大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第108章『指揮官と士気』

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第108章『指揮官と士気』

「おい、掴まれ。時間が無い、二人一気に降りるぞ」
 窓の外に顔を出し、向こうから凄まじい速度で走って来るトラックの姿を認めてタカコは高根へと指示を出す。
「掴まれって……おい本気かよ、お前のその細ぇ腕で俺の体重迄支えきれんのかよ?」
「何だ、だったらお前懸垂降下の経験有るのか?有るなら是非とも代わって欲しいところだが」
「いや……無ぇ」
「だったら四の五の言わずに私に任せろ。百kg超の装備背負ってやった事も有る」
 いつもよりも随分ときつい調子のタカコの言葉、それでも言っている事自体は間違いではないとそれ以上反論する事も無く、残った窓枠へと足を掛け腰のベルトに装着した金属の輪に屋上から垂らした縄を再度通す彼女へと、鞘に収めた大和を手に歩み寄る。
「少々足場は悪いが私の背後に回れ、胴体に全力で抱きつけ、但し腰の辺りは絶対に触るな、縄ごと腕を持って行かれる羽目になるぞ、足はそのまま垂らしてろ」
「無茶な注文出すねお前も」
「状況が状況なんだ、自分も含めて全員に無茶吹っ掛けるのは当然だろうが」
「確かにな……これで良いか」
「ああ……絶対に離すなよ……行くぞ!」
 窓枠へと立ちタカコに覆い被さり胴体に腕を回せば、凄まじい勢いで走って来たトラックが真下へと停車する、荷台には生き残った隊員達が乗っており、早く降りて来いと口々に叫んでいる。
「行くぞ!」
 今度は自分にではなく下の彼等へと向けて放られたのであろうタカコの言葉、それに再度腕に力を込めれば、次の瞬間には一瞬沈んだかと思ったタカコの身体が中空へと舞い上がり、更にその次の瞬間には重力に引かれて一直線に地面へと向けて落下を開始する。
 高所からの飛び降り等もう随分と経験していない、内臓が迫り上がって来る感覚が何とも不快だと僅かに眉根を寄せれば、着地する時の衝撃の軽減の為か降下は途中で一旦止まり、その途端に自分達のぶら下がってい縄が、そしてそれを保持し、自らと高根の全体重を支えているタカコの腕、そして身体中の筋肉と筋と関節が軋んだ音を立てる。
「……っぐ……!!」
 幾ら鍛えているとは言っても、女一人の細腕で自重含めて百三十kg以上、更にはそれに加速度が加わった重さを保持するのには流石に無理が有るのか、タカコが低く短く呻きを漏らす、大丈夫なのか、そう問い掛けようとすれば察したのか
「……気が散る……黙ってろ……!」
 と、絞り出す様にしてそう吐き捨てると、再び降下を開始し今度こそ荷台へと降り立った。
「縄を切れ!離脱するぞ!!」
 運転席から飛んで来る敦賀の怒鳴り声、腕の中に倒れ込んで来るタカコを抱き留めて周囲を見回せば、生き残った人間が一様にボロボロになっているのに気が付いた。
「司令、ご無事で!」
「良かったです、直ぐに指揮を!もう大混乱で何がどうなっているのか……!」
 指揮官が健在だった事に安堵したのか、傷だらけの上に活骸の体液塗れの部下達の中には思わず泣き出す者もおり、それを見た高根はやはり逸って飛び出したり等せずに良かったと内心嘆息する。
 人の上に立つという事はこういう事だ、人を率い、指揮し、その責を負うだけではない、自ら自身が部下達の希望とも安心ともなり、最後迄生き続ける事もまた重要な役目。その場の感情に突き動かされる事は有ってはならない、それは部下である彼等から安心と戦意を奪い、彼等の命を見捨てる事に等しい、指揮官としては決してしてはならない行為なのだ。
「ああ、何とか無事だ……各自よく持ち堪えてくれた、有り難う」
 身体に掛かっていた負担が一気に消えた所為か脱力していたタカコも、直ぐに持ち直し自力で立ち上がる、その彼女の頭をくしゃりと撫でつつ後方を見てみれば、各々が独自の判断で同じ答えに行き着いたのか、生き残りを荷台へと満載したトラックがあちこちから合流しいつしか車列となり、高根の乗ったトラックを先頭にして活骸を引き離しつつ運動場へと向かって走り出した。
「よし!全員聞け!」
 車列が停止した場所は本部や営舎等の施設とは運動場を挟んで反対側に位置する場所、活骸を建物の向こう側に引き付けてから全速でここへと向かって来た、今後の命令を下す程度の時間は稼げた筈だ。
「基地内で大量の活骸が発生した、気付いている者もいるとは思うがここで明言しておく。現在基地内にいる活骸は人為的に発生させられた疑いが極めて高い……更に言うならば、昨夜迄は諸君が戦友として親しく付き合っていた仲間だったものだ!」
 騒めく空気、生き延びるのに必死だったのか気付いていなかった者も有ったのだろう、自分の両手を見て荷台へと蹲る姿も有る。彼等は早急にこの基地から離脱させなければ、最早戦力にはならない、活骸の排除に参加させようとしても無駄な戦死を増やす結果にしかならないだろう。
「仲間だったとは言え既に活骸に成り果ててしまった以上、現在の我々大和の技術では彼等を元の姿に戻す事は出来ない、これはシミズの母国であるワシントンも同じ事だ。技術を持っていない以上、出来る事は通常の出撃の様に活骸を排除、殺すしか無い!現在より本日の出撃で行われる予定だった散弾銃を活用しての排除へと移行する、負傷の激しい者、嘗ての戦友を殺せないと思う者は正直に名乗り出てくれ、恥ではないし処罰も一切無い、今生き残っている者だけでも生還する為に必要な事だ!」
 恥ではない、処罰の一切も無い、そう明言しても尚、自分の気持ちを誤魔化して戦闘に参加しようとする人間は必ずいるだろう。その排除は、と、敦賀や他の生き残った古参達へと視線を向ければ、意図する事を理解しているのか無言での頷きを返され、高根は視線を前へと戻す。
「生き残った諸君の中から百名程度を選抜する、選抜されなかった者は敷地外へと即時離脱、近隣住民の避難や陸軍への連絡等の任務に当たってくれ!選抜には各部隊長と中隊長、敦賀上級曹長が当たる、彼等の指示は総司令である私の命令だと思え、嘗ての仲間は殺せない、それ以外の一切の反論も不服従も認めない、以上!」
 高根の号令に合わせて中隊長級の人間と敦賀が一斉に動き出す、各自の顔を覗き込み怪我の状態を確かめて離脱させる人間を篩い分けて行く中、高根はトラックの荷台を降り、活骸の警戒へと当たっているタカコへと歩み寄り声を掛ける。
「……これから、お前に酷く嫌な役目を押し付ける事になる……頼むな」
「戦略にも戦術にも、夫々に求められる役割というものが有る……一度決まり引き受けた以上、我々はそれを違える事も覆す事も無い……任せてもらおう」
 酷く鋭く獰猛で、それでいて静かで真っ直ぐな眼差し、タカコのそれを見て高根は一度軽く挙手敬礼をし、部下の元へと戻って行った。
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