大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第179章『新兵』

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第179章『新兵』

「あれ?岡村はどうした?」
「あ、曹長……それが、岡村なんですけど、さっき先任がいらして、退官する事になったって話で」
「退官?脱柵でもしたか?」
「それが……自分等もよく分からなくて。曹長は先任から何も聞いてないですか?」
「いや、私は人事やなんかには関わってないし権限も無いから何も。そうか、退官か……万年兵員不足なのに痛いなぁ」
 タカコに割り当てられた分隊、朝の点呼を終えて部隊長を待っていた彼等のところにその部隊長であるタカコがやって来る。いつもの顔触れから一人少ないなとタカコが新兵達へと問い掛ければ、返って来たのは唐突な退官という言葉。相談も無く何なんだと敦賀への不快感を滲ませてそう吐き捨てる様子に、新兵達も顔を見合わせて急に消えてしまった仲間の顔を思い浮かべた。
 訓練は確かに厳しいが、気さくで頼れる上官であるタカコにすら何の相談も無く退官を決めてしまうとは、そんな事を小声で言い合えば、タカコの方はもう気分を切り替えたのか今日の予定を説明し始め、それを受けて新兵達も日常へと気持ちを戻して行った。
 先日から陸軍を皮切りに始まった抗体の接種、海兵隊もその後に続く形で行われ、抗体を持っている古参達も万が一を考慮して接種を受け、これからの戦いに向けての準備は着々と進んでいる。そんな中での突然の退官、タカコも気苦労が絶えないなと同情の視線を送る新兵、タカコはそんな彼等に反応する事も無く、淡々と業務を進めていた。
「清水、ちょっと良いか」
 そんなタカコの表情を動かしたのは突然背後から掛けられた敦賀の言葉、新兵達が弾かれる様にして姿勢を正し敬礼をする中、眉根を寄せたタカコが振り返り口を開く。
「なーんでしょーか、先任?岡村の退官、直属の上官である私に一言も無しってどういう事なんですかね?」
「てめぇ……それが上官に対する態度か……とにかく来い、話が有る。お前等は村井曹長の分隊と合流して訓練をこなせ、良いな?」
「了解です!」
 敦賀の言葉に再度敬礼をする新兵、それを横目で見つつ敦賀は踵を返し、ついて来いとタカコに言って歩き出す。
「ったく……何なんだよいきなり……」
 舌打ちをして歩き出すタカコ、その表情は新兵たちから見えない方へと振り返った瞬間から途端に鋭さを増し、つい今し方迄の不平を滲ませたものは一瞬にして消え失せる。
「……岡村もか」
「……ああ、これで五人、陸軍と合わせれば二十人だ」
「沿岸警備隊は?」
「これからだ、恐らくそっちからも出るだろう」
「時間勝負だな、勘付かれる前に片付けよう」
「ああ、分かってる」
 お互いに真っ直ぐに前を向いたまま視線は合わせず、小声で言葉を交わしつつ本部棟へと入る。向かった先は総司令執務室、中へと入れば、そこには険しい面持ちの高根と黒川の姿が有った。
「ヴィンスとケインは?」
「監視をしてもらってる」
「岡村で最後か?」
「ああ、全海兵の血液検査終了だ」
「陸軍もな」
「そうか」
「やっぱりお前の助言の通りにしておいて良かったよ、こうも大勢入り込まれてるとは……身元調査も笊だな、大概」
 ソファで並んで座る高根と黒川、その向かいへとタカコが腰を下ろせば敦賀もその横に続き、暫くの間は言葉も無く、揃って天井を見詰めていた。
 事の起こりは陸軍での抗体接種が始まる数日前、
「抗体を接種する前に全員の血液を検査した方が良い、特にこの半年以内に配属された人間の血液を重点的に調べた方が良い」
 そうタカコが言い出した事。理由を尋ねた高根にタカコは
「斥候を新たに送り込まれてる可能性が高いからだ。活骸の原因菌をばら撒く戦法を採るのなら、斥候には予め抗体を獲得させている可能性が高い、対馬区へと出ての自然獲得が望めない以上、潜入開始前に獲得させている筈だ」
 と淡々と告げ、
「使い捨てにする気なら何もしていないかも知れんがな。ただ、私が相手なら接種しておく」
 そう事も無げに言ってのけた。彼女の言葉にも一理有る、その判断から陸軍の全兵から血液を採取し、副作用が無いかどうかの簡易テストだと言い包めてのそれから、十五人の抗体獲得者が見つかった。いずれもここ数ヶ月での新規配属、その彼等を適当な理由を付けて拘束し、海兵隊でも同じ事が行われ、そして五人の新兵に抗体の存在が確認された。
 北見が事前の調査や工作の為の斥候なら、こちらは本隊が侵攻する為の破壊工作部隊なのだろう。装備や他の人員の配置がどうなっているのか等はまだ分かっていないが、それはこれから先の尋問に掛かっている。
「しかし……他で抗体を獲得したって事は無ぇのか?」
「全員が数ヶ月以内の新規配属、しかもここ博多が最初の任地だ、調査でも活骸との戦いや遭遇を経験してる者はいない……まず間違い無いだろうよ」
 そう言ってもまだ僅かに躊躇の色の残る高根の言葉、黒川と敦賀の面持ちも似た様なもので、やはり対人や国家間の争いを経験していないと決断しきるのは難しい部分も有るか、タカコはそんな事を思いつつ、さてどうしたものかと思案する。拘束した新兵二十人が斥候である事はまず間違い無いだろう、それでも自分には権限は無い、それを持っている高根や黒川が納得しない状況ではこれ以上出過ぎた事は言えないなと頭を掻けば、ふと或る事を思いついて口を開いた。
「そうだ、それなら納得出来るもん見せてやるよ」
「納得?」
「タカコよ、何なんだよそりゃ」
「いやいや、百聞は一見に如かずってな、ついて来いよ、論より証拠だ」
 にっこり笑って立ち上がるタカコの様子に顔を見合わせる三人、それでも彼女がそう言うのならば付き合ってみるか、そう言って頷き合い、立ち上がって歩き出した。
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