魔王

覧都

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第百四十五話 朝日の中に

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「おーい、あんた、そんなところに女一人じゃあ、飢えた兵士に酷い目に遭わされるぜ」

私は、この数日眠りが浅い。
もうじき魔王軍が攻めて来るので、精神が緊張しているのでしょうか。
今朝も眠れないので、領都の防壁で朝日を見ようとのぼってきました。
まだ太陽は出ていませんが、地平線が薄ら赤く光り、高さ十五メートルの防壁から見る景色はとても美しい。

「あっ、領主様」

「あ領主様じゃねえぜ、女聖騎士さんに来てもらっているんだ。ちゃんと護衛をしてもらいな」

「はい、ありがとうございます」

超悪人顔の領主様だけど、顔に似合わず優しい。
私の事を本気で心配しているようです。

「はーーっ、あんた滅茶苦茶綺麗だな。うちの領内にあんたみたいなべっぴんさんがいたとは、驚いたぜ」

まさか、領主さんは私に気が付いていないのでしょうか。
すごい勢いで見てくる。
今の私は、テラさんが用意してくれた服を着ている。
このあたりの人がよく着ている、広い袖で長いスカートの衣装です。

「あっ!!」

一瞬すごい風が吹きました。
下から吹いてきた風に、髪がサーッと持ち上げられ大きく揺れます。
そしてスカートを上に持ち上げました。
嫌な風です、一生懸命スカートを押さえていますがなかなかやみません。

「う、うつくしい……」

この人本気で言っているのでしょうか。
ふと気づくと、地平線から、太陽が頭を出しています。
空と大地がキラキラと赤く光り、とても美しい。
きっとこの景色の事を言っているのですね。

「本当に美しいですね」

まだやまない風に、スカートを必死で押さえながら、地平線を見てつぶやきました。

「はーはっはっはっ、俺は景色じゃ無くて、あんたに言ったんだがな」

「なーーーっ」

私は初めて男の人にこんなことを言われた。
顔がほてって、真っ赤になります。

「うおっ、あんた、かわいいなー。名前を教えてくれないか」

私が赤くなるのを見て、可愛いなんていっている。
これも初めて言われた。
私はいつも目をつり上げて人をにらみ付けている。
付いたあだ名が氷のライファだ。

「あの、領主様、本気で言っているのですか。私はライファです」

「なっ、なにーー!! うおっ本当だ」

凄い勢いで驚いて、数歩後ろによろけた。
でも、視線だけは動かさず私をじっと見つめている。

「くすくす」

あんまりにも驚いているので、思わず可笑しくなってしまった。

「ふふふ、ライファちゃんは、甲冑をつけている時は髪をまとめている為かすごい吊り目だから、わからなかったぜ。普段着姿のライファちゃんはそこまで吊り目じゃないのかー。まあ、吊り目の方が俺は好みだがな」

「……」

私は聞こえないふりをして、少しずつ大きくなる太陽の方に視線を移した。
平地とはいえ起伏や林があり、そこから濃い影が長く伸び、薄暗い空にはオレンジ色が差し込み、とても幻想的です。

「聖騎士っていうのは神職だから、好きな男は作らないのか」

「うふふ、聖女様が誰かと結婚したいと言っていました。聖女様が結婚するのなら、私もいいのかなーなんて。――私にはあこがれの人がいるのですよ」

「だっ、誰なんだ。そんな幸せ者は」

なんだかすごい勢いで聞いて来ます。
ビックリしました。

「まだ、話したことも無いですが、聖女イルナ様のお父様が私の思い人です」

「子持ちのおっさんかよ。しかも話したことも無いって、乙女かよ」

領主様が、呆れたような顔をしています。

「あれは何ですか!!」

私は朝日の中心を指さした。
朝日の中に砂埃が上がっています。

「ふむ、東からの兵団だな。王都のからの援軍か? 嫌な予感しかしねえ」

こんな時間に行軍しているということは、休み無く一晩中歩いていたのでしょうか。全く兵士のことを考えていませんね。
領主様の顔が急に曇った。
恐い顔が悲鳴を上げたいほどの恐い顔になった。
今の私は、この顔が意外と恐く感じ無いようになっている。
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