大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第189章『出現』

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第189章『出現』

 外に出て連れ込み宿で一夜を明かし基地近く迄敦賀と戻り、時間をずらして中へと入ろうと彼を見送った後は適当に時間を潰していたタカコ、その彼女の視界に、見慣れた人物がゆっくりと歩いて来る様子が飛び込んで来た。
「おー、真吾、おはよーさん」
「何だよ、タカコじゃねぇか。お前こんな所で何やってんだ?」
「あー、朝帰り。先に敦賀行かせて私もそろそろ入ろうと思ってたところ」
「おー、感心感心、ちゃんと言いつけ守ってるんだな、敦賀も」
 いつもなら一言小言が入りそうなものだがそれが無い、妙に思ったタカコが高根と並んで歩きながら彼の様子を窺えば、何とも浮付いた表情に軽い足取り、普段とは違うその様にもしやと思い彼の身体に顔を近付けて鼻をひくりとさせてみれば、香ったのはまだ僅かに湿った感触の有る石鹸の香りだった。
「……おい、何いきなり匂い嗅いでんだよ」
「……この……この……」
「あ?」
 急に顔を近付けて来たのを訝しがり立ち止まりタカコを見下ろす高根、言われた方のタカコも立ち止まり、何故か両の拳を握り締めたまま肩を震わせ、俯いて何かを呟いている。
「……この……小児性愛者が!やったのか!やったんだな!あんな小さくて可愛い子を屑中年が手篭めにするとか!」
 場所は朝の海兵隊基地内、あちこちに出勤して来た海兵や営舎から本部棟や他の棟に歩く海兵の姿。そのど真ん中で突如としてタカコから放たれた大声とその内容に、意味を理解した全ての人間の行動が停止した。
「アレ!アレなのか!あんな処女でもおかしくない様な感じの子に『ぐへへ、おぢさんが色々と教えてあげるよ』とか言って色々教え込んだんだろ!取り敢えずお口で――」
 更に飛び出す暴言、堪らずにタカコの後頭部に掌を全力で叩き込んで黙らせた高根がそのまま彼女の襟首を掴んで走り出し、本部棟へと入り総司令執務室に駆け込んで扉を閉める。
「てっめ……いきなり何ほざいてんだこの馬鹿!」
「やったんだろ!」
「やってねぇ!」
 場所も立場も忘れて、否、場所も立場も考えろと高根が声を荒げてもタカコはそんな事はどうでもいいとばかりに詰問を続け、一向に閉じられる気配の無い口を閉じさせようと高根が更に声を荒げ、廊下では一体何が有ったのかと様子を窺う者迄いる状態だが、それでもタカコの詰問は止む事は無い。
「私がここに来てからの二年ちょいでお前が朝風呂遣って来た事なんか一度も無ぇぞ!しかもニヤニヤデレデレしちゃってどう考えてもやったに決まってんだろうが!口でさせたりとか自分でさせたりとかしたんじゃねぇだろうな、それともアレか、縛っ――」
「んな事はしてねぇよ!普通に大切に抱いただけだ文句有るか!」
「ほら見ろ!やっぱりやる事やってんじゃねぇかこの屑!あんな可愛い子猫を手篭めにするとか!」
「鎌掛けやがったなこの腐れ外道が!」
「悪ぃか!」
 四十一歳と三十三歳、准将と曹長、しかも男と女の罵り合いとはとても思えない内容、そこから先に降りたのはタカコの方で、ソファへとどかりと腰を下ろし柔らかな布面にのの字を書きながら今度はグチグチと零し出す。
「……はぁ……あんな小さくて可愛くて純粋無垢そうな子がこんな屑に穢されるとか……何て羨ましいんだ……」
「……俺はお前を一応は女だと認識してたんだがよ、どうやらそれは間違ってたらしいな……」
「小さくて若くて可愛い子見たら誰だってそう思うだろ……男女関係無ぇだろ……」
「……俺はお前の判断基準が理解出来ねぇよ……」
「んで?この間の打ち合わせの時にタツさんとその話してたんじゃないか?どんな子なのよ、私にも教えろよ、寧ろ紹介しろ」
 何処迄本気なのか分からないタカコの言葉、黒川に密告しておいてまだ言うかと高根は睨みつけつつタカコの向かいへと腰を下ろし、何をどう言ったものかと頭を乱暴に数度掻いた。
「色々事情が有ってうちに住まわせる事になってよ、最初は家政婦としてだったんだけどな。まぁ、それで一緒に暮らしてる内に……ほれ、なんつーの、分かるだろ」
「……惚れたか」
「……悪ぃかよ」
「……真面目な気持ちか」
「……当然だ。遊びで手を出せる様な女じゃねぇんだよあいつは」
「へぇ……タツさんと並んで中洲の双璧って言われてたらしいお前がねぇ……」
「……悪ぃかよ、俺が女に本気になっちゃ」
「いや?安心した。あんな純粋そうな子だったからさ、流石にちょっと心配になって」
「俺の自業自得だってのは認めるが……それならせめて二人きりの時に言ってくれ……」
 肩を落としつつ深く息を吐く高根、タカコはそんな彼を見て目を細め、穏やかに微笑んだ。暗く険しい話題ばかりの昨今、今この瞬間に本土に活骸が発生するかも知れない、大規模な爆破攻勢が仕掛けられるかも知れない。そんな中で偶然見掛けた暖かで優しい光景、男としての高根の逸話の数々は他から、特に黒川から聞かされていた事も有って心配になったのだが、あの光景、そして今目の前にいる彼の佇まいを見る限り、自分の心配は全くの杞憂だったらしい。
「んで?んで?いつ籍入れるの?」
「戦況が戦況だから今直ぐはなぁ。子供出来てもなかなか傍にいてやれない事も増えて来るだろうし、今はまだな」
「入れる気は有るのね」
「おう」
 そう、自分達はこれから不気味で強大な敵に立ち向かう事になる。その戦いの中で多くを失うだろう、時には自らの命すらも。けれど、護りたいと思うものが有れば人は強くなれる、今迄の高根にはその部分が希薄だったが、将来を考える様な相手が出来たともなればその部分についてはもう安心だろう。
「ああ、そういやよ、素案、どんな感じだ?」
「それがまだまだでなぁ。一度対馬区で実際に車両使っての訓練やって、その上で組み立てた方が良いかもな」
「そうか……お前には色々としんどい事ばっかり頼んでて悪いと思うがよ、頼むな」
「ああ、それ気にしなくて良いんだけど。あ、じゃあさ、今日の夜にでも子猫ちゃんに会わせてよ。私だけ行くのも子猫ちゃんに悪いから、私と敦賀と、タツさん今日も来るって行ってたから、タツさんの三人でお邪魔する感じで」
「いや、今日はちょっと……無理だわ、多分」
「何故」
「……ほぼ夜通しで盛りまくっちまって……一日寝たきりになってると思う、あいつ」
「うわぁ……さいてぇ……」
 若干居心地悪そうに言う高根、彼のこんな様子が拝めるとは実に愉快だとタカコが笑った直後、電話の呼び出し音が室内に鳴り響いた。
「それじゃ、仕事に掛かるか」
 そう言って立ち上がり机へと向かい受話器を取る高根、着替えは電話が終わった後かと思いつつ自らも自分の仕事に戻るかと立ち上がったタカコの動きを止めたのは、緊迫感に満ちた高根の声音だった。
「時刻は?対応は今は陸軍が?ああ、数は不明なんだな?ああ、ああ、分かった、直ぐに態勢を整えて出撃する」
 『出撃』、その言葉と高根の硬い声音に何が起きたのかを察知するタカコ、その顔には既に今しがた浮かべていた笑顔も何も無く、鋭い眼差しで高根のを見据え、触れれば切れそうな程の空気を纏い無言で高根からの発令を待っている。
「鳥栖で活骸が発生した、総数も犠牲者数も現時点では不明だ。距離的に近い陸軍の太宰府駐屯地から龍興の指揮で人員が出て向かってるそうだが、海兵隊も即時出撃だ……素案はどうやら実戦で掴んで組み立てる事になりそうだな……最悪な流れだが、頼むぜ」
「了解、総司令」
 その日大和は三度目の本土侵攻を許し、事態はまた一つ大きく動き出した。
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