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第6章『鉄の暴風作戦』
第12話 ジトゥーミラの戦い8~北ジトゥーミラの戦い、決着~
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第二次妖魔大戦における、連合王国初の奪還作戦であるジトゥーミラの戦い。
この戦いには二つの大きな戦場があった。
一つは主戦場であるジトゥーミラ市街戦。連合王国軍十万と妖魔軍七万が激突した戦争初期から大規模となった戦闘。人類諸国の中で突出した火力と精鋭の軍隊を保有する連合王国でも想定より手こずったと記録されている。
もう一つがジトゥーミラから北の近郊で繰り広げられた、『北ジトゥーミラの戦い』。
ルブリフの戦いにおいて犠牲無き国防術として有名な魔石型遠隔作動式地雷を用い、戦場の神とも評される砲兵隊の面制圧、そしてアレゼル中将とアカツキの直轄部隊による小さな野砲と評される魔法銃の斉射。
作戦最終段階までに妖魔軍三万八千を半減させた様はまさに連合王国の戦闘教義を体現した姿であり、時代格差甚だしい装備しか持たない妖魔軍ではいかに魔力の優れる魔人がいたとて敵うはずが無かった。
然れども挫けず諦めず突撃を続ける妖魔軍。それらに向かってアカツキはリイナと共に土人形王に乗って前進をしていた。
「エイジス、モードオフェンス。最大火力で薙ぎ払え」
「サー、マスター。モードをオフェンスへ移行。目標を自動選定。目標捕捉、爆発系火属性に設定」
「撃て」
「攻撃開始」
アカツキの視線にはエイジスの攻撃が情報共有されている。最大捕捉数百二十八がロックオンされ、アカツキの右隣にいたエイジスの上空には膨大は魔法陣が出現した。
赤い魔法陣から放たれるは、一つは一つは初級魔法でも威力は高く、それらが百以上ともなればさながら絨毯爆撃であった。着弾の瞬間に地面は抉れ、肉は焼かれ木っ端微塵となる。
犠牲となった妖魔軍の左右からは罵声と悲鳴。仲間を殺した人物は一目瞭然。土人形王の掌に乗り、君臨するかの如く存在するアカツキに対して魔人数名が憎しみを込めて風属性の魔法を放つ。
しかし、その攻撃は届かなかった。エイジスによる多重魔法障壁が全てを防ぎ、並立して自動迎撃を行う黒衣を纏う自動人形が不遜な輩を見るかの如く見下し、攻撃。魔人達は命を散らした有象無象の一つと化した。
「旦那様には指一本触れさせないわ。――鋭き氷の鋒は数多。一つ残さず、穿ち殺しなさい。氷剣乱舞」
「属性変更。火から氷。目標へ攻撃開始」
土人形王の左手に立つリイナは愛しき人が狙われていると見るや否や、纏う空気を氷点下の極寒のようにし、冷たく鋭い瞳で見据えると彼女の魔法である氷剣乱舞を詠唱。展開された魔法陣はおよそ二十数。エイジスが狙いきれなかった左方面の魔物と魔人を、凍てつく剣で無残にも貫いていく。よしんばリイナの攻撃を防げたとて、次に襲うはエイジスの氷属性初級魔法。氷柱のような形をしたそれが再び百以上顕現し降り注ぐ。
「土人形王、そのまま前進して。狙うは敵本陣だ」
「マイマスター、敵両翼が接近。現在突撃中の本部隊はおよそ三千です。対処行動を進言」
「大丈夫。その為の味方両翼だ」
アカツキは信頼しきった顔で左右を見やる。彼の目線の先にいるのはアレゼル中将の直轄部隊とアカツキの直轄部隊がそれぞれ千七百五十ずつ分割された右翼と左翼部隊。
これまでの戦いで妖魔軍の前方中央の部隊は四千まで減少しており、このままでは本隊が危うくなる。だからこそ比較的魔人が生き残っている妖魔軍両翼が中央へ救援に駆けつけようとするが、連合王国軍両翼がそれを許すはずも無かった。
