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第180章『少年兵』
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第180章『少年兵』
生まれはワシントンの東部、首都からそう遠くない都市のスラム街で育った。父親の顔は知らず母親は売春婦、自宅である安アパートで客をとる度に外に出され、物心付いて暫くして親の汚らしさに気が付いて帰らなくなった。行き着いた先はギャングの最下層の構成員、そこで薬を売り、ナイフと銃を手にして盗み、人を傷付け時には殺し、将来の展望等は何も無いままに生きていた。
そんな時に見慣れない男に声を掛けられて、良いものを持っていると言われ、今よりもずっと良い暮らしをさせてやると言われてスラム街を離れた。連れて行かれた先は自分と同じ様な少年が集められた何かの訓練施設、男が私兵組織のリクルーターだと知ったのはそれから少ししてからの事だ。
そこで数年間訓練を施され、ギャング時代に身に付けた戦う術と殺す術は、素人の稚拙な技から兵士のそれへと変貌を遂げた。ヤマトという聞いた事の無い外国の言葉を覚えさせられ、自分達は大きな役目を背負ってもう直ぐそこへ赴くのだと、そんな大任を与えられた自分達は誇り高い存在なのだと、何度も何度も、教官から繰り返しそう聞かされた。
そうして半年程前、仲間と共に揚陸艦でワシントンを離れ、一ヶ月程の航海の後に辿り着いたのは極東の島国。新月の闇に紛れて揚陸艦から車とそれに積み込んだ武器を降ろし、武器を分散させて隠した後は車は崖から海に落として沈め、それから散り散りになった後で時期と場所をずらして大和軍へと入隊した。
「…………」
まだ少年と言っても良い程にあどけなさをその面差しに残した男、彼はぼんやりと自分の半生を思い出しつつ掌を眺めていた。場所は海兵隊の営倉、昨日突然古参の海兵達に拘束され、何の説明も無いままにここへと入れられた、その後は食事の時以外には見張り以外の海兵達の姿を見る事も無く、同じ様にして連れて来られたであろう兵士とこうして床へと腰を下ろし膝を抱えている。
誰も何も言葉を発しない、状況は全て監視され盗聴されているだろう、そんな中で迂闊に口を開き、見ず知らず同士である筈の自分達に関わりが有ると気取られては困る。
拘束される数日前、活骸から感染する菌の抗体をこれから摂取するが、それに対する副作用や拒絶反応が無いかを念の為に調べると言われ採血をされた。それから数日後の昨日突然上級曹長の敦賀に呼び出され、何も理由を告げられないままに古参の海兵達に拘束されたが、恐らくは採取した血液を調べられ、そこから大和人達と自分の何か明確な違いを発見されてしまったのだろう。
恐らく誤魔化しは効かない、こうして集められた人間の中には共に訓練を積んだ仲間の顔が数多く有り、共に揚陸艦で海を越えて来た仲間の顔も有る、何か明確な基準を既に大和は掴んでいる、人工抗体を量産出来る態勢が整えられた程だ、事前に自分達が投与されていた抗体を検出する位は出来るに違い無い。
きっと、自分達はもう潜伏生活に戻る事は無い、大和が拘束した敵兵に対してどんな処遇をするのかは分からないが尋問に掛けられて知っている事を吐けと迫られる事は間違い無い。それがどの程度のものなのか、拷問も伴うものなのかは分からないが、何人かは口を割ってしまうだろう。それを警戒しての事か自分達には計画の全貌は知らされていない、自分達の班の知っている事を他の班は知らずといった風に情報が分断されており、全員が口を割らない限りは全貌は見えない様になっていると事前にそう説明を受けている。
どちらにせよこうなってしまった以上は行くところ迄行くしか無い、与えられた大任を果たす為に、男がそんな事を考えていた時、見張りが立つ直ぐ脇の扉が開き、一人の海兵が中へと入って来た。
