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第五章
エピローグ
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少女の名前は『友理奈』。
7年前の2月の雪の降る夜、この病院で産まれました。
母親『友理』の命と引き換えに。
大病の母親の中で育ち、治療を控えたとは言え、何らかの影響もあったのかも知れません。
少女は産まれつき心臓に欠陥があり、さらに恐らくは胎内にいる頃に、悪魔の種を潜ませてしまっていたのでしょう。
父親『浩樹』は、最愛の彼女を亡くしたショックに加えて、生まれた子供が心臓の病気で、いつまで生きられるか分からないことを知らされました。
それから彼の精神は完全に崩壊してしまったのでございます。
幸い近くにいた浩樹の兄夫婦が、友理奈を引き取り、親代わりをしていたのでございます。
浩樹は、病院から一生出ることはありませんでした。
老人の側にいたあの椅子。
彼の側にはいつも友理が居ました。
もちろん幻覚ではありましたが、私のもとで70歳の生涯を閉じるまで、彼は独りでは無かったのでございます。
彼は最後の最後にやっと正気に戻り、私に、
『長い長い間、ありがとう』
と礼を言って逝かれました。
彼が見つめていた私の左下のガラスには、
細く彼女の指文字で、
『ゆり』
その隣には少女の指文字で、
『ゆりな』
と書いてありました。
彼は、妻と娘にみとられながら、命を終えたのでございます。
彼がこの部屋で見せた3度目の涙は、大変あたたかな、幸せの涙でございました。
今はもう、二人の指文字は見当たりません。
彼とすれ違った時、私の想い出が少し軽くなった気がしたのは、彼が『ゆり』と『ゆりな』を連れて天国へ逝ったのだと、思うのでございます。
私の様に、様々な愛や悲しみを映し出している窓は無数なくらいあることでしょう。
病室には、体や心を傷めた人達が参ります。
そして絶望や悲しみの中で、幸せや愛情に触れ、しみじみとそれを感じて逝かれるのでございます。
私は、慰めることも、励ますことも、痛みを消し去ることも出来ません。
ただ、誰もが生きている内に、この部屋に来る前に、本当の幸せや愛情に気づいてもえたらと願うのでございます。
かけがえのない愛情を、大切にして欲しいと、伝えたいのでございます。
私は窓です。
来年の夏には、ここも改装される様でございます。
それまで沢山の想いと共に、天国で、『ゆりな』に会えることを、夢見てすごそうと思います。
~完~
7年前の2月の雪の降る夜、この病院で産まれました。
母親『友理』の命と引き換えに。
大病の母親の中で育ち、治療を控えたとは言え、何らかの影響もあったのかも知れません。
少女は産まれつき心臓に欠陥があり、さらに恐らくは胎内にいる頃に、悪魔の種を潜ませてしまっていたのでしょう。
父親『浩樹』は、最愛の彼女を亡くしたショックに加えて、生まれた子供が心臓の病気で、いつまで生きられるか分からないことを知らされました。
それから彼の精神は完全に崩壊してしまったのでございます。
幸い近くにいた浩樹の兄夫婦が、友理奈を引き取り、親代わりをしていたのでございます。
浩樹は、病院から一生出ることはありませんでした。
老人の側にいたあの椅子。
彼の側にはいつも友理が居ました。
もちろん幻覚ではありましたが、私のもとで70歳の生涯を閉じるまで、彼は独りでは無かったのでございます。
彼は最後の最後にやっと正気に戻り、私に、
『長い長い間、ありがとう』
と礼を言って逝かれました。
彼が見つめていた私の左下のガラスには、
細く彼女の指文字で、
『ゆり』
その隣には少女の指文字で、
『ゆりな』
と書いてありました。
彼は、妻と娘にみとられながら、命を終えたのでございます。
彼がこの部屋で見せた3度目の涙は、大変あたたかな、幸せの涙でございました。
今はもう、二人の指文字は見当たりません。
彼とすれ違った時、私の想い出が少し軽くなった気がしたのは、彼が『ゆり』と『ゆりな』を連れて天国へ逝ったのだと、思うのでございます。
私の様に、様々な愛や悲しみを映し出している窓は無数なくらいあることでしょう。
病室には、体や心を傷めた人達が参ります。
そして絶望や悲しみの中で、幸せや愛情に触れ、しみじみとそれを感じて逝かれるのでございます。
私は、慰めることも、励ますことも、痛みを消し去ることも出来ません。
ただ、誰もが生きている内に、この部屋に来る前に、本当の幸せや愛情に気づいてもえたらと願うのでございます。
かけがえのない愛情を、大切にして欲しいと、伝えたいのでございます。
私は窓です。
来年の夏には、ここも改装される様でございます。
それまで沢山の想いと共に、天国で、『ゆりな』に会えることを、夢見てすごそうと思います。
~完~
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