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第172章『予兆』
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第172章『予兆』
ここでこうやって考え込んでいてもどうにもなるまい、それは敦賀と黒川二人共通の認識で、この事は取り敢えずタカコには内密のままで、それを確認し黒川は車へと乗り込み自らの職場である太宰府へと向けて動き出し、敦賀は黒川の車が墓地の正門を出て行くのを見届けてから基地へと向けて歩き出した。
タカコの亡夫の墓に行こうと思っていた、そして、自分の気持ちを眠る彼に伝えようと、そう思っていた。そうして墓地へと向かって歩き正門を潜ろうとした時に出くわしたのは一台の車、その運転席で車を操る人物の顔が目に入った時、心臓が止まるかと思う程の衝撃を味わった。
そこにいたのは二年前自分が首を斬り落とした男、既に死んでいたとは言え思うところも多い、そんな相手が車を運転し、擦れ違いざまにこちらを見て薄く笑ったその姿はあまりに非現実的で、何の動きも出来なかった。走り去って暫くしてから漸く動きを取り戻し振り返ってみるも既に時は遅く、追いつくどころか後部に掲示されている識別番号も読み取れなかった。『あの男』がここで一体何を、そう思いつつ正門の中へと入ってみれば駐車場には黒川の姿、彼が何か知っているかも知れないと全力で駆け寄ってみたものの、結局満足する答えは得られなかった。
幽霊という事は無いだろう、他人の空似と言うには似過ぎていた。恐らくは亡夫の血縁者なのだろうが、それが正解だとしても『何処から、どうやってやって来たのか』という新たな疑問が残るだけ。
現状、タカコの精神時様態は安定しているとは言い難い、その彼女に更なる負荷要因を与える事は憚られて、黒川と話し合った通りで良いのだ、敦賀は自らにそう言い聞かせ基地の正門を潜り自らの執務室へと向かう。
「あ、先任、おはよう御座います」
「ああ、おはよう」
「今お茶お淹れしますね」
「ああ、頼む」
執務室へと入ればそこでは部屋付きの下士官が丁度部屋の朝の清掃を終えたところ、その彼へと挨拶を返して椅子へと身体を沈めれば、少しして湯気の立つ湯呑みが前へと置かれた。
「何か有れば頼むから、それ迄は通常業務に」
「了解です、失礼します」
敦賀の言葉を受けて部屋から出て行く下士官、その彼が扉を閉める前に再度挨拶と敬礼をするのを見届け、扉が閉まる音を聞きながら敦賀は上体を背凭れへと預け天井を仰ぎ見る。
取り敢えずこの件は一旦置いておこう、優先度はそう高くはない、先ずは目の前に山積している案件を片付けるのが最優先だ。そう思いつつ身体を戻し湯呑みを手に取り中身を啜り、先ずは書類を片付けるかと未済の箱に積み上げられた束に手を伸ばした、その時だった。
「先任!失礼します!」
たった今出て行ったばかりの部屋付きが切羽詰った様子で戻って来て、入室の許可を待つ余裕も無いのか扉を叩くのと同時に部屋へと転がり込んで来る。
「何が有った」
血相を変えたその様子に只事ではないな、内心そう思った敦賀はいつも通りの冷静さを崩す事も無く、ゆっくりと彼へと向かって問い掛けた。
「つい先程沿岸警備隊から総司令に入電、第一防壁と第二防壁の間に不審船漂着、死者多数の模様です、海上にも相当数の死体と漂流物、直ぐに対応されたし、と」
「そうか、分かった。船は何処の所属だ、漁船か?」
「それが……」
「どうした、不明な程大破してるのか」
「……いえ、船は外観を保ってはいるそうですが、死者の相当数がどう見ても『大和人ではない』、と」
若干青褪めた部屋付きの言葉、どういう事だと立ち上がり詳細を聞く為に高根の執務室に向かって歩き出せば、後を追って出て来た部屋付きが
