異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第13章 休戦会談と蠢く策謀編

第7話 F調査室が進める調査でより濃く明らかになるは、二人の英雄の評価と大いなる違い

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 ・・7・・
 1の月20の日
 午前10時10分
 連合王国首都・アルネセイラ
 連合王国軍統合本部・アカツキ執務室

 王都に帰国してから月日が経つのはあっという間なもので、もう一ヶ月以上が経過していた。
 年末年始は年越しのレセプションを楽しみ、年始祭には父上や母上にお爺様も訪れられたから久しぶりの親子水入らずの時間を過ごせた。
 リイナも一緒に王都別邸で過ごしたけれど、その時には、

「のう、アカツキ。休戦になる可能性も現実味が帯びてきたのだから、そろそろひ孫の顔が見たいものじゃのお」

「そうだわ! 今までは戦争につきっきりだったけれど、それもようやく解放されるのだから、孫を見られるチャンスかもしれないもの!」

「アカツキ、むしろこの機会を逃しちゃいけないぞ?」

 と、お酒が入った両親とお爺様にやたら子供の話をせっつかれたね……。
 リイナもリイナで、

「休戦条約調印までは気が抜けないけれど、それが叶えば十分に有り得るわね」

 と、乗り気だったからまあその場が盛り上がるよね……。
 当然その日の夜はめちゃくちゃにめちゃくちゃだったとも……。流石に避妊魔法は解除しなかったけれど。
 けど。

「子供、かあ」

 と、僕は執務椅子に体をもたれかけてぼんやりとしながら呟いた。
 今日は平日で午前中だから、いるのは自分の執務室。中将になってからはマーチス侯爵の副官という立場になったから彼の執務室の隣にある、前に比べるとより広い部屋があてられている。
 今ここにいるのはリイナだけだけれど、どうやら彼女はこの言葉を聴き逃していなかったようだった。

「あらあら? あらあらあら? 旦那様もなんだかんだで積極的じゃない。まだ午前中よ?」

「あ、いやそういうわけじゃなくて」

「私とはしたくないの?」

「上目遣いをやめなさいリイナ准将……」

「はあい、アカツキ中将閣下ぁ」

 隣にある彼女の執務机から、扇情的な目線で僕を見てくるリイナを諌めると、リイナは冗談っぽく答える。
 リイナとは初めてしてから戦場にいた時期を除いて定期的にそういう事をするようになった。それに僕だって男だから性欲が無いわけじゃない。
 たまに違う雰囲気を味わいたいからと僕がじょ…………、うんこの話はやめよう!
 夜のお話はともかくとして、僕だって奥さんであるリイナとの子供の事を全く考えていない訳じゃないんだ。
 それには、貴族としての切実な問題があるからだ。

「予め言っておくけどリイナ。僕も将来の事はしっかり考えているよ? 停戦なんて予想外な展開になったからこそ、考えてる」

「ふうん。それはどういう風に?」

 リイナは立ち上がると、僕の執務椅子の背後に来る。

「…………跡取りとか。僕はほら、直系だろう? それに僕もリイナももう今年で二十五だ。そろそろどころかやや遅めなのもあるから」

「もぅ、旦那様ったら真面目だけど素直じゃないんだから。そんなのだから、幼いように見えてこんなに肩が凝るのよ?」

「あいた、いててて。いやいや肩凝りは軍務のせいなだけだから」

「そおれ、これならどう?」

「いたたたた! あ、でも、コリがほぐれてく……」

 リイナは時折、こうやって疲れた僕の体を労う為にマッサージをしてくれる。
 定期的に身体のメンテナンスにと前世でいうマッサージ師を屋敷に呼んで疲れを取ってもらうようにしているから別に覚えなくてもいいんだけど、彼女は好きでやっているからといつの間にやら腕を上げたんだ。
 リイナは僕の肩を揉む力を適度に弱めながら、

「でも、跡取りの話は現実的ではあるわよね。旦那様がノースロード家の主となれば侯爵位への格上げはほぼ確定事項。今やノースロード家は、私の実家ヨーク家やキース家、他の侯爵家に並ぶほどになったもの。ともなれば、世継ぎは早いうちにいた方がいいものね」

「そういう事さ。相手が妖魔帝国だから休戦条約調印までは油断ならないし、それ以降も監視の目を緩めちゃいけないけれど、休戦になれば僕ら軍人は幾分か暇が出来る。数年間はまさに僕とリイナにとっては絶好の戦間期ってわけだから」

