大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第158章『本州』

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第158章『本州』

 旧関門海峡、現在は地殻変動で隆起し陸地が瀬戸内海と日本海を繋ぐ海路を分断し地続きとなった地域。そこに敷設された幹線道路を走行する海兵隊のトラックの助手席でつまらなさそうな面持ちのタカコが外の風景を見て溜息を吐く。
「何だよ……海底隧道通れると思って超期待してたのに……海なんか何処にも無ぇじゃねぇか」
「何百年前の話してるんだ、そんなもん古の天変地異でとうの昔に地面の下だ。それに海路が開いたままだと、日本海側からの侵攻が有った場合に容易に瀬戸内海を通って太平洋側迄抜けられちまう、これで良いんだよ」
「それは分かるけどさぁ……対馬区以外では初めて博多の外に出たってのに、つっまんねぇなぁ……」
 運転席でトラックを操る敦賀が呆れた様にタカコの愚痴に返し、タカコは更に面白く無さそうにそれに更に言葉を返し外を見る。
 一週間程前の夜に敦賀の執務室にやって来た高根が告げた統幕からのタカコの召喚、今はそれに従い首都京都へと向かっている最中だ。統幕からの要請は『清水多佳子と統幕の面々との面談』と『清水多佳子が提案した兵器の実射を統幕の面々に見せる事』の二つ、トラックの荷台にはその為の装備も積載し、数名の海兵隊員も後続のトラックで同行し、高根と黒川、そしてその夫々付きという事にしてあるカタギリとキムの合計四名が列車で先に京都へと向かっている。
 一先ず目指すのは岡山に在る陸軍の三軒屋駐屯地、そこが今日の宿泊地だ。無理をすれば早朝に博多を出て深夜に京都着という事も出来なくはないが、火急の事でなしそこ迄する必要は無いという高根と黒川の言葉に従い、途中の日三軒屋で一泊という旅程となった。列車で出た高根達は夜の比較的早い時間に京都に入り、タカコ達が京都入りする迄に下準備をしてくれる手筈となっている。カタギリとキムに関してはタカコの目の代わりとして実際の京都を見て回り、以前高根へと提示した計画書の内容を補強する情報を集める事になっていた。
 九州どころか博多と黒川の自宅の在る春日以外の福岡にすら出た事の無かったタカコ、初めて本州の地を踏むとあって色々と楽しみにしていたのだが、歴史書で読んだ事の有った関門海峡が現代では既に消滅しているのを目の当たりにして、出発から数時間も経たずに不貞腐れて煙草を咥えてふかし始める。敦賀は敦賀でその様子に舌打ちをし、自らも煙草を取り出して火を点けた。
 十六になる年に任官して以来、殆ど寄り付く事の無かった故郷、今更戻る理由も気も無く、任官してからの十九年間の中で京都へ、そして実家へと戻ったのは親族の葬儀や法事での数回だけだ。今回も本音を言えば出来れば同行したくはないものの、建前としてタカコの監視役とされていてはそれも出来ず、また、個人としてもタカコの傍から離れたくはない。家族と顔を突き合わせて長い時間を過ごすわけではないと何とか自分を納得はさせたものの、気が重い事には変わりは無かった。
 統幕のお偉方と顔を合わせるのも堪らなく億劫だ、博多の実情を知りもしない連中に中央の理屈を聞かされるのかと思うだけで苛立ちを感じる。ただ、今回の統幕の目的はタカコであり自分ではない、その場にいる事になったとしても矢面に立つ羽目にはならなさそうだ、それだけが気休めだろう。
 尤も、そんなに気の重くなる話題ではなかったとしても統幕の面々とは顔を合わせたくは無い、特に『あの男』とは、と、そこ迄考えた辺りで苛立ちが増幅するのを自覚し、それに気付いた敦賀はぶるぶると頭を振ってそれを意識から追い払う。既に決まった事、そして自分達はそれに向けて動き出している。それに本来であれば無関係のタカコを駆り出しているのだ、自分の個人的な感情は一先ずは置いておくかと思い直し、未だに煙草を吹かしながら窓の外の風景を見続けるタカコへと視線を遣った。
「……お腹空いた……昼飯はまだなのか……」
「ほんの二、三時間前に朝飯食ったばっかりだろうが、何でそうてめぇは食い物の事しか言わねぇんだ」
「育ち盛り食べ盛りなんだよ……はぁ、飯……」
「……これ以上どう育つつもりだ……後三時間も走れば岩国の辺りだ、そこいらで昼飯の予定だから少し黙ってろ」
「岩国?そこは何か美味い物が有るのか?」
「あー……焼き鯖寿司とか」
「そうか、よし急げ。三時間と言わず一時間で行け、ほれ急げ」
 博多の胡麻鯖を気に入っているタカコには焼き鯖の寿司というのは随分と魅惑的に聞こえたのか、途端に敦賀の方へと向き直り先を急げと急かし出す。何とも現金な事だ、こういうところは本当に子供の様で屈託も邪気も無い、気に入った食い物と時々煙草を与えておけば随分と平和に過ごせそうだなとそう思う。
 京都での時間が決して愉快なものではないだろう事はタカコも理解しているだろう、その事を考えればせめてもと道中の景色や食事を楽しみに思う事は自然なのかも知れない。目くじらを立てる事でもないかと思い直し、瞳を輝かせて焼き鯖寿司に思いを馳せるタカコの頭を一撫でした。
「……遊びに行くわけじゃねぇが……ま、今迄博多から出た事が無かったんだ、色々と楽しみなのは分かる。飯も景色も逃げねぇよ、落ち着け」
「海底隧道は逃げたぞ」
「だから、何百年前の話してるんだよてめぇは、せめてここ数年の話にしとけ」
 抜ける様な秋の青空の下、そんな遣り取りを交わしながらトラックは東へと向けて進んで行く。
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