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第104章『愛情と責務』
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第104章『愛情と責務』
海兵隊自前の射撃場での初の試射は成功裏に終わり、その日集められた情報は直ぐに工兵部と工廠へ伝えられ次に作られる試作機への改良に使われる事となった。黒川もまたその場に居合わせ有りの侭を見聞きしたが、高根との約束によりそれが直ぐに陸軍の関係部署へと伝えられる事は無く、当分の間は陸軍内では事情を知るのは彼だけという事になっている。
その試射から数日後、黒川は太宰府の西部方面旅団総監部の自らの執務室で椅子の背凭れに上半身を預けぎしぎしと言わせながら天井を仰ぎ見ていた。
試射の朝自分達の前へと姿を表したタカコ、その眼差しも纏う空気も今迄の彼女とは全く違っていて、内心ひどく驚いた事を思い出す。彼女が自分に対して全てを曝け出していたとは欠片も思っていないし、以前彼女を『斥候には最適の人材、指揮官として育てられた人間だろう』と評した事を忘れたわけでもない。それでもここ暫くはずっと個人としての彼女と付き合っていた、肉体関係迄持ち身体も心もそれなりに深い間柄になったと思っていたところにあれを見せ付けられるとはと、何とも居心地の悪い思いになる。
敦賀と張り合ってみたところで、当のタカコは自分達に流されるという事は現状では全く無いのだろう、好い面の皮だなと自嘲の笑みを口角に浮かべて机上の湯呑みに手を伸ばし、中身を一気に飲み干した。
試射は次回の出撃迄に後もう数回は行われると聞いている、出来ればその全てに立ち会い出来るだけ多くの情報を得たいところではあるが、総監ともなればなかなかに忙しいものでそれが不可能である事は分かりきっている。博多駐屯地の司令である佐竹が使える人間であれば高根に話を通して自分の代わりにという事も出来たかも知れないが、佐竹の海兵隊に対する憎悪は半端ではない上に、それを感じ取っている高根も絶対に首を縦には振らないだろう。
自らが放っている草をその代わりにという事であれば出来なくはないだろうが、そうなれば見ず知らずの陸軍が、海兵隊の重要な試験の中に入り込んでいる事を訝しむ向きは必ず出て来る、草になっている人間の安全に配慮すればそれも出来ない相談だった。
結局、自分が立ち会えない時は諦めるしか無いか、そう思いつつ自分の仕事へと戻り今もまたそれに当たってはいるものの、気になる事はと言えばやはり試射と、そしてタカコの事。
自らの責務を忘れた事は無い、以前自宅で制圧され何の反撃すらも出来なかった事も忘れたわけではないが、彼女の事を愛しているという気持ちもまた嘘偽りの無いところ。将来と立場を考えれば止めておいた方が賢明だという事は理解しているものの、それでも今更この気持ちを無かった事にも出来ず、黒川は黒川で非常に落ち着かない数日を過ごしていた。
貸与されてはいるものの滅多に身に付ける事の無い拳銃、それを机の引き出しから取り出して手に取ってみる。自動装填式、込められる弾薬は最大で十六発、何か、万が一の事が有った場合に自分はこの銃口を彼女へと向けて引き金を引く事が出来るのか、最近こうして拳銃を眺めつつそれを考える事が多くなった。
陸軍の自分は常に彼女といるわけではないから、そんな場面に立ち会う事は無いかも知れないが、それでも彼女がああも自分達大和人と自らの違いを明確に打ち出して来た以上、その事を全く考えないわけにはいくまい。もしその場に居合わせたとして、自分は個人としての感情を一切表に出す事無く、公人として軍人として敵勢となった彼女の無力化に向けて動けるのか、何度考えても答えは出ないままだ。
やろうと思えば出来るのだろう、けれど、やってしまったとしたらその時点で自分はもう軍人としては終わるのだろうなという事も感じている。タカコを失ったら自分は愛する女を二人もこの手から喪う事になる、それが自らの手で殺したともなればそこに如何に大義名分が有ったとしても、その先それを錦の御旗として戦い続ける事は出来ないだろう。
高根も何とも厄介な相手を引き合わせてくれたものだと、最初の自分の言動を棚上げして文句を言いたくもなるが、それでも会わなければ良かったとは思わない、出来るだけ多くの人間や関係が丸く収まる様に、彼女が自分達大和陣営と明確に敵対しない事を祈るだけだ。
タカコのその部分の意志が明らかになれば、そしてそれが自分達にとっての朗報であれば、相手は敦賀一人、簡単に勝てるとは思っていないがそれでもずっとやり易い。彼女が敦賀に対して身体を許すと想定しなかったわけではないが、その現実を目の前に突きつけられた時には柄にもなく頭に血が上った。今も尚、彼に対しての怒りの感情が消えたわけではない、それでも最終的に彼女を自らの掌中に収められるのであれば何とかやり過ごす事も出来るだろう。
しかし、それも全てはタカコが大和に対して害を為すものではないと確信出来ればこその話、今は未だどう考えるにも決定打に欠けていると言わざるを得ず、こうして悶々と思い悩むしか出来ない。
