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第12章 ブカレシタ攻防戦決着編
第16話 ブカレシタ星型要塞停戦会談
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・・16・・
11の月8の日
午後0時30分
ブカレシタ星型要塞旧妖魔帝国軍司令部付近・停戦会談会場
僕達三カ国軍と妖魔帝国軍の停戦会談が開かれる事となった八の日は雲一つない、よく晴れた日だった。
停戦会談の場所は妖魔帝国軍がブカレシタ星型要塞において最初に置いていた総司令部から少し南にいった広場だった。苛烈な戦闘で会談に使えそうな建造物はほとんど無く、両者の警備の観点から大天幕を用いての会談になったんだ。
その会談に望むメンバーは以下のようだった。
・三カ国軍側
マーチス・ヨーク連合王国軍大将
ラットン・サウスフィール協商連合軍中将
マルコ・グイッジ法国軍大将
カイデン・ロッドマン連合王国軍中将
アカツキ・ノースロード連合王国軍少将
・妖魔帝国軍側
ユーリィ・コスミンスカヤ中将
ハーコフ・ノドルスキー少将
三カ国軍側は総司令官たるマーチス侯爵を代表とし、協商連合軍トップのラットン中将に法国軍トップのマルコ大将。参謀本部の代表としてカイデン中将、そしてカイデン中将だけでなくラットン中将やマルコ大将からも推薦があった事により僕も参加することになった。なのでリイナは同行せず、召喚武器であるエイジスは一緒に向かうことになる。
対して妖魔帝国軍は総司令官のユーリィ中将と副司令官のハーコフ少将という顔触れだった。
会談は午後一時から。僕達はやや早めの時間に到着し、将兵の敬礼を受けて大天幕へと向かう。
妖魔帝国軍の代表者達も現れた。
「二ヶ月の激戦を物語っているな。衣服はなるべく整えているようにしているが、汚れが見られる。あれが篭城側の常だ。だから俺は篭城戦は好まんのだ」
「ひたすら消耗するだけの戦い。救援があるのならともかく、そうでないなら悲惨ですからね」
互いに近付く中、マーチス侯爵は僕の方を向いて呟く。彼の言うように、最も安全圏にいるはずの総司令官と副司令官ですら軍服は汚れ、遠くからでも疲労がにじみ出ていた。
僕達がこの世界では初めての空軍を持つに至り、危険地帯は大幅に広くなった。これまでは砲の射程距離外にいれば安全という神話は崩れ去った何よりの証拠だった。
「ある意味で、奴らの本国から届いた停戦命令は救いだったかもしれぬの。未だにどう伝えたか分からぬが、恐らく包囲網を潜り抜けてきたのじゃろ。一人や二人なら不可能ではないからの」
「入り込めたのは脅威ですが、チャイカ姉妹の時の前例がありますからね」
「全くですな、マルコ大将閣下」
どうやって包囲された妖魔帝国軍に情報が届いたのかは謎だけど、ラットン中将とマルコ大将の会話で出た可能性はありうる。もしくは、元々地下深くに通信ラインが埋設されていたか。だとしてもエイジスの探知に引っかから無かったのが気になるけれど、謎解きはあとだ。
ついに両軍の代表者達が天幕の前に揃い、この戦い以来互いの距離が最も縮まる。
意外な事に、先に敬礼をしたのは妖魔帝国軍側だった。敬礼は妖魔帝国軍式。手の甲を見せる以外はこちらとほとんど同じ仕方だった。
僕達も返礼をすると、
「妖魔帝国軍ブカレシタ星型要塞総司令官、ユーリィ・コスミンスカヤ。階級は中将。人類側、三カ国軍が停戦会談を快諾して下さったことを、早期に開いてくれた事を感謝致します」
「同じく妖魔帝国軍ブカレシタ星型要塞副司令官、ハーコフ・ノドルスキー。階級は少将。悔しいですが、遅かれ早かれ我々は敗れておりました。その中で本会談の受け入れに最大限の感謝を」
妖魔帝国の軍人達は人類を見下している。
