴”が並んだ。
 鍵は彼女だけが持っている。
 開け閉めは、彼女の気分次第だ。

「ついでに、観測窓も開けておこうかな。ギルドのみなさん、心配してるでしょうし」

 空に小さな四角い穴が開き、覗き窓みたいに地上の夜空が映る。
 穴は一秒だけ光って、すぐ閉じた。
 地上ではその一秒に、とても長い安堵の息が重なったはずだ。

「よし。基礎は完成。次は――」

 彼女は掌を返し、杖の先で空をトントンと突く。
 音が二度、可愛く跳ねた。

「無属性の試作を、この安全圏で。
 “何も定義しない力”って、ちゃんと扱えたら面白そうなんですよね」

 そして笑う。
 魔神王はもういない。
 だから、誰の許可もいらない。
 罪悪感も、ちょっとだけ軽い。

「でも今日は、ここまで。地上に顔を出して、ギルマスさんに怒られてきます」

 ダイアは踵を返し、作りたての世界に一礼した。
 海が小さく礼を返すみたいに波を寄せ、空の頁が一枚めくれて“夕暮れ色”が差し込む。

「新しい神界さん、また来ます。……今度はピクニックに」

 足元が光り、彼女の輪郭が薄くなる。
 最後に目を細め、ひとこと。

「――次は、ちゃんと“弱火”で。」

 彼女が消えると、世界の鍵穴は静かに閉まり、
 透明な海だけが、ゆっくりと呼吸を続けた。

――――

 王都ギルドの観測室。
 水晶の中心に、ほんの一瞬だけ笑顔が映る。
 銀髪の少女が、こちらに向かってピースサイン。
 次の瞬間、映像は砂のように崩れた。

「……見えたか?」
「見えました。たしかに――ダイアさん」

 リナの目に涙が溜まる。
 ギルマスは深く椅子に沈み、天井に向かって短く言った。

「戻ってこい。三日三晩の説教と……めでたい抱擁が待ってる」

 観測は復旧した。
 だが計器は、いまだに“正しい名前”を与えられない。
 画面の端には、技官の仮ラベルが点滅している。

> 〈新生神界(ダイア版)〉



 笑い声とため息が混ざる室内。
 夜勤表の欄外に、誰かがそっと書き足した。

> ――観測不能。だが、たぶん大丈夫。



 その言葉が、今夜いちばん信用できる結論だった。


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