小さな鏡

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第一話 居酒屋にて

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「いらっしゃい! 恵美ちゃん、貴賓席に座ってー」

ここは、小汚い居酒屋で、カウンター席とテーブル席が三つという小さなお店です。
この店の貴賓席とは、三つのテーブル席のこと。
私は一番入り口のテーブル席にちょこんと座った。
紛らわしいけど、この小さな居酒屋の店名も貴賓席といいます。

「生中と、つくねをお願いします」

「あいよー、生中二つにつくね十本」

元気なマスターが私のいつもの注文を入れてくれました。

「来た来た、ビールは一杯目が一番美味しいのです」

私は、二つきたジョッキの一つを一気に飲み干した。

「ふーー。あ、ありがとう」

私が一杯目を飲み終わった時に、つくね串が十本来た。
お腹が空いていた私は、次々つくねを食べる。
そして、最初に頼んでいた、二杯目のジョッキをちびちび飲みながら、つくね串の七本目を食べ始めた時、今日の約束の人が来た。

「安崎です。恵美子さん、少しお待たせしましたか?」

「いいえ、まだ約束より五分前です」

私は、だいたい約束より前に来て、お腹を膨らませるようにしています。
同時に二つの事が出来ない私は、食べながら人の話を聞くことが出来ません。
ですから、私は人の話を聞く時は、先に食べるようにしているのです。

「まずは、忘れないうちにこれを……」

安崎さんは私に、ユーツベのチャンネル名のメモの入ったブルーレイディスクを渡してくれた。

「これは?」

「ユーツベにアップした画像の編集前のデータです。まずは先入観無く見て下さい」

「は、はい」

「その感想をまた来週のこの時間、この場所でお願いします」

「はい」

その後、安崎さんは私の事を知ったきっかけや、ユーツバーザブさんと知り合ったきっかけを話してくれました。
この時、安崎さんが私を、ホラー作家と言っていたので「ホラー漫画家です」とそこだけは訂正させていただきました。
まだホラー漫画は、一作品も書いていませんけど。
そして、会計をお任せして私は家に帰りました。



「まずは、ユーツベから見ていきますか」

独り言を言いながら、画面を見ます。

「ここは、忘れ去られた廃村です」

ユーツバーザブさんが緑豊かな山の中で、景色を写しながら紹介しています。
ザブさんは、まだ昼間のうちに下見をしている映像を数分間入れていました。

「見えてきました。あれが集落ですねー」

そして、山の中の道を少し歩くと集落が四軒ほど見えてきました。

「一軒目は屋根まで崩れ落ち、家の原型をとどめていません。こわいですねー」

まるで恐そうではありません。ニヤニヤしながらザブさんは、一軒目の外観を紹介しました。

「二軒目がこちらですかー。朽ちていますねー。こちらも恐いですねー。中には入れそうなので、夜はここから入っていきましょうかねー」

まわりを草木におおわれ、建物の壁もツタに覆われた昭和の木造家屋です。

「……」

そして三軒目の家に来た時、ザブさんは絶句した。
そして、私の全身の毛穴が縮んで鳥肌になった。
なぜか体感温度が急激にさがった。

「……こ、この家は、まるで今でも人が住んでいるようですね」

ザブさんの様子が少し変わりましたが、平静を装っています。
良く注意してみると、膝が震えているように見えます。
この人、昼間にこんな状態で夜ここに入ることが出来るのかしらと、いらない心配をしています。

この家まで来ると奥にも家が数件あることがわかり、ザブさんは奥の家を数軒紹介した。
紹介される家は全て朽ち果て、見た目はオドロオドロしいたたずまいだった。

ですが、異変を感じる家は、三軒目だけでした。                                                                                                                                                                         
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