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第6章『鉄の暴風作戦』
第10話 ジトゥーミラの戦い6〜妖魔軍は希望を見出すも〜
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・・10・・
10の月1の日
午前7時15分
ジトゥーミラから北30キーラ地点・妖魔帝国軍北方戦線派遣軍本部
一八三九年もあと四分の一に差し掛かった十の月一の日。北方戦線から退却しジトゥーミラにいる味方を救援しようとした妖魔軍三万八千は、いよいよジトゥーミラから北三十キーラまで近付いていた。
途中連合王国軍から空爆を受けて一時は混乱に陥るものの、規模は小さく回数は三回。
大した被害が出なくて良かったと三万八千の内、大多数を占める魔物を洗脳し操っていた魔人部隊三個大隊を率いるダロノワ大佐は、黒い馬に乗りながらやっとここまで来れたと感じていた。
「連邦軍の人間共を食い止めるのに犠牲が出たけれど、それでもなんとかジトゥーミラまでやってきましたね……」
ダロノワ大佐はまだ若く、雪のように白い頭髪が特徴的な二枚翼の若い女性魔族である。同族だけでなく魔物にも心優しく優秀な彼女は、故に皇帝の強硬的な改革に異を唱えたところ粛清の憂い目に遭い北方戦線に送られた軍人だった。アカツキ達は知る由もないが、北方戦線が比較的善戦していたのは一重にダロノワの采配とジトゥーミラに立てこもる指揮官の大佐、モロドフ大佐の支援あってこそだったのである。
「はい。三度送った偵察隊が誰一人として帰ってこないのが残念であり、大いなる懸念でありますが……」
「わたくしとしては無事でいて欲しかったのですが……。悲しいですが、仕方ありません。元より命懸けなのですから……。それでも、わたくし達はジトゥーミラで今も必死に耐えている味方を助けねばならないのです」
「そしてようやく、ジトゥーミラの近くまで来たわけですね、ダロノワ大佐」
ダロノワ大佐の横にいたのは彼女と同じように馬に乗る、彼女の副官で老齢に差し掛かり始めた男性魔人のチェーホフ中佐だ。彼はダロノワ大佐が小さい頃から仕えている軍人だった。
そして排泄物を大量に投棄し連邦軍の進行を阻止を実行したのが彼である。汚いものをダロノワ大佐に見せたくないという思いで、彼は作戦の間は常に彼女より後ろで従事していたのである。
「部下達は一個連隊から三個大隊まで減ってしまいました……。彼等にも報いないと……。それに魔物達だって、頑張ったんです……」
「大佐は魔物共にまで目をかけてやるほどお優しい。自分は初めの頃は疑問に思っていましたが、今は違う。そのお優しさだからこそ皆付いてきたのです。きっとその善行は報われますよ」
「そうだと、いいですね……。ここで勝てば許される。皇帝陛下は許してくださる。そうすれば、失った領地も戻ってくるのですから」
「本当にそうなのかは疑わ、申し訳ありません。無粋な事を……」
「とんでもないですよ、チェーホフ。あなたがこれまで付いてきてくれたからこそ、私は立っていられたのですから」
「滅相もない。自分は大佐だからこそ共に死地に来たまで。魔物達を途中から洗脳せずに率いた稀有な方であるのが、何よりの証拠です」
「洗脳だなんて、寂しい事をしなくても心を通わせれば応えてくれますから。――あ! チェーホフ! 偵察隊が戻ってきました! 無事ですよ!」
「おお、それは大変に喜ばしい!」
ダロノワ大佐が目を輝かせた先にいたのは、待ち望んでいた四回目の偵察隊だった。
偵察隊長は手を振って彼女の元まで辿り着くと。
「ダロノワ大佐、報告します! ここから先、ジトゥーミラから推定で十五キルラ程度の場所に人間共、連合王国軍を発見しました!」
「十五キルラ……? 連合王国軍はジトゥーミラに集中していたはずですが、当然わたくし達の存在を知った上で対策を講じてきますよね。どれほどいたのですか?」
「おそらく一万を越える程度かと! 奴ら、市街戦に手こずっていてあまり我らに対して軍を割けなかったのではないでしょうか? 防柵を三つほど建てておりましたから、時間稼ぎしか出来ないのかもしれません!」
「おお、わずか一万と少しばかりか! ならば装備に劣る我らでも勝機はあるぞ! 忌々しい最高位召喚武器持ちはどうだ?」
「情報によれば土人形を召喚するらしいアレゼルなどというエルフがいるようですが、巨大な土人形は確認されておりません。新しい最高位召喚武器持ちも同様。奴は参謀長なのでしょう?」
「確かあの作戦の時にモロドフ大佐からの情報では、エルフは北側の防衛線で確認されたと。アカツキとやらは参謀長ならジトゥーミラにつきっきりであろうて!」