魔人ほどではないにしても魔力に優れるエルフ達と、高位魔法能力者が占める為にエルフ達に引けを取らないアカツキの部下達が放ったのは魔法銃による統制射撃。それらが突撃を阻み速度が落ちると見るや、すぐさま召喚武器の中でも白兵戦に長ける剣型や槍型の武器持ちが吶喊。後方から、自身の同僚達からの手厚い援護射撃も相まって敵を圧倒していった。
「よし、両翼は彼等に任せてそのまま突き進もう。選抜突撃本体、勢いそのままに吶喊続行ッ!」
『うおおおおおお!!』
アカツキの命令に、師団から抽出された歩兵・魔法兵科・少数ながらも魔法騎兵の諸兵科連合三千の兵達は雄叫びを上げて速度を維持して駆ける。
ここにいるのは平和な時代が終わる直前まで鍛え抜かれた精鋭達である。既に崩壊を迎えていた中央四千の敵兵を蹴散らすなど造作も無かった。魔人が最後の抵抗にと放つ魔法攻撃も、比較的高位の魔法能力者が盾たる魔法障壁で防ぎ、発生している白兵戦により多少は死傷者が出るも妖魔軍のそれに比べれば微々たるもの。アカツキ達の前進に伴って後方のアレゼル中将達本隊も一部の隊が前に進んでおり、負傷者の後方搬送も容易かった。
安心して背中を、左右を預けられる土人形の軍勢を伴った三千はいよいよ妖魔軍四千を過ぎて妖魔軍本隊七千へと向かう。この頃には既に敵左翼は壊滅させられ、連合王国軍左翼が加勢しようとしていた。
「……! 高濃度魔力反応検知。魔法障壁を拡散型に変更」
「敵本隊からかな。僕も魔法障壁を展開しよう。――天の盾達よ! 我らを守り給え!」
「私もするわ。左方は任せて。――天の盾達。頼もしき兵者つわもの共を守り給え」
エイジス、アカツキ、リイナによる広範囲型魔法障壁が展開された直後、妖魔軍本隊七千から統制された黒炎の魔法が一斉に放たれる。当然この攻撃に味方の魔法兵科達も魔法障壁を展開する。
「着弾、五、四、三、二、一、今。――味方死傷者少数。戦況に影響軽微。」
「流石に本隊ともなれば一筋縄ではいかないか」
「あの本隊、指揮官を守る為に魔人が多いし魔法が使える魔物も多いわね」
「魔力反応から、推定で魔人が一個大隊。魔法使用可能な魔物は二個大隊と推定。彼我の距離は六百」
「味方の両翼は?」
「左翼が突破。右翼はもう間もなく、いえ、今突破ですマスター」
「リイナ、信号弾を。これより高機動型白兵戦へ移行するよ」
「了解したわ。ええ、この瞬間を待っていましたとも」
リイナは美貌にあるまじき獰猛な笑みを浮かべると、腰の左に据えてあった信号弾が入った銃を手に取り、天高く射撃。色は青色。すなわちアカツキが言った高機動型白兵戦への移行だ。
「土人形王、ありがとう。君らも速度を上げて突進して」
「いい見晴らしと乗り心地だったわよ」
感謝と褒め言葉を二人から受けた土人形王は嬉しそうに頷くと、一旦停止しアカツキとリイナを地面に降ろす。
すると二人は、ここで初めて自身が持つ武器を鞘から抜いた。
リイナが持つは、青く輝く細剣『アブソリュート』。アカツキが持つのは銀に似た輝きを持つ、ミスリル製ツインダガー『双子の灰銀短剣』。
このツイン・リルはアカツキが作戦開始前に鉄道でワルシャーへ向かう途上、物資輸送優先の関係上ノイシュランデで一日滞在した時に彼の両親から受け取った魔法武器である。
元々ツイン・リルはノースロード家に伝わる美術品の一つで、かつて高名なエルフを保護した時に感謝の印に貰った逸品だ。魔法伝導性の高いミスリル製のツインダガーは鞘も美しく長年ノースロード家に飾られていたが、この作戦においてアカツキの両親はお守りの一つとして彼に手渡していたのである。
結果的にお守りというよりかは立派な武器として使われる事になったツイン・リル。だが、魔力伝導率の高いミスリル製だからこそ戦いで真価を発揮する事となる。
