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第141章『荒』
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第141章『荒』
「敦賀ー、次はあれ食べたい、水炊き」
「……まだ食うのか、どうせこの後とんこつ麺も食うんだろうが、太るぞ」
「太ってお肉たぷたぷになった私は嫌いか?」
「…………」
「……なんてな、はい次行くよ次ー」
運転席へと乗り込もうとしていたタカコを抓み出して助手席へと叩き込み本部へと戻り、一度私服に着替えさせ中洲へと出た。後を追って来ようとしたカタギリには
「てめぇ等が任せるって言ったんだろうが、ついて来るんじゃねぇよ」
睨みつけてそう吐き捨てればそれ以上彼等が食い下がる事は無く、久し振りに中洲の夜を二人で満喫している。
相当大荒れになる、そう言っていた割には機嫌の良いタカコ、その横顔を見詰めつつ歩けば他所から声が掛かり、そちらへと顔を向ければ博多駐屯地の最先任が手招きをする姿が在った。
「久し振りだな、今もまだ大変だろう」
「ええ、いつになったら大変じゃなくなるのか……うちの人間が大勢お世話になって助かってます」
「あー、気にするな気にするな、こういう時はお互い様だ、佐竹が死んで海兵隊を敵視する風潮も多少和らいだしな」
自殺した佐竹の後任には黒川の草の一人である横山が就任した、彼自身が特に海兵隊と親しいというわけではないが黒川の意向を受けているのだろう、佐竹の時代と比べれば比較にならない程に好意的になった陸軍に敦賀も高根も、全海兵が一定の恩義を感じているのが現状だ。
「今日は一人か?」
「いや、女連れですよ、以前会った時に――」
そう言ってタカコにも挨拶をさせようと横に居た筈のタカコへと声を掛ければそこには誰もおらず、何処に行ったと見回しても見当たらない。
「すみません、連れを見失ったんで失礼します」
軽く頭を下げて小走りになりタカコを探す、相当荒れる、カタギリのその言葉が脳裏に蘇る。面倒な事にならなければ良いがと辺りを見回せば、大分離れたところで体格の良い男と何やら揉めている様子のタカコの背中が目に入る。
「あの馬鹿……何やってやがる……!」
中洲での兵士同士の揉め事も喧嘩も珍しくはない、それでもそれは男同士の話、大の男が女と決定的に揉めれば男同士以上に深刻な事になるぞと舌打ちをしてそちらへと向かって走り出すが、中洲が一番混み合う時間帯という事も有り人通りが多く、行き交う人の流れに遮られてなかなか前へとは進めない。
こんな事が有る危険性が有るから中洲へとタカコを一人で出す事はしなかったし共に出る時も決して一人にはしなかった。今迄は海兵隊最先任の名前で揉め事を避けられていたというのにそう舌打ちをして人を押し退け押し退け駆け寄れば、もう少しというところで男の腕がタカコの胸倉を掴むのが見えた。
心臓が嫌な、そして激しい鼓動を刻む、間に合わない、そう思った次の瞬間、地面へと臥したのは男の方だった。タカコの手が男の手首を掴み軽く捻っただけ、それだけで男の身体は綺麗な弧を描いて半回転し地面へと叩き付けられ、その顔面にタカコの爪先が入る寸前でどうにか彼女のもとへと辿り着き、腰に腕を回して自らの方へと力任せに引き寄せる。
「何やってやがるこの馬鹿女!」
そう言って怒鳴りつければ相手とその連れは敦賀の存在に気が付いて顔色を変え、
「す、すみませんでした!敦賀上級曹長のお連れさんとは知らなくて……!」
と、脱兎の如く逃げ出して行く。
「こっちこそ連れが失礼をした!悪かったな!」
