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第2部 戦間期に歩むそれぞれの道 第14章 戦間期編1

第13話 亡命を受け入れる理由は決して情などではあらず

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 エイジスの予測演算結果を僕は簡潔に会議室にいる人達へ述べた。
 続けて詳細を話していく。
 エイジスが導いた予測はこうだ。

【亡命受入に関する予測演算結果】
 ・皇女及び護衛の近衛達が光龍族であるのならば、マスターの構想する空軍に大きな力となると考えられる。問題を解決する要因となり、協力さえ得られれば心強い『攻撃飛行隊』『偵察飛行隊』となるだろう。

 ・何故ならば光龍族は本物の龍であり、現況の召喚士攻撃飛行隊及び召喚士偵察飛行隊の能力を凌駕するからである。速度・耐久力・限界高度・魔石爆弾保有重量・個体攻撃力、いずれも比較するまでもなし。

 ・皇女は例外とし、生き残りの近衛達八名のみとしても『戦略爆撃特殊飛行隊』『戦略偵察特殊飛行隊』の組成が可能。妖魔帝国側も召喚士偵察飛行隊・召喚士攻撃飛行隊を組織化するであろう点を含めると、航空優勢確保は急務。

 ・その点において先の特殊飛行隊が実現すれば高高度戦略爆撃や高高度戦略偵察は実現可能となり、妖魔帝国を遥かに上回る空軍戦力を保有するに至る。

 ・ただし、亡命希望者へ以上を要請するにあたり見返りが必要となる。すなわち大戦再開において光龍皇国の解放に人類諸国軍も協同し作戦にあたること。また、解放までの亡命政権をアルネシア連合王国において樹立すること。

 ・本件は秘密裏に進めるべきであり然るべき時期の発表が必要。それまでは最高級機密にて亡命希望者を管理が必須。不要な外出は厳禁。対策無き場合は軟禁状態が最良。対策あるまでは以上をするべき。

 ・連合王国、協商連合のみで機密保有した場合の漏えい危険度は約八パルセントから一〇パルセント。人類諸国管理の場合、約十八パルセントから二十一パルセント。これは法国、共和国、連邦の機密保持力の不安から計算した数値である。

 ・機密漏えいの場合、妖魔帝国側の抗議だけでなく戦争再開の可能性は約三十二パルセントから四十六パルセント。大戦の再開は免れない可能性が強い。このように危険性は大きく高まる為、亡命希望者に関する些細な情報に至るまで最高機密管理と暗号通信が必須。

 ・戦力化が可能であればリスクよりメリットが上回る。ただし、亡命希望者が戦力化に反対した場合は無価値に等しく、速やかに妖魔帝国へ通報し亡命希望者を引き渡すべき。


「以上演算予測結果を鑑み、私としては亡命希望者受入を限定的賛成を唱えます」

「軍部大臣としてアカツキ中将の考えに賛成だ。軍管轄の役職が一つの身として、リスクを孕んでいたとしてもそれ以上の見返りがあるのならば亡命を受け入れる」

「外務省としてはこう隙間無く述べられては反対は出来んだろう……。よろしい、アカツキ中将の意見に限定的ながら賛成とする。ただし、亡命希望者達が戦力化を拒否した場合は速やかな処置を取る。それが限定的賛成の立場に転じる条件としよう」

「法務省としては万が一に備え条文の穴を改めて探りましょう。妖魔帝国側はよもや光龍皇国の皇女が生きているとは思わなかったのか、捕虜交換に関してはあの時限りになっているはずです」

「宮内としては特に口を挟むつもりは無い。この場にいる貴君方が決定された事項ならば、国王陛下も裁可を下さるであろう」

 僕の案に対して、軍部・法務・宮内大臣は了承、外務大臣も外務官僚達が困惑してはいるけれど限定的ながら賛成の立場に転じてくれた。理知的かつ建設的にようやく会議が進み始めているからかもしれない。あとはやっぱり、エイジスの予測演算結果というのもあるだろう。外務省は何度かエイジスを挟んで僕の案に助けられたとエディン外務大臣直々に礼を言われたこともあるし。
 ただ、条約を結びに行って大きく関わっていることもあるから、エディン外務大臣はこうも述べた。