「その心はどうなのかしら? 旦那様」

「…………純粋にリイナとの子供がほしい」

「んふふふ、やっと正直に言ってくれたわ! よーしよしよし、よしよしよしよし」

「ちょ、やめ、僕は小さい子供じゃないんだぞー!」

 リイナが手荒く僕の頭を撫でて後ろから抱きしめるものだから、じたばたと少し暴れる。軍務時間中にあるまじき行動だねこれは……。
 でも、嫌いじゃないしむしろ好きな時間でもある……。

「ふう、満足したわ」

「満足された……」

「いずれにしても、その時は楽しみにしてるわね。旦那様の精密射撃、期待してるわよ?」

「当たるも当たらないも運次第だって……。けど、善処するよ」

「んふふふふ。はぁい、旦那様」

 リイナが満足気に言うと、ようやく離れ自分の執務机に戻る。
 それとほぼ同時に、部屋の扉がノックされた。

「はい、誰かな?」

「マスター、室長をお連れしました」

「F調査室室長、ルイベンハルクです」

「どうぞ、ルイベンハルク中佐。エイジス」

『失礼します』

 あっぶないところだった……。あと少し長いことリイナとああしてたら会話の内容を聞かれかねなかったよ……。張本人たるリイナは舌を少しだけ出してイタズラな笑みを浮かべていた。リイナさん、君って人はもう……。
 扉が開くと、現れるのはいつもの服を着ているエイジスと、やや明るい短めの金髪の三十代初頭の軍人だった。
 模範的な敬礼をする彼が今月中旬から発足したF調査室の室長、ルイベンハルク中佐だ。
 いかにも生真面目といぅた雰囲気で四角いメガネをかけている彼は、元々軍情報部の中でもそこそこの地位にいる情報士官。先日の連邦における作戦で、潜入していた妖魔帝国諜報機関員をあと一歩まで追い詰めた立役者の一人でもあるんだよね。
 その功績――本人は捕縛出来ず悔しがっていたけれど、お陰で連邦から妖魔の手が一掃されたのは功績に間違いない――が認められて中佐へ昇進。マーチス侯爵の推薦もあって室長に抜擢されたんだ。

「エイジス、ありがとう」

「どういたしまして、マイマスター」

 エイジスは僕の言葉に再度敬礼をして答えると、僕の隣へと移動する。

「忙しいところ呼び出して悪いね、ルイベンハルク中佐」

「とんでもございません。あのアカツキ中将閣下がお呼びとあれば、すぐにでも駆けつける所存です」

「そ、そう……」

 ルイベンハルク中佐は初めて会った時から変わらず、僕を尊敬の眼差しでこっちを見ていた。
 どうやら彼は、情報は軍にとって重要な要素の一つであり決して軽んじてはならないこと。魔法無線装置はその面において画期的な兵器であることを説く僕にとても感銘を受けたらしく、ずっとこうだ。
 堅苦しいからやめて欲しいとは言ったけれど曲げるつもりはないらしいから僕は諦めている……。

「Fが発足して一週間が経ったけれど、様子はどう? 何か足りないものや必要なものはある?」

「いえ、特にはありません。アカツキ中将閣下は立ち上げに際して潤沢な資金と室ではなく課レベルの多くの人員を配置してくださったお陰で不足などどこにも」

「そっか。でも不足があったらすぐに申し出るように。幸い僕には中将になって以降可能な限りの人事裁量権をマーチス元帥閣下から許可されているからね」

「はっ。ありがとうございます」

「ところでルイベンハルク中佐。初動調査はどれほどまで進んだかしら?」

 リイナが上官らしく威厳のある立ち振る舞いをすると、ルイベンハルク中佐は踵を合わせて直立する。

「はっ。はい、リイナ准将閣下。昨日までの状況をまとめた報告書をお持ち致しました。合わせて、地図もあります。そこのテーブルをお借りしてもよろしいですか?」

「許可するわ。私も気になっていたもの」

「それじゃあ僕も見ようとするかな」

 僕は椅子から立ち上がり、リイナも執務机のある所から移動する。エイジスも一緒に動いた先にあるのは、普段は本棚に置かれている本を一時的に置いたり資料を置いていたりする大きなテーブルだ。軽いディスカッションをするにはうってつけの場所でもある。
 ルイベンハルク中佐はそこに、機密資料持ち出し用の鍵付き鞄を開け、持ってきた報告書や地図を手際よく設置していく。
 広げられた地図にはこの一週間で早くも様々な情報が書かれていた。流石は中佐だね。