ダロノワ大佐やチェーホフ中佐の耳にしている情報では連合王国軍の軍勢は十万。にも関わらず自分達に対しては一万と少々しか相対していない。ダロノワやチェーホフ、魔人達にとっては吉報だった。洗脳されていない魔物達も表情を読み取ったからかどこか嬉しげな顔つきをしていた。
「もしかしたら、なんとかなるかもしれません……!」
偵察隊からの報告により、ダロノワ大佐は希望を見出していた。
十万もいるのに一万しかいなかったということは、偵察隊の部下の言う通りジトゥーミラでモロドフ大佐達が今も連合王国軍の攻撃を耐えているから。だから連合王国軍は三万八千の自分達に対してそれだけしか用意出来なかったと。
しかし、現実はかくも無残である。
確かに連合王国軍はジトゥーミラ市街戦に想定より苦戦していた。モロドフ大佐による作戦で自分達のみで戦わねばならない事態となり、砲弾薬の残量を気にしながら捨て身の妖魔軍を相手にしているのだから。
だが、情報網が伝令以外寸断されており限られた情報しか手に入らない彼等は重大な事実を知らなかった。
アレゼルも、アカツキも、ダロノワ大佐達が向かう一万、正確には一万三千五百の中にいるのである。見つからなかった理由は
一つ目は、三度の偵察隊は深くまで侵入していたがエイジスの対魔力探知に引っかかり尽く殲滅させられていたからである。二度目の偵察隊は、実はアレゼルを発見していたがとある兵器で音もなく撃ち殺されていたのだ。
二つ目は、アカツキがギリギリまで自分達の存在を隠蔽させるつもりでいたからである。
本来であれば敵を威嚇する目的でアレゼルはゴーレム達を召喚する所であるが、相手を誤解させるためにわざと召喚させていなかった。三度目の偵察隊は偶然であったが既に亡き者にしたので問題は無し。四度目の偵察隊は三度目までより侵入が浅かったのでわざと放置。あえて情報を届けさせたのである。
そう、四度目の偵察隊は知らずの間にアカツキの掌の上で踊らされていたのだ。当然、彼等がそれを知るわけもない。
「皆さん、味方を救いましょう! 同胞達が待っているのですから!」
苦しい戦いが続いた中、久しぶりにダロノワ大佐の瞳には生気が戻る。逆転を期待している眼差しだった。
アカツキ達連合王国軍別働軍、一万三千五百が勝つか。はたまた援軍に駆けつけた妖魔軍三万八千がジトゥーミラまで着けるのか。
それはもう間もなく始まる戦いで判明することとなる。
10の月1の日
午前7時15分
ジトゥーミラから北30キーラ地点・妖魔帝国軍北方戦線派遣軍本部
一八三九年もあと四分の一に差し掛かった十の月一の日。北方戦線から退却しジトゥーミラにいる味方を救援しようとした妖魔軍三万八千は、いよいよジトゥーミラから北三十キーラまで近付いていた。
途中連合王国軍から空爆を受けて一時は混乱に陥るものの、規模は小さく回数は三回。
大した被害が出なくて良かったと三万八千の内、大多数を占める魔物を洗脳し操っていた魔人部隊三個大隊を率いるダロノワ大佐は、黒い馬に乗りながらやっとここまで来れたと感じていた。
「連邦軍の人間共を食い止めるのに犠牲が出たけれど、それでもなんとかジトゥーミラまでやってきましたね……」
ダロノワ大佐はまだ若く、雪のように白い頭髪が特徴的な二枚翼の若い女性魔族である。同族だけでなく魔物にも心優しく優秀な彼女は、故に皇帝の強硬的な改革に異を唱えたところ粛清の憂い目に遭い北方戦線に送られた軍人だった。アカツキ達は知る由もないが、北方戦線が比較的善戦していたのは一重にダロノワの采配とジトゥーミラに立てこもる指揮官の大佐、モロドフ大佐の支援あってこそだったのである。
「はい。三度送った偵察隊が誰一人として帰ってこないのが残念であり、大いなる懸念でありますが……」
「わたくしとしては無事でいて欲しかったのですが……。悲しいですが、仕方ありません。元より命懸けなのですから……。それでも、わたくし達はジトゥーミラで今も必死に耐えている味方を助けねばならないのです」
「そしてようやく、ジトゥーミラの近くまで来たわけですね、ダロノワ大佐」
ダロノワ大佐の横にいたのは彼女と同じように馬に乗る、彼女の副官で老齢に差し掛かり始めた男性魔人のチェーホフ中佐だ。彼はダロノワ大佐が小さい頃から仕えている軍人だった。
そして排泄物を大量に投棄し連邦軍の進行を阻止を実行したのが彼である。汚いものをダロノワ大佐に見せたくないという思いで、彼は作戦の間は常に彼女より後ろで従事していたのである。
「部下達は一個連隊から三個大隊まで減ってしまいました……。彼等にも報いないと……。それに魔物達だって、頑張ったんです……」
