異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第22章 死守せよ、ムィトゥーラウ―オチャルフ絶対防衛線編

第1話 とある中隊長と中隊部隊員達の奮戦

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 ・・1・・
 一の月六の日の昼過ぎ。
 補給の目処がついた妖魔帝国軍は、ついに再侵攻を開始した。
 戦線全体では人類諸国統合軍側が、妖魔諸種族連合共和国軍を含めて約一一〇万。妖魔帝国軍側が約一四〇万であるが、主戦線となるムィトゥーラウ周辺部(ポルトブを副戦線とする戦域)での両陣営の展開数は以下のようになっていた。

【ムィトゥーラウ周辺部戦線両陣営展開数】
 ◎人類諸国統合軍
 ・ポルトブ方面北部戦線:二個軍(約一六〇〇〇〇)
 ・ムィトゥーラウ方面戦線:六個軍(約四五〇〇〇〇)
 ※ムィトゥーラウ方面は北・中央・南の三ブロックに分かれており、各二個軍団を配置。
 ・最終防衛線・オチャルフ方面:二個軍(約一六〇〇〇〇)
 ※オチャルフ方面は実質的には後方予備で工兵も多数含む。

 ◎妖魔帝国軍
 ・ポルトブ方面担当戦線:二個軍(約一六〇〇〇〇)
 ・ムィトゥーラウ攻略担当戦線:七個軍(約五五〇〇〇〇)
 ※中央方面に重点を置き、北・南のブロックは中央のサポート中心。
 ・本線戦投入可能後方予備軍:四個軍(約三二〇〇〇〇)


 本線戦で特徴的なのが、両陣営における予備兵力の差である。
 人類諸国統合軍側は予備兵力が実質的な絶対防衛線に位置づけたオチャルフに二個軍以外に目立った後方予備はなく、法国及び連邦軍約一三〇〇〇〇も到着予定は二の月初旬。つまり、約一ヶ月後までは手持ちの戦力のみで戦わねばならなかった。占領地域北部もこれ以上は戦力を割ける状態にはないからだ。
 対して、妖魔帝国軍はポルトブ及びムィトゥーラウ戦線に展開している軍勢は人類諸国統合軍側を上回る約七〇〇〇〇〇。これだけでも既に人類諸国統合軍を約一〇〇〇〇〇上回っている。
 それだけではない。先述の通り妖魔帝国軍は人類諸国統合軍と比して多くの後方予備兵力を有している。その数、四個軍。人類諸国統合軍の約二倍だ。人類諸国統合軍のそれは防衛施設構築の工兵もふくまれていることから実際にはさらに差が広がっていると言ってもいい。
 だが、この不利な状況下でも決して人類諸国統合軍は諦めるつもりもなければ、負けるつもりも毛頭無かった。
 血と硝煙が支配し、生命の価値が著しく低くなる近代戦の最中。
 人類諸国統合軍の兵士達は勝利を信じて砲弾と魔法と銃弾が飛び交う戦場で懸命に戦っていた。


 ・・Φ・・
 1の月7の日
 午後1時35分
 ムィトゥーラウまで約96キーラ地点
 ムィトゥーラウ東部方面戦線

 妖魔帝国軍が侵攻を再開した翌日の七の日。この日も前日に続いて猛烈な砲撃と法撃と銃弾がこの地を支配していた。空には妖魔帝国軍の光龍と召喚士攻撃飛行隊、人類諸国統合軍の戦闘機とココノエ達光龍。こちらも召喚士攻撃飛行隊が飛び交っていた。
 その中で、ムィトゥーラウまで約九六キーラ地点に位置するムィトゥーラウ方面中央部戦線では、能力者化師団のある中隊を任されているオイゼン大尉は自身の中隊を率いて敵の猛攻を受けつつも果敢に戦っていた。

「中隊長!! これ以上は本ブロックで継戦するのは困難です!! 下がりましょう!!」

「分かった! 一ブロック下げる! 各小隊へ一ブロック後退を伝えろ!」

「了解!!」

 オイゼン大尉は手慣れた様子で次々と部下達に指示をしていく。彼と部下達の大半は大戦開始より早い内から戦場を経験している猛者達である。
 人類諸国統合軍の中でも、とりわけ連合王国――法国もここに含まれるが――が数的劣勢にも関わらずほぼ互角で戦えているのはひとえに高練度を誇る軍人達がいるからこそであるのだ。
 とはいえ、ものには限度があるのもまた事実。いくら意図した後退とはいえ苦しいのに変わりはない。