「もうこんなにも集まったのかい? 凄いじゃないか」

「ありがとうございます、アカツキ中将閣下。しかし、これらの殆どは再確認したものに過ぎません。目新しいものは余りありません」

「十分だよ。効率良く最新の状況を確認出来る事に意味があるんだ」

「丁寧かつ分かりやすく書かれているわね。一つずつ説明してちょうだい」

「はっ、リイナ准将閣下。お二人と、それにエイジス特務官も報告書と共にご覧下さい」

 エイジスはリイナの肩に座ると、ルイベンハルク中佐は説明を始めた。

「まずは駐協商連大使館から得た情報からです。フィリーネ少将閣下の動向ですが殆ど変化はありません。ずっと私邸に篭もりきりで、一歩も外へは出ていないようです。御丁寧な事に、私邸警備隊長が軍へ一時間ごとの報告書を上げているようです」

「まるで囚人だね……。情報は軍から直接手に入れたのかい? よく出してくれたね」

「ラットン中将閣下経由ですので割とあっさりと」

「なるほどね。僕の名前は出した?」

「いえ、駐在武官名義です。本国がフィリーネ少将の身を案じているという大義名分で願い出たところ、心配をかけて済まないと逆に申し訳なそうにしていた。と、ラットン中将閣下の部下が仰っていたようです」

「あの人も気苦労が絶えないなあ……。今度、何か品物を送っておくかな……」

 ラットン中将閣下が悩まれる姿が目に浮かぶ。少し同情してしまった。

「ラットン中将閣下は少し胃を悪くしておられるようです。消化器官に優しいものが良いかもしれません」

「面倒な部下を抱える彼も大変ね。フィリーネ少将に近しい人物なのだから仕方ないけれど」

「リイナ准将閣下に同意です。フィリーネ少将の件絡みで、軍の中でも内部分裂が起きているようで、こちらの武官とあちらの軍人の定例会議では愚痴も多いとか」

「だいたい会話の内容は読めるわね。停戦になって本当によかった。そうじゃなければ様々な影響が出かねなかったとかでしょう?」

「はい、リイナ准将閣下。フィリーネ少将閣下の処分が具体的に固まってきた事でその件は沈静化しつつありますが、今度は反対派閥による逆襲が始まっています。どう手段に出ているかは報告書通りですが、協商連合軍も随分と纏まりを欠いてしまってますね。同盟国とはいえ他国の我々に色々と筒抜けです」

「まずったなあ。軍が荒れればせっかくの協商連合の情報機関も権力闘争に巻き込まれて機能が低下する。妖魔帝国に隙をつけ込まれちゃうよ」

 協商連合軍の軍人が言うように停戦になったからこそ良かったものの、もし戦争が続く中でこの状況下に突入していたら最悪だった。
 権力争いが発生すると、前世の歴史でも物語るように大抵政府や軍の機能は低下し、最悪の場合は機能不全を起こす。機能低下を起こすといくら協商連合であっても何らかの綻びが生じ、結果良からぬ事態になるんだ。
 例えば、未だに一つの足取りも掴めないけれどいるであろう妖魔帝国情報機関に機密を抜かれるとか……。
 正直なところ、僕は協商連合についてはあらゆる面で安心しきっていたんだ。僕達連合王と経済軍事共に肩を並べるくらいの大国で、情報収集能力も機密管理能力も高い国だから。
 けど、政争が始まり激化するにつれて評価を変えざるを得なくなった。戦争はことごとく僕に想定外を突きつけてくる。
 僕はため息をつくと、ルイベンハルク中佐は気を遣ってか新たな話を始めた。

「アカツキ中将閣下、リイナ准将閣下の御心配は最もでありますが、現在のところ最重要機密などの管理は問題ないと思われます。これはかねてより情報部が入手した内部状況でありますが、反対派閥も一枚岩ではなく、過激派と穏健派で分かれています」

「過激派と穏健派? 軍籍剥奪までしてしまえと、これくらいにしておこうみたいなものかしら?」

「はっ。はい。反対派閥はいずれもフィリーネ少将の改革によって不利益を被ったか利権を食われた者がいるのですが、穏健派の中には利益を得た人物もいるのです」

「じゃあなんで反対派閥なんかにいるんだい? 普通ならフィリーネ少将に賛成だと思うんだけど」

 僕は純粋な疑問をルイベンハルク中佐に投げかける。

「彼女の性格が災いしたのです。中将閣下を比較に出すのは申し訳ないのですが、中将閣下の場合は西方派閥にも利権をある程度渡したり、戦争でも配置の配慮をなされておりましたよね?」

