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第百六十九話 夫人の初恋

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 翌朝暗い内から準備を始め、食事を済ませた。
 伊勢街道が見える宿を取ったので、藤堂軍は目の前を通過するはずだ。
 あたりが、明るくなるとすぐに藤堂軍は移動を開始した。
 総勢は千五百人、鉄砲を装備した兵が二百人ほど、あとは粗末な武器とも言えないようなものを装備している。

 鉄砲隊も、どの位銃弾が残っているのか分からない。
 軍が通過すると、輜重隊が通過した。

「貴様らー、ついてくるなー。ついてくると命の保証は出来ないぞーー」

 最後尾の兵士が、わめきちらしている。
 どうやら、俺と同じで野次馬組がついて来ているようだ。
 それを追い返そうとしているのだが、言う事を聞かないようだ。

「帰れーー!! 帰れーー!! くそーー!! 勝手にしろー! 俺達は知らんからな!」

 どうやら、追い払う事をあきらめたようだ。

「じゃあ、皆さん俺達も行きましょうか」

 すでに準備万端の四人と表に出て、藤堂軍の跡を追いかけた。
 ありがたいことに、野次馬が数百人いるのでその中に紛れることが出来た。
 野次馬達は、どうやら簡単な武器を所持していて、万が一の時には藤堂軍に参加して戦う気があるようだ。

 昨日何かの理由で参加を断られたのだろうか。
 決死の覚悟をした良い顔をしている。
 俗に言う義勇軍というやつだ。
 むしろこういう人の方が、命を捨てて戦うので強かったりするのではないか。
 そんなことを考えた。

 うちの義勇軍四人は、少し緊張した顔をしている。
 まわりの決死の覚悟が伝わっているようだ。

「止まれーーー!!!!」

 日が高くなると、全軍が止まった。
 松阪城までの、中間ぐらいだ。
 休憩でもするのだろうか。

「スケさん、カクさん、二人をお願いします。俺はそこの建物から様子を見て来ます」

 伊勢街道沿いの、少し背の高い建物の上から、様子を見ようと俺は急いだ。
 建物をのぼると、とても見晴らしが良かった。
 伊勢街道は田んぼを横切り、街道沿いにはいくつか会社の建物が点在するだけだった。

 藤堂軍の先を見ると、驚いた事に賊軍が松阪城を出てここまで来ていたのだ。その数は五百を少し越えたぐらいか。全員ボロボロの服を着て顔も垢で真っ黒だ。
 だが、目だけは妙にギラギラしている。
 両軍は、一キロ程距離を開け対峙していた。

「スケさん、カクさん、どうやらここで始まるらしい」

「えっ」

「ふふふ、敵さんすでにここまで出て来ている。どうやら、津まで落とす気でいたらしい」

「全軍整列!!」

 小一時間ほど対峙していたが、号令がかかった。
 どうやら、お互い行軍で息が上がっていたらしく、牽制しながら呼吸を整えていたようだ。



「どうやら、始まる見てーだ。俺はもう少し前で様子を見たい。そうだなあ、あの二階建ての民家の屋根がいいかな。あそこに行く、スケさんカクさんついて来てくれ」

 そう言うと、シュウ様は私と、娘の楓音を両脇に抱えて走り出しました。
 私は体重を言うのは恥ずかしいですが、五十キロ程あります。
 娘も同じ位のはずです。
 シュウ様はとてもすごいです。
 私達二人を両脇に抱えて走っているのに、スケさんとカクさんを引き離します。

 私の知る限りでは、スケさんもカクさんも家中では、五本の指に入るほどの実力者です。
 普通に走っても、二人より速く走れる人など、そうはいないはずです。
 それを、私達親子を抱えながら、ぐんぐん引き離すなんて。

「苦しくねーかい」

 しかも、私達を気遣う余裕まで。
 なんと言う事でしょう、娘が頬を赤らめ、目がうるうるしています。
 まるで恋する乙女です。まさかの初恋でしょうか。
 楓音、良く見てください。この顔を、豚ですよ。豚!
 とても、恋をしていい顔ではありません。

「ひ、ひいいえ、大丈夫です」

 あーー駄目です。
 私まで声がうわずっています。
 顔と体型が違えば、滅茶苦茶かっこいいです。

「さあ、ついたぜ。楽にしてくれ」

 も、もう、ついてしまいました。
 スケさんとカクさんは、ごま粒くらいの大きさになっています。
 な、何てすごい人なのでしょう。
 私は、シュウ様の顔を見てしまいました。
 あーー、豚です。

 でも、初めて見た時より気持ち悪さを感じません。
 いいえ、最早かっこいいです。
 とあるアニメで豚がもてていたのですが、あんなのある訳がないと思っていましたが、今は分かる気がしてきました。

「ちょっと、あの二人おせーから、つれてくるわ」

 そう言うとシュウ様は、二階から飛び降り走り出しました。
 そして、スケさんとカクさんを肩に担ぐと、一気にここまで運んで来ました。

「大丈夫か?」

 二人をおろして、気遣います。
 すげーかっこいい。
 もはやかっこいいです。

「ひ、ひいいいえ」

 スケさんもカクさんも、声がうわずっています。
 頬が赤くなり、目がウルウルしています。
 まさかこの二人も、初恋ですか。
 なんだか、私まで顔が熱くなってきます。

「お母様、顔が赤いですよ」

「はわわわ、そそそ、そんなことはありませんよ。少し熱があるのかもしれません」

「そりゃあ、いけねえ。これでも着てくれ」

 シュウ様は、灰色のパーカーを脱いで、私にかけてくださいました。
 駄目です、私は落ちてしまいました。
 豚顔のデブは絶対ありえませんが、シュウ様は別扱いです。
 子供は三人いますが、夫とは離婚しています。
 それに、もともと夫は好きでも何でもありませんでした。

 ま、まさかこれが私の初恋なのでしょうか。
 恥ずかしすぎて、誰にも言えません。

「良い匂い」

 私は、自分でも気付かないうちにパーカーの匂いを嗅いでいました。
 娘とスケさんとカクさんが、すごく驚いた顔をして私を見ています。

「な、なんだ、あいつ。くそー! また、ばけもんだ! 次から次へとバケもんがわいてきやあがる。いい加減にしやあがれ!!」

 シュウ様の一言で全員が、現実に引き戻されました。
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