「モーゼフ少尉、コイツは厳しいぞ……」

「まったくですわ。殺っても殺ってもキリがないたぁ、まさにこの事でさあ」

「連中、兵力に勝るのをいい事に損失を気にせず突撃を繰り返してくる。並の軍ならとっくに崩壊している」

「俺らですらそろそろ厳しいですからな。だからこそ、司令部があっさり後退を許してくれるのは助かりまさぁ」

「最上級の統合軍司令部からのお達しだそうだ。無理して粘るなとな」

 オイゼン大尉は師団司令部での作戦会議時に上官が話していたことをモーゼフ少尉に言う。
 彼は今回の作戦について命じられたのは比較的単純なものだった。
 これより二週間から三週間程度、少しずつ後退しろ。なお多少下がりすぎても構わない。今後の為に兵力を温存するように。
 というもの。一介の大尉に過ぎない彼は作戦に疑問を感じることは無かったし、後退が許されない死守作戦よりずっとマシだと感じていた。

「死ぬのが決まってなけりゃ、戦えまさあ。とはいえ、前方のこいつぁもっと厳しいですぜ」

「チッ。ソズダーニアが三体か。こっちのゴーレムは、いや、無理だな。さっき一ブロック南で手一杯だったか」

「仕方ない。モーゼフ少尉、小隊を率いて統制魔法銃射撃だ。足元を狙え。続けて比較的手の空いてる第三小隊に一斉法撃させる。それらが終わったらすぐ下がれ。支援は要請しておく」

「了解! 任せてくだせぇ!」

「頼んだぞ」

 モーゼフ少尉は手早く部下達に命令を下すと、数百メーラ先に迫るソズダーニアと帝国軍兵士部隊の方角へ向かう。

(侵攻阻止とソズダーニアの排除が終わったらこれ以上は危険だな……。支援要請とは言ったが、砲撃部隊に余裕があるかどうかだが……)

 先程からの通信の様子を覚えているオイゼン大尉は支援要請を受け入れられるか自信が無かった。
 何せ彼がいるブロックだけに限れば敵兵力は友軍兵力の二倍近くいるのだ。あちこちから砲撃、ロケットの支援攻撃要請が飛んでおり、それに対して極力応えるかの如くひっきりなしに砲撃の爆発音とロケットの射出音が聞こえてくる。
 ある程度は自身の部隊にあるガトリング砲や機関銃で補うか。
 そう考えながらも物は試しとオイゼン大尉は近くにいた通信要員に、

「近場の砲兵隊やロケット砲部隊に座標を送って支援要請を送れ」

「了解しました。すぐ送ります」

 通信要員はすぐに支援要請を送信する。
 返信はオイゼン大尉が思ったよりも早かった。

「返信ありました。『現在貴部隊の一ブロック北にも支援要請が入ったが、先程後方より追加部隊が到着。一分半から三分後には支援可能』とのこと」

「三分までなら妥協出来る。支援不可と言われるかもしれないと思っていたが、こうも手配が早いとはな」

「ずっとやり取りを見ていたから分かったのですが、最激戦ブロックのここは師団も躊躇せずに砲弾薬を注ぎ込んでいるようです。何でも、最上級司令部からのお達しで、兵士の消耗は抑えるが、武器弾薬は惜しむな、と」

「有難い。であるのならば、全力でやるしかないな」

 オイゼン大尉は前方の帝国軍兵士達がいる方を睨む。
 三分だけ持たせればいいという任務は、先の撤退戦に比べれば何と簡単なことだろうか。彼は妻からのプレゼントである懐中時計で時間を確認すると、手近にいた分隊を呼んだ。

「モーゼフ達を後方援護する。よく狙い、敵の攻撃を妨害しろ。遅くとも三分後には砲撃支援がある」

『了解!』

 分隊の威勢のいい返答に頷くと、彼も詠唱を始めた。能力者化師団で中隊長を任されるくらいには彼は優れた魔法能力者だ。
 SクラスやAプラスクラス等のそうそうたる面々程ではないが、特に火属性魔法に自信はある。
 彼は詠唱を終えると、

「――穿て!! 『炎槍爆えんそうばく』!!」

「分隊、斉射!」

 ソズダーニアと取り巻きの兵士を主目標に戦っていたモーゼフ少尉達を横から攻撃しようとしていた帝国軍部隊へ、オイゼン大尉の火属性中級魔法と分隊の火属性魔法銃攻撃が降り注ぐ。
 帝国軍部隊は魔法障壁を展開していたものの、オイゼン大尉の優れた法撃に加えて分隊の魔法銃射撃もあり障壁は破壊される。防ぎきれなかった攻撃の内、オイゼン大尉の放った炎槍の幾つかが着弾、爆発するか帝国軍兵士を貫く。
 だが、悲鳴と断末魔が日常のここでは誰も気には留めないし、オイゼン大尉達の関心は別へと移っている。