「清水上等兵も呼んで来いと総司令が仰ってますので、自分はそちらに」
「分かった、早く呼んで来い」
考えの行き着くところはそう変わらないのだろう、高根の命令で仮設営舎へと向かって階段を駆け下りて行く部屋付きの背中を横目で見遣り、敦賀自身は高根の執務室へと向かい荒々しい音を立ててその扉を開き中へと入る。
「どういう事だ、どうなってる」
「俺にも分からん、沿岸警備隊からの入電で海兵隊の管理区域に漂着船、その乗組員と思われる死者の面容がどう見ても大和人じゃない、分かってるのはそれだけだ。今タカコも呼びにやってる、揃ったら直ぐに現地に出るぞ」
纏う空気をぴりぴりとさせた高根、机で肘を立てて手を組み、そこに口元を押し当てた高根の様子に敦賀も眉根を寄せて小さく舌を打つ。タカコの言っていた事が事実なら、彼女の、ワシントンの勢力は現状では大和国周辺には彼女と二人の部下以外には無い筈だ、ワシントンの勢力ではないのだとしたら、可能性として最も高いのは活骸の原因菌をこの博多にばら撒き大きな禍を二度も齎した、正体不明の敵勢力。
まだまだ態勢が整わない内に侵攻を受けるとは、揚陸を試みたが失敗したのか、それとも他にも揚陸を試み成功した部隊も有るのか、現時点では何も分からないが、それでも良くはない状況である事は明らかだった。
「悪い、ちょっと寝てた!」
黒川のところから戻ったばかりで眠っていたのか、乱れた髪もそのままのタカコが戦闘服の上着に片腕を突っ込んだ状態で執務室へと駆け込んで来る。だらしない格好のままで出て来るな、敦賀がそう小さく舌打ちをする中、高根はタカコの姿を認めると無言のままで立ち上がり扉へと向けて歩き出す。
「説明は道中で。直ぐに出るぞ。揚収だか救助だかは分からんがとにかく漂流物漂着物沈没物と人間の回収だ、水温も低いし体力勝負だ、気合入れておけ」
「了解」
「了解、総司令殿」
高根の言葉に短く返事をし、一瞬視線を合わせたタカコと敦賀は小さく、しかししっかりと頷き合い、鋭い視線を前に向けて歩き出した。
ここでこうやって考え込んでいてもどうにもなるまい、それは敦賀と黒川二人共通の認識で、この事は取り敢えずタカコには内密のままで、それを確認し黒川は車へと乗り込み自らの職場である太宰府へと向けて動き出し、敦賀は黒川の車が墓地の正門を出て行くのを見届けてから基地へと向けて歩き出した。
タカコの亡夫の墓に行こうと思っていた、そして、自分の気持ちを眠る彼に伝えようと、そう思っていた。そうして墓地へと向かって歩き正門を潜ろうとした時に出くわしたのは一台の車、その運転席で車を操る人物の顔が目に入った時、心臓が止まるかと思う程の衝撃を味わった。
そこにいたのは二年前自分が首を斬り落とした男、既に死んでいたとは言え思うところも多い、そんな相手が車を運転し、擦れ違いざまにこちらを見て薄く笑ったその姿はあまりに非現実的で、何の動きも出来なかった。走り去って暫くしてから漸く動きを取り戻し振り返ってみるも既に時は遅く、追いつくどころか後部に掲示されている識別番号も読み取れなかった。『あの男』がここで一体何を、そう思いつつ正門の中へと入ってみれば駐車場には黒川の姿、彼が何か知っているかも知れないと全力で駆け寄ってみたものの、結局満足する答えは得られなかった。
幽霊という事は無いだろう、他人の空似と言うには似過ぎていた。恐らくは亡夫の血縁者なのだろうが、それが正解だとしても『何処から、どうやってやって来たのか』という新たな疑問が残るだけ。
現状、タカコの精神時様態は安定しているとは言い難い、その彼女に更なる負荷要因を与える事は憚られて、黒川と話し合った通りで良いのだ、敦賀は自らにそう言い聞かせ基地の正門を潜り自らの執務室へと向かう。
「あ、先任、おはよう御座います」
「ああ、おはよう」
「今お茶お淹れしますね」
「ああ、頼む」