「まあね。円滑な国家運営と歯車が狂ってはいけない戦争計画の支障にならないよう、調整は色んな人に委任してたから」

「だから、表面では誰も中将閣下を反対なさらないのです。儲かってメンツも立てられて、それらが全て国王陛下の為、国家の為であれば反対のしようがありません」

「旦那様はその点策士よね。人望を上手に使っているとも言うけれど」

「ですが、フィリーネ少将閣下は独力で行う事が多かった。人を信じないお人という性格が災いしたのでしょう。だから些かやり方が強硬的に映ってしまわれたのです。その強硬的なやり方は、人にどう映るでしょうか」

「理由はどうあれ、自身に権力を集中させ自分の都合の良いように国家や軍の運営がなされるように、か……」

「ここまでくると、運が悪かったとも言えてしまうわね……」

「御二方の仰る通りです。その結果が、多くの反対派閥を産んでしまったという事。フェイザー情報部長にせよ小官にせよ、これを半ば自業自得だと判断しています。残酷かもしれませんが」

「なるほどね……。そのフィリーネ少将は今、これか。カウンセリングを受けているんだって?」

 連合王国情報部は他国の英雄であっても冷徹な情報分析をする。いや、他国だからこそか。
 それは今はともかくとして――これ以上有用な情報は出ないだろうし――、僕は次の話題としてフィリーネ少将私邸の横に書かれている文章を指さして言う。
 そこには、フィリーネ少将私邸派遣のカウンセラーあり。週一回から二回程度と書いてあった。

「はっ。はい。フィリーネ少将は現在、ラットン中将が依頼したロンドリウム心理学協会公認の心理カウンセラーがカウンセリングにあたっています」

「軍人のカウンセリングを民間人のカウンセラーが? 機密などの問題があるのに……、あ、いや、そうか。連合王国でもそうだけど、心理学は発展途上の学問。軍医こそいても、精神科部門は全然人数が足りていないんだった。そしてフィリーネ少将の立場からすると、公に軍所属のカウンセラーは出せないというか、皆嫌がるか……」

 前世において心理学がようやく体系化したのは十九世紀末のこと。他の医学に比べて人の心に関する学問はこの頃になってやっと二十一世紀に繋がる様々な心理学体系が創成されている。
 この世界というと、魔法があるから魔法を用いた精神的治療法が確立されているので前世に比べれば歩みは早いもののやはり新しい学問には変わりない。
 精神変調に伴って狂いが生じる体内の魔法回路を調整しつつカウンセリングを施し回復させる魔法を用いた魔法心理学と、前世と同じ非魔法心理学の二形態がある――どちらも結局は人の心に関するものだから似たような帰着には至っている――けれど、フィリーネ少将が受けているのは前者の方だった。彼女は魔法能力者だから親和性が高いのは俄然こっちだよね。

「そうなると民間のカウンセラーしか無理ね。でも、民間で魔法心理カウンセラーなんてとんでもないカウセリング料を取られるわよ? 非魔法心理カウンセラーですら、庶民にはおいそれと出せるものではないのに」

「費用はラットン中将が私費で出しているようです。月一三〇〇ロンディだそうで」

「一三〇〇ロンディだって? 随分と大枚をはたいたね……」

「マイマスター。一ロンディは〇.九六ネシア。連合王国通貨換算で、一二四八ネシアです」

「僕達貴族か富裕層じゃないとポンとは出せない金額だね」

 つまり日本円に直したら約十二五〇〇〇円。この世界には国民皆保険などあるわけがなく、前世日本ならば心療内科や精神科の療法は保険対象が多いから安価で受けられるけれど、そんな制度は連合王国であっても存在しない。やっと労災保険に近しい形を制定するかどうかが話し合われているレベルだ。
 保険がないとなれば自ずと料金も跳ね上がる。その結果が月四回から八回のカウンセリングが庶民の平均月収の四割という法外に感じる値段になるんだ。
 それを出せるのは、ラットン中将が将官で富裕層であるからこそだろう。

「それで、庶民からしたら大金の治療費を受け取っている心理カウンセラーは誰なのかしら?」

「報告書の二十一ページをご覧下さい。フィリーネ少将閣下の担当はアッシュ・ラフェルディ。ロンドリウム心理学協会所属で公認のカウンセラーです。年齢は三十二。これまでにそれなりの数をこなしているそこそこに優秀なカウンセラーのようです」

「経歴はロンドリウム大学医学部に入れるほどに頭は良く、精神医学に行ったのが少し変わり者くらいか……」

「北部エディンバリなら学問の都市だから、恵まれている環境ではあるわね。普通のカウンセラーじゃない。ちょっと変わり者かもしれないけれど」

「情報部としては、特にF室長の小官としては彼の活躍に期待したいところです。未確立な上に未だに少し胡散臭い扱いの心理学とはいえ、この一年半の大戦を通じて傷病兵の精神治療に効果を出しています。決して眉唾物の学問ではないと思っておりますので、是非とも最悪の事態を防いでほしいと」

