79 / 100
第179章『新兵』
しおりを挟む
第179章『新兵』
「あれ?岡村はどうした?」
「あ、曹長……それが、岡村なんですけど、さっき先任がいらして、退官する事になったって話で」
「退官?脱柵でもしたか?」
「それが……自分等もよく分からなくて。曹長は先任から何も聞いてないですか?」
「いや、私は人事やなんかには関わってないし権限も無いから何も。そうか、退官か……万年兵員不足なのに痛いなぁ」
タカコに割り当てられた分隊、朝の点呼を終えて部隊長を待っていた彼等のところにその部隊長であるタカコがやって来る。いつもの顔触れから一人少ないなとタカコが新兵達へと問い掛ければ、返って来たのは唐突な退官という言葉。相談も無く何なんだと敦賀への不快感を滲ませてそう吐き捨てる様子に、新兵達も顔を見合わせて急に消えてしまった仲間の顔を思い浮かべた。
訓練は確かに厳しいが、気さくで頼れる上官であるタカコにすら何の相談も無く退官を決めてしまうとは、そんな事を小声で言い合えば、タカコの方はもう気分を切り替えたのか今日の予定を説明し始め、それを受けて新兵達も日常へと気持ちを戻して行った。
先日から陸軍を皮切りに始まった抗体の接種、海兵隊もその後に続く形で行われ、抗体を持っている古参達も万が一を考慮して接種を受け、これからの戦いに向けての準備は着々と進んでいる。そんな中での突然の退官、タカコも気苦労が絶えないなと同情の視線を送る新兵、タカコはそんな彼等に反応する事も無く、淡々と業務を進めていた。
「清水、ちょっと良いか」
そんなタカコの表情を動かしたのは突然背後から掛けられた敦賀の言葉、新兵達が弾かれる様にして姿勢を正し敬礼をする中、眉根を寄せたタカコが振り返り口を開く。
「なーんでしょーか、先任?岡村の退官、直属の上官である私に一言も無しってどういう事なんですかね?」
「てめぇ……それが上官に対する態度か……とにかく来い、話が有る。お前等は村井曹長の分隊と合流して訓練をこなせ、良いな?」
「了解です!」
敦賀の言葉に再度敬礼をする新兵、それを横目で見つつ敦賀は踵を返し、ついて来いとタカコに言って歩き出す。
「ったく……何なんだよいきなり……」
舌打ちをして歩き出すタカコ、その表情は新兵たちから見えない方へと振り返った瞬間から途端に鋭さを増し、つい今し方迄の不平を滲ませたものは一瞬にして消え失せる。
「……岡村もか」
「……ああ、これで五人、陸軍と合わせれば二十人だ」
「沿岸警備隊は?」
「これからだ、恐らくそっちからも出るだろう」
「時間勝負だな、勘付かれる前に片付けよう」
「ああ、分かってる」
お互いに真っ直ぐに前を向いたまま視線は合わせず、小声で言葉を交わしつつ本部棟へと入る。向かった先は総司令執務室、中へと入れば、そこには険しい面持ちの高根と黒川の姿が有った。
「ヴィンスとケインは?」
「監視をしてもらってる」
「岡村で最後か?」
「ああ、全海兵の血液検査終了だ」
「陸軍もな」
「そうか」
「やっぱりお前の助言の通りにしておいて良かったよ、こうも大勢入り込まれてるとは……身元調査も笊だな、大概」
ソファで並んで座る高根と黒川、その向かいへとタカコが腰を下ろせば敦賀もその横に続き、暫くの間は言葉も無く、揃って天井を見詰めていた。
事の起こりは陸軍での抗体接種が始まる数日前、
「抗体を接種する前に全員の血液を検査した方が良い、特にこの半年以内に配属された人間の血液を重点的に調べた方が良い」
そうタカコが言い出した事。理由を尋ねた高根にタカコは
「斥候を新たに送り込まれてる可能性が高いからだ。活骸の原因菌をばら撒く戦法を採るのなら、斥候には予め抗体を獲得させている可能性が高い、対馬区へと出ての自然獲得が望めない以上、潜入開始前に獲得させている筈だ」
と淡々と告げ、
「使い捨てにする気なら何もしていないかも知れんがな。ただ、私が相手なら接種しておく」
そう事も無げに言ってのけた。彼女の言葉にも一理有る、その判断から陸軍の全兵から血液を採取し、副作用が無いかどうかの簡易テストだと言い包めてのそれから、十五人の抗体獲得者が見つかった。いずれもここ数ヶ月での新規配属、その彼等を適当な理由を付けて拘束し、海兵隊でも同じ事が行われ、そして五人の新兵に抗体の存在が確認された。