「アカツキ中将、一つよろしいか?」

「はっ、エディン外務大臣。どうぞ」

「貴君の事だから折込済みだろうが、亡命を受入したとする。しかし、妖魔帝国の亡命者、すなわちダロノワ元大佐を始めとする者達と皇女との生じるであろう軋轢はどうする? ダロノワ元大佐は妖魔帝国皇帝に粛清され追われた身とはいえ妖魔帝国人だった。自国を滅ぼした民族がいるとなれば、何も起きないわけではないだろう」

「その点については私も既に想定しています。まだ夢物語にも等しく進展はほとんどありませんが、ダロノワ元大佐などが再戦後妖魔帝国本土西部を占領し反帝国政権を樹立する予定であります。ですが、いくら皇女が光龍皇国次代龍皇であろうとも口を挟ませるつもりはありませんし、もし事の次第によって共闘する事になっても文句は言わせません。率直に申しまして、私は亡命希望者を連合王国並びに人類諸国の戦力の一つ、人的資源の側面として捉えておりますので」

 僕の戦力の一つ、人的資源という単語に周りから若干のどよめきが起きる。
 この世界は前世のような、人は最早人ではない人的資源として捉える戦争を経験していない。国家が破綻する覚悟の戦争も経験していない。だから人的資源なんて言葉には馴染みがないだろうし、兵士を大事にしていると思われている――事実、極限まで質が高められつつある自国や同盟国の兵士は大事であるし失ってはいけないものとして捉えてはいる――からこのような反応が返ってきたんだろう。
 エディン外務大臣は意外そうな顔つきではありながら、至極冷静に返答する。

「ほう? 国を愛し、兵に対しても分け隔てなく接する心優しい貴君にしては随分と冷徹なのだな? 人的資源、だったか。よもや貴君から人を数字で捉える言が出るとは思わなかったが」

「エディン外務大臣。誤解がもしお有りでしたらここで訂正をさせて頂きますが、私は決して誰にでも分け隔てなく優しくするお人好しではありません。これが自国兵士や同盟国将兵であれば処遇から接し方も違ってきますが、今回の事例は存在するとは思わなかった素性のよく分からない一団です。しかも既に国を喪い、身一つで逃げてきた。となれば、彼女らが亡命受入、すなわち身体の安全を保障してもらうにあたり差し出せるのは戦力ではありませんか? 幸い、彼女らが本当に光龍族なのであれば私の計画の一つが大きく進展します」

「なるほどな。すなわち、貴君は亡命者達に利用価値があるから受け入れるだけで利用価値が無ければ慈悲もなく妖魔帝国へ差し出すと? 外務省としては大助かりであるし、理論も通っているが貴君のこれまでの思想とは随分違う気がする。至った経緯を説明してほしい。なに、どのような心境の変化があったか気になるだけだ」

「ええ。我々であればたかだか数人の亡命者など養うのに問題はないでしょう。しかし、その養う金銭はどこから出しますか? ただの軍人ならば大した金額もかからないでしょうし、この国における一般的な生活水準で十分でしょう。しかし、今回の亡命者は我が国で例えるのならば王太子殿下のようなお立場。相応の衣食住は必要になる上、機密確保の為のコストも生じます。さらには妖魔帝国に対して機密が漏えいしないよう情報管理に今以上に注意深くならざるを得ず、暗号通信もより高度化する必要に迫られるでしょう。それだけではありません」

「軍部大臣として補足させてもらう、エディン外務大臣。アカツキ中将の発言は筋道がよく通っている。今考えつくだけでも亡命者を連合王国内に匿うコストは決して安くはない。衣食住だけなら些細な程度だ。だが、既に完成され進化を遂げつつある情報管理部門等にも波及は及ぶし、もし漏えいがあった場合に備えての軍動員及び準備体制構築に手間も金もかかる。しかも、だ。これらを全て秘密裏にやらねばならんのだ。隠し事を無しにして申させてもらうが、全て必要の無かった想定外の支出になるわけだ。しかも、全て国民の税金から組み立てられた予算でやるわけだ。無駄飯喰らいの為に使ってましただなんて言えるものでもないだろう?」