走り去って行く彼等の背中にそう声を放って腕の中のタカコへと視線を落とせば、そこにいた彼女の眼差しはひどく冷たく攻撃的で、敦賀はそれを見てカタギリの言っていた意味の実際のところへと漸く思い至った。
機嫌良く見えていたのは単なる彼女の演技、周囲に気を遣わせない為の気遣いだったのだろう、実際のところは激しい怒り、憤りを引き摺ったまま、ちょっとした切っ掛けが有ればそれは簡単に外へと向けて流れ出すものだったのだ。
とにかく双方に怪我が無くて良かった、タカコに怪我をさせたくないのは当然として無用の争いを呼び込まない為にも相手にも怪我は無い方が良い。この様子ではこれ以上中洲をうろつかない方が良さそうだ、基地へと戻ろうかと一瞬考えるがそこから先は黒川の家へと戻る事に気が付いて、一瞬基地へと向かいかけた歩みを別の方向へと転換し歩き出した。
「……風呂入って来い、臭いがこびり付いてるぞ」
敦賀が向かった先は中洲の一角に有る連れ込み宿の一つ、部屋へと入り鍵を閉めてから腕を掴んで引き摺って来たタカコを見下ろせば、その彼女の表情が依然固い事に気が付いて小さく溜息を吐く。
「……焦げ臭くてかなわねぇんだよ、自分で動かねぇなら裸にひん剥いて俺が洗うぞ?」
押せば飛び退る勢いの彼女はこう言えばきっと動き出す、そんな風に考えていたのに、タカコがとった行動は敦賀のその考えの正反対をいくものだった。
「……うん、そうする、一緒にいてくれ」
言葉と共に背中へと回される二本の細い腕、
「……意味、分かってて言ってんのかてめぇは」
内心動揺しつつもそう言えば言葉の代わりに抱きつく腕に力が込められて、その様子を見ながら敦賀はもう一度小さく息を吐き、タカコの身体をそっと抱き締める。
「……分かった……一緒にいてやるよ」
そう呟いて顎を掬い上げれば、自分に向けられるタカコの双眸に湛えられていたのは、今度は怒りではなく暗い悲しみ。それに自らの胸が小さく痛む事に気が付かない振りをして、敦賀は腕の中のタカコの唇へとそっと口付けた。
「敦賀ー、次はあれ食べたい、水炊き」
「……まだ食うのか、どうせこの後とんこつ麺も食うんだろうが、太るぞ」
「太ってお肉たぷたぷになった私は嫌いか?」
「…………」
「……なんてな、はい次行くよ次ー」
運転席へと乗り込もうとしていたタカコを抓み出して助手席へと叩き込み本部へと戻り、一度私服に着替えさせ中洲へと出た。後を追って来ようとしたカタギリには
「てめぇ等が任せるって言ったんだろうが、ついて来るんじゃねぇよ」
睨みつけてそう吐き捨てればそれ以上彼等が食い下がる事は無く、久し振りに中洲の夜を二人で満喫している。
相当大荒れになる、そう言っていた割には機嫌の良いタカコ、その横顔を見詰めつつ歩けば他所から声が掛かり、そちらへと顔を向ければ博多駐屯地の最先任が手招きをする姿が在った。
「久し振りだな、今もまだ大変だろう」
「ええ、いつになったら大変じゃなくなるのか……うちの人間が大勢お世話になって助かってます」
「あー、気にするな気にするな、こういう時はお互い様だ、佐竹が死んで海兵隊を敵視する風潮も多少和らいだしな」
自殺した佐竹の後任には黒川の草の一人である横山が就任した、彼自身が特に海兵隊と親しいというわけではないが黒川の意向を受けているのだろう、佐竹の時代と比べれば比較にならない程に好意的になった陸軍に敦賀も高根も、全海兵が一定の恩義を感じているのが現状だ。
「今日は一人か?」
「いや、女連れですよ、以前会った時に――」
そう言ってタカコにも挨拶をさせようと横に居た筈のタカコへと声を掛ければそこには誰もおらず、何処に行ったと見回しても見当たらない。
「すみません、連れを見失ったんで失礼します」