抜刀したアカツキとリイナ。二人は互いに見合い頷くと。
『瞬脚、二重展開』
アカツキとリイナ、エイジスは味方の兵達の声援を背に受けて本隊へと突撃を開始する。直前に打ち上げた信号弾に呼応して味方の両翼も突出を始めていた。
「リイナ、援護は任せたよ?」
「援護ついでに、攻撃してもいいのよね?」
「おおう、僕の奥さんは戦場だと怖い怖い」
「だって愛しい貴方を汚らわしい妖魔共に触れられて欲しくないもの。くふふふっ、――銀世界、極地をも凍てつかせる二対の光をここに。アブソリュート・デュオ!」
アカツキと二人きりだと残念具合が甚だしいリイナはしかし、戦場に一度立てば敵が恐れ戦く凶悪な魔法能力者となる。
歪に口角を曲げて詠唱したのは、リイナが持つ『アブソリュート』の独自魔法でかつてアカツキとの模擬戦で用いたソロの倍の威力を持つ『アブソリュート・デュオ』だ。
細い蒼き二つの光線はアブソリュートの威力上昇も加わり、正面に待ち構える本隊七千のいくつかに直撃。魔法障壁どころか体ごと絶対零度が浴びせられ、リイナが細剣を横薙ぎすると粉々に砕け散る。
よって出来上がったのが本陣までの道が作られる。
しかし、本隊を残すのみも同然になった妖魔軍も無抵抗な訳が無い。すぐさまに道は閉じられ、この先にいる主を命を賭してでも守ろうとする気概が感じられた。
「最後の一兵になっても戦うつもりなんだね。なら、応えよう。エイジス、オフェンスにサポートを追加。出来る限り接近する敵を減らして」
「了解、マスター。サポートオフェンスに切り替えます」
「本陣までもうすぐそこ。指揮官はどんな魔人なのでしょうね」
「さあね。出来れば捕縛したいかなっ!」
瞬脚により常人以上の速さで持ってして前方へ走り抜けるアカツキとリイナ。そこへ両翼にいた味方が合流する。
「准将閣下、中佐! 露払いは我らエルフ短弓部隊にお任せ下さい!」
「アカツキ准将閣下とリイナ中佐の行く手を阻む不埒な輩は我々に! 大隊選抜吶喊部隊、敵に激突せよ! 打ち崩せ!」
射出速度に優れる短弓型召喚武器を持つエルフ達が言葉通り露払いを、アカツキの大隊の部下達の中でも白兵戦用の召喚武器を持つ者達が彼等三人に近付く魔物や魔人達と衝突。超近距離戦を繰り広げる。
それでもやはり討ちもらしはあるというもの。アカツキとリイナ、エイジスの前に魔人の小隊が立ちはだかる。
「大佐の元へ行かせるかあああああ!!」
「我らがお嬢様をお守りしろ!!」
「人間共め!! ここから先は通さんぞ!!」
「大した忠誠だね。でもさ、悪いけど、どいてくれないかな」
「マスターの邪魔する者はワタクシが許しません。『アイス・ジャベリン』射出」
「エイジスの言う通りね。そこをどきなさい。――降り注ぎなさい。氷槍惨禍」
主に忠実な自動人形が、夫を愛するリイナが冷酷な眼差しで放った氷属性の魔法は魔人達が構築した魔法障壁を破壊し、一部は貫き殺す。
元々犠牲覚悟の魔人達は障壁を再構築せずに攻撃に集中していた。携える魔法銃や長杖からは魔法陣。狙うは脅威たるアカツキ。
「させないっての。瞬脚、三重展開」
アカツキはさらに加速する。エイジスの身体強化補助により頑丈になった彼の身体では三重展開でも体は軋まない。疾風の如く、小さき彼は魔人達へ接近する。魔人達が放った魔法は射線がズレた為に後方へ虚しく飛び、命中したものも精々が彼が展開した魔法障壁を三枚程度破ったのみ。
「ツイン・リル。敵を穿て。放て、風斬」
アカツキが両手に持つツイン・リルに魔力を込めると緑に輝くツインダガーは、敵を切り伏せるのを今か今かと待ちわびる。
