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第20章 絶望の帝国冬季大攻勢編

第12話 愛する人の抱えた真相を知りたいと思うのは当然の感情

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 ・・12・・
 12の月17の日
 午前11時25分
 ムィトゥーラウ市北部郊外


 アカツキがムィトゥーラウに搬送されてから四日後の十七の日。統合軍将兵の幾多の血と死体の山によってようやく帝国軍の侵攻速度が当初の半分くらいにまで低下させた頃、リイナやエイジス達はようやくムィトゥーラウへ到着した。
 退却した三個軍約二五〇〇〇〇はその数を約二〇〇〇〇から二五〇〇〇ほど減らしながらも無事に統合軍の勢力圏内へ到達。消耗の激しい師団等は配置転換を兼ねた休息を与えられ、余裕があり反撃を誓う師団等はマーチスの命令により各地に再配置される事となった。
 帝国軍は東方面がムィトゥーラウから約一二五キーラ、北東方面がムィトゥーラウから約一一〇キーラ、北方面が一五〇キーラまで迫っていたが、いずれも四日前からの地点を考えれば速度は低下していた。
 これはリシュカが予想していたより統合軍の将兵が末端に至るまで頑強な抵抗を続けていた事が大きい。もし彼等が戦い続けなければ今頃ムィトゥーラウまで約一〇〇キーラどころか約八〇キーラまで迫られていたであろう。
 だがしかし、引き換えとして統合軍の死傷者は増え続けている。この四日間で統合軍の兵力は約九二五〇〇〇まで低下していた。オディッサに到着した一個軍を加えてもようやく約一〇〇〇〇〇〇に届く程度で、最大兵力には届かない。
 アルネセイラの混乱がようやく落ち着き始め、臨時首都機能も構築されたとはいえ市民への犠牲が大きすぎた。本国の状況と、次またどこに同じ事をされるか分からない以上は、帝国にいる遠征軍は後方予備のあるブカレシタの戦力以外――ブカレシタの戦力も帝国軍の強襲上陸を予測してそう割けないが――は手持ちで戦うほかなかった。
 とはいえ、である。統合軍は遂にドエニプラにいた三個軍が無事合流を果たした事で戦力が整い、これよりムィトゥーラウ周辺で迎撃する体制は作られつつあったのである。
 ところ変わって、代理指揮を執っていたリイナとエイジスはムィトゥーラウ市の北部郊外にいた。
 自動人形であるエイジスはともかく三個軍の指揮という重責を果たし切ったリイナの疲労は濃く、ムィトゥーラウに着いたことでやっと解放された。多少の空襲を受けながらもムィトゥーラウに来れたからだろう。安堵していた。
 今は蒸気自動車の後部座席に深くもたれかかっていた。隣にいつもいたはずの大切な人はいない。ムィトゥーラウの野戦病院にいるからである。
 リイナはアカツキの代わりに通常サイズのエイジスがいる席をちらりと横目に見ながら、視線を統合軍将兵が走り回るムィトゥーラウ市の街並みへと移す。

「………………」

「リイナ様」

「………………」

「リイナ様」

「……あぁ、ごめんなさいねエイジス。何だったかしら」

「ムィトゥーラウの司令部まであと二十分程度で到着致します。代理指揮の軍務、お疲れ様でした」

「ありがとう、エイジス。貴女がサポートしてくれたお陰だわ」

「とんでもないです。リイナ様はご立派に任を果たされておりましたから」

「そう、ね。けどね、エイジス。私は旦那様の凄さを改めて感じたわ……」

 リイナは疲労困憊と言った様子で弱々しく語る。
 僅か四日だったが、退却する軍隊の指揮という難易度が非常に高い軍務をアカツキに代わりを果たした点は賞賛に値する。だが、これまで彼の補助をしており彼が何をしていたかを知っていたとはいえ、実際にやってみるとでは大違いだった。
 分刻みで大量に入ってくる報告に対して的確な命令を出す。
 士気低下を防ぐ為に将兵に声を掛け続け励ます。
 日に何回も三個軍の現状を分析し行軍速度の決定。
 幕僚からの報告を受けての助言。
 そして時には自身も先頭に立ち空襲の迎撃。
 多岐に渡るそれらをこなすのを体力精神力共に消耗は激しかったのだ。もしエイジスのサポートが無ければ早晩パンクしていたに違いない。アカツキもエイジスのサポートを使って命令をしていたのだろうが、よくあんなに速やかにもたつくことなく判断が下せるものだと思った。尊敬の念は常に耐えなかったが、尚更それは深まったとリイナは感じていた。

「ねえ、エイジス」

「はい、リイナ様」

「私はね、旦那様の抱えていた物を知っていた気でいたわ。一緒にいるようになってからもうだいぶ長いから、全部知っているつもりでいたの。でも、私はきっと表面しか見ていなかったのね。今回のたった四日間で痛感したわ。旦那様は、こんなにも重たい責任を背負っていたんだって」

「リイナ様は特にご存知であると思いますが、マスターは常に戦場を見ていました。戦力を人的資源と見なし数字でお考えになられる方でしたが、一方で消耗を極力抑える為に兵士達にも配慮を欠かしておりませんでした。だからこそ、将から兵に至るまで絶大な信頼を寄せているのだと思います」

「ええ、旦那様の隣にいたからいつも感じていたわ。旦那様の周りにはいつも誰かがいたわ。でもね。旦那様は戦略や戦術、作戦の事は話すけれど自分の事はあまり話さなかった。特に、自身の悩みなんてね。平時なら色んな話をしたけれど、戦時の場合だと、ほとんど……」

「肯定。マスターは常に人の心を気遣っておりましたね……。逆に自身の悩みはあまり話された事がありませんでした。あの時も……」

 エイジスは少し悲しそうな表情で顔を落とす。
 あの時、というのはリシュカがフィリーネだった頃。アカツキがクリスから受け取った手紙を読んで少し経った時の事だ。
 アカツキはあの時、誰にも話すなとエイジスに命令したが、エイジスは今回の件があって話さざるを得なかった。
 エイジスは薄々勘づいていたのだ。あの時点でアカツキは何かを隠しているのだと。
 それはリシュカと相対した時の様子があの時に酷似していた事で確信に変わった。
 フィリーネとリシュカという人物には何らかの繋がりがあり、アカツキが隠している何かに関係していると。
 自動人形たる自分が主の命令に反するのは原則から違反するが、それよりも主の回復が優先。ともなれば、愛する人であるリイナに隠すのは適策ではないと判断した。
 だからエイジスは、ロンドリウムにいた時の事をリイナに話したのである。

「あの時、ね……。貴女が旦那様の隠し事を見つけた時だったわね」

「今まで話せず申し訳ありませんでした……。改めて謝罪致します……」

「いいの。旦那様が言うなって命令したのだから、貴女は責任を感じる必要は無いわ」

「ですが……、もしマスターの命令に反してでもリイナ様に話していれば、今と結果が変わったかもしれません。自動人形たるワタクシがイフで物事を語るのもおかしな話ではありますが……」

「いいえ、旦那様が錯乱した後に打ち明けてくれて助かったわ。もし話してくれなかったら、今もどうして旦那様がああなってしまったのかの糸口も掴めていなかったのだもの」

 リイナは悲しげに笑う。
 アカツキが何かを隠していることが悲しいのではない。見抜けなかった自分に一種の責任を感じていたからだ。

「旦那様がもし起きたら、話を聞かないといけないわね。一体旦那様が何を隠していて、何を秘めていたのか」

「畏れながら、リイナ様は怖くないのですか? マスターの事ですから、女性関係では無いでしょうけど。いえ、女性関係の一種ではありますが」

「あの女に関係してそうな事でしょう? 貴女曰く、フィリーネ少将とリシュカ・フィブラには接点がある。でしたっけ」

「肯定」

「帝国軍のあの女には腸が煮えくり返る気分だわ。けれど、旦那様があの女と深く関係してそうだからって責めるつもりは無いの。ただ、何を隠していたかを聞きたいだけ」

「そう、ですか……」

「だって、旦那様は多くを抱え込みすぎだもの。あの人は小さい身体で何でも抱える。それだから今回みたいに限界を迎えてしまう。そんなのは、余りにも辛すぎるじゃない。――私は、彼を愛する人だから、共有したいの。一人で抱えるより二人の方がずっといいでしょう? 違うわね。貴女も含めれば三人かしら」

 リイナはそれ以上は何も語らなかった。
 もうすぐ司令部に到着するというのもあったし、今はまだ指揮官代理であるから。
 数分後、司令部に到着した彼女達はマーチスに迎えられた。久方ぶりの親子の再会だったからか、マーチスは硬く握手を交わしてからリイナを抱き締めた。
 生きていて、良かったと。
 しかし、感傷に浸る余裕は無い。感動の再会も早々にリイナは報告を行うとマーチスも総指揮官としての顔つきになり任務ご苦労だったと返す。
 今後については少なくとも今日は保留となった。
 リイナは汚れた軍服と暫く風呂にも入れなかった事もあり、まずは司令部施設のシャワーを使って身を綺麗にした。軍服も、糊のきいた新品にした。
 軽い昼食を採った彼女の行先は決まっていた。無論マーチスも止めはしなかった。
 リイナとエイジスは、すぐにアカツキのいる野戦病院へと向かっていった。
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