「そうだねえ。僕も傷痍軍人の精神治療について、心理学の効果は認めるものがあると思ってる。このアッシュっていうカウンセラーの腕がそれなりに保証されているなら、少なくともフィリーネ少将が程々の精神状態にまではしてほしいかな……」

「ねえ旦那様。前から気になっていたのだけれど、どうしてそんなにフィリーネ少将の事を気にかけているのかしら? Fの立ち上げをお父様に裁可を求めたのも、ここまで力を入れるのも。こう言ってしまうのは彼女に失礼かもしれないけれど、元が英雄であっても心の壊れた可能性が高い軍人なんて将官と言えども価値があるとは思えないわ」

 リイナは決して嫉妬ではなく、一軍人として冷静な分析をして僕に問いかける。
 フィリーネ少将の評判は国内のみならず国外においてもガタ落ちしている。ラットン中将が自費で彼女の治療費を出すことは他国の事だからどうでもいいけれど、F調査室は軍として国費が使われている。課レベルの人員と機材が投入され、協商連合の駐在武官にも協力要請をしているのだから少なくない予算を使用しているわけだ。
 じゃあ、その予算に相応しい成果が得られるかどうかと言われると、現状では短期的にはマイナスだろう。何せ他国の案件なのだから直接的に連合王国に利益があるわけじゃないのだから。
 でも、この件は長期的には多大なる損失を生まない為にあると言うことを僕はリイナに説明する。

「Fは利益にはならないよ。けど、彼女の動向を注視しておく事は大赤字を生じさせない事にあるんだ。いつも損得勘定をしてプラスになるよう動いている僕からすると、珍しいと思われるかもしれないけどね」

「推測。本案件を全て協商連合のみに委ねた場合、反対派閥の暴走を放置し、より危険な事態に繋がりかねないと思われます」

「協商連合の政府や軍に、暗に連合王国も見守っているよと示しているわけね。少なくともそれは反対派閥の過激な動きに対する抑止にもなって、彼女が閑職行きになるのは防げないにしても、軍人ではあれるようにするという事かしら」

「うん。有り体に言えば、なんの利益も生じさせない仕事なんて僕はあんまりしたくないんだけど、だからって放置して何れは連合王国にとっての赤字になるなんて事にもしたくないのさ」

「旦那様の理由には納得したわ。粗探しをするようなことを言って、ごめんなさいね」

「いいんだ。たぶん、皆が思ってる事だから」

「正直に申しますと、この任務はアカツキ中将閣下が命じられなければ誰もやる気にならないと思います。調査対象が何せ戦乙女閣下でありますし」

「いくら強くて格好よくて、有能な将官であってもああいう人の部下になるのは私も願い下げね」

 他国の軍人であるから余計なのか、中佐もリイナも厳しい評価をする。まあ、中立的に物事を見るならそうかもしれないけどさ……。

「うーん……。僕としてはこんなにも嫌われるのはちょっとどうかと思うけどね……。でも、それも民意か……」

「優しい旦那様は好きだけれど、優しすぎるのもダメよ? アナタは今、国防の一翼を担う中将なんだもの。アナタの発言力だって、並大抵のものじゃないのよ?」

「自覚はしてるよ。ただ、報道とか噂とか表面しか見ずに個人を過剰に叩くのが好きになれないだけさ」

「それには賛成ではあるけれど……」

「……ごめんリイナ。別に君を責めてるわけじゃないんだ。むしろ君の言うことが最もなんだから」

「いいのよ。旦那様が極力中立になろうとしているのは分かるもの。こちらこそごめんなさい」

「その、よろしいでしょうか……?」

「ああごめん、ルイベンハルク中佐。まだ話があるなら続けて」

「はっ。かしこまりました」

 Fに関する話をする前はあれだけ和気あいあいとしていたリイナと、結婚して初めてちょっとぎくしゃくしてしまった。
 下手したら喧嘩に発展しそうなものだけど、幸い僕とリイナはとても親密であるしこれは仕事の話だ。仕事を終えて帰宅した頃にはいつも通りの振る舞いにお互いは戻っていた。
 とはいえ、少なくともリイナの前ではフィリーネ少将についての発言には気をつけないといけないかもね。
 フィリーネ少将を気にかける理由が前世のあの人と日増しに重なっていくだなんて個人的なもの、リイナにすら打ち明かせないんだから。
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