軽く頭を下げて小走りになりタカコを探す、相当荒れる、カタギリのその言葉が脳裏に蘇る。面倒な事にならなければ良いがと辺りを見回せば、大分離れたところで体格の良い男と何やら揉めている様子のタカコの背中が目に入る。
「あの馬鹿……何やってやがる……!」
中洲での兵士同士の揉め事も喧嘩も珍しくはない、それでもそれは男同士の話、大の男が女と決定的に揉めれば男同士以上に深刻な事になるぞと舌打ちをしてそちらへと向かって走り出すが、中洲が一番混み合う時間帯という事も有り人通りが多く、行き交う人の流れに遮られてなかなか前へとは進めない。
こんな事が有る危険性が有るから中洲へとタカコを一人で出す事はしなかったし共に出る時も決して一人にはしなかった。今迄は海兵隊最先任の名前で揉め事を避けられていたというのにそう舌打ちをして人を押し退け押し退け駆け寄れば、もう少しというところで男の腕がタカコの胸倉を掴むのが見えた。
心臓が嫌な、そして激しい鼓動を刻む、間に合わない、そう思った次の瞬間、地面へと臥したのは男の方だった。タカコの手が男の手首を掴み軽く捻っただけ、それだけで男の身体は綺麗な弧を描いて半回転し地面へと叩き付けられ、その顔面にタカコの爪先が入る寸前でどうにか彼女のもとへと辿り着き、腰に腕を回して自らの方へと力任せに引き寄せる。
「何やってやがるこの馬鹿女!」
そう言って怒鳴りつければ相手とその連れは敦賀の存在に気が付いて顔色を変え、
「す、すみませんでした!敦賀上級曹長のお連れさんとは知らなくて……!」
と、脱兎の如く逃げ出して行く。
「こっちこそ連れが失礼をした!悪かったな!」
走り去って行く彼等の背中にそう声を放って腕の中のタカコへと視線を落とせば、そこにいた彼女の眼差しはひどく冷たく攻撃的で、敦賀はそれを見てカタギリの言っていた意味の実際のところへと漸く思い至った。
機嫌良く見えていたのは単なる彼女の演技、周囲に気を遣わせない為の気遣いだったのだろう、実際のところは激しい怒り、憤りを引き摺ったまま、ちょっとした切っ掛けが有ればそれは簡単に外へと向けて流れ出すものだったのだ。
とにかく双方に怪我が無くて良かった、タカコに怪我をさせたくないのは当然として無用の争いを呼び込まない為にも相手にも怪我は無い方が良い。この様子ではこれ以上中洲をうろつかない方が良さそうだ、基地へと戻ろうかと一瞬考えるがそこから先は黒川の家へと戻る事に気が付いて、一瞬基地へと向かいかけた歩みを別の方向へと転換し歩き出した。
「……風呂入って来い、臭いがこびり付いてるぞ」
敦賀が向かった先は中洲の一角に有る連れ込み宿の一つ、部屋へと入り鍵を閉めてから腕を掴んで引き摺って来たタカコを見下ろせば、その彼女の表情が依然固い事に気が付いて小さく溜息を吐く。
「……焦げ臭くてかなわねぇんだよ、自分で動かねぇなら裸にひん剥いて俺が洗うぞ?」
押せば飛び退る勢いの彼女はこう言えばきっと動き出す、そんな風に考えていたのに、タカコがとった行動は敦賀のその考えの正反対をいくものだった。
「……うん、そうする、一緒にいてくれ」
言葉と共に背中へと回される二本の細い腕、
「……意味、分かってて言ってんのかてめぇは」
内心動揺しつつもそう言えば言葉の代わりに抱きつく腕に力が込められて、その様子を見ながら敦賀はもう一度小さく息を吐き、タカコの身体をそっと抱き締める。
「……分かった……一緒にいてやるよ」
そう呟いて顎を掬い上げれば、自分に向けられるタカコの双眸に湛えられていたのは、今度は怒りではなく暗い悲しみ。それに自らの胸が小さく痛む事に気が付かない振りをして、敦賀は腕の中のタカコの唇へとそっと口付けた。
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