北見が事前の調査や工作の為の斥候なら、こちらは本隊が侵攻する為の破壊工作部隊なのだろう。装備や他の人員の配置がどうなっているのか等はまだ分かっていないが、それはこれから先の尋問に掛かっている。
「しかし……他で抗体を獲得したって事は無ぇのか?」
「全員が数ヶ月以内の新規配属、しかもここ博多が最初の任地だ、調査でも活骸との戦いや遭遇を経験してる者はいない……まず間違い無いだろうよ」
そう言ってもまだ僅かに躊躇の色の残る高根の言葉、黒川と敦賀の面持ちも似た様なもので、やはり対人や国家間の争いを経験していないと決断しきるのは難しい部分も有るか、タカコはそんな事を思いつつ、さてどうしたものかと思案する。拘束した新兵二十人が斥候である事はまず間違い無いだろう、それでも自分には権限は無い、それを持っている高根や黒川が納得しない状況ではこれ以上出過ぎた事は言えないなと頭を掻けば、ふと或る事を思いついて口を開いた。
「そうだ、それなら納得出来るもん見せてやるよ」
「納得?」
「タカコよ、何なんだよそりゃ」
「いやいや、百聞は一見に如かずってな、ついて来いよ、論より証拠だ」
にっこり笑って立ち上がるタカコの様子に顔を見合わせる三人、それでも彼女がそう言うのならば付き合ってみるか、そう言って頷き合い、立ち上がって歩き出した。
「あれ?岡村はどうした?」
「あ、曹長……それが、岡村なんですけど、さっき先任がいらして、退官する事になったって話で」
「退官?脱柵でもしたか?」
「それが……自分等もよく分からなくて。曹長は先任から何も聞いてないですか?」
「いや、私は人事やなんかには関わってないし権限も無いから何も。そうか、退官か……万年兵員不足なのに痛いなぁ」
タカコに割り当てられた分隊、朝の点呼を終えて部隊長を待っていた彼等のところにその部隊長であるタカコがやって来る。いつもの顔触れから一人少ないなとタカコが新兵達へと問い掛ければ、返って来たのは唐突な退官という言葉。相談も無く何なんだと敦賀への不快感を滲ませてそう吐き捨てる様子に、新兵達も顔を見合わせて急に消えてしまった仲間の顔を思い浮かべた。
訓練は確かに厳しいが、気さくで頼れる上官であるタカコにすら何の相談も無く退官を決めてしまうとは、そんな事を小声で言い合えば、タカコの方はもう気分を切り替えたのか今日の予定を説明し始め、それを受けて新兵達も日常へと気持ちを戻して行った。
先日から陸軍を皮切りに始まった抗体の接種、海兵隊もその後に続く形で行われ、抗体を持っている古参達も万が一を考慮して接種を受け、これからの戦いに向けての準備は着々と進んでいる。そんな中での突然の退官、タカコも気苦労が絶えないなと同情の視線を送る新兵、タカコはそんな彼等に反応する事も無く、淡々と業務を進めていた。
「清水、ちょっと良いか」
そんなタカコの表情を動かしたのは突然背後から掛けられた敦賀の言葉、新兵達が弾かれる様にして姿勢を正し敬礼をする中、眉根を寄せたタカコが振り返り口を開く。
「なーんでしょーか、先任?岡村の退官、直属の上官である私に一言も無しってどういう事なんですかね?」
「てめぇ……それが上官に対する態度か……とにかく来い、話が有る。お前等は村井曹長の分隊と合流して訓練をこなせ、良いな?」
「了解です!」
敦賀の言葉に再度敬礼をする新兵、それを横目で見つつ敦賀は踵を返し、ついて来いとタカコに言って歩き出す。
「ったく……何なんだよいきなり……」
舌打ちをして歩き出すタカコ、その表情は新兵たちから見えない方へと振り返った瞬間から途端に鋭さを増し、つい今し方迄の不平を滲ませたものは一瞬にして消え失せる。
「……岡村もか」
「……ああ、これで五人、陸軍と合わせれば二十人だ」
「沿岸警備隊は?」
「これからだ、恐らくそっちからも出るだろう」
「時間勝負だな、勘付かれる前に片付けよう」
「ああ、分かってる」
お互いに真っ直ぐに前を向いたまま視線は合わせず、小声で言葉を交わしつつ本部棟へと入る。向かった先は総司令執務室、中へと入れば、そこには険しい面持ちの高根と黒川の姿が有った。
「ヴィンスとケインは?」
「監視をしてもらってる」
「岡村で最後か?」
