窓物語

心符

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第四章

少女の想い

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その少女は、生まれて暫くして心臓に欠陥が見つかり、車椅子と病室で暮らすことが多かったようでございます。

しかしながら、少女の命の炎の大きさを決めたのは、6歳の夏に、写真に映った小さな影でございました。


その頃通っていた病院で、たまたま車椅子が倒れ、頭を打ったことから撮ったレントゲン写真に、その悪魔は映しだされておりました。

そうして少女は、私の前でその愛らしい笑顔や、天使の様な寝顔を見せてくれるようになったのでございます。


この部屋での約半年間。

最初の頃の少女は、普段は至って元気で、悪戯をしては看護師さんたちを困らせておりました。

子供の少ないこの病院内では、少女はすぐに人気者となったのでございます。


少女の両親は、忙しい仕事らしく、あまり病室に姿を見せることはありませんでした。

痛々しい少女を見ているのが辛いという気持ちも分かる様な気もしましたが、私には理解できないものでございました。

それでも少女は、そんなことを気にもしていない調子で、いつも世話役のおばさんと色んな話をして明るく過ごしておりました。


実際のところ、少女が来てからと言うもの、この部屋には、ひっきりなしに入院患者達や、看護師さんたちがやって来ておりましたので、寂しいと思う暇はなかったかも知れません。


しかしながら、病は確実に少女の笑顔を隠して行きました。


世の中がクリスマスに煌めいている頃には、少女はもう自分でこの部屋から出ることも、大好きな歌を歌うこともなくなりました。


一度、大きな手術を頑張ってからも、結果は良い方向へは向かわなかったのでございます。


次第にこの部屋を訪れる人も減っていきました。

もちろん退院した患者や、来ることができなくなった患者もいたことと思います。

そうして、もの寂しい雰囲気がこの部屋に戻ってまいりました。



クリスマスの夜のこと。


担当の看護師さんが、夜中にこっそり忍び込んで来て、少女の枕元に小さなプレゼントを置いて行こうとしました。

結果は見事に失敗に終わりました。

少女はサンタさんに、プレゼントをもらう代わりに、お願い事をするため、眠らずに起きていたのでございます。


『あらら、大失敗。お髭ぐらい着けて来れば良かったわね。』

看護師さんはバツが悪気に照れ笑いしておりました。

『眠れないのかな?良い子で眠らないと、本物のサンタさんは来てはくれないぞ。』

少女はもう普通のサンタさんは、ママかパパであることを知っていました。

それでも、今夜はどうしても、本当のサンタさんに会って、お願いがしたかったのでございます。


少女は、看護師さんに向かって久しぶりの笑顔を見せ、話し始めました。


『お姉ちゃんありがと。お礼に秘密の話をしてあげるね。』

この頃には珍しいくらい、生き生きとした笑顔でした。

『わたしのパパとママはね、本物じゃないの。本物のパパとママはね、遠い天国にいるんだよ。』

看護師さんは驚きました。

『今夜はサンタさんに会って、プレゼントはいらないから、私が死んだら、天国へ行ってパパとママに会えます様にってお願いするの。』

看護師さんはもう何も言えませんでした。

少女を抱きしめ、こらえられるはずのない涙を必死でこらえようとしておりました。

普通の子供たちは、大きな靴下をぶらさげたりして、プレゼントにワクワクしている夜。

少女は、ずっと胸にしまっておいた想いを願いに変えて、眠らずに待ち続けるのでございました。

恐らくは、もうこの時、自分の命の終わりが近いことを、知っていたのだと思います。


少女が7歳を迎えたバースデーパーティーは、大変盛大なものでした。


『両親』も駆けつけ、この病院にこんなにも人がいたのかと思わんばかりでした。

話しによると、既に退院された元患者さん達も、少女の為に、いえ、元気を貰った少女にお礼をする為に、集まってくれていた様でございます。


人形やバッグ、ドレス、気の早いある会社の社長さんなんかは、ゴルフのレディースセットまでも…。

様々なプレゼントが病室を飾りました。

もちろん、誰もが使われることはないとは知りつつも、夢と希望を持って準備したものでした。



その時『ママ』が、少女に尋ねてしまったのでございます。


『こんなにも沢山の人が、あなたが元気になるのを待ち望んでいるのよ。良かったね。退院したら何から始めようかなぁ。あなたの夢は何だったっけ?』


あの看護師さんの息を止める音が、聞こえた気がしました。

何も知らない他の人達は、少女の唇に注目しておりました。

この頃の少女は、意識はハッキリしていたものの、動く力はほとんど無く、話すのもやっとでございました。

『無理に話さなくても良いのよ。確かアイドルだったわよね。頑張ればきっとなれるわよ。』

『ママ』のフォローに何人かが納得の声を呟いておりました。


すると、少女はゆっくり、か細い声ではありましたけれども、声にして想いを告げたのでございます。



『わたしの、夢は。』


『天国へ、行くこと。』


それ以上のことを話さなかったのは、少女なりの、育ててくれた両親への感謝の気持ちであったと思われます。

部屋は、無理矢理の笑顔と涙に包まれたのでございました。


それから数日後の夜のこと。

その夜も雪が降っておりました。


表の救急車の音に気を取られ、少女から目を離し、もとに戻った私を、今までで一番の驚きが待ち受けておりました。


あの少女が立ち上がり、私のことをじっと見つめているではありませんか。

その顔にはいつか何処かで見た様な笑顔がありました。


そして、私のほうに右手を伸ばし、指でわたしに触れて来たのでございます。

私は今までにない感動を感じました。


どれ程の時間が過ぎたことでしょう、我を忘れていた私が気がついた時には、少女はもうベッドの上でした。

窓の私でも、幻を見ることがあるのでしょうか。

今でも信じられない思いでございます。


その夜、少女はわずか7歳の人生を終えたのでございます。



気付いた看護師さんが飛び込んで来た時には、もう少女はそこにはいませんでした。

看護師さんは、暫く一人泣き崩れておりましたが、少女に別れの言葉をかけ、部屋を出て行きました。


暫くして、皆が集まり、主治医が両親に事の全てを説明しました。

夜中だというのに病院中の人達が集まり、それぞれに少女の想い出を囁きながら、悲しみに浸っておりました。



その時、あの看護師さんが、ふと少女の小さな掌に何かが握られていることに気付きました。


それは小さく折りたたまれた一枚の紙でございました。

看護師さんは、少女が、

『大切なお守り』

と言っていたのを想い出しました。

看護師さんはそっと広げて見ました。


その紙には、いつか見たことのある文字で、


『ゆりな』


と書かれていたのでございます。


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