大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第107章『総司令、そして指揮官』

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第107章『総司令、そして指揮官』

 突如営舎や食堂の方から聞こえて来た絶叫、怒号、執務室で出撃前に書類仕事を片付けていた高根の耳に届いたそれは瞬く間に拡大し、彼は様子を確かめる為に椅子から立ち上がり、背後の窓へと歩み寄った。
 その彼の双眸に飛び込んで来たのは、自分達と同じ戦闘服を身に付けた活骸が隊員達に襲い掛かる様子。出撃前の食事時がそろそろ始まる時間帯という事も有ってか殆どの隊員が未だ帯刀しておらず、距離を取って態勢を立て直そうとする隊員が次々と活骸に食いつかれていく様に踵を返し、外へ出ようと大和を手にして足早に歩き出す。
「司令!こちらに留まって下さい!!」
 その彼を止めたのは何処に行っていたのか全力で廊下を走って戻って来た部屋付きの士官、
「基地内に活骸の発生を確認しました、排除が完了する迄はこちらに、執務室に!」
 と必死の形相で言い募る彼に、
「そんなのぁ分かってる!海兵隊の危機に頭の俺が出ねぇでどうするってんだ!!」
 と、そう怒鳴りつけて肩を突き飛ばせば、それでも士官は一歩も引かずに高根の身体を執務室の中へと力尽くで押し戻した。
「我々の指揮官は高根総司令、貴方です!何が有ろうと失うわけにはいきません!ここは俺が守りますから、司令は中へ!」
 気迫と言っても良い程の凄まじい剣幕に一瞬怯めば一気に執務室の中へと押し込まれ、
「直ぐに片付けます、増援も来ますから暫くのご辛抱を!」
 その言葉と共に扉が閉じられて行く。
 状況が悪い事は見れば分かる、早朝の準備が整わない内の襲撃では多数の犠牲を出す事になるだろう、それでも士官の言葉を無視して出て行く事にも躊躇が残る。こんな事態が起きて自分に何か有ったとすれば、真っ先に責められるのは一番近くにいた部屋付きの彼になる、例え自分がそれを庇ったとしてもそれだけで事が収まるものではない事は二十年に及ぶ軍隊生活で身に沁みて理解しているのだ。そして何よりも、有事の際には指揮官の健在が部下に対して何よりも安心と心強さを与えるのだという事も。
 暫しの逡巡の後、やがて執務室前の廊下にも聞こえ始めた聞き慣れた耳障りな奇声、遂に来たかと大和を抜き構えるが、それでも今は未だ、出ない。
 冷静になれと自分に言い聞かせ何が最善かを探れば答えは自ずと見えて来る、自分は大和海兵隊二千五百名の頂点、そして、大和人二千五百万の命を護る最前線にいるのだ、一時の感情と私憤に突き動かされる等、有ってはならない。
 増援が来る迄部屋付きが持ち堪えてくれる事を祈ろう、そう考えながら歯を軋らせれば、直後、扉の直ぐ向こう側から響き渡ったのは部屋付きの断末魔の絶叫だった。
「んの……クソが……!!」
 どれ程の活骸が到達したのかは分からないが一瞬、一堪りも無かった、また一人無駄に死なせたと壁を蹴り上げれば、窓の外から聞き覚えの有る声が聞こえて来る。
「真吾!今から突っ込むから窓から離れてろよ!」
 これはタカコの声だ、突っ込む、何処からだ、何をする気だと窓の方を見れば、朝日が差し込む窓に一瞬影が差し、次の瞬間にはその窓硝子が凄まじい音と衝撃と共に砕け散り、欠片が室内へと撒き散らされた。
「無事か!」
「って……タカコ!おめぇ何処から来やがった!」
「屋上からだ!縄垂らしてそれ掴んで勢い付けて突っ込んだ、本当だったらまともに階段登って廊下から来たかったんだが、活骸で溢れてて時間が掛かりそうでな……部屋付きは?」
 身体や頭に付いた硝子片を叩き落としながらそう言って退けるタカコ、動揺している様子は全く無く、高根はその冷静さに僅かながらも安堵を覚えつつ、問い掛けへと言葉を返す。
「……ついさっき……食われたよ」
「そうか……遅くなって悪かった」
「敦賀は?」
「無事だ、無事だった人間を集めてトラックを取りに行ってる。ここの真下に来いと言ってあるからもう直ぐ来るだろうよ」
「そうか……チラッと見たが、活骸、うちの戦闘服を着てたな……」
「……ああ、恐らくは飲料水に高濃度の病原体を投下されたんだろう、給水槽の監視を怠るとはな……しくじったな、総司令」
「ああ……申し開きのし様も無ぇや」
 そこでタカコは自分の言葉と状況の矛盾に気が付いたのか動きを止める、どうしたのかと問い掛ける高根へと顔を向け、暫し考え込んだ後に彼女はゆっくりと口を開いた。
「飲料水に病原体を投下されたんだとしたら、私もお前も敦賀も、今無事でいる他の連中も……何故発症してないんだ?違いは何だ?それとも、飲料水への投下という前提が間違ってるのか?」
 そうだ、と、高根もその事実に唐突に気が付く。この突然の大発生が人為的に齎されたものである事は間違い無いだろうが、明確に分かれた発症者と未発症者の違いは何なのか、自分達の側に理由が有るのか、それとも相手が選別して感染させた結果なのか。タカコにも自分にも、活骸の子供の感染時に観察されていた様な黄疸様の皮膚の変色は全く見られない、既に大勢が発症している中で自分達だけ発症が遅れているという事も無さそうだ。
「……それは後から考えよう、先ずは基地内の活骸を排除する事を考えようじゃねぇか」
「……ああ、同感だ」
 活骸の排除、それは出撃でいつも行っている事、けれど今はそれ以外にも重く大きな意味を持つ。即ち共に戦って来た仲間達を殺すという事を二人は言外に決断し、僅かの時間様々な想いを巡らし、先に口を開いたのは高根の方だった。
「……今日の出撃で使う筈だった散弾銃と弾薬、あれを利用する……使い方に精通してるのはお前だけだ、指揮を採ってくれるか」
 タカコも同じ答えに行き着いていたのだろう、然して動揺する素振りも見せずに黙ったまま彼の言葉を聞き、ゆっくりと言葉を返す。
「活骸を……人類の仇敵を殺す為の兵器を……仲間に、部下に向ける、そういう事だな?」
「……ああ、そうだ。お前に一時的に指揮権を預けるとは言えここの総司令は俺だ、全ての責任は俺が取る……やってくれるか」
 指揮官としては当然辿り着くべき、そして仲間を、部下を想うのであれば絶対に回避したいであろう答え、それを何の感情も感じさせずに冷たく口にする高根に向かい、タカコもまた淡々と更に言葉を返した。
「……実際に撃ち命令を下すのは私だ、表向きの責任をお前が取るってのなら、私は裏でそれも含めて全部重みを受け止めてやる……我々は同盟を組んだだろう、今こそそれを発揮すべき時だ、高根大佐……行こう」
 破られた窓の外、地上から聞こえて来たトラックの警笛の音、敦賀達がやって来たのだろう、タカコはそれを察知してそう言うと、高根の返事は待たずに窓の方へと向かってゆっくりと歩き出した。
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