出来るだけ多くの人間が納得する為に、幸せになる為に、どうか、どうか自分達を裏切らないでくれ、黒川はそう呟きつつまた背凭れに身体を預け軋む音を響かせた。
海兵隊自前の射撃場での初の試射は成功裏に終わり、その日集められた情報は直ぐに工兵部と工廠へ伝えられ次に作られる試作機への改良に使われる事となった。黒川もまたその場に居合わせ有りの侭を見聞きしたが、高根との約束によりそれが直ぐに陸軍の関係部署へと伝えられる事は無く、当分の間は陸軍内では事情を知るのは彼だけという事になっている。
その試射から数日後、黒川は太宰府の西部方面旅団総監部の自らの執務室で椅子の背凭れに上半身を預けぎしぎしと言わせながら天井を仰ぎ見ていた。
試射の朝自分達の前へと姿を表したタカコ、その眼差しも纏う空気も今迄の彼女とは全く違っていて、内心ひどく驚いた事を思い出す。彼女が自分に対して全てを曝け出していたとは欠片も思っていないし、以前彼女を『斥候には最適の人材、指揮官として育てられた人間だろう』と評した事を忘れたわけでもない。それでもここ暫くはずっと個人としての彼女と付き合っていた、肉体関係迄持ち身体も心もそれなりに深い間柄になったと思っていたところにあれを見せ付けられるとはと、何とも居心地の悪い思いになる。
敦賀と張り合ってみたところで、当のタカコは自分達に流されるという事は現状では全く無いのだろう、好い面の皮だなと自嘲の笑みを口角に浮かべて机上の湯呑みに手を伸ばし、中身を一気に飲み干した。
試射は次回の出撃迄に後もう数回は行われると聞いている、出来ればその全てに立ち会い出来るだけ多くの情報を得たいところではあるが、総監ともなればなかなかに忙しいものでそれが不可能である事は分かりきっている。博多駐屯地の司令である佐竹が使える人間であれば高根に話を通して自分の代わりにという事も出来たかも知れないが、佐竹の海兵隊に対する憎悪は半端ではない上に、それを感じ取っている高根も絶対に首を縦には振らないだろう。
自らが放っている草をその代わりにという事であれば出来なくはないだろうが、そうなれば見ず知らずの陸軍が、海兵隊の重要な試験の中に入り込んでいる事を訝しむ向きは必ず出て来る、草になっている人間の安全に配慮すればそれも出来ない相談だった。
結局、自分が立ち会えない時は諦めるしか無いか、そう思いつつ自分の仕事へと戻り今もまたそれに当たってはいるものの、気になる事はと言えばやはり試射と、そしてタカコの事。
自らの責務を忘れた事は無い、以前自宅で制圧され何の反撃すらも出来なかった事も忘れたわけではないが、彼女の事を愛しているという気持ちもまた嘘偽りの無いところ。将来と立場を考えれば止めておいた方が賢明だという事は理解しているものの、それでも今更この気持ちを無かった事にも出来ず、黒川は黒川で非常に落ち着かない数日を過ごしていた。
貸与されてはいるものの滅多に身に付ける事の無い拳銃、それを机の引き出しから取り出して手に取ってみる。自動装填式、込められる弾薬は最大で十六発、何か、万が一の事が有った場合に自分はこの銃口を彼女へと向けて引き金を引く事が出来るのか、最近こうして拳銃を眺めつつそれを考える事が多くなった。
陸軍の自分は常に彼女といるわけではないから、そんな場面に立ち会う事は無いかも知れないが、それでも彼女がああも自分達大和人と自らの違いを明確に打ち出して来た以上、その事を全く考えないわけにはいくまい。もしその場に居合わせたとして、自分は個人としての感情を一切表に出す事無く、公人として軍人として敵勢となった彼女の無力化に向けて動けるのか、何度考えても答えは出ないままだ。
やろうと思えば出来るのだろう、けれど、やってしまったとしたらその時点で自分はもう軍人としては終わるのだろうなという事も感じている。タカコを失ったら自分は愛する女を二人もこの手から喪う事になる、それが自らの手で殺したともなればそこに如何に大義名分が有ったとしても、その先それを錦の御旗として戦い続ける事は出来ないだろう。
高根も何とも厄介な相手を引き合わせてくれたものだと、最初の自分の言動を棚上げして文句を言いたくもなるが、それでも会わなければ良かったとは思わない、出来るだけ多くの人間や関係が丸く収まる様に、彼女が自分達大和陣営と明確に敵対しない事を祈るだけだ。
タカコのその部分の意志が明らかになれば、そしてそれが自分達にとっての朗報であれば、相手は敦賀一人、簡単に勝てるとは思っていないがそれでもずっとやり易い。彼女が敦賀に対して身体を許すと想定しなかったわけではないが、その現実を目の前に突きつけられた時には柄にもなく頭に血が上った。今も尚、彼に対しての怒りの感情が消えたわけではない、それでも最終的に彼女を自らの掌中に収められるのであれば何とかやり過ごす事も出来るだろう。
しかし、それも全てはタカコが大和に対して害を為すものではないと確信出来ればこその話、今は未だどう考えるにも決定打に欠けていると言わざるを得ず、こうして悶々と思い悩むしか出来ない。
出来るだけ多くの人間が納得する為に、幸せになる為に、どうか、どうか自分達を裏切らないでくれ、黒川はそう呟きつつまた背凭れに身体を預け軋む音を響かせた。
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