73 / 100
第173章『漂着』
しおりを挟む
第173章『漂着』
――対馬区、第一区画――
「遺体はこっちに集めろ!」
「何を持ってるかも分からん、絶対に素手で触れるなよ、遺体だけでなく全ての物にだ!」
「司令!『綾波』から無線が!漂流船の固定完了、臨検に同行されたしとの事です!陸軍の横山司令と黒川総監も同行する様です!」
「やっとかよ……直ぐに行くと伝えろ!敦賀、回収の指揮は篠原に任せる、補佐を頼む」
「了解」
本土と対馬区を隔てる第一防壁とその次に控える第二防壁、その間の区画である第一区画。その西側海岸線には海兵隊と陸軍の兵員が、海上には沿岸警備隊の艦艇が数隻集結し、突然現れた不審船と漂流物の揚収に慌しく動き回っていた。海岸線に打ち上げられた死体、海中から引き上げられる死体、その多くが大和人とは遠く隔たった容貌で、駆り出された兵は初めて目にするその異様さに言葉を無くしていた。
そう遠くない内に敵勢力からの攻撃を受けるだろうという事は既に知らされていても、それが一体どんな存在なのかは教える方も理解はしていなかったのか何も聞いてはいない、それがいきなりこんな形で目にするとはと愕然としつつ、それでも命令の通りに目の前に散らばる死体や無数の漂流物を揚収して行く。
時期が早過ぎた、と、高根はそんな彼等の様子を見ながら小さく舌を打ち、他の海兵達と一緒になって揚収作業に当たっているタカコの姿を見つけ、
「清水!お前も俺と来い!」
と、そう声を掛けた。
「はい!了解です司令!」
高根の言葉に返事をして水から上がるタカコ、他の二軍の目が有るというだけではなく海兵隊内部にも既に多くの新兵が配属されており、彼等には彼女の出自は全く知らされていない。高根や敦賀や他の古参達が兵士の人心を掌握していた基地襲撃前とは違い、今では海兵の多くが新兵であり、その状況の中でタカコの出自を今迄通りの扱いにしていれば直ぐに外部に漏れるだろうという判断の元、タカコ・シミズという存在は封印され、清水多佳子上等兵という存在だけが残された。今ではタカコは高根や敦賀や古参達に対して以前の様な親しげな振る舞いを見せる事は無くなり、それを目にするのは新兵達の目が全く無い時のみとなっている。
「揚収は他に任せて良い、お前は俺と一緒に船の中を見ろ、それで意見を聞かせてくれ」
「了解、総司令様」
小声でそんな遣り取りを交わしながら沿岸警備隊の小型艦艇へと乗り込めば、先に乗り込んでいた黒川とその隣にいた博多駐屯地司令の横山と目が合い、高根は軽く挙手敬礼をして長椅子へと腰を下ろした。
「……どう見る」
「……いや、俺じゃ分からん、こいつに見せて意見を聞こうかと思ってな」
最初に口を開いたのは黒川、高根はそれに短く言葉を返し隣へと腰を下ろしたタカコを顎で示して見せる。室内には自分達以外には誰もいないという事も有ってか、黒川もいつもの調子でタカコへと話を振った。
「タカコ、お前はどう見るよ」
「損傷の酷い遺体も多いから細かな人種は何とも……我々も大陸の人種を深く知っているわけでもないしな。ただ、大和人種じゃないのはどう見ても確かだ、漂着物を見た限りでは攻撃の意図と言うか準備も有る、兵器の破片が有ったから。後、遺体の手の爪が綺麗に短く整えられてるし手に特有の胼胝や癖も有るから、武器の扱いに精通している人間を揃えていたのは確実だ」
「嫌な話になって来たな……大量の死人を出した挙句に漂流する羽目になった理由は?見当はつくか?」
「それはまだ。中を見てみれば分かるかも知れんが」
「そうか……ともかく、船の内部を見てみよう」
タカコの口調も態度も普段とは違い随分と硬く、それを受けた黒川が若干面白く無さそうな面持ちをしたのを見て高根は小さく笑い、動き始めた船の窓から外を見る。状況は良いとは言えない、態勢が整う前に新たな火種を大和はその懐に抱え込んだ事になる、三軍に知れ渡ってしまっている状況だ、これを受けて統幕からも色々と言って来るだろう。タカコの知識や助言が有ったとしても、この事態と統幕の駆け引きとの二正面で事を構える以上、今迄よりももっとずっと策を巡らし神経を研ぎ澄まさなければならないのは明らかだ。