「次! 目標十時方向!」

「了解! 目標十時方向へ変更!」

 さらなる目標は際限なく迫る帝国軍兵士の中でも正面やや左にいた小隊規模。ソズダーニアがいるやや後方にある帝国軍側の塹壕から出てきた部隊だった。
 オイゼン大尉達は早速攻撃に移ろうとするも、状況が突如変わってしまう。

「正面のソズダーニアに加えて後方からさらにソズダーニア! 数は二!」

「クソッタレ! いくらなんでも我々と周辺だけで五体は多すぎる! 支援砲撃まで何秒だ!」

「あと一一〇!」

 オイゼン大尉は傍らにいる中隊本部兵士の報告に悪態をつく。
 たった二分弱。されど二分弱だ。現状自分ともう一中隊でソズダーニアや帝国軍兵士を相手にしているが、数的劣位で追加のソズダーニアは痛い。左右のブロックも自らの持ち場で精一杯な以上支援は難しいと判断せざるを得ない。
 僅かな時間ではあるが、中隊本部総出で近接戦闘を行うくらいの覚悟はすべきだ。と、オイゼン大尉は判断する。中隊本部自体も撤退戦等で何度かそれを経験してきたからこそ出来る判断でもあった。
 この一ヶ月、不利な展開には慣れている。と、心中を切り替えようとした時、通信が入った。

「オイゼン大尉! 入電です! 『よく持ちこたえてくれた。アカツキ閣下の矛であり盾であり杖である我等、援軍として参戦す』です! アレン大佐殿の部隊です!!」

「よし!! よしやったぞ!! 形勢逆転だ!!」

 オイゼン大尉は援軍の報に歓喜する。
 やってきたのはただの部隊ではない。精鋭中の精鋭、アレン大佐達の大隊だからである。

「総員、吶喊」

 数秒後、夢とも思える光景がそこにあった。後方から高速度で帝国軍部隊へ突撃するアレン大佐達が現れた。
 声の主はアレン大佐。百戦錬磨の彼等が大隊は瞳だけで射殺せそうな雰囲気を発露させながら横切っていく。

「中隊統制射撃、後、各位目標自由に攻撃だ。平らげるメニューは幾らでもある」

 アレン大佐達の参戦で一時的ながらもオイゼン大尉達がいたブロックの数的劣勢は質の面でも覆る。
 援軍を要請したのはオイゼン大尉が所属する師団の師団長であり、受諾したのはアレン大佐である。アレン大佐はアカツキから可能な限り前線の支援をするよう命令を受けていていたのだ。

「総員、アレン大佐殿の後方支援攻撃を始めろ!! 支援砲撃があるまで全力支援だ!!」

「了解!!」

 後方にいる砲兵隊とロケット部隊の支援まであと一分。オイゼン大尉はアレン大佐やモーゼフ少尉達の支援攻撃に徹する。
 そして一分後。モーゼフ少尉は勿論のこと、事前に砲撃を知っているアレン大佐達は砲撃想定部分から下がり、瞬間オイゼン大尉達にとっては福音の、帝国軍兵士達にとっては終末となる音が一面に響いた。
 投射される重火力は帝国軍兵士達を肉塊へと変え、ソズダーニアでさえも屠った。

「敵部隊の損害甚大! やりました!」

 オイゼン大尉は胸を撫で下ろす。少なくとも自部隊の損害は想定より大幅に低く済んだからだ。
 直後、通信要員に連絡が入る。アレン大佐の部隊にいる通信要員からだ。

「アレン大佐から連絡あり。『オイゼン大尉と麾下部隊へ。長時間前線を支えてくれ感謝する。本ブロックからの後退まで我々が担当するので、貴官等は下がるように。休息、補給を行うよう』です!」

「助かる……! 聞いたか、本ブロックはアレン大佐殿の部隊が一時的に担当してくださる! 我々は予定通り下がるぞ!」

 こうしてオイゼン大尉の中隊は、死者四名と負傷者八名を出したものの無事に任務を遂行。当初の通り、一ブロック後方へ向かったのだった。
 だがしかし、全体を通じてみればまだ激戦は始まったばかりである。
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