ニィ、とアカツキは笑うと最接近された魔人は小さく悲鳴を上げる。魔法障壁ごと風属性魔法の斬撃によって切り裂かれ、一人が絶命。さらに左右にいた魔人を目にも留まらぬ速さで惨殺する。
「よくもぉぉぉぉ!!」
「死ねぇ、人間めぇぇぇ!!」
「遅い」
僅かな時間で三人の仲間を殺された魔人は憤怒の形相で白兵戦用装備の片手剣に切り替えるが、アカツキの尋常でないスピードに翻弄され切っ先は空を切る。すなわちそれは死を意味していた。あっという間に後方を取られた二人の魔人は、アカツキが跳躍しツイン・リルを振るわれると首から上を失った。
「ちくしょおぉぉぉ!!」
着地の瞬間に発砲音。放ったのは小隊の援護をしていた若い男性魔人。火属性魔法の黒炎がアカツキを襲うがやはり魔法障壁が主の元へ通すのを許さない。
「旦那様を狙ったわね?」
そしてアカツキの横を通り過ぎたのは菖蒲色の長髪をなびかせるリイナ。細剣アブソリュートは狙いを定め、彼が構築した魔法障壁を貫き、その身体をも貫通した。
「ご、ほ……!」
「旦那様を殺そうとした罪、死んで償いなさい」
「小隊殲滅完了です、マスター」
「よくやったエイジス。リイナもありがとう」
「これくらいどうってことないわ」
「さて、残すはっと」
アカツキとリイナにエイジスが魔人の小隊を一人残らず討った頃には、周辺で戦っていたエルフ達とアカツキの部下達が瞬脚を用いた高速機動戦で敵を翻弄し、討ち取り、今も攻勢を続けていた。
アカツキ達の前には最早指揮官の直衛部隊のみ。そこにいたのは僅か二個小隊程度の魔人と、中央にいたのは煌めく白髪を持つ若い女性の魔人だった。
「これは驚いた。妖魔軍にも女性指揮官がいたんだ」
アカツキはツインダガーに付着した血を振って落とし、前へと視線を移す。
彼としてはもう十分に敵を殺しただろうと判断しリイナに目配せして、彼女はオレンジ色の信号弾を放つ。
それは降伏勧告を始める合図で、連合王国軍は降りかかる攻撃に対する自衛行動以外は手を止め、攻撃が一時停止した。
そのタイミングでアカツキは口を開いて大声で言い放つ。
「そこにいるのは妖魔軍の指揮官か! 貴官らは戦い尽くした! 最早全滅でこれ以上の抵抗は無駄であるはず! よって、連合王国軍准将アカツキ・ノースロードの名において降伏を勧告する! 全員武器を捨て、頭の後ろに両手を! なお、口語での呪文詠唱を一人でも行使した場合は勧告拒否とみて攻撃を再開する!」
「さっさと降伏しなさいな魔人達! 貴方達は負けたの。妖魔軍の降伏手法がかつてと変わらないならそれを示し、武装解除なさい!」
「ワタクシは全ての攻撃を感知します。攻撃は事前に察知にされると思いなさい。マスターはこれより先の戦闘を望みません」
続いてリイナ、エイジスも勧告を口にする。特にエイジスは魔法陣を顕現させておりいつでも反撃可能と示していた。文言と併せれば嘘ではないとはっきりと現されている。
直前まで砲声、銃声、咆哮、断末魔が轟く戦場はシン、と静まり返る。
降伏か、はたまた玉砕か。アカツキは前者を選んでくれと望み敵を睨む。
白髪の若い女性魔人は隣にいた男性魔人と何やら話している。悲壮な顔つきはこれまでの犠牲を思ってなのか、それとも全員残らず最後まで抵抗する決意なのか。
そして、妖魔軍は反応を示した。
「妖魔軍北部戦線総指揮官、ダロノワ・フィルソヴァ! 階級は大佐! 連合王国との捕虜に関する条約は締結されていませんが、兵達の身柄を保障してくださるのならば、降伏勧告に応じます! 全員、武装解除をしてください!」
透き通った鈴のような声に呼応して、妖魔軍の魔人も魔物も武器を地面に置く。
「妖魔軍各位、誠意ある行動をこの目で確かめた。約束は守ろう! ――連合王国総員、我々の勝利だ! 勝鬨を!」
