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第百八十三話 互角

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 結局、戦場へは翌朝移動を開始した。
 どれほどの激戦かと心配していたが、各橋での戦いはすでに決着していて、残すは近江大橋だけだった。
 だが近江大橋は、敵の移動用に手をつけないという、犬飼隊長の判断で放置されている。

 全部ふさぐと、京都からの撤退が出来なくなる。窮鼠猫を噛むのことわざ通り追い詰め過ぎないように、退路を残すことにしたようだ。

「十二番隊には、各橋の防御を頼む。十一番隊は膳所城を攻めてみようと思う」

「我らも、参加致しますが」

 カクさんが隊長に申し出た。

「いや、あまり抵抗が厳しいようなら、無理に落とすこともない。精鋭で行きたいので、申し出はありがたいがお断りする」

 精鋭で行くという言葉に、爺さんがほっとした顔をした。

「金城班長、あんたの部隊もそろそろ、精鋭の仲間入りだろう。参加してもらおう」

「なーーっ!!」

 俺は、こんな表情をする人間を初めて直に見た。
 まるで、豪華なウエディングケーキを、目の前で倒された新郎の表情に似ている。
 その表情を見た、カクさんも響子さんもカノンちゃんも、顔を伏せて肩をふるわせている。

「行くぞ! 支度しろ!」

「は、はいーーっ!!」

 俺達は、昨日バイパスを守った部隊に戻り、すぐに出発となった。
 部隊は湖岸道路を北上した。
 右手に巨大な湖、琵琶湖がある。
 おそらく、部隊の人間に景色を楽しむ事が出来る者などいないだろう。

「さすがだ。すでに守備の固めが終っている」

 膳所城が見えたところで声が出てしまった。
 すでに膳所城には千人以上の人影が有り、道路にも木の柵が作られ、橋の交差点にも人の配置が終っている。総勢は三千弱というところか。優秀な軍師でもいるのだろうか。
 恐らく、羽柴軍は他の橋の守りは捨てて兵をここに集中していたのだろう。
 新政府軍十一番隊は精鋭五百人ほどだ。

「止まれーー!!」

 犬飼隊長の号令で部隊は、敵の様子が大体わかった所で止まった。
 すぐに引き返すのかと思ったら、そのまま動かない。

「あんちゃん、何で動かないのじゃ。これはわしが見ても、勝ち目はない引き返すべきじゃろう」

「ふふふ、もうじき玉砕覚悟の突撃でもするのでしょうか」

「なっ、なんじゃと!!」

 爺さんのどんぐり眼がまた見開かれた。

「いえ、そんな訳はありませんねえ。もし突撃するなら、大和人の足軽を前面において、全軍で突撃をするはずです。何かを待っているのでしょうか」

「あんちゃん、驚かすなよう」

 爺さんが、安心したようだ。
 爺さんの横にブルとチンがいて、二人とも俺達の会話を必死に聞いている。

 しばらく、静寂が続いたのち、羽柴軍から歓声があがった。

「わああああーーーーー!!!!!」

 道をふさいだ兵士達が左右に別れ、道が出来た。
 それはまるで花道のようだ。
 その花道の中央を一人の美丈夫が歩いてくる。

「わが名は、羽柴軍近江守備隊前田である」

 あれは越中で見た前田だ。
 戦場の花形、一騎打ちが始まろうとしているようだ。

「わが名は、新政府軍十一番隊隊長犬飼である。いざ尋常に勝負願いたい」

「いくぞーーー!!!」

 前田が叫ぶと走り出した。
 前田の手には、長い太い鉄の棒が握られている。
 犬飼隊長の手には、西洋式の鉄製の長剣が握られている。
 恐らくハルラからもらった、異世界の剣だろう。

 こうしてみると、戦場での一騎打ちとは、なんとわくわくするものだろうか。
 戦場での命をかけた戦いだ。
 まわりの兵士達はまるで観客だ。
 誰も、邪魔をしようという者はいない。

「おりゃああああーーーーーーー!!!!!」

 両者の雄叫びが上がる。
 ガキン、ガキンという打ち合いの音が響く。

 すげーな、前田はあんなにつえーのか。
 ハルラの強化人間と互角に戦っているじゃねえか。
 柴田はあれよりつえーのか。
 こうして、新政府軍の足軽として見ていると、新鮮に見ることが出来た。

 あれほど憎んでいたハルラだが、こうして新政府軍にいると、犬飼隊長を応援してしまう自分がいる。

「うおおおおおーーーーー隊長ーー!!!!」
「うわあああああああーーー、前田様ーーー!!!!」

 両軍から声援が上がる。
 戦いに決着はつきそうになかった。
 十分以上の打ち合いが続いた。

「おりゃあああーーーーー」

 前田が上から武器を振り下ろし、それを犬飼隊長が下から打ち上げた。

 ギイィィィィーーン

 お互いの渾身の一撃だろう。
 ぶつかった武器から、オレンジの火花が散った。
 そして、二人はよろけた。
 よろけた足を踏ん張り、お互いが間合いを取るため後ろに飛んだ。

 二人が同時に後ろに飛んだため、両者の間には攻撃が届かない空間が出来た。

「はあぁぁぁはっはっは、ゆかいだ」

 そう言うと、前田は、花道に戻っていく。

「引き上げだーー」

 犬飼隊長が、声を出した。
 どうやら、勝負は引き分けとなった。

 隊長は、前田の背中を見つめそのまま立っている。
 隊は全員背中を向け撤退を開始した。
 だが、羽柴軍にその背中を襲う素振りはない。

 どうやら、敬意を示し背中を襲うことはしないようだ。
 前田らしい対応だ。
 くそう、かっこいいじゃねえか。
 日本人同士の戦いはこうじゃなくてはいけない。
 ルール無用の戦争だからこそ、お互いを尊重し紳士的に戦わなくてはならないはずだ。

「おい、新入り! いつまでそうしているつもりだ」

 俺は、感動してずっと前田の背中を見つめていたようだ。
 隊長に言われて我に返った。
 いつの間にか、まわりに人がいなくなり、ポツンと取り残されていたようだ。

「す、済みません」

 くるりと後ろを向いた俺の背中を、犬飼隊長がポンポンと叩いた。
 くそー隊長めー。
 かっこいいじゃねえかー。

 俺は、なぜか涙が出ていた。

 戦いは、この後お互いに決め手のないまま停滞する事になる。
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