「様子はどうだ?」
「異状無し。静かなもんだよ」
「そうか。何の為の拘束かは分からんが、平穏無事が一番だな」
「違い無ぇな」
「酒保で饅頭買って来た、食えよ」
「おお、ありがてぇ、頂きます……あ、ちょっと便所行きたいんだけど、その間いてもらって良いか?直ぐ戻るから」
「ああ、構わん。しっかりひり出して来いよ」
「助かるよ、直ぐ戻る」
入って来たのは伍長の片桐、見張りも彼と同格の下士官で、どうやら上から詳しい事は何も聞かされていないらしい。何の為の拘束と見張りなのか、そんな言葉を交わし、見張りの方は便所へと出て行き片桐だけが営倉の中へと残り、再び重い静寂が訪れる。
『……今夜、基地内で爆破騒ぎが起こる、その隙にこれを使ってここから逃げ出せ』
房へと近寄って来た片桐、その彼の口から出たワシントン語に反射的に顔を上げた直後、男はしまったと小さく舌を打った。大和で生まれ育った大和人、大和語以外の言語等知る筈も無い設定で潜入していたのに、生まれてからずっと親しみ操って来た母国の言葉に思わず反応してしまった。これが鎌掛けだったらと全身に緊張が走るが、片桐はそれに特に意識を留める事も無く、格子に凭れ掛かる形でいた男の前に片膝を突き、戦闘服の懐から何かが入れられた袋を取り出し隙間から男の前に投げて寄越す。
『爆薬と信管だ、使い方は分かるな?詳しくは言えんが俺もお前等と同じ斥候だ、俺はまだ任務が有るから残るが、お前等はそれを使って脱出しろ、万が一の時の集合地点は聞いてるな?そこに潜伏しろ』
どう答えるべきなのか、それとなく視線を合わせてどうすべきなのかと戸惑う男達、片桐はそれを無視し
『良いな?今夜だ、今から五時間後、それを逃せば機会はもう無いぞ』
そう言って立っていた位置へと足早に戻って行く。
「すっきりしたよ、有り難うな」
「いや、これ位別に」
やがて便所から戻って来た見張りが自分の立ち位置へと戻り、片桐はその彼と暫く雑談を交わした後、何事も無かった様に営倉を出て行った。
生まれはワシントンの東部、首都からそう遠くない都市のスラム街で育った。父親の顔は知らず母親は売春婦、自宅である安アパートで客をとる度に外に出され、物心付いて暫くして親の汚らしさに気が付いて帰らなくなった。行き着いた先はギャングの最下層の構成員、そこで薬を売り、ナイフと銃を手にして盗み、人を傷付け時には殺し、将来の展望等は何も無いままに生きていた。
そんな時に見慣れない男に声を掛けられて、良いものを持っていると言われ、今よりもずっと良い暮らしをさせてやると言われてスラム街を離れた。連れて行かれた先は自分と同じ様な少年が集められた何かの訓練施設、男が私兵組織のリクルーターだと知ったのはそれから少ししてからの事だ。
そこで数年間訓練を施され、ギャング時代に身に付けた戦う術と殺す術は、素人の稚拙な技から兵士のそれへと変貌を遂げた。ヤマトという聞いた事の無い外国の言葉を覚えさせられ、自分達は大きな役目を背負ってもう直ぐそこへ赴くのだと、そんな大任を与えられた自分達は誇り高い存在なのだと、何度も何度も、教官から繰り返しそう聞かされた。
そうして半年程前、仲間と共に揚陸艦でワシントンを離れ、一ヶ月程の航海の後に辿り着いたのは極東の島国。新月の闇に紛れて揚陸艦から車とそれに積み込んだ武器を降ろし、武器を分散させて隠した後は車は崖から海に落として沈め、それから散り散りになった後で時期と場所をずらして大和軍へと入隊した。
「…………」
まだ少年と言っても良い程にあどけなさをその面差しに残した男、彼はぼんやりと自分の半生を思い出しつつ掌を眺めていた。場所は海兵隊の営倉、昨日突然古参の海兵達に拘束され、何の説明も無いままにここへと入れられた、その後は食事の時以外には見張り以外の海兵達の姿を見る事も無く、同じ様にして連れて来られたであろう兵士とこうして床へと腰を下ろし膝を抱えている。