妖魔軍の降伏と、連合王国軍による勝利の歓声。
今ここに北ジドゥーミラの戦いは連合王国軍圧勝で終わりを告げた。
第二次妖魔大戦における、連合王国初の奪還作戦であるジトゥーミラの戦い。
この戦いには二つの大きな戦場があった。
一つは主戦場であるジトゥーミラ市街戦。連合王国軍十万と妖魔軍七万が激突した戦争初期から大規模となった戦闘。人類諸国の中で突出した火力と精鋭の軍隊を保有する連合王国でも想定より手こずったと記録されている。
もう一つがジトゥーミラから北の近郊で繰り広げられた、『北ジトゥーミラの戦い』。
ルブリフの戦いにおいて犠牲無き国防術として有名な魔石型遠隔作動式地雷を用い、戦場の神とも評される砲兵隊の面制圧、そしてアレゼル中将とアカツキの直轄部隊による小さな野砲と評される魔法銃の斉射。
作戦最終段階までに妖魔軍三万八千を半減させた様はまさに連合王国の戦闘教義を体現した姿であり、時代格差甚だしい装備しか持たない妖魔軍ではいかに魔力の優れる魔人がいたとて敵うはずが無かった。
然れども挫けず諦めず突撃を続ける妖魔軍。それらに向かってアカツキはリイナと共に土人形王に乗って前進をしていた。
「エイジス、モードオフェンス。最大火力で薙ぎ払え」
「サー、マスター。モードをオフェンスへ移行。目標を自動選定。目標捕捉、爆発系火属性に設定」
「撃て」
「攻撃開始」
アカツキの視線にはエイジスの攻撃が情報共有されている。最大捕捉数百二十八がロックオンされ、アカツキの右隣にいたエイジスの上空には膨大は魔法陣が出現した。
赤い魔法陣から放たれるは、一つは一つは初級魔法でも威力は高く、それらが百以上ともなればさながら絨毯爆撃であった。着弾の瞬間に地面は抉れ、肉は焼かれ木っ端微塵となる。
犠牲となった妖魔軍の左右からは罵声と悲鳴。仲間を殺した人物は一目瞭然。土人形王の掌に乗り、君臨するかの如く存在するアカツキに対して魔人数名が憎しみを込めて風属性の魔法を放つ。
しかし、その攻撃は届かなかった。エイジスによる多重魔法障壁が全てを防ぎ、並立して自動迎撃を行う黒衣を纏う自動人形が不遜な輩を見るかの如く見下し、攻撃。魔人達は命を散らした有象無象の一つと化した。
「旦那様には指一本触れさせないわ。――鋭き氷の鋒は数多。一つ残さず、穿ち殺しなさい。氷剣乱舞」
「属性変更。火から氷。目標へ攻撃開始」
土人形王の左手に立つリイナは愛しき人が狙われていると見るや否や、纏う空気を氷点下の極寒のようにし、冷たく鋭い瞳で見据えると彼女の魔法である氷剣乱舞を詠唱。展開された魔法陣はおよそ二十数。エイジスが狙いきれなかった左方面の魔物と魔人を、凍てつく剣で無残にも貫いていく。よしんばリイナの攻撃を防げたとて、次に襲うはエイジスの氷属性初級魔法。氷柱のような形をしたそれが再び百以上顕現し降り注ぐ。
「土人形王、そのまま前進して。狙うは敵本陣だ」
「マイマスター、敵両翼が接近。現在突撃中の本部隊はおよそ三千です。対処行動を進言」
「大丈夫。その為の味方両翼だ」
アカツキは信頼しきった顔で左右を見やる。彼の目線の先にいるのはアレゼル中将の直轄部隊とアカツキの直轄部隊がそれぞれ千七百五十ずつ分割された右翼と左翼部隊。
これまでの戦いで妖魔軍の前方中央の部隊は四千まで減少しており、このままでは本隊が危うくなる。だからこそ比較的魔人が生き残っている妖魔軍両翼が中央へ救援に駆けつけようとするが、連合王国軍両翼がそれを許すはずも無かった。
魔人ほどではないにしても魔力に優れるエルフ達と、高位魔法能力者が占める為にエルフ達に引けを取らないアカツキの部下達が放ったのは魔法銃による統制射撃。それらが突撃を阻み速度が落ちると見るや、すぐさま召喚武器の中でも白兵戦に長ける剣型や槍型の武器持ちが吶喊。後方から、自身の同僚達からの手厚い援護射撃も相まって敵を圧倒していった。
「よし、両翼は彼等に任せてそのまま突き進もう。選抜突撃本体、勢いそのままに吶喊続行ッ!」
『うおおおおおお!!』
アカツキの命令に、師団から抽出された歩兵・魔法兵科・少数ながらも魔法騎兵の諸兵科連合三千の兵達は雄叫びを上げて速度を維持して駆ける。
ここにいるのは平和な時代が終わる直前まで鍛え抜かれた精鋭達である。既に崩壊を迎えていた中央四千の敵兵を蹴散らすなど造作も無かった。魔人が最後の抵抗にと放つ魔法攻撃も、比較的高位の魔法能力者が盾たる魔法障壁で防ぎ、発生している白兵戦により多少は死傷者が出るも妖魔軍のそれに比べれば微々たるもの。アカツキ達の前進に伴って後方のアレゼル中将達本隊も一部の隊が前に進んでおり、負傷者の後方搬送も容易かった。
安心して背中を、左右を預けられる土人形の軍勢を伴った三千はいよいよ妖魔軍四千を過ぎて妖魔軍本隊七千へと向かう。この頃には既に敵左翼は壊滅させられ、連合王国軍左翼が加勢しようとしていた。
「……! 高濃度魔力反応検知。魔法障壁を拡散型に変更」
「敵本隊からかな。僕も魔法障壁を展開しよう。――天の盾達よ! 我らを守り給え!」
「私もするわ。左方は任せて。――天の盾達。頼もしき兵者つわもの共を守り給え」
エイジス、アカツキ、リイナによる広範囲型魔法障壁が展開された直後、妖魔軍本隊七千から統制された黒炎の魔法が一斉に放たれる。当然この攻撃に味方の魔法兵科達も魔法障壁を展開する。
「着弾、五、四、三、二、一、今。――味方死傷者少数。戦況に影響軽微。」
「流石に本隊ともなれば一筋縄ではいかないか」
「あの本隊、指揮官を守る為に魔人が多いし魔法が使える魔物も多いわね」
「魔力反応から、推定で魔人が一個大隊。魔法使用可能な魔物は二個大隊と推定。彼我の距離は六百」
「味方の両翼は?」
「左翼が突破。右翼はもう間もなく、いえ、今突破ですマスター」
「リイナ、信号弾を。これより高機動型白兵戦へ移行するよ」
「了解したわ。ええ、この瞬間を待っていましたとも」
リイナは美貌にあるまじき獰猛な笑みを浮かべると、腰の左に据えてあった信号弾が入った銃を手に取り、天高く射撃。色は青色。すなわちアカツキが言った高機動型白兵戦への移行だ。
「土人形王、ありがとう。君らも速度を上げて突進して」
「いい見晴らしと乗り心地だったわよ」
感謝と褒め言葉を二人から受けた土人形王は嬉しそうに頷くと、一旦停止しアカツキとリイナを地面に降ろす。
すると二人は、ここで初めて自身が持つ武器を鞘から抜いた。
リイナが持つは、青く輝く細剣『アブソリュート』。アカツキが持つのは銀に似た輝きを持つ、ミスリル製ツインダガー『双子の灰銀短剣』。
このツイン・リルはアカツキが作戦開始前に鉄道でワルシャーへ向かう途上、物資輸送優先の関係上ノイシュランデで一日滞在した時に彼の両親から受け取った魔法武器である。
元々ツイン・リルはノースロード家に伝わる美術品の一つで、かつて高名なエルフを保護した時に感謝の印に貰った逸品だ。魔法伝導性の高いミスリル製のツインダガーは鞘も美しく長年ノースロード家に飾られていたが、この作戦においてアカツキの両親はお守りの一つとして彼に手渡していたのである。
結果的にお守りというよりかは立派な武器として使われる事になったツイン・リル。だが、魔力伝導率の高いミスリル製だからこそ戦いで真価を発揮する事となる。
抜刀したアカツキとリイナ。二人は互いに見合い頷くと。
『瞬脚、二重展開』
アカツキとリイナ、エイジスは味方の兵達の声援を背に受けて本隊へと突撃を開始する。直前に打ち上げた信号弾に呼応して味方の両翼も突出を始めていた。