今回の第一発見者は沿岸警備隊、海上での発見という事も有り主導権を主張して来る事は充分に考えられる、発言力の強さでは海兵隊の方に分が有るが状況が状況だ、全く気は抜けないだろう。それも考えれば二正面ではなく三正面、陸軍との仲が佐竹の時代よりも幾分か良くなっている事が、海兵隊にと高根にとってはせめてもの救いだった。
外的に全神経と兵員を集中させたくとも柵というものはそれを許さず、主導権争いも予算の取り合いも出来れば他の奴がやってくれれば良いのに、高根が内心でそう零している間に艦艇は漂着船へと到着し、縄で互いの船体を固定した後に梯子が渡されて黒川を先頭にしてゆっくりとそこを上り始める。
「……おいおい……一体何が有ったんだこりゃ……」
先に上がった黒川が半ば唖然といった様子でそう言っているのが高根にも聞こえて来る、何がどうなっているのかと思いつつ梯子を上り切って甲板へと立てば、彼もまた黒川の言葉と同じ様な心境で目の前に広がる光景を見詰めていた。
派手な銃撃戦が繰り広げられたのだろう、甲板のあちこちに散らばる大量の空薬莢、血溜まりの中に倒れた遺体、死んでからそれなりに日数が立っているのか羽虫がそこら中を飛び回り、腐敗臭が鼻を突く。
「司令、どうかしまし――って……こりゃまた……」
横山に続いて最後に甲板へと上がって来たタカコ、その彼女も少々驚いた様子で甲板を見詰め、高根はその彼女の様子をやけに冷静だと思いながら聞いていた。
――対馬区、第一区画――
「遺体はこっちに集めろ!」
「何を持ってるかも分からん、絶対に素手で触れるなよ、遺体だけでなく全ての物にだ!」
「司令!『綾波』から無線が!漂流船の固定完了、臨検に同行されたしとの事です!陸軍の横山司令と黒川総監も同行する様です!」
「やっとかよ……直ぐに行くと伝えろ!敦賀、回収の指揮は篠原に任せる、補佐を頼む」
「了解」
本土と対馬区を隔てる第一防壁とその次に控える第二防壁、その間の区画である第一区画。その西側海岸線には海兵隊と陸軍の兵員が、海上には沿岸警備隊の艦艇が数隻集結し、突然現れた不審船と漂流物の揚収に慌しく動き回っていた。海岸線に打ち上げられた死体、海中から引き上げられる死体、その多くが大和人とは遠く隔たった容貌で、駆り出された兵は初めて目にするその異様さに言葉を無くしていた。
そう遠くない内に敵勢力からの攻撃を受けるだろうという事は既に知らされていても、それが一体どんな存在なのかは教える方も理解はしていなかったのか何も聞いてはいない、それがいきなりこんな形で目にするとはと愕然としつつ、それでも命令の通りに目の前に散らばる死体や無数の漂流物を揚収して行く。
時期が早過ぎた、と、高根はそんな彼等の様子を見ながら小さく舌を打ち、他の海兵達と一緒になって揚収作業に当たっているタカコの姿を見つけ、
「清水!お前も俺と来い!」
と、そう声を掛けた。
「はい!了解です司令!」
高根の言葉に返事をして水から上がるタカコ、他の二軍の目が有るというだけではなく海兵隊内部にも既に多くの新兵が配属されており、彼等には彼女の出自は全く知らされていない。高根や敦賀や他の古参達が兵士の人心を掌握していた基地襲撃前とは違い、今では海兵の多くが新兵であり、その状況の中でタカコの出自を今迄通りの扱いにしていれば直ぐに外部に漏れるだろうという判断の元、タカコ・シミズという存在は封印され、清水多佳子上等兵という存在だけが残された。今ではタカコは高根や敦賀や古参達に対して以前の様な親しげな振る舞いを見せる事は無くなり、それを目にするのは新兵達の目が全く無い時のみとなっている。
「揚収は他に任せて良い、お前は俺と一緒に船の中を見ろ、それで意見を聞かせてくれ」
「了解、総司令様」
小声でそんな遣り取りを交わしながら沿岸警備隊の小型艦艇へと乗り込めば、先に乗り込んでいた黒川とその隣にいた博多駐屯地司令の横山と目が合い、高根は軽く挙手敬礼をして長椅子へと腰を下ろした。
「……どう見る」
「……いや、俺じゃ分からん、こいつに見せて意見を聞こうかと思ってな」
最初に口を開いたのは黒川、高根はそれに短く言葉を返し隣へと腰を下ろしたタカコを顎で示して見せる。室内には自分達以外には誰もいないという事も有ってか、黒川もいつもの調子でタカコへと話を振った。
「タカコ、お前はどう見るよ」
「損傷の酷い遺体も多いから細かな人種は何とも……我々も大陸の人種を深く知っているわけでもないしな。ただ、大和人種じゃないのはどう見ても確かだ、漂着物を見た限りでは攻撃の意図と言うか準備も有る、兵器の破片が有ったから。後、遺体の手の爪が綺麗に短く整えられてるし手に特有の胼胝や癖も有るから、武器の扱いに精通している人間を揃えていたのは確実だ」
「嫌な話になって来たな……大量の死人を出した挙句に漂流する羽目になった理由は?見当はつくか?」
「それはまだ。中を見てみれば分かるかも知れんが」
「そうか……ともかく、船の内部を見てみよう」
タカコの口調も態度も普段とは違い随分と硬く、それを受けた黒川が若干面白く無さそうな面持ちをしたのを見て高根は小さく笑い、動き始めた船の窓から外を見る。状況は良いとは言えない、態勢が整う前に新たな火種を大和はその懐に抱え込んだ事になる、三軍に知れ渡ってしまっている状況だ、これを受けて統幕からも色々と言って来るだろう。タカコの知識や助言が有ったとしても、この事態と統幕の駆け引きとの二正面で事を構える以上、今迄よりももっとずっと策を巡らし神経を研ぎ澄まさなければならないのは明らかだ。
今回の第一発見者は沿岸警備隊、海上での発見という事も有り主導権を主張して来る事は充分に考えられる、発言力の強さでは海兵隊の方に分が有るが状況が状況だ、全く気は抜けないだろう。それも考えれば二正面ではなく三正面、陸軍との仲が佐竹の時代よりも幾分か良くなっている事が、海兵隊にと高根にとってはせめてもの救いだった。
外的に全神経と兵員を集中させたくとも柵というものはそれを許さず、主導権争いも予算の取り合いも出来れば他の奴がやってくれれば良いのに、高根が内心でそう零している間に艦艇は漂着船へと到着し、縄で互いの船体を固定した後に梯子が渡されて黒川を先頭にしてゆっくりとそこを上り始める。
「……おいおい……一体何が有ったんだこりゃ……」
先に上がった黒川が半ば唖然といった様子でそう言っているのが高根にも聞こえて来る、何がどうなっているのかと思いつつ梯子を上り切って甲板へと立てば、彼もまた黒川の言葉と同じ様な心境で目の前に広がる光景を見詰めていた。
派手な銃撃戦が繰り広げられたのだろう、甲板のあちこちに散らばる大量の空薬莢、血溜まりの中に倒れた遺体、死んでからそれなりに日数が立っているのか羽虫がそこら中を飛び回り、腐敗臭が鼻を突く。
「司令、どうかしまし――って……こりゃまた……」
横山に続いて最後に甲板へと上がって来たタカコ、その彼女も少々驚いた様子で甲板を見詰め、高根はその彼女の様子をやけに冷静だと思いながら聞いていた。
0
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【短編】記憶を失っていても
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。
そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。
これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。
※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
霊力ゼロの陰陽師見習い
三科異邦
ファンタジー
「霊力も使えない。術式も出せない。
……西園寺玄弥、お前は本当に陰陽師か?」
その言葉は、もう何度聞いたか分からない。
霊術学院の訓練場で、俺はただ立ち尽くしていた。
周囲では炎が舞い、水がうねり、風が刃のように走る。
同年代の陰陽師たちが、当たり前のように霊を操っている。
――俺だけが、何もできない。
反論したい気持ちはある。
でも、できない事実は変わらない。
そんな俺が、
世界最強クラスの妖怪と契約することになるなんて――
この時は、まだ知る由もなかった。
これは――
妖怪の王を倒すべく、九尾の葛葉や他の仲間達と力を合わせて成長していく陰陽師見習いの物語。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる