大和―YAMATO― 第一部

良治堂 馬琴

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『序章』

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『序章』

 ――極東、旧日本海回廊地帯、通称『対馬区』――
 森から濛々と上がる黒煙、その合間から見える赤い炎。その一角にくすんだ灰色の物体が群生した木々を薙ぎ倒し横たわり、時折その方々が爆ぜ金属音を立てて欠片を周囲に撒き散らす。
 と、その中から小さな影がぼとりと落ち暫くの後に緩慢な動きで起き上がった。身体が痛むのか時折呻き動きを止め、その小さな影はそれでも尚、何とか自分が這い出て来た方へと向き直る。
 乱れた髪の隙間から覗く双眸に映ったのは、つい先程迄自分が仲間と共に身を守られていたもの、それが単なる残骸となったと認識した瞬間、小さな影――人間の女――は身体の痛みも忘れ弾かれる様に立ち上がった。
『……タカユキ!ダニー!アル!キース!マイク!返事しろ!』
 悲鳴と言うには些かしっかりと意思を持った叫び、しかしそれに応える声は無く、代わりに彼女の耳に届いたのはうめき声が一つだけだった。声の方向へと視線を移せばそこには僅かに動きを見せる影一つ、多少ふらつきながらも駆け寄り傍らに膝を付けば、相手からゆっくりと手が伸ばされて来る。
『おいしっかりしろ!直ぐに離脱するぞ、他の負傷者も連れてだ、私一人じゃ無理だ、お前も手伝えよ』
 抱き起こそうとしながら、伸ばされた手を握り返した自分のそれが震えるのだけは堪えた、眼下に晒された肉片、臓物は見ないふりをした。
 助からない事は見れば分かる、それでもそれを相手に告げてはいけない。何度も何度も味わって来た腹の底からせり上がって来る感覚をギリギリのところで押し留めて笑い掛ければ、相手は励ましの言葉を紡いでいた唇を握られていない方の手でそっと制し、静かに、静かに笑った。
『……もう、無理だ……頼んで良いか、楽に、して、くれ』
 自分にはもうその力も残っていないと、途切れ途切れにそう続けられる言葉、それを聞いて女は一度天を仰ぐ。叫びたくなる衝動をぐっと堪え、一度大きく呼吸をして再び下を向く。
『……ゆっくり休め、後の事は心配するな』
 その言葉を聞いて微かに微笑んで閉じられる双眸、それを見て微かに表情を歪め女は自らの腰から拳銃を抜き、安全装置を解除して撃鉄を起こした。
 相手の喉に銃口を押し付け、その方向を脳幹へと向けてから引き金に指を掛け、
『……有り難う、お前と出会えて……幸せだったよ』
 と、そう言ってから指を引き絞る。
 パンッ、と、乾いた音が響き、その後に残ったのはたった今肉の塊となってしまった、人間だった『物体』。
 何度、何度部下の、仲間の死を見送っただろう、殺しただろう。
 今またその数が一つ増えた。
 もう呻き声すら聞こえなかった、耳に届くのは燃え盛る炎の轟音ばかり。
 これからどうすべきか、何が出来るのか、ここは自分達の知り得る領域からは遠く離れてしまっている、それでも取り敢えずはここから離脱して身体を休めないといけない。遺体の首に掛かっていた金属の板が付いた鎖を外してポケットに入れて立ち上がった時、不意に覚えの有る呻き声が耳へと伝わって来る。
 燃え盛る炎と爆発の振動に紛れていて気付かなかった、そうだ、ここは緩衝地帯であると同時に激戦区の筈だ。身を隠そうと歩き出そうとしたその時、目の前に『それ』――、アンデッドは現れた。
『……相変わらずひでぇ見てくれしてやがる……』
 身体に染み付いた兵士としての性か見据えつつ距離を取る、それは姿形こそ自分とそうは変わらないが、明らかに異質であり、相変わらずの生理的な拒否感を女に齎した。
 アンデッドに関わってはいけない、少なくとも現状では、そう判断して離脱しようと走り出すが、傷付いた身体ではそれは到底叶わずアンデッドが伸ばして来た手によって女の身体は簡単に薙ぎ払われる。
 呆気無く吹き飛び木の幹に叩き付けられ、痛みと衝撃に遠のきそうになる意識を必死に繋ぎ留め手にした銃の銃口をアンデッドの目に向けて二発撃つ、綺麗に双眸に一発ずつ決まり、動きが停滞したのを確認して身体を起こして再度走り出した。
 しかしその歩みは、目の前に現れた別のそれによって再び止められる。こちらに向けて伸ばされる手、その向こうに在る澱んだ双眸へと銃口を向けた瞬間、何かが風を切る音が女の耳へと届いた。
 直後、どう、と音を立てて目の前のアンデッドの首が刎ね飛ばされ崩れ落ちる、背後からも同じ響きが有り振り返れば、やはりそこでも頭部を失い崩れ落ちていた。何が起きたのかは把握出来ずともこれは好機、今の内に身を隠そうと動こうとした瞬間、背後に人の気配を感じそれと同時に喉元にヒヤリとした刃の感触が伝わる。
「……何モンだ、お前」
 抑揚の全く感じられない男の声、それに逆に安堵を覚えて女は身体の力を抜いた。
「抵抗はしない、今から得物を地面に落とす。ほら」
 手にしていた銃を放り投げ、ああ、後できっちり再調整しないと等と思いつつ両手を上げて頭の後ろで組む。
「……その有様で歯向かう程馬鹿じゃねぇのは分かった、で、何モンだ」
 再度声が問う、その抑揚の無さが逆に生気を感じさせ、若干だが事態は好転した様だ、この声が敵性でなければ良いのだが、そう薄ら考えつつ女は口を開いた。

「ワシントン合衆国陸軍に協力している民間企業の者だ、名前はタカコ・シミズ。保護を要請する」
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