「リイナ、援護は任せたよ?」
「援護ついでに、攻撃してもいいのよね?」
「おおう、僕の奥さんは戦場だと怖い怖い」
「だって愛しい貴方を汚らわしい妖魔共に触れられて欲しくないもの。くふふふっ、――銀世界、極地をも凍てつかせる二対の光をここに。アブソリュート・デュオ!」
アカツキと二人きりだと残念具合が甚だしいリイナはしかし、戦場に一度立てば敵が恐れ戦く凶悪な魔法能力者となる。
歪に口角を曲げて詠唱したのは、リイナが持つ『アブソリュート』の独自魔法でかつてアカツキとの模擬戦で用いたソロの倍の威力を持つ『アブソリュート・デュオ』だ。
細い蒼き二つの光線はアブソリュートの威力上昇も加わり、正面に待ち構える本隊七千のいくつかに直撃。魔法障壁どころか体ごと絶対零度が浴びせられ、リイナが細剣を横薙ぎすると粉々に砕け散る。
よって出来上がったのが本陣までの道が作られる。
しかし、本隊を残すのみも同然になった妖魔軍も無抵抗な訳が無い。すぐさまに道は閉じられ、この先にいる主を命を賭してでも守ろうとする気概が感じられた。
「最後の一兵になっても戦うつもりなんだね。なら、応えよう。エイジス、オフェンスにサポートを追加。出来る限り接近する敵を減らして」
「了解、マスター。サポートオフェンスに切り替えます」
「本陣までもうすぐそこ。指揮官はどんな魔人なのでしょうね」
「さあね。出来れば捕縛したいかなっ!」
瞬脚により常人以上の速さで持ってして前方へ走り抜けるアカツキとリイナ。そこへ両翼にいた味方が合流する。
「准将閣下、中佐! 露払いは我らエルフ短弓部隊にお任せ下さい!」
「アカツキ准将閣下とリイナ中佐の行く手を阻む不埒な輩は我々に! 大隊選抜吶喊部隊、敵に激突せよ! 打ち崩せ!」
射出速度に優れる短弓型召喚武器を持つエルフ達が言葉通り露払いを、アカツキの大隊の部下達の中でも白兵戦用の召喚武器を持つ者達が彼等三人に近付く魔物や魔人達と衝突。超近距離戦を繰り広げる。
それでもやはり討ちもらしはあるというもの。アカツキとリイナ、エイジスの前に魔人の小隊が立ちはだかる。
「大佐の元へ行かせるかあああああ!!」
「我らがお嬢様をお守りしろ!!」
「人間共め!! ここから先は通さんぞ!!」
「大した忠誠だね。でもさ、悪いけど、どいてくれないかな」
「マスターの邪魔する者はワタクシが許しません。『アイス・ジャベリン』射出」
「エイジスの言う通りね。そこをどきなさい。――降り注ぎなさい。氷槍惨禍」
主に忠実な自動人形が、夫を愛するリイナが冷酷な眼差しで放った氷属性の魔法は魔人達が構築した魔法障壁を破壊し、一部は貫き殺す。
元々犠牲覚悟の魔人達は障壁を再構築せずに攻撃に集中していた。携える魔法銃や長杖からは魔法陣。狙うは脅威たるアカツキ。
「させないっての。瞬脚、三重展開」
アカツキはさらに加速する。エイジスの身体強化補助により頑丈になった彼の身体では三重展開でも体は軋まない。疾風の如く、小さき彼は魔人達へ接近する。魔人達が放った魔法は射線がズレた為に後方へ虚しく飛び、命中したものも精々が彼が展開した魔法障壁を三枚程度破ったのみ。
「ツイン・リル。敵を穿て。放て、風斬」
アカツキが両手に持つツイン・リルに魔力を込めると緑に輝くツインダガーは、敵を切り伏せるのを今か今かと待ちわびる。
ニィ、とアカツキは笑うと最接近された魔人は小さく悲鳴を上げる。魔法障壁ごと風属性魔法の斬撃によって切り裂かれ、一人が絶命。さらに左右にいた魔人を目にも留まらぬ速さで惨殺する。
「よくもぉぉぉぉ!!」
「死ねぇ、人間めぇぇぇ!!」
「遅い」