「大佐は魔物共にまで目をかけてやるほどお優しい。自分は初めの頃は疑問に思っていましたが、今は違う。そのお優しさだからこそ皆付いてきたのです。きっとその善行は報われますよ」
「そうだと、いいですね……。ここで勝てば許される。皇帝陛下は許してくださる。そうすれば、失った領地も戻ってくるのですから」
「本当にそうなのかは疑わ、申し訳ありません。無粋な事を……」
「とんでもないですよ、チェーホフ。あなたがこれまで付いてきてくれたからこそ、私は立っていられたのですから」
「滅相もない。自分は大佐だからこそ共に死地に来たまで。魔物達を途中から洗脳せずに率いた稀有な方であるのが、何よりの証拠です」
「洗脳だなんて、寂しい事をしなくても心を通わせれば応えてくれますから。――あ! チェーホフ! 偵察隊が戻ってきました! 無事ですよ!」
「おお、それは大変に喜ばしい!」
ダロノワ大佐が目を輝かせた先にいたのは、待ち望んでいた四回目の偵察隊だった。
偵察隊長は手を振って彼女の元まで辿り着くと。
「ダロノワ大佐、報告します! ここから先、ジトゥーミラから推定で十五キルラ程度の場所に人間共、連合王国軍を発見しました!」
「十五キルラ……? 連合王国軍はジトゥーミラに集中していたはずですが、当然わたくし達の存在を知った上で対策を講じてきますよね。どれほどいたのですか?」
「おそらく一万を越える程度かと! 奴ら、市街戦に手こずっていてあまり我らに対して軍を割けなかったのではないでしょうか? 防柵を三つほど建てておりましたから、時間稼ぎしか出来ないのかもしれません!」
「おお、わずか一万と少しばかりか! ならば装備に劣る我らでも勝機はあるぞ! 忌々しい最高位召喚武器持ちはどうだ?」
「情報によれば土人形を召喚するらしいアレゼルなどというエルフがいるようですが、巨大な土人形は確認されておりません。新しい最高位召喚武器持ちも同様。奴は参謀長なのでしょう?」
「確かあの作戦の時にモロドフ大佐からの情報では、エルフは北側の防衛線で確認されたと。アカツキとやらは参謀長ならジトゥーミラにつきっきりであろうて!」
ダロノワ大佐やチェーホフ中佐の耳にしている情報では連合王国軍の軍勢は十万。にも関わらず自分達に対しては一万と少々しか相対していない。ダロノワやチェーホフ、魔人達にとっては吉報だった。洗脳されていない魔物達も表情を読み取ったからかどこか嬉しげな顔つきをしていた。
「もしかしたら、なんとかなるかもしれません……!」
偵察隊からの報告により、ダロノワ大佐は希望を見出していた。
十万もいるのに一万しかいなかったということは、偵察隊の部下の言う通りジトゥーミラでモロドフ大佐達が今も連合王国軍の攻撃を耐えているから。だから連合王国軍は三万八千の自分達に対してそれだけしか用意出来なかったと。
しかし、現実はかくも無残である。
確かに連合王国軍はジトゥーミラ市街戦に想定より苦戦していた。モロドフ大佐による作戦で自分達のみで戦わねばならない事態となり、砲弾薬の残量を気にしながら捨て身の妖魔軍を相手にしているのだから。
だが、情報網が伝令以外寸断されており限られた情報しか手に入らない彼等は重大な事実を知らなかった。
アレゼルも、アカツキも、ダロノワ大佐達が向かう一万、正確には一万三千五百の中にいるのである。見つからなかった理由は
一つ目は、三度の偵察隊は深くまで侵入していたがエイジスの対魔力探知に引っかかり尽く殲滅させられていたからである。二度目の偵察隊は、実はアレゼルを発見していたがとある兵器で音もなく撃ち殺されていたのだ。
二つ目は、アカツキがギリギリまで自分達の存在を隠蔽させるつもりでいたからである。
本来であれば敵を威嚇する目的でアレゼルはゴーレム達を召喚する所であるが、相手を誤解させるためにわざと召喚させていなかった。三度目の偵察隊は偶然であったが既に亡き者にしたので問題は無し。四度目の偵察隊は三度目までより侵入が浅かったのでわざと放置。あえて情報を届けさせたのである。
そう、四度目の偵察隊は知らずの間にアカツキの掌の上で踊らされていたのだ。当然、彼等がそれを知るわけもない。
「皆さん、味方を救いましょう! 同胞達が待っているのですから!」
苦しい戦いが続いた中、久しぶりにダロノワ大佐の瞳には生気が戻る。逆転を期待している眼差しだった。
アカツキ達連合王国軍別働軍、一万三千五百が勝つか。はたまた援軍に駆けつけた妖魔軍三万八千がジトゥーミラまで着けるのか。
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