執務室へと入ればそこでは部屋付きの下士官が丁度部屋の朝の清掃を終えたところ、その彼へと挨拶を返して椅子へと身体を沈めれば、少しして湯気の立つ湯呑みが前へと置かれた。
「何か有れば頼むから、それ迄は通常業務に」
「了解です、失礼します」
敦賀の言葉を受けて部屋から出て行く下士官、その彼が扉を閉める前に再度挨拶と敬礼をするのを見届け、扉が閉まる音を聞きながら敦賀は上体を背凭れへと預け天井を仰ぎ見る。
取り敢えずこの件は一旦置いておこう、優先度はそう高くはない、先ずは目の前に山積している案件を片付けるのが最優先だ。そう思いつつ身体を戻し湯呑みを手に取り中身を啜り、先ずは書類を片付けるかと未済の箱に積み上げられた束に手を伸ばした、その時だった。
「先任!失礼します!」
たった今出て行ったばかりの部屋付きが切羽詰った様子で戻って来て、入室の許可を待つ余裕も無いのか扉を叩くのと同時に部屋へと転がり込んで来る。
「何が有った」
血相を変えたその様子に只事ではないな、内心そう思った敦賀はいつも通りの冷静さを崩す事も無く、ゆっくりと彼へと向かって問い掛けた。
「つい先程沿岸警備隊から総司令に入電、第一防壁と第二防壁の間に不審船漂着、死者多数の模様です、海上にも相当数の死体と漂流物、直ぐに対応されたし、と」
「そうか、分かった。船は何処の所属だ、漁船か?」
「それが……」
「どうした、不明な程大破してるのか」
「……いえ、船は外観を保ってはいるそうですが、死者の相当数がどう見ても『大和人ではない』、と」
若干青褪めた部屋付きの言葉、どういう事だと立ち上がり詳細を聞く為に高根の執務室に向かって歩き出せば、後を追って出て来た部屋付きが
「清水上等兵も呼んで来いと総司令が仰ってますので、自分はそちらに」
「分かった、早く呼んで来い」
考えの行き着くところはそう変わらないのだろう、高根の命令で仮設営舎へと向かって階段を駆け下りて行く部屋付きの背中を横目で見遣り、敦賀自身は高根の執務室へと向かい荒々しい音を立ててその扉を開き中へと入る。
「どういう事だ、どうなってる」
「俺にも分からん、沿岸警備隊からの入電で海兵隊の管理区域に漂着船、その乗組員と思われる死者の面容がどう見ても大和人じゃない、分かってるのはそれだけだ。今タカコも呼びにやってる、揃ったら直ぐに現地に出るぞ」
纏う空気をぴりぴりとさせた高根、机で肘を立てて手を組み、そこに口元を押し当てた高根の様子に敦賀も眉根を寄せて小さく舌を打つ。タカコの言っていた事が事実なら、彼女の、ワシントンの勢力は現状では大和国周辺には彼女と二人の部下以外には無い筈だ、ワシントンの勢力ではないのだとしたら、可能性として最も高いのは活骸の原因菌をこの博多にばら撒き大きな禍を二度も齎した、正体不明の敵勢力。
まだまだ態勢が整わない内に侵攻を受けるとは、揚陸を試みたが失敗したのか、それとも他にも揚陸を試み成功した部隊も有るのか、現時点では何も分からないが、それでも良くはない状況である事は明らかだった。
「悪い、ちょっと寝てた!」
黒川のところから戻ったばかりで眠っていたのか、乱れた髪もそのままのタカコが戦闘服の上着に片腕を突っ込んだ状態で執務室へと駆け込んで来る。だらしない格好のままで出て来るな、敦賀がそう小さく舌打ちをする中、高根はタカコの姿を認めると無言のままで立ち上がり扉へと向けて歩き出す。
「説明は道中で。直ぐに出るぞ。揚収だか救助だかは分からんがとにかく漂流物漂着物沈没物と人間の回収だ、水温も低いし体力勝負だ、気合入れておけ」
「了解」
「了解、総司令殿」
高根の言葉に短く返事をし、一瞬視線を合わせたタカコと敦賀は小さく、しかししっかりと頷き合い、鋭い視線を前に向けて歩き出した。
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