僅かな時間で三人の仲間を殺された魔人は憤怒の形相で白兵戦用装備の片手剣に切り替えるが、アカツキの尋常でないスピードに翻弄され切っ先は空を切る。すなわちそれは死を意味していた。あっという間に後方を取られた二人の魔人は、アカツキが跳躍しツイン・リルを振るわれると首から上を失った。
「ちくしょおぉぉぉ!!」
着地の瞬間に発砲音。放ったのは小隊の援護をしていた若い男性魔人。火属性魔法の黒炎がアカツキを襲うがやはり魔法障壁が主の元へ通すのを許さない。
「旦那様を狙ったわね?」
そしてアカツキの横を通り過ぎたのは菖蒲色の長髪をなびかせるリイナ。細剣アブソリュートは狙いを定め、彼が構築した魔法障壁を貫き、その身体をも貫通した。
「ご、ほ……!」
「旦那様を殺そうとした罪、死んで償いなさい」
「小隊殲滅完了です、マスター」
「よくやったエイジス。リイナもありがとう」
「これくらいどうってことないわ」
「さて、残すはっと」
アカツキとリイナにエイジスが魔人の小隊を一人残らず討った頃には、周辺で戦っていたエルフ達とアカツキの部下達が瞬脚を用いた高速機動戦で敵を翻弄し、討ち取り、今も攻勢を続けていた。
アカツキ達の前には最早指揮官の直衛部隊のみ。そこにいたのは僅か二個小隊程度の魔人と、中央にいたのは煌めく白髪を持つ若い女性の魔人だった。
「これは驚いた。妖魔軍にも女性指揮官がいたんだ」
アカツキはツインダガーに付着した血を振って落とし、前へと視線を移す。
彼としてはもう十分に敵を殺しただろうと判断しリイナに目配せして、彼女はオレンジ色の信号弾を放つ。
それは降伏勧告を始める合図で、連合王国軍は降りかかる攻撃に対する自衛行動以外は手を止め、攻撃が一時停止した。
そのタイミングでアカツキは口を開いて大声で言い放つ。
「そこにいるのは妖魔軍の指揮官か! 貴官らは戦い尽くした! 最早全滅でこれ以上の抵抗は無駄であるはず! よって、連合王国軍准将アカツキ・ノースロードの名において降伏を勧告する! 全員武器を捨て、頭の後ろに両手を! なお、口語での呪文詠唱を一人でも行使した場合は勧告拒否とみて攻撃を再開する!」
「さっさと降伏しなさいな魔人達! 貴方達は負けたの。妖魔軍の降伏手法がかつてと変わらないならそれを示し、武装解除なさい!」
「ワタクシは全ての攻撃を感知します。攻撃は事前に察知にされると思いなさい。マスターはこれより先の戦闘を望みません」
続いてリイナ、エイジスも勧告を口にする。特にエイジスは魔法陣を顕現させておりいつでも反撃可能と示していた。文言と併せれば嘘ではないとはっきりと現されている。
直前まで砲声、銃声、咆哮、断末魔が轟く戦場はシン、と静まり返る。
降伏か、はたまた玉砕か。アカツキは前者を選んでくれと望み敵を睨む。
白髪の若い女性魔人は隣にいた男性魔人と何やら話している。悲壮な顔つきはこれまでの犠牲を思ってなのか、それとも全員残らず最後まで抵抗する決意なのか。
そして、妖魔軍は反応を示した。
「妖魔軍北部戦線総指揮官、ダロノワ・フィルソヴァ! 階級は大佐! 連合王国との捕虜に関する条約は締結されていませんが、兵達の身柄を保障してくださるのならば、降伏勧告に応じます! 全員、武装解除をしてください!」
透き通った鈴のような声に呼応して、妖魔軍の魔人も魔物も武器を地面に置く。
「妖魔軍各位、誠意ある行動をこの目で確かめた。約束は守ろう! ――連合王国総員、我々の勝利だ! 勝鬨を!」
妖魔軍の降伏と、連合王国軍による勝利の歓声。
今ここに北ジドゥーミラの戦いは連合王国軍圧勝で終わりを告げた。
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