「ああ、全海兵の血液検査終了だ」
「陸軍もな」
「そうか」
「やっぱりお前の助言の通りにしておいて良かったよ、こうも大勢入り込まれてるとは……身元調査も笊だな、大概」
ソファで並んで座る高根と黒川、その向かいへとタカコが腰を下ろせば敦賀もその横に続き、暫くの間は言葉も無く、揃って天井を見詰めていた。
事の起こりは陸軍での抗体接種が始まる数日前、
「抗体を接種する前に全員の血液を検査した方が良い、特にこの半年以内に配属された人間の血液を重点的に調べた方が良い」
そうタカコが言い出した事。理由を尋ねた高根にタカコは
「斥候を新たに送り込まれてる可能性が高いからだ。活骸の原因菌をばら撒く戦法を採るのなら、斥候には予め抗体を獲得させている可能性が高い、対馬区へと出ての自然獲得が望めない以上、潜入開始前に獲得させている筈だ」
と淡々と告げ、
「使い捨てにする気なら何もしていないかも知れんがな。ただ、私が相手なら接種しておく」
そう事も無げに言ってのけた。彼女の言葉にも一理有る、その判断から陸軍の全兵から血液を採取し、副作用が無いかどうかの簡易テストだと言い包めてのそれから、十五人の抗体獲得者が見つかった。いずれもここ数ヶ月での新規配属、その彼等を適当な理由を付けて拘束し、海兵隊でも同じ事が行われ、そして五人の新兵に抗体の存在が確認された。
北見が事前の調査や工作の為の斥候なら、こちらは本隊が侵攻する為の破壊工作部隊なのだろう。装備や他の人員の配置がどうなっているのか等はまだ分かっていないが、それはこれから先の尋問に掛かっている。
「しかし……他で抗体を獲得したって事は無ぇのか?」
「全員が数ヶ月以内の新規配属、しかもここ博多が最初の任地だ、調査でも活骸との戦いや遭遇を経験してる者はいない……まず間違い無いだろうよ」
そう言ってもまだ僅かに躊躇の色の残る高根の言葉、黒川と敦賀の面持ちも似た様なもので、やはり対人や国家間の争いを経験していないと決断しきるのは難しい部分も有るか、タカコはそんな事を思いつつ、さてどうしたものかと思案する。拘束した新兵二十人が斥候である事はまず間違い無いだろう、それでも自分には権限は無い、それを持っている高根や黒川が納得しない状況ではこれ以上出過ぎた事は言えないなと頭を掻けば、ふと或る事を思いついて口を開いた。
「そうだ、それなら納得出来るもん見せてやるよ」
「納得?」
「タカコよ、何なんだよそりゃ」
「いやいや、百聞は一見に如かずってな、ついて来いよ、論より証拠だ」
にっこり笑って立ち上がるタカコの様子に顔を見合わせる三人、それでも彼女がそう言うのならば付き合ってみるか、そう言って頷き合い、立ち上がって歩き出した。
0
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
霊力ゼロの陰陽師見習い
三科異邦
ファンタジー
「霊力も使えない。術式も出せない。
……西園寺玄弥、お前は本当に陰陽師か?」
その言葉は、もう何度聞いたか分からない。
霊術学院の訓練場で、俺はただ立ち尽くしていた。
周囲では炎が舞い、水がうねり、風が刃のように走る。
同年代の陰陽師たちが、当たり前のように霊を操っている。
――俺だけが、何もできない。
反論したい気持ちはある。
でも、できない事実は変わらない。
そんな俺が、
世界最強クラスの妖怪と契約することになるなんて――
この時は、まだ知る由もなかった。
これは――
妖怪の王を倒すべく、九尾の葛葉や他の仲間達と力を合わせて成長していく陰陽師見習いの物語。
【短編】記憶を失っていても
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。
そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。
これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。
※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)
【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる