大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第181章『経験の差』

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第181章『経験の差』

 片桐が出て行ってから五時間、食事と見張りの交代以外には何の動きも無く、その動きすら前日との繰り返しで何事も無く時間は過ぎて行った。見張りの海兵の目が有る為に言葉を交わし『その時』にどう動くかと相談する事も出来ずに徒に時は流れ、男は咄嗟に懐に隠した袋を時折戦闘服の上から撫で、どうするのか、どうすべきなのかと逡巡する事を繰り返す。
 やがて夕食が運ばれて来て夜が訪れた事を知り、男は無言のままそれを口に運びながらもう直ぐ訪れるであろう『その時』に思いを馳せる。懐に隠す前にちらりと見た袋の中にはプラスチック爆薬と信管が房の数だけ有った、ワシントンでよく使われているもので自分達もこれで訓練を受けた、しっかりと見たわけではないが偽物ではなく本物だった。本当にこれを使って逃げ出すべきなのか、何度考えても答えは分からない、それでも何もしないままでは遠からず全員が尋問に掛けられる事は目に見えており、結局答えは一つだなとそう思い至り、食べ終えた食器を片付けつつもう一度懐の袋を撫でた。
 全員が食事を終えて片付けを終えればその後には再び重い静寂が訪れる、刻一刻と近付く『その時』、全員の胸中はそれに向けられているのか空気がぴりぴりとするのが分かる。拘束された時に時計も取り上げられたから正確な時間は分からないが、後数十分もすれば片桐が告げた時間になるだろう。
 どうするつもりなのか、と、それとなく視線が自分に集中しているのが分かる、自分は偶々近くにいたから袋を放られただけなのだが、こんな差し迫った状況ではそうも言っていられない、もう直ぐ起きる筈の爆破、それが起きた時には自分が指示を出しここから脱出するしか無いだろう。
 と、その直後、その場の全員の鼓膜と身体を揺らす爆音と振動、来た、と身構えれば、見張りは突然の事に咄嗟には動けずに固まり、一拍置いてから動き出し外の様子を確かめようと扉へと向けて走り出した。
「倉庫が爆破された!弾庫と燃料庫に近い、誘爆したら大惨事だ、ここは無人にしておいて良いから消火最優先にしろ!」
「分かった!」
 見張りが到達する前に扉は外から開かれ、片桐が飛び込んで来て消火作業を手伝えと見張りへと声を張り上げる。見張りが先に出て行きその後に続く片桐、その彼が扉を閉める直前に自分達の方を見て小さく頷くのを目にし、男は肚を決めて動き出した。
『とにかく此処から脱出するぞ!状況はよく分からないが今を逃したら逃げ出すチャンスは無くなる!爆薬と信管を投げるから夫々房の鍵を壊して外に出るんだ!』
 外にさえ出てしまえば爆破とそれに続く消火の混乱が満ちている筈、それと夜陰に乗じて逃げるのはそう難しくはない筈だ。その考えは全員の胸中と一致したのか、夫々の房の格子の隙間から爆薬と信管を求めて腕が伸びて来る。
『投げるぞ!』
 信管から出ている導線を爆薬に巻き付けそれを他の房に向けて放り投げ、最後に残った一組を男は自らの房の鍵に設置する。超小規模爆破用の十秒の時限式信管、設置したら直ぐに遠ざかり身を伏せて、訓練で教わった通りの動きをなぞり、
『伏せて耳を塞げ!』
 と、最後に仲間に向けてそう声を放り、もう直ぐ訪れる衝撃に備えきつく目を閉じた。
 再度襲う振動と爆音、鍵を吹き飛ばした所為で金属音が酷く耳障りで、それでも顔を上げれば爆破が成功した事を半開きになった房の扉を目にして知り、
『脱出だ!取り残された奴がいないかだけはきっちり確認しろよ!』
 と、そう声を放って営倉の扉へと向けて走り出す。扉へと手を掛けて回せば鍵は掛けられておらず、そっと開き隙間から外の様子を窺ってみれば、遠くに火の手が上がるのが見えて、方々から海兵達の怒号や指示を出し求める声が聞こえて来る。どうやら爆破は本当に行われたらしい、片桐の正体を自分は知らないが、それでも実に都合が良かったと彼に感謝しつつ、外へと向けて一気に走り出した。
 このまま外に出たら一旦散り散りになり身を隠し、夫々で集合地点を目指す、当初からの手順を頭の中で繰り返しつつ通路を走り抜けて開けた場所へと出れば、
『止まれ!動くな!』
 という女の怒号が聞こえると共に急に目を開けていられない程の強い光を当てられ、動きはその場へと縫い付けられた。
「な?言っただろ?」
「ああ、こりゃ確かに疑い様も無ぇな」
「よしタカコ、良くやった」
「タカコさんやれば出来る子ですから!」
 たった今の怒号とは同一人物とは思えない程の軽い調子の女の声、それが複数の男と言葉を交わす様子が窺える。やがて突然の強い光にも多少目が慣れて来た男の目に映ったのは、自分の直属の上官であり要監視対象だと伝えられていた曹長の清水多佳子が、陸軍の西方総監である黒川にやや乱暴に頭を撫で回される光景。その横には海兵隊総司令の高根と博多駐屯地の司令の横山と沿岸警備隊博多基地の司令の浅田、そして、海兵隊最先任上級曹長の敦賀の姿が在った。その周囲には小銃を構えてこちらへと銃口を向け殺気をぶつけて来る多くの古参海兵、逃すつもりは毛頭無いのは誰の目にも明らかだ。
『若いねぇ、坊主共。知らない人に声を掛けられてもついて行ったりしたら駄目だって、マムに教わらなかったか?なぁ、岡村二等兵?』
 黒川の手を振り払いながら清水が強く鋭い笑みと言葉を投げ掛けて来る。謀られた、今更そう気付いても既に遅く、何とか逃げられないかと足を動かせば、何処からともなく飛んで来た狙撃銃の銃声と銃弾が男達の歩みをその場へと更に強く縫い付ける。
『ここにいる海兵以外にも私の忠犬が一頭、離れた地点からお前等に照準を合わせてる、狙撃の腕は確かだぞ?私もそいつもこの世界で二十年以上生き延びて来てる……お前等とは経験も潜った修羅場の数も桁違いだ……逃げ出せると思うなよ?』
 人とは思えない程の獰猛さと冷たさ鋭さに満ちた声音、その言葉を彼女を取り囲む高級士官達と敦賀へと片桐が通訳しているのが見て取れる。ワシントンと大和軍には既に何等かの繋がりが出来ている、男達は様子を見てそれを悟り、刃向かう意志は既に無いと示す様にして両腕を挙げ、頭の後ろで手を組み地に膝を突いた。
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