 ドレスドル軍部大臣が並べ立てた話は、僕が言いたい事の全てだった。
 皇女とその護衛など数人の衣食住コストなんて、連合王国の財政規模からしたらほんの僅かでしかない。機密費から支出すれば事足りる。
 けれど直接コストより、機密漏えい防止にかかる人力と費用、そしてもしもに備えた軍そのものの費用、つまりは間接コストはそれらを遥かに上回る。
 本来は使う必要もない支出が生じるなんて無駄遣いも甚だしいんだ。連合王国は裕福な国家ではあるけれど、湯水のように使えるものでは無い。期限満期を迎えてから起こるであろう再戦に向けて膨大な予算を投じる計画があるのならば尚更だ。
 それに、成熟しつつある近代国家は一部を除いて国家予算からあらゆる方面に振り向けられる。これらが税金で賄われる以上、いつか亡命者達について発表した時に国民にも納得がいく説明は必要になる。いくら連合王国が王政国家とはいっても、浪費してました。は通用するとは思えないからね。

「オレからも述べさせて貰おうか」

「ついにマーチス侯も口を開いたか。是非聞かせて欲しい」

「実の所、エディン外務大臣は知らなかったかもしれないが、アカツキの思想についてはオレはよく知っている。時間を見つけては談義も重ねてきた。彼は昨年秋からの特別講義で彼の思想を広く浸透させたのはエディン外務大臣も知っているだろう? 戦争とはすなわち数と数のぶつかり合いだ。そこに質が加わりあらゆる要素が加わり勝敗を決する。故に、アカツキの考えは新しい戦争、ブカレシタで一端を垣間見た戦争の形式には非常に合理的なのだ。その点からして、亡命者の扱いも道理に叶っている。情報が足りない故にまだ判然とせん事も多いが、とはいえ相手が皇女であろうがなんであろうが利用価値が無ければアカツキは受入などせんだろう。まあ、赤の他人に冷酷なのは自国の民と大切な者を守る為に帰結するんだろう。エディン外務大臣に馴染みは無いかもしれんが」

「いいや、補足を感謝するドレスドル軍部大臣にマーチス元帥。こう言うたのは、本来外務省は基本的に亡命受入に反対の立場だったからだ。しかし、自国の利益を鑑みた上でというのならば納得だ。極秘で事にあたりいずれ起きるであろう再戦に備える為であれば外務省としては協力する。我々としても、妖魔帝国が満期以降何もしてこないなど夢にも思っていない。ただ、期間中だけは約束は守れねば道理が通らないと思っているだけだ」

「限定的賛成立場に感謝致します、エディン外務大臣」

「気にするな、アカツキ中将。普段の貴君からはこう優しいというか情に厚い側面があるからな。亡命者に対しても同様にするのかという思いは外務省関係者でも無いわけではない。それが今回違うと確認出来たから収穫だ」

 エディン外務大臣は表情を変えずに、しかし僕への見方に変化があったようでやや優しげに返答をした。
 そういえば軍内では僕の考えは浸透しているけれど外務省とはあまり関わりが無かったという事を思い出す。
 大戦時はほとんどが前線だったし休戦後もドタバタしている事が多かったから、捉え方に差があったのだろう。
 まあ何にしても、ちょっとした誤解が解けて良かったかもしれない。僕は大切な人は命をかけて守るしこの国は大好きだけれど、全員には優しくなんてなれないから。
 何故ならば僕は一個人ではなく、今や連合王国の中枢に関わっている公の人でもあるわけだから。

「各々方、議論は決まったようで何よりだ。私は今から国王陛下にお伝えする」

「よろしくお願いする、レオルディ宮内大臣。ただまだどうするかを決めただけだ。どのように亡命希望者を連合王国まで護送するか、連合王国内における生活拠点を提供するかまで話し合わねばならんからな」

「あいわかった、マーチス侯爵」

 レオルディ宮内大臣はひとまず結果を国王陛下に伝える為に会議室をあとにする。
 時刻は既に午後五時半を過ぎていた。けれどもここで終わるわけにはいかず互いに確認を経て会議は午後七時過ぎにようやく終わった。
 翌日以降も亡命希望者受入に向けて会議は進んでいく。
 そうして四の月九の日。連合王国発として最高級機密の暗号通信にて、エジピトリアに決定事項が伝えられたのだった。
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