誰も何も言葉を発しない、状況は全て監視され盗聴されているだろう、そんな中で迂闊に口を開き、見ず知らず同士である筈の自分達に関わりが有ると気取られては困る。
拘束される数日前、活骸から感染する菌の抗体をこれから摂取するが、それに対する副作用や拒絶反応が無いかを念の為に調べると言われ採血をされた。それから数日後の昨日突然上級曹長の敦賀に呼び出され、何も理由を告げられないままに古参の海兵達に拘束されたが、恐らくは採取した血液を調べられ、そこから大和人達と自分の何か明確な違いを発見されてしまったのだろう。
恐らく誤魔化しは効かない、こうして集められた人間の中には共に訓練を積んだ仲間の顔が数多く有り、共に揚陸艦で海を越えて来た仲間の顔も有る、何か明確な基準を既に大和は掴んでいる、人工抗体を量産出来る態勢が整えられた程だ、事前に自分達が投与されていた抗体を検出する位は出来るに違い無い。
きっと、自分達はもう潜伏生活に戻る事は無い、大和が拘束した敵兵に対してどんな処遇をするのかは分からないが尋問に掛けられて知っている事を吐けと迫られる事は間違い無い。それがどの程度のものなのか、拷問も伴うものなのかは分からないが、何人かは口を割ってしまうだろう。それを警戒しての事か自分達には計画の全貌は知らされていない、自分達の班の知っている事を他の班は知らずといった風に情報が分断されており、全員が口を割らない限りは全貌は見えない様になっていると事前にそう説明を受けている。
どちらにせよこうなってしまった以上は行くところ迄行くしか無い、与えられた大任を果たす為に、男がそんな事を考えていた時、見張りが立つ直ぐ脇の扉が開き、一人の海兵が中へと入って来た。
「様子はどうだ?」
「異状無し。静かなもんだよ」
「そうか。何の為の拘束かは分からんが、平穏無事が一番だな」
「違い無ぇな」
「酒保で饅頭買って来た、食えよ」
「おお、ありがてぇ、頂きます……あ、ちょっと便所行きたいんだけど、その間いてもらって良いか?直ぐ戻るから」
「ああ、構わん。しっかりひり出して来いよ」
「助かるよ、直ぐ戻る」
入って来たのは伍長の片桐、見張りも彼と同格の下士官で、どうやら上から詳しい事は何も聞かされていないらしい。何の為の拘束と見張りなのか、そんな言葉を交わし、見張りの方は便所へと出て行き片桐だけが営倉の中へと残り、再び重い静寂が訪れる。
『……今夜、基地内で爆破騒ぎが起こる、その隙にこれを使ってここから逃げ出せ』
房へと近寄って来た片桐、その彼の口から出たワシントン語に反射的に顔を上げた直後、男はしまったと小さく舌を打った。大和で生まれ育った大和人、大和語以外の言語等知る筈も無い設定で潜入していたのに、生まれてからずっと親しみ操って来た母国の言葉に思わず反応してしまった。これが鎌掛けだったらと全身に緊張が走るが、片桐はそれに特に意識を留める事も無く、格子に凭れ掛かる形でいた男の前に片膝を突き、戦闘服の懐から何かが入れられた袋を取り出し隙間から男の前に投げて寄越す。
『爆薬と信管だ、使い方は分かるな?詳しくは言えんが俺もお前等と同じ斥候だ、俺はまだ任務が有るから残るが、お前等はそれを使って脱出しろ、万が一の時の集合地点は聞いてるな?そこに潜伏しろ』
どう答えるべきなのか、それとなく視線を合わせてどうすべきなのかと戸惑う男達、片桐はそれを無視し
『良いな?今夜だ、今から五時間後、それを逃せば機会はもう無いぞ』
そう言って立っていた位置へと足早に戻って行く。
「すっきりしたよ、有り難うな」
「いや、これ位別に」
やがて便所から戻って来た見張りが自分の立ち位置へと戻り、片桐はその彼と暫く雑談を交わした後、何事も無かった様に営倉を出て行った。
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