人類側共通認識の妖魔帝国観からかけ離れた、あまりにも丁寧な挨拶に僕達は思わず面食らってしまった。
対等どころか下手に出るように話し方は、心から思ってじゃないとこんな事は言えない。激戦によって階級にしては若い外見に思える鈍色の金髪の二人はやつれていたけれど、瞳に侮蔑なんて全くなかった。
こんな風に礼儀を尽くされれば僕達も相応にこたえるのがまた礼儀だ。
「三カ国軍総司令官、マーチス・ヨーク。階級は大将だ」
「ラットン・サウスフィール。協商連合軍中将じゃ」
「マルコ・グイッジ。法国軍大将です」
「カイデン・ロッドマン。連合王国軍中将で、参謀本部参謀長」
「アカツキ・ノースロード連合王国軍少将です」
握手こそ無いものの、僕達も自己紹介を行った。
「連合王国軍の元軍部大臣のマーチス大将に、闇属性で著名なラットン中将、法国の英雄マルコ大将。連合王国軍の頭脳、カイデン中将。そして君が、あのアカツキ少将か。自分も情報として知っていたが、実際に会ってみると思ったより小さい人間だったんだな。だが、どれほど君に苦しめられたかはご覧の有様だ。見事だったよ」
「恐縮です、ユーリィ中将閣下」
「そこにいるのが黒衣の邪神、エイジスか。ああ、睨まないでくれ。恐ろしさは身をもって体感しているから。今思えば負けるべくして負けたんだ。我々は」
ため息をついて、お手上げだという素振りを見せるユーリィ中将。これまでの妖魔帝国軍の軍人とはかけ離れた印象を僕は感じた。
「ユーリィ中将、早速だが会談に移ろうか。貴官らの軍は篭城戦をしていたから余裕はないだろう? 早めに決めた方が兵の為にもなる。ちなみにその水だが、毒の心配があれば調べて構わん」
マーチス侯爵が言うと、僕達もユーリィ中将達も椅子に座る。
ユーリィ中将は副司令官にも毒味させず、ガラスのコップを軽く揺らすと水を飲んで。
「いえ、このように有難くいただきますよ。ご配慮痛み入ります。食糧は間もなく尽きようとしていたものですから。ここから二百キーラ先にまで撤退支援部隊が来ておりますので。ああでもご安心を。彼等も一発でも弾を放てば死刑とまで厳命されておりますので」
「それは、皇帝の命令かの?」
「ええラットン中将。こちらにも機密というものありますので言えませんが、皇帝陛下からの勅令を受け取っております」
「機密、のお。調査すれば判明するじゃろし、今は良い。マーチス大将閣下、失礼いたしました」
「構わん。さて、停戦会談であるがそちらの書類は? こちらは既に用意してあり、各国首脳から現地司令官のサインで成立ということになっているが」
「こちらも用意してあります。停戦会談が成立した場合に小官のサインで正式な停戦となると皇帝陛下が仰せになられました」
「承った。ならば条件を突き合わせようか」
「はい」
停戦会談は事前の打ち合わせが無かったにも関わらずスムーズに進行していった。あちらもこちらも首脳による許可は出ていて、あとは条件を確かめるだけになっているからだ。妖魔帝国軍にとっては消耗した軍を撤退させたいからかもしれないし、僕達の方も有利な条件と分かっているから拒否もしない。
停戦の条件はこのように纏まった。
1、ブカレシタ星型要塞は三カ国軍側のものとする。
2、妖魔帝国軍完全撤退後人類諸国は旧東方領を勢力圏とし、妖魔帝国軍はこの圏内から撤退する。この際の条件は降伏ではなく撤退であり、三カ国軍は捕虜を得てはならない。
3、ただし正式な停戦ラインは休戦条約調印の内容により変化する。また、双方が休戦を望む場合は休戦条約調印に向けての交渉を設定する。
4、3に関しては各国指導部が会議で取り決めた後に正式な交渉へと移る。よって、本会談はあくまでブカレシタ星型要塞における停戦のみとなり、今後は双方外務省の管轄となる。
5、両国外務省の交渉設定も本会談が成立し状況が落ち着いた後に両国外務省が行う。よって、本時点をもって両軍共に無期限戦闘停止状態へと移行し、一発たりとも放ってはいけない。
他にもいくつかの内容が交わされたけれど、主な部分はこんな感じだった。
簡潔に言えば、妖魔帝国軍はブカレシタを譲るし旧東方領から撤退するから人類側はこれ以上侵攻しないこと。今後の交渉は互いの外務省が外交として行うこと。
ということだった。これで停戦が正式に成立するわけだね。
会談は三時間程で終わり、お互いの書類にサインをしていく。使われたのは魔導具のペン。サインの改竄かいざんが不可能なこれは、こういった正式な書面で使われるんだ。
こうして三カ国軍側も妖魔帝国軍側も全ての参加者のサインが出揃いこれにてブカレシタ星型要塞における停戦会談は成立となったわけだ。
「これで停戦は結ばれた。本時刻をもって、三カ国軍は無期限戦闘停止状態へと移行しよう」
「我々妖魔帝国軍も現時刻から無期限戦闘停止へと移ります。休戦条約の会談が叶うかどうかも分かりませんし、叶ったとて休戦というだけです。休戦条約交渉開始の時は別として次会うとしたらどちらかが捕虜になった時でしょう。今回、我々は負けました。しかし、我々は負けるつもりはありません」
「オレらも負けるつもりなど毛頭ない。再び戦場で相見えるのならば、我々は全力を尽くすのみだ」
「はい、マーチス大将。いえ、マーチス大将閣下。人間を下に見る風潮は愚かだとこの身で痛感しましたからね。今度は偏見無しで挑まさせて頂きますよ」
戦場とは不思議なもので、一般人は理解不能だろうし現代戦に慣れている僕もイマイチ真意を掴めないのだけれど、殺し合いをしていたにも関わらずマーチス侯爵もユーリィ中将も最後は互いに笑顔で握手を交わしていた。それを機にユーリィ中将とハーコフ少将は、マーチス侯爵意外とも握手をしていく。
最後は僕にも出番が回ってきた。まずはユーリィ中将とだった。
「アカツキ少将。貴官は妖魔帝国軍でもよく知られているぞ。皇帝陛下も大変興味を持たれていた」
「レオニード皇帝が、ですか」
「ああ。何せ初戦から今に至るまで散々我々を負かしてきた筆頭格だからな」
「戦争ですから」
「違いない。この会談だけではあるが感じたのは、貴官は決して奢らず謙虚な姿勢な人間だということだ。そして、小さな巨人である貴官のような者と戦えたのは名誉に思う」
「こちらこそ。私も妖魔帝国の軍人に対する考え方を変えなければなりません」
「ははっ、有難く受け取っておこう。最も、上はどう思うかまで分からんけどな」
ユーリィ中将と言葉を交わした後は、ハーコフ少将とも握手をした。
「多くは語らない。だが、見事だったよ。発案した作戦が尽く破られ、完敗だ。故に、俺は貴官を好敵手として自分を磨く。次の戦いで貴官を越えてみせる。最も、この身が無事であればだが」
「オーガ・キングは貴方の発案でしたか。その口振りではほかも、のようですが」
「ああ。そうだ」
「彼は優秀な副司令官だ、アカツキ少将。貴官にも劣らないくらいにな」
「ただ、敵なのに思ってしまった事が一つある。貴官が同僚ならばどれ程心強かったか。戦争は違う風景があったろうとな」
「光栄だよ、ハーコフ少将」
「釘を刺しておくが、アカツキはやらんぞ。彼は我々の英雄だ」
「法国にとってもです」
「協商連合にとってもじゃ」
「くくっ、好かれているのだな。貴官は」
「貴方も上官に頼られているみたいで」
「当たり前だ。俺は軍人だからな」
「同じ言葉を返しておくよ」
もう一度ハーコフ少将と握手を交わし、会談は終了となった。
翌日、会談通りに妖魔帝国軍は撤退を開始。念の為に召喚士偵察飛行隊とエイジスによって空から妖魔帝国軍に行動を監視し、二日後には撤退支援部隊とブカレシタ星型要塞にいた妖魔帝国軍は接触。一発の銃弾も放たれることなく、彼等は本土へと帰還していった。
ブカレシタ星型要塞攻略戦。
三カ国軍の死傷者は三六○一八名という多くの犠牲を生じながらも、停戦という意外な形で終結。
十一の月十一の日には旧東方領全域奪還の勝利宣言が出され、約一年半にも及ぶ大戦は一つの区切りを迎えたのだった。
11の月8の日
午後0時30分
ブカレシタ星型要塞旧妖魔帝国軍司令部付近・停戦会談会場
僕達三カ国軍と妖魔帝国軍の停戦会談が開かれる事となった八の日は雲一つない、よく晴れた日だった。
停戦会談の場所は妖魔帝国軍がブカレシタ星型要塞において最初に置いていた総司令部から少し南にいった広場だった。苛烈な戦闘で会談に使えそうな建造物はほとんど無く、両者の警備の観点から大天幕を用いての会談になったんだ。
その会談に望むメンバーは以下のようだった。
・三カ国軍側
マーチス・ヨーク連合王国軍大将
ラットン・サウスフィール協商連合軍中将
マルコ・グイッジ法国軍大将
カイデン・ロッドマン連合王国軍中将
アカツキ・ノースロード連合王国軍少将
・妖魔帝国軍側
ユーリィ・コスミンスカヤ中将
ハーコフ・ノドルスキー少将
三カ国軍側は総司令官たるマーチス侯爵を代表とし、協商連合軍トップのラットン中将に法国軍トップのマルコ大将。参謀本部の代表としてカイデン中将、そしてカイデン中将だけでなくラットン中将やマルコ大将からも推薦があった事により僕も参加することになった。なのでリイナは同行せず、召喚武器であるエイジスは一緒に向かうことになる。
対して妖魔帝国軍は総司令官のユーリィ中将と副司令官のハーコフ少将という顔触れだった。
会談は午後一時から。僕達はやや早めの時間に到着し、将兵の敬礼を受けて大天幕へと向かう。
妖魔帝国軍の代表者達も現れた。
「二ヶ月の激戦を物語っているな。衣服はなるべく整えているようにしているが、汚れが見られる。あれが篭城側の常だ。だから俺は篭城戦は好まんのだ」
「ひたすら消耗するだけの戦い。救援があるのならともかく、そうでないなら悲惨ですからね」
互いに近付く中、マーチス侯爵は僕の方を向いて呟く。彼の言うように、最も安全圏にいるはずの総司令官と副司令官ですら軍服は汚れ、遠くからでも疲労がにじみ出ていた。
僕達がこの世界では初めての空軍を持つに至り、危険地帯は大幅に広くなった。これまでは砲の射程距離外にいれば安全という神話は崩れ去った何よりの証拠だった。
「ある意味で、奴らの本国から届いた停戦命令は救いだったかもしれぬの。未だにどう伝えたか分からぬが、恐らく包囲網を潜り抜けてきたのじゃろ。一人や二人なら不可能ではないからの」
「入り込めたのは脅威ですが、チャイカ姉妹の時の前例がありますからね」
「全くですな、マルコ大将閣下」
どうやって包囲された妖魔帝国軍に情報が届いたのかは謎だけど、ラットン中将とマルコ大将の会話で出た可能性はありうる。もしくは、元々地下深くに通信ラインが埋設されていたか。だとしてもエイジスの探知に引っかから無かったのが気になるけれど、謎解きはあとだ。
ついに両軍の代表者達が天幕の前に揃い、この戦い以来互いの距離が最も縮まる。
意外な事に、先に敬礼をしたのは妖魔帝国軍側だった。敬礼は妖魔帝国軍式。手の甲を見せる以外はこちらとほとんど同じ仕方だった。
僕達も返礼をすると、
「妖魔帝国軍ブカレシタ星型要塞総司令官、ユーリィ・コスミンスカヤ。階級は中将。人類側、三カ国軍が停戦会談を快諾して下さったことを、早期に開いてくれた事を感謝致します」
「同じく妖魔帝国軍ブカレシタ星型要塞副司令官、ハーコフ・ノドルスキー。階級は少将。悔しいですが、遅かれ早かれ我々は敗れておりました。その中で本会談の受け入れに最大限の感謝を」
妖魔帝国の軍人達は人類を見下している。
人類側共通認識の妖魔帝国観からかけ離れた、あまりにも丁寧な挨拶に僕達は思わず面食らってしまった。
対等どころか下手に出るように話し方は、心から思ってじゃないとこんな事は言えない。激戦によって階級にしては若い外見に思える鈍色の金髪の二人はやつれていたけれど、瞳に侮蔑なんて全くなかった。
こんな風に礼儀を尽くされれば僕達も相応にこたえるのがまた礼儀だ。
「三カ国軍総司令官、マーチス・ヨーク。階級は大将だ」
「ラットン・サウスフィール。協商連合軍中将じゃ」
「マルコ・グイッジ。法国軍大将です」
「カイデン・ロッドマン。連合王国軍中将で、参謀本部参謀長」
「アカツキ・ノースロード連合王国軍少将です」
握手こそ無いものの、僕達も自己紹介を行った。
「連合王国軍の元軍部大臣のマーチス大将に、闇属性で著名なラットン中将、法国の英雄マルコ大将。連合王国軍の頭脳、カイデン中将。そして君が、あのアカツキ少将か。自分も情報として知っていたが、実際に会ってみると思ったより小さい人間だったんだな。だが、どれほど君に苦しめられたかはご覧の有様だ。見事だったよ」
「恐縮です、ユーリィ中将閣下」
「そこにいるのが黒衣の邪神、エイジスか。ああ、睨まないでくれ。恐ろしさは身をもって体感しているから。今思えば負けるべくして負けたんだ。我々は」
ため息をついて、お手上げだという素振りを見せるユーリィ中将。これまでの妖魔帝国軍の軍人とはかけ離れた印象を僕は感じた。
「ユーリィ中将、早速だが会談に移ろうか。貴官らの軍は篭城戦をしていたから余裕はないだろう? 早めに決めた方が兵の為にもなる。ちなみにその水だが、毒の心配があれば調べて構わん」
マーチス侯爵が言うと、僕達もユーリィ中将達も椅子に座る。
ユーリィ中将は副司令官にも毒味させず、ガラスのコップを軽く揺らすと水を飲んで。
「いえ、このように有難くいただきますよ。ご配慮痛み入ります。食糧は間もなく尽きようとしていたものですから。ここから二百キーラ先にまで撤退支援部隊が来ておりますので。ああでもご安心を。彼等も一発でも弾を放てば死刑とまで厳命されておりますので」
「それは、皇帝の命令かの?」
「ええラットン中将。こちらにも機密というものありますので言えませんが、皇帝陛下からの勅令を受け取っております」
「機密、のお。調査すれば判明するじゃろし、今は良い。マーチス大将閣下、失礼いたしました」
「構わん。さて、停戦会談であるがそちらの書類は? こちらは既に用意してあり、各国首脳から現地司令官のサインで成立ということになっているが」
「こちらも用意してあります。停戦会談が成立した場合に小官のサインで正式な停戦となると皇帝陛下が仰せになられました」
「承った。ならば条件を突き合わせようか」
「はい」
停戦会談は事前の打ち合わせが無かったにも関わらずスムーズに進行していった。あちらもこちらも首脳による許可は出ていて、あとは条件を確かめるだけになっているからだ。妖魔帝国軍にとっては消耗した軍を撤退させたいからかもしれないし、僕達の方も有利な条件と分かっているから拒否もしない。
停戦の条件はこのように纏まった。
1、ブカレシタ星型要塞は三カ国軍側のものとする。
2、妖魔帝国軍完全撤退後人類諸国は旧東方領を勢力圏とし、妖魔帝国軍はこの圏内から撤退する。この際の条件は降伏ではなく撤退であり、三カ国軍は捕虜を得てはならない。
3、ただし正式な停戦ラインは休戦条約調印の内容により変化する。また、双方が休戦を望む場合は休戦条約調印に向けての交渉を設定する。
4、3に関しては各国指導部が会議で取り決めた後に正式な交渉へと移る。よって、本会談はあくまでブカレシタ星型要塞における停戦のみとなり、今後は双方外務省の管轄となる。
5、両国外務省の交渉設定も本会談が成立し状況が落ち着いた後に両国外務省が行う。よって、本時点をもって両軍共に無期限戦闘停止状態へと移行し、一発たりとも放ってはいけない。
他にもいくつかの内容が交わされたけれど、主な部分はこんな感じだった。
簡潔に言えば、妖魔帝国軍はブカレシタを譲るし旧東方領から撤退するから人類側はこれ以上侵攻しないこと。今後の交渉は互いの外務省が外交として行うこと。
ということだった。これで停戦が正式に成立するわけだね。
会談は三時間程で終わり、お互いの書類にサインをしていく。使われたのは魔導具のペン。サインの改竄かいざんが不可能なこれは、こういった正式な書面で使われるんだ。
こうして三カ国軍側も妖魔帝国軍側も全ての参加者のサインが出揃いこれにてブカレシタ星型要塞における停戦会談は成立となったわけだ。
「これで停戦は結ばれた。本時刻をもって、三カ国軍は無期限戦闘停止状態へと移行しよう」
「我々妖魔帝国軍も現時刻から無期限戦闘停止へと移ります。休戦条約の会談が叶うかどうかも分かりませんし、叶ったとて休戦というだけです。休戦条約交渉開始の時は別として次会うとしたらどちらかが捕虜になった時でしょう。今回、我々は負けました。しかし、我々は負けるつもりはありません」
「オレらも負けるつもりなど毛頭ない。再び戦場で相見えるのならば、我々は全力を尽くすのみだ」
「はい、マーチス大将。いえ、マーチス大将閣下。人間を下に見る風潮は愚かだとこの身で痛感しましたからね。今度は偏見無しで挑まさせて頂きますよ」
戦場とは不思議なもので、一般人は理解不能だろうし現代戦に慣れている僕もイマイチ真意を掴めないのだけれど、殺し合いをしていたにも関わらずマーチス侯爵もユーリィ中将も最後は互いに笑顔で握手を交わしていた。それを機にユーリィ中将とハーコフ少将は、マーチス侯爵意外とも握手をしていく。
最後は僕にも出番が回ってきた。まずはユーリィ中将とだった。
「アカツキ少将。貴官は妖魔帝国軍でもよく知られているぞ。皇帝陛下も大変興味を持たれていた」
「レオニード皇帝が、ですか」
「ああ。何せ初戦から今に至るまで散々我々を負かしてきた筆頭格だからな」
「戦争ですから」
「違いない。この会談だけではあるが感じたのは、貴官は決して奢らず謙虚な姿勢な人間だということだ。そして、小さな巨人である貴官のような者と戦えたのは名誉に思う」
「こちらこそ。私も妖魔帝国の軍人に対する考え方を変えなければなりません」
「ははっ、有難く受け取っておこう。最も、上はどう思うかまで分からんけどな」
ユーリィ中将と言葉を交わした後は、ハーコフ少将とも握手をした。
「多くは語らない。だが、見事だったよ。発案した作戦が尽く破られ、完敗だ。故に、俺は貴官を好敵手として自分を磨く。次の戦いで貴官を越えてみせる。最も、この身が無事であればだが」
「オーガ・キングは貴方の発案でしたか。その口振りではほかも、のようですが」
「ああ。そうだ」
「彼は優秀な副司令官だ、アカツキ少将。貴官にも劣らないくらいにな」
「ただ、敵なのに思ってしまった事が一つある。貴官が同僚ならばどれ程心強かったか。戦争は違う風景があったろうとな」
「光栄だよ、ハーコフ少将」
「釘を刺しておくが、アカツキはやらんぞ。彼は我々の英雄だ」
「法国にとってもです」
「協商連合にとってもじゃ」
「くくっ、好かれているのだな。貴官は」
「貴方も上官に頼られているみたいで」
「当たり前だ。俺は軍人だからな」
「同じ言葉を返しておくよ」
もう一度ハーコフ少将と握手を交わし、会談は終了となった。
翌日、会談通りに妖魔帝国軍は撤退を開始。念の為に召喚士偵察飛行隊とエイジスによって空から妖魔帝国軍に行動を監視し、二日後には撤退支援部隊とブカレシタ星型要塞にいた妖魔帝国軍は接触。一発の銃弾も放たれることなく、彼等は本土へと帰還していった。
ブカレシタ星型要塞攻略戦。
三カ国軍の死傷者は三六○一八名という多くの犠牲を生じながらも、